恐怖の目覚め
処刑広場は、完全な戦場へと変貌を返していた。
『帝王の虚空』の残香が未だ街を支配し、目に見えない山のように、人々の呼吸を一つ一つ重く圧し潰していく。
ギルドマスター・カザンは、通信機をわし掴みにして怒号を上げた。
「――こいつはもう、ただの犯罪者じゃない! 出せる戦力をすべて投入しろ!」
その狂ったような命令が、すべての軍用周波数に木霊する。
処刑台の前に立つアシュラは、背後のダンテと、迫り来るカザンの精鋭たちの間に静かに割って入った。
手には、一本のカタナ。
その呼吸は、あまりにも静かだった。
対峙するのは、ビーム、アッシュ、ダビ。
三人の精鋭Cランクチャンピオン。
彼の目的の前に立ち塞がる、三つの巨大な絶壁。
ドゴォォォォン!!
彼らのプラーナが天へと牙を剥いた瞬間、足元の石畳が激しく弾け飛んだ。
空間そのものがガタガタと震える。
報道陣は恐怖に身体を震わせながらも、歴史がひっくり返る瞬間を捉えるべく、カメラを回し続けていた。
ビームが一歩、前に出る。
「俺がやる」
アッシュとダビが躊躇なくその横に並び立つ。
三人の重なり合ったオーラが広場を席巻し、大地を真っ二つに引き裂いていく。
アシュラはカタナの柄を強く握りしめた。
彼の内側からも、対抗するようにプラーナが立ち上る。
――しかし、彼が動くよりも早く。
三人の影が、完全に消失した。
信じられない速度。残像すら残さない三つの影が、一瞬で距離を詰める。
拳。
蹴り。
体当たり。
反応する時間さえ与えられない。
連続して叩き込まれる凶悪な衝撃。
ドカァァァァンッッ!!
アシュラの身体が凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
手からカタナが滑り落ち、宙を舞う。
大理石の巨大な柱を何本も突き破り、血を吐きながら瓦礫の山へと叩きつけられた。
だが。
彼は、再び立ち上がった。
両足は激しく痙攣し、今にも崩れ落ちそうだ。しかし、膝だけは絶対に折らない。
これまでの人生、痛みなど嫌というほど耐えてきた。
だが、同時に三人のCランクを相手にするというのは、それとは次元の違う『悪夢』そのものだった。
アシュラは、かつてリュウゼンから叩き込まれた動きを脳裏に蘇らせ、無理やり身体を前へと進める。
【流歩】
【鉄脈波】
力任せではない。完璧な『リズム』による肉体の駆動。
それでも――。
精鋭たちの狂いのない連携は、アシュラを確実に、そして徹底的に追い詰めていく。
ビームが冷酷に微笑んだ。
「認めてやるよ。大したもんだ」
「お前がただの、Eランクだということを考えればな」
「だが――お前の物語も、ここで終わりだ」
アシュラは深く頭を垂れた。
その呼吸は、すでに完全に乱れている。
「……これが……」
「……ランクの、圧倒的な差か……」
コートはズタズタに裂け、顔面からは止めどなく鮮血が流れ落ちる。
恐怖に囚われた観客たちは、そのあり得ない戦闘の行く末をただ見つめることしかできない。
ビームが再び消えた。
その拳が、アシュラの脇腹を正確に捉える。
バキィッという嫌な音が響き、アシュラの身体が砕けたアスファルトの上を激しく滑っていった。
アシュラは血を吐きながら、奥歯を噛み締めた。
(速すぎる……強すぎる……)
彼の指先が、地面に転がったカタナの柄にようやく触れる。
(ここで……終われるかよ……!)
彼が満身創痍の身体を起こした、その瞬間。
凝縮されたプラーナの『紅い閃光』が、戦場を真っ直ぐに貫いた。
ドゴォォォォン!!
アシュラの胸部に直撃したエネルギーは爆発を起こし、彼を駐車されていた車両ごと吹き飛ばした。
立ち上る濃い煙。
ビームは静かに息を吐き出した。
「そのまま寝ていろ。もう力を振るう価値もない」
アッシュとダビがその横に並び、両手から破壊的なプラーナを明滅させる。
アシュラの視界は、すでに真っ暗だった。
すぐ横に転がる剣。指先が、辛うじてその柄に届くだけ。
(俺は……負けられない……)
三人が完全にトドメを刺そうとした、その刹那――。
ガキィィィンッッ!!!!
鋼鉄の鎖が猛烈な速度で戦場を横切り、ビームの顔面を真っ直ぐに捉えた。
激しく飛び散る鮮血。
「なっ――!?」
全員が、その鎖の主へと視線を向けた。
アシュラと精鋭たちの間に、聞き馴染んだ着地音が響く。
その両腕には、まるで生きている大蛇のように鋼鉄の鎖が幾重にも巻き付いていた。
ダンテ・カイル。
彼は首の骨をゴキリと鳴らし、不敵に笑った。
「満身創痍のルーキー一人に、三人がかりか?」
「つくづく、哀れな奴らだ。見てるこっちが恥ずかしくなるぜ」
ダンテは、背後のアシュラをチラリと見た。
「どんなに才能があろうが、お前はまだEランクだ」
「だから――よく見ておけ、相棒」
ジャラァッ!
鎖が鳴り響いた瞬間、ダンテの姿が消えた。
凄まじい嵐が巻き起こる。
彼の放つ一撃一撃が、まるで重戦車の砲撃のように戦場を粉砕していく。
ダビが放つ烈火の猛蹴をあり得ない精密さで紙一重で潜り抜け、アッシュの強固な防御壁をその鎖で一瞬にして粉砕する。
間髪入れずに叩き込まれたダンテの拳が、アッシュの腹部を限界まで凹ませた。
「がはっ……!」
アッシュが白目を剥き、その場に崩れ落ちる。
ダビがすぐさま炎を纏った回し蹴りで追撃するが、ダンテはその足を左手一本でガッチリと受け止めた。
「甘い」
そのままの勢いで、ダビの身体を広場が真っ二つに裂けるほどの質量で地面へと叩きつける。
ドゴォォォォン!!
クレーターの中心でダビが意識を失う。
ビームが激昂し、背後から無数の光り輝くエネルギー弾を掃射した。
ダンテは振り返りざまに、両腕の鎖を激しく乱舞させる。
空を覆うほどの弾幕が、鎖の打撃によって次々と虚空へ弾かれ、まるで打ち上げ花火のように夜空で爆発を繰り返した。
その一挙手一投足を、生き残ったドローンが正確に映し出している。
全国の視聴者が、言葉を失って画面に釘付けになっていた。
あのギルドマスター・カザンでさえ、本能的な恐怖から一歩、後ろへと足を引く。
ダンテの戦い方には、洗練された魔術など一つもない。
複雑な呪文も、圧倒的な固有技術もない。
あるのは、ただひたすらに、果てしない死線を潜り抜けることで極限まで研ぎ澄まされた【絶対的な格闘技術】。
「――オラァッッ!!」
最後のアッパーカットが、ビームの身体を夜空高くへと打ち上げた。
その衝撃波は、上空の雲を綺麗に切り裂く。
ビームの肉体は三つのビルを貫通し、最終的に放棄されたバスロータリーへと激しく叩きつけられた。
アッシュとダビは物言わぬ肉塊のように転がっている。
周辺一帯が、嘘のように静まり返った。
ダンテは肩を軽く回し、低く笑った。
「おいおい……まさか、これで終わりじゃねえだろうな?」
――しかし。
その笑いは、すぐに凍りつくことになる。
地響きが、街の底から伝わってきた。
遥か彼方のクレーターから、見たこともないほどに不気味な『青い光』が立ち上る。
ドゴォォォォォォォンッッ!!!!
大爆発が、街の地平線を完全に飲み込んだ。
巨大なエネルギーの柱が、天の頂へと突き抜ける。
青いプラーナの竜巻がストリートを蹂躙し、コンクリートを削り取り、生き残っていたすべてのビルの窓ガラスを粉々に吹き飛ばした。
ダンテの顔から、余裕が消え去る。
「……嘘だろ。まさか、『覚醒』か……!」
ドローンカメラが次々とシステムエラーを起こし、全国のテレビ画面が激しい砂嵐に変わっていく。
アシュラは、ゆっくりと頭を持ち上げた。
霞む視界の向こう、クレーターの中から立ち上がるビームの姿が見えた。
それはもう、人間の領域を超えていた。
もっと別の何か。
圧倒的な、怪物。
ビームがダンテに向けて、静かに片手をかざした。
ズゥゥゥゥンッッ!!!!
「が、はっ……!?」
ダンテが突如、その場に激しく膝を突いた。
彼の両腕の鎖が、激しい火花を散らした後にプツリと光を失う。
顎から血が滴り落ちる。
彼の肉体は、とっくに限界を迎えていた。
心の中で、冷たい確信が過る。
(クソ重い……もう、一歩も動けねえ……)
ビームの掌の上に、限界まで圧縮された『青いエネルギー球』が形成されていく。
それはより眩しく、より熱く、まるで第二の太陽が街に降臨したかのようだった。
ダンテは必死に声を振り絞り、背後のアシュラへ叫んだ。
「アシュラ! 逃げろッッ!!」
「そいつには、絶対に勝てねえ!!」
しかし。
アシュラは動かなかった。
彼はただ、静かにカタナの柄へ手を伸ばした。
キィィィィン――。
澄んだ金属音が夜の空気に染み渡る。漆黒の刃が、鞘から完全に解き放たれた。
アシュラが一歩、前に踏み出す。
足元の地面がパキリと割れた。
彼のオーラは、暴風のように荒れ狂うことはない。
ただ、完璧な統率の元に、静かに立ち上っていく。
冷徹に。
揺るぎなく。
絶対的に。
周囲の光さえも、彼の中心へと吸い込まれ、歪んでいくかのようだった。
ダンテは目を見開いた。
(あの、プレッシャー……なんだよ、あれ……!?)
アシュラはズタズタに裂けたコートを脱ぎ捨て、燃え盛る風の中へと放り出した。
そして、歩き出す。
一歩。
また一歩。
その足音は世界そのものを踏みつけているかのように重く、その呼吸は雷鳴の如き威厳を孕んでいた。
彼の双眸は、完全に『覚醒』したビームだけを捉えている。
アシュラは静かに、言葉を紡いだ。
「――試してみよう」
「俺が、どこまで行けるのか」
真っ白な光が、戦場を完全に包み込んだ。
世界が一瞬、音を失う。
その直後、天を裂くような雷鳴が轟いた。
粉塵と砕け散ったコンクリートの嵐の向こうから、崩壊した広場が再び姿を現す。
不安定なプラーナの渦に巻き込まれた数台の車が、まるで重力を失ったかのように地上数メートルに浮き上がり、剥がれたアスファルトが目に見えない太陽の周りを回る惑星のように、彼らの周囲を旋回していた。
その中心に立つ、二人の男。
アシュラと、ビーム。
ビームの覚醒したオーラが紅い稲妻となって空間を激しく叩き、周囲の物質を文字通り粉砕していく。
彼は歪んだ笑みを浮かべた。
「逃げるチャンスを、自らドブに捨てたな」
アシュラはカタナを斜めに構えた。
彼の足元から、銀色のプラーナの波紋が静かに、しかし確実に広がっていく。荒れ狂う嵐とは対照的な、絶対的な静寂。
「逃げるのは、もうやめだ」
フッ――。
次の瞬間、ビームが消えた。
地面が爆発する。
アシュラが辛うじて刃を跳ね上げた瞬間、ビームの拳がそこに叩き込まれた。
ギギギギギギギガガガガガッッッ!!!!
青と紅の火花が激しく散る。
その圧倒的な質量に圧され、アシュラの身体が後方へと弾き飛ばされた。
顔面に新たな傷が刻まれ、鮮血が舞う。
アスファルトの上を激しく滑り、へし折れた街灯に背中を打ち付けてようやく止まった。
呼吸が、一気に重くなる。
「……これが、覚醒したCランクの出力か」
ビームが狂気混じりに嘲笑う。
「教えてやるよ。ただの『力』と、神の領域の『神威』との違いをな!」
間髪入れず、第二撃。
拳が繰り出される手前の『風圧』だけで、周囲のビルがメキメキと音を立てて崩壊していく。
アシュラはそれを刃の腹で受け流しながら、さらに後方へと滑る。
体勢を立て直すと同時に、水平に一閃。
鋭い真空の刃が瓦礫を切り裂き、放置された車両を真っ二つにしながらビームへと肉薄した。
だが、その一撃はビームの肩に、わずかな浅い傷をつけるにとどまる。
ビームはニィと口を裂いた。
「悪くない。だが――ぬるすぎる!」
一方、別の場所ではダンテが血反吐を吐きながら立ち上がろうとしていた。
両腕から血を流し、鎖を地面に引きずっている。
その目の前、瓦礫の中からアッシュとダビがふらつきながらも再び立ち上がってきた。
ダビが口元の血を拭い、低く笑う。
「まともに立ててもいないくせに」
「大人しく寝てろ。一瞬で楽にしてやる」
ダンテはペッと地面に血を吐き捨てた。その瞳の奥の光は、いまだ1ミリも衰えていない。
「お前ら二頭の雑魚をぶちのめすのに、両足が揃ってる必要があるかよ」
アッシュが咆哮とともに突進する。
二本の短剣が、ダンテの首を刈り取るべく高速で回転しながら迫る。
だが、ダンテの鎖が下から跳ね上がった。
ガチィィィンッ!
鎖がアッシュの首元を完璧にロックする。
ダンテは全身の遠心力を使い、アッシュの顔面をコンクリートの床へと力任せに叩きつけた。
ドガァァァンッ!!
アスファルトが派手に爆発する。
ダンテが体勢を戻す隙を狙い、ダビが両拳に猛烈なプラーナの炎を纏って肉薄した。
戦場が瞬時に火の海と化す。
しかし、ダンテは鎖を一振りし、迫り来る劫火を夜空へと強引に霧散させた。
そして、消える。
「――背中が留守だぜ」
ダビの脊椎に、ダンテの強烈な肘打ちが叩き込まれた。
その衝撃でダビの身体はくの字に折れ曲がり、崩壊した壁の向こうへと意識を失って吹き飛んでいった。
アッシュもまた、数秒遅れてその場に沈む。
周囲が、再び静まり返る。
どれほど傷つこうとも、ダンテ・カイルという男は文字通りの『怪物』だった。
彼にとって、痛みなど戦うための新たな燃料に過ぎない。
その時、広場の上空でアシュラとビームのオーラが激しく激突した。
まるで二つの恒星が衝突したかのような質量。
巻き起こった衝撃波が空間そのものを歪め、周囲の兵士や車両を木の葉のように遥か彼方へと吹き飛ばしていく。
ビームが掌を突き出す。
アシュラはカタナでそれを受け止めるが、その圧倒的な圧力に肉体の骨がミシミシと悲鳴を上げた。
ビームが笑う。
「まだ耐えるか!」
アシュラは奥歯を噛み締めた。
「喋りすぎだ、お前」
スー……。
深く、静かな吸気。
プラーナが全身の筋肉、細胞一つ一つにまで完璧に行き渡る。
【流歩】
【鉄脈波】
――【完全同調】。
フッ、とアシュラの姿が空間から完全に消失した。
ビームの目が驚愕に見開かれる。
アシュラが現れたのは――ビームの真後ろ。
キィィィンッッ!!
カタナが銀色の閃光となって一閃。
ビームの肩口から背中にかけて、深い斜めの斬撃が刻み込まれた。
その傷口から、まるで燃え盛る液体のような青いプラーナが激しく噴き出す。
ビームの動きが、完全に凍りついた。
「お前……俺を、斬ったのか……?」
アシュラは静かに刃を下ろした。
彼の拳からは血が流れ、呼吸は完全に途切れている。しかし、その瞳だけは寸分も揺るいでいない。
「血が流れるなら……」
「お前も、ただの生物だ。負けることもあるだろう」
ビームの狂ったような笑い声が、崩壊した街に響き渡った。
彼のオーラが、これまで以上の出力で爆発する。
足元の地面が陥没し、巨大なクレーターが形成されていく。
「なら、俺と一緒に地獄へ落ちろ!!」
ビームはアシュラの胸ぐらをつかみ、凄まじい力で地面へと叩きつけた。
さらに、間髪入れずに放たれた凶悪なアッパーカットが、アシュラの身体を上空へと打ち上げる。
宙を舞うカタナ。アシュラはそれを空中で掴み直し、着地と同時に、再び前へと全速力で突進した。
ビームが右手を天にかざす。
その掌の上に、限界を超えて凝縮されたプラーナの球体が出現した。
それは見る見るうちに巨大化していく。
大地が鳴動し、周囲の車や瓦礫、鉄骨が、その球体に向けて磁石のように吸い寄せられ始めた。
空間の圧力が、常軌を逸している。
ビームが冷酷に微笑んだ。
「俺をここまで追い詰めたことを褒めてやる」
「だから――この街ごと、塵に還れ」
「【固有技術:崩壊する星】!!」
#### 【固有技術データベース】
* **技術名:気圧特異点・慣性虚空**
* **使用者:ビーム**
* **特性:** 大気圧および局所的重力の超高速度操作。空間の一点に高密度のプラーナ空域(完全な真空)を生成することで、周囲のあらゆる物質、空気、運動エネルギーを強制的にその中心へと吸引・圧縮する。
* **極大技術『崩壊する星』:** 死にゆく巨星のライフサイクルを模倣し、圧縮した全エネルギーを一気に解放する絶対破滅兵器。
巨大な球体が、ゆっくりと降下してくる。
アシュラは動かなかった。ただ真っ直ぐに立ち、カタナを構える。
その漆黒の刃が、次第に眩い銀色の光を放ち始めた。完璧な円形のプラーナが、刃の周囲を幾重にも包み込んでいく。
彼は静かに、その名を呟いた。
「――流法」
「『三日月断』」
#### 【技術解説:三日月断】
* **特性:** 極限の受け流し・絶対切断技術。
* **メカニズム:** 迫り来る『崩壊する星』の圧倒的な超高気圧の壁に対し、アシュラは反発するのではなく、その吸引のベクトルに自らの刃を完全に同調させる。放たれる放物線(三日月形)の超高速斬撃は、超音速飛行機のノーズコーンのように機能し、押し寄せる高気圧の壁を文字通り「真っ二つ」に割裂。圧殺のエネルギーを自らの身体の周囲へと受け流し、直撃を完全に無効化する。
一閃。
それ以上は必要なかった。
銀色の光の刃が天へと駆け上がり、降下する巨大な球体と正面から激突した。
ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!!
光の柱が雲を突き抜け、宇宙まで届くかのように爆発した。
周辺のいくつかの地区全体に、凄まじい大地震のような揺れが走る。
光がようやく収まった時、広場の半分が跡形もなく消え去っていた。
立ち込める煙の中、ビームが立っていた。
その身体は至る所が焼け焦げ、呼吸は完全に破綻している。
しかし――彼はまだ、笑っていた。
「想像以上の強さだ……だが、まだ終わって――」
その言葉が終わる前に、凄まじい風が戦場を吹き抜けた。
バリバリバリバリ……!!
強力なサーチライトの光が煙を切り裂く。
厚い雲を割って、巨大な飛行艇が次々と降下してきた。
重装甲に身を包んだギルドの突撃隊、数十人が崩壊した広場へと一斉に着地する。彼らのアーマーには、燦然と輝く黄金のインシグニア。
無線機から、冷たい音声が響き渡った。
『――ギルド執行部隊・アルファ、現着。これより対象の排除を開始する』
最も巨大な飛行艇から、一人の男がゆっくりと降り立ってきた。
コートを風になびかせ、その双眸には燃え盛るような怒りが宿っている。
ギルドマスター・カザン。
彼は徹底的に破壊された街並みを見下ろし、最後にその視線をアシュラへと固定した。
「ずいぶんと派手に暴れてくれたな、ネズミが」
「――これ以上は、時間の無駄だ。俺が直接、引導を渡してやる」
アシュラは満身創痍の身体で、ゆっくりと立ち上がった。
顎から血が滴り、身体からは絶え間なく煙が立ち上っている。
しかし、その手にはまだ、しっかりとカタナが握られていた。
前に、満身創痍の覚醒者ビーム。
後ろに、最強の一角カザン。
そして周囲を完全に包囲する、重武装の兵士たち。
絶体絶命。
しかし、アシュラはただ、不敵に笑ってみせた。
「前にも言ったはずだ……」
「俺は、お前らみたいな化け物に屈するつもりはねえよ」
街の上空で、嵐がさらに激しく吠え猛った。
ビームが再び地面を蹴った瞬間、広場全体が激しく鳴動した。クレーターを中心に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、残された車両やコンクリートを次々と飲み込んでいく。
ズガァァァンッ!!
アシュラは後方へと滑り、ブーツがアスファルトを削って激しい火花を散らす。
ビームの凶悪な拳が、彼の鼻先を掠めて空を切った。
その刹那、コンマ数秒の間、世界の時間が完全に引き伸ばされたかのように遅くなる。
アシュラの双眸が、鋭く細められた。
「――流歩……『双線脈』」
フッ――。
彼の肉体が、その場から完全に掻き消えた。
そこには、まるで幽霊のような一条の残像だけが取り残される。
ビームは本能的にその残像を殴りつけたが、手応えはない。
「しまっ――!?」
時、すでに遅し。
ビームの背後を、銀色の閃光が交差した。
一本。
そして、もう一本。
全く同じ瞬間、ビームの胸部に二本の深いバツ印の斬撃が刻み込まれた。
鮮血が青いプラーナと混ざり合い、戦場へと盛大にぶちまけられる。
ビームは信じられないという面持ちで、ガタガタと後ろへよろめいた。
「な、にが……起きた……!?」
数メートル先に着地したアシュラは、カタナの先を静かに地面へと向けていた。
その原理は、至極単純でありながら、同時にあまりにも恐るべきものだった。
【流歩】は瞬間移動ではない。
回避運動の最中、肉体のあらゆる運動量を極限までストックし、一気に解放することで『相手の網膜の処理速度』を完全に凌駕する超加速。残された影は、あまりの速さに脳の視神経が追いつかずに生み出した、ただの遅延イメージに過ぎない。
第一撃は、ビームの左側をすれ違いざまに。
第二撃は、筋肉の瞬間的な超収縮による、タイムラグゼロの反転制動から。
あまりにも一瞬の出来事だったため、ビームの神経システムは、二つの傷を「完全に同時」に認識するしかなかった。
周囲の者から見れば、まるで二人の剣士が同時に前後から挟み撃ちにしたかのように見えたはずだ。
ビームは胸の血を乱暴に拭い去った。
そして、低く笑い始める。
その笑いは、すぐに狂気に満ちた咆哮へと変わった。
「アァァァァァァッッ!!」
彼の覚醒したプラーナが、限界突破して周囲へと爆発的に吹き荒れる。
皮膚の至る所にどす黒い筋肉の血管が這い回り、そのオーラはまるで禍々しい怪物の姿へと変形していく。
「この、身の程知らずのクソガキがぁぁぁ!!」
彼の右腕に、禍々しい青い炎が渦巻き、それはやがて一本の巨大な『魔槍』へと凝縮されていった。
その一撃だけで、街の区画一つを完全に消滅させかねないほどの、圧倒的な質量と破壊のエネルギー。
「――技術名:『ソウルの魔槍』!!」
シュゴォォォォォォッッ!!!!
放たれた槍は、まるで墜落する流星のごとき速度で大気を引き裂き、空間そのものが悲鳴を上げる。
アシュラは、深く、静かに息を吸い込んだ。
その心臓の鼓動は、驚くほどに冷たく、静かだった。
カタナを握る両手に、すべての神経を集中させる。
「――鉄脈波」
全身の筋肉が極限まで圧縮され、体内の全プラーナが一筋の大河となって両腕、そして漆黒の刃へと流れ込む。
ガキィィィィィィィンッッッッ!!!!
カタナの刃が、迫り来る魔槍の先端と正面から噛み合った。
次の瞬間、世界は完全な『白』に染まった。
ドゴォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!
処刑広場を完全に消失させるほどの、規格外の大爆発。
発生した超巨大な衝撃波は、数ブロック先のビル群の窓ガラスを悉く粉砕し、上空を飛行していた報道ヘリの制御を完全に奪った。街の夜空が、一瞬だけ昼間のように明るく照らされる。
長い静寂。
戦場を、濃い硝煙の煙がゆっくりと這う。
その煙が晴れた時――。
アシュラは、まだそこに立っていた。
片膝を地面につき、カタナを深くアスファルトへと突き立てて身体を支えている。
その全身からは、肉体が焼けるような白い水蒸気が激しく立ち上っていた。
ビームは、それを見て本能的な恐怖に直面した。
「な……、なんで、生きている……!?」
彼の両腕が、激しく震え始める。その覚醒した肉体自体が、限界以上の負荷によってピキピキと音を立てて崩壊しかけていた。
「お前のようなゴミが、なぜ、まだ立っていられるんだぁぁぁ!!」
アシュラはゆっくりと、地面からカタナを引き抜いた。
その呼吸は虫の息で、指先からは止めどなく血が滴り落ちている。
しかし、その瞳の奥の光だけは、やはり1ミリも揺らいでいなかった。
「――俺は、自分が強いなんて証明するために戦ってるんじゃない」
彼は静かに、刃を正面へと構え直した。
「俺に唯一残された……家族を守るために戦ってるんだ」
ゾクッ――。
戦場の空気が、完全に凍りついた。
彼の周囲から、見たこともないほどに濃密な、銀色と漆黒の混ざり合った異様なプラーナが爆発的に噴き出す。
上空の雲が、まるでモーセの海割りのように綺麗に真っ二つに裂けた。
これまでの戦いとは全く次元の違う、絶対的な『支配の重圧』が、戦場全体へと降り注ぐ。
バタバタバタッ!!
周囲にいた並のチャンピオンたちが、そのプレッシャーに耐えかねて悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ち、気絶していった。熟練の戦士たちでさえ、まともに立っていられず、次々と膝を折る。
ダンテは目を見開いた。
「あいつ……あの傷で、これほどの圧を……!?」
アシュラの双眸が、夜空の星のように鮮烈に輝く。
彼はただ一言、冷徹にその言葉を告げた。
「――『帝王の虚空』」
世界が、完全に沈黙した。
ビームは本能的な恐怖から、無意識に一歩、後ろへと下がった。
覚醒して以来、初めて、彼の瞳に明確な『絶望』が宿る。
――直後、アシュラが消えた。
音もない。
風もない。
光もない。
ただの、完全な『無』。
彼が現れたのは、すでにビームの背後だった。
カタナは、彼の腰の横で静かに静止している。
「――『宇宙の刈り取り手』」
> **【固有技術:帝王の虚空】**
> * 展開技:宇宙の刈り取り手
> * 効果:全プラーナを極小の分子レベルの一線へと圧縮し、絶対零度の断層を形成。物質の硬度を無視し、対象が存在する「空間そのもの」を完全に切断・抹消する。
>
一閃。
それはビームの肉体を斬ったのではなかった。
ビームという存在が立っていた『空間そのもの』を、綺麗に両断したのだ。
広場が真っ二つに裂け、上空の雲が綺麗に割れ、夜空そのものが一瞬、開いたかのように錯覚させる絶技。
ズバァァァァァァァァンッッ!!!!
ビームの動きが、完全に停止した。
その目は限界まで見開かれ、指先一つ動かすことができない。
彼の脳裏に、最後に残されたのは、ただ一つの圧倒的な疑問。
(馬鹿な……俺が……ただの、Eランクに……負けたのか……?)
パリィィィンッ!
彼の身を包んでいた覚醒のオーラが、まるでガラス細工のように音を立てて粉々に砕け散った。
ビームの巨体が、崩壊した地面へと力なく倒れ込み、完全に意識を失う。
数秒遅れて発生した超巨大なディレイ衝撃波が、ハリケーンとなって街全体を吹き抜けていった。
アシュラはゆっくりと剣を下ろした。
同時に、全身の緊張が解け、両足の力が完全に失われる。
彼が地面へと完全に崩れ落ちるその直前――。
ガシッ。
ダンテがその肩を、ガッチリと片手で受け止めた。
「おい、大丈夫か?」
アシュラは、消え入りそうな声で、それでも不敵に笑ってみせた。
「……これより酷い目に遭ったことは、いくらでもある」
その時、上空から冷酷な口笛の音が響き渡った。
二人が視線を上げると、瓦礫の山の頂座に、ギルドマスター・カザンが悠然と立ち尽くしていた。
コートを激しい風になびかせ、その双眸には明確な殺意が宿っている。
カザンはしばらくの間、転がっている意識不明のビームを見下ろしていたが、やがて不気味な笑みを浮かべた。
「大したもんだ。まさか、覚醒したCランクを仕留めるとはな」
彼は右手を、ゆっくりと天へと掲げた。
チカチカチカチカッ……!!
その瞬間、広場を取り囲むあらゆるビルの屋上、瓦礫の影から、無数の不気味なプラーナの反応が一斉に明滅し始めた。その数、およそ30名。
重武装したギルド直属のEランクチャンピオンの軍勢が、闇の中から次々と姿を現す。
街全体が、完全に彼らを包囲していた。
カザンの冷酷な声が、静寂の戦場に冷たく響く。
「だが――そのボロボロの身体で、一体どこまで持つかな?」
「――この、俺の『Eランク軍隊』を相手にして」
アシュラは、溢れ出る血を拭い、カタナの手元をもう一度、強く握り直した。
ダンテは首の骨を鳴らし、両腕の鎖を拳に幾重にも巻き付ける。
二人の戦友は、互いの背中を預け合い、静かに立ち並んだ。
見上げる空には、圧倒的な軍勢。
――彼らの人生における、最悪で、そして最高の『真の戦い』が、いま幕を開けようとしていた。




