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痛みなし   作者: EXTRO
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10/14

霧が立ち込める場所

戦場は煙と砕けた瓦礫の海と化していた。


崩壊したビルが巨人の屍のように重なり合い、炎上する車両が裂けた街路を不気味に照らす。


アシュラとダンテは背中を合わせに立っていた。

二人の身体は限界を迎え、血を流している。


しかし、その武器が下ろされることはなかった。


アシュラが視線を横に向ける。


「……まだ終わっていないようだな」


ダンテは口元を歪め、腕に巻き付けた鎖を鋭く振るった。


「なら、まとめて片付けるだけだ」


生き残ったカザンギルドのメンバーたちが咆哮を上げ、一斉に突撃してくる。

数百の足音が、崩壊した広場を激しく揺らした。


空間を切り裂く魔力弾。月光を受けて煌めく無数の刃。

混沌がすべてを飲み込もうとしていた。


アシュラは襲い来る3人の敵を同時に迎撃する。その刀は精密なリズムを刻み、敵を切り裂いていく。

ダンテの鎖は巨大な円を描き、飛来するエネルギーの奔流をことごとく弾き飛ばした。


顔に血を伝わせながらも、ダンテは狂気交じりの笑みを浮かべる。


「こいつを試すのを、ずっと楽しみにしていたんだ」


彼が地面に鎖を叩きつけた。

黄金のルーン文字が、溶岩の亀裂のように戦場全体へ広がっていく。


「『共鳴のレゾナンス・ケージ』……発動!」


広場全体が激しく振動した。

それは時間が遅くなったわけではない。


敵個々の周囲にある魔力の波長レゾナンスが、完全に狂わされたのだ。


彼らの攻撃は目に見えて鈍くなり、その連携は完全に崩壊した。

アシュラが驚きに目を細める。


「……敵を減速させたのか?」


「時間じゃない。奴らの『リズム』を狂わせたんだ!」


その一瞬の隙だけで、彼らには十分だった。

ダンテの両拳に、猛烈な炎が噴き上がる。


「『火炎拳フレイム・フィスト』!」


減速した軍勢の中へ、ダンテはまるで荒れ狂う野火のように突入した。

一撃が炸裂するたびに爆炎が巻き起こり、敵の身体を容赦なく建物の瓦礫へと叩き込んでいく。


アシュラが微かに微笑んだ。


「次は、俺の番だ」


彼は一躍して、遥か上空へと跳躍した。

戦場を見下ろす彼の両手の間に、魔力が凝縮され、小さな太陽のような輝きを放ち始める。


大気が、恐怖に震えるように鳴動した。


「『崩壊するコラプシング・スター』……!」


燃え盛る光球が、重力に従って直下に落ちる。

大爆発が数十人のギルド兵を瞬時に飲み込み、衝撃波が街区全体を跡形もなく吹き飛ばした。

立ち上る塵の煙は、天に届かんばかりに巨大だった。


ダンテは上空を見上げ、驚愕に目を見張る。


(……ビームの技術を、もうコピーしたのか!?)


その適応力は、もはや理不尽の領域だった。

自身でさえ、『共鳴の檻』を完全に制御するまでに丸一日を要したというのに。


煙の幕を割り、アシュラが静かに舞い降りる。

その瞳が、冷徹な光を放っていた。


「『帝国の虚無インペリアル・ヴォイド』」


目に見えない圧倒的な圧力が、戦場を支配した。

一人、また一人と、ギルドのメンバーたちが意識を失い、崩れ落ちていく。

立っていることすら許されず、膝を突き、そのまま深い闇へと沈んでいった。


戦場に、静寂が訪れる。


そこへ、ダンテが再び突進した。その鎖は黄金の炎を纏い、咆哮している。

彼の一撃は空間を二重に叩き、触れるものすべてを破壊した。


「『神の決別……ブラックスミス』!」


両手の鎖を頭上から振り下ろす。

溶岩のような巨大な魔力の弧が地面を直撃した。

大地が割れ、黄金の火の海が広場を満たす。残っていたギルドの戦力の半分が、その爆炎の底へと消え去った。


アシュラが煙の中を疾走する。


『流水の歩法フロー・ステップ』。

『鉄脈の鼓動アイアン・ヴェイン・パルス』。


彼の動きは完璧に同期していた。

無駄のない一閃。効率極まる一歩。


鎧が砕け、武器が折れる。

敵は反応することさえできず、ただ次々と倒れ伏した。


戦いは、始まった時と同じように唐突に終わりを迎えた。

銀と黒の魔力が螺旋を描き、アシュラの剣技とダンテの鎖の軌跡が美しく交錯する。

二人の結合されたエネルギーが夜空へと爆発的に立ち上り、地区そのものが震えた。


そして――。

完全な静寂。


月光の下、塵が静かに舞い散る。

そこはもう、都市の面影を留めていなかった。まるで巨大な天災が通り過ぎた後の爪痕だ。


アシュラとダンテだけが、その中心に立っていた。

息は絶え絶えで、意識を保つのがやっとの状態だった。


ダンテが力なく笑う。

「……本当に、やり遂げちまったな」


アシュラが深く頷いた。

「ああ……ついに、な」


破壊し尽くされた広場の向こう側で、カザンはその光景をただ呆然と見つめていた。

その手が、小刻みに震えている。


彼の周囲には、ギルドが誇るEランクの精鋭たちの無残な姿が転がっていた。

生まれて初めて、彼の心に純粋な『恐怖』が刻み込まれた。


「奴らは……人間ではない……」

「化け物だ……!」


それ以上、言葉を紡ぐことなく、カザンは背を向けた。

そのオーラを揺らがせながら、彼は闇の奥へと逃走した。力が足りなかったのではない。これ以上ここに留まれば、待っているのは確実な『死』だけだと本能が理解したのだ。


その瞬間、アシュラの緊張の糸が切れた。

刀が指から滑り落ちる。

彼が地面に倒れ込む寸前、ダンテがその身体を支えた。


「まだ寝るんじゃねえぞ、坊主」


アシュラは微かに微笑んだ。

「俺たちの……勝ちだ……」


ダンテはため息をついた。

「ああ。だが、街の半分を更地にしちまったな」


彼はアシュラを背負い、燃え盛る夜の闇へと足を進めた。

虚無の勝者たちは、煙が天を覆う中、静かに姿を消した。


---


朝が来た。


武蔵野の街に、けたたましいサイレンが響き渡る。

緊急ドローンが壊滅した地区の上空を旋回し、救助隊が果てしない瓦礫の山を捜索していた。

報道機関のヘリコプターが上空を旋回する。


「これは……現実とは思えません……」

レポーターは言葉を失っていた。

「武蔵野地区のほぼ半分が、一夜にして壊滅しました。犯人の手がかりは未だ一切掴めていません」


巨大なクレーターの縁に、特殊部隊『チャンピオンユニット』の鎧を纏った二人のハンターが立っていた。

男性のハンターが信じられないといった様子で見下ろす。

「クレーターの中に、都市が丸ごと一つ収まりそうだな……」


相棒の女性ハンターが屈み、ひび割れた大地に手を触れた。

「ここでのエネルギー出力は、通常の分類を超えているわ」


背後から、静かな足音が近づいてきた。

特別ディビジョンのコートを羽織った、ハヤト指揮官が現れた。その表情は沈着そのものだったが、瞳には深い憂慮が滲んでいた。


「象が戦えば……踏み荒らされるのは草地だ」

彼は崩壊したスカイラインを見つめる。

「武蔵野の半分が、その代償を支払ったというわけか」


若いハンターが彼を振り返った。

「指揮官……あなたはCランクですよね?」


ハヤトは静かに頷いた。

女性ハンターが声を潜めて尋ねる。

「あなたなら……単独で彼らを倒せますか?」


ハヤトはしばらく沈黙を守った。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「ドローンが記録した映像はすべて確認した」

「剣士は、覚醒したCランクを単独で撃破し、さらに15人のEランクチャンピオンを退けた」

「鎖の使い手は、二人のCランクと、同じく15人のEランクを屠っている」


彼は腕を組んだ。

「アシュラと呼ばれる者は『イレギュラー』だ。二人とも、紛れもない怪物だよ。この私とて、一人で奴らと対峙するつもりはない」


二人のハンターは息を呑んだ。

絶対的な信頼を寄せる指揮官の口からそんな言葉が出るとは、夢にも思わなかったのだ。


ハヤトは昇りゆく太陽を見つめ、その声を一段と冷たくした。

「奴らを野放しにしておくわけにはいかない」


彼は周囲に集まる政府高官たちに向き直った。

「アシュラとダンテ。両名に、最高額の賞金を懸けろ」


二つの影は、不確かな未来へと歩みを進めていた。

そして日本全土で、二人の逃亡者を追う過酷な『狩り』が、本格的に幕を開けた。


首都の上空に、巨大なホログラムスクリーンが鮮烈に浮かび上がる。

何百万人もの視線が一斉に上空へ注がれ、真紅の警告画面を背景に二人の顔が映し出された。


一人は見慣れた顔。

そしてもう一人は、一晩で国家の悪夢となった存在。


【ダンテ・カイル】

【アシュラ(身元不明)】


機械的な音声が、すべての放送局を通じて響き渡る。

「臨時ニュースをお伝えします。武蔵野地区で発生した大規模破壊事件について、政府は公式に『レベル4災害』に指定しました」


画面に、壊滅した街の映像が次々と映し出される。

崩壊した高層ビル。炎上するストリート。瓦礫の山と化した都市ブロック。


レポーターが唾を飲み込み、言葉を続けた。

「世界ギルド管理局は、逃亡中のチャンピオン、ダンテ・カイルに対し、800万。そして――」


画面が切り替わり、アシュラの姿がクローズアップされる。

「身元不明の剣士『アシュラ』に対し、1500万の即時賞金を懸けました。管理局は彼を『極めて危険な最高警戒戦闘員』に分類しています」


世界中の人々が、その金額に目を見張った。

ハンターたちは興奮に目を輝かせ、傭兵たちは強欲な笑みを浮かべ、ギルドのメンバーたちは一様に囁き合う。


『アシュラ』の名は、瞬く間に世界へと拡散していった。

ある者は大犯罪者と呼び、ある者は怪物と呼び――そしてごく一部の者は、密かに彼を英雄と呼んだ。


文明の喧騒から遥か遠く離れた場所。

竹林と朝霧に隠された、古い木造の道場があった。


静謐な空気の中、鳥の囀りと、木々を揺らす風の音だけが響く。

室内では、アシュラがシンプルな布団の上で眠りについていた。その身体には、真新しい包帯が幾重にも巻かれている。

全身の筋肉がきしみ、呼吸をするたびに、生き残った死闘の痛みが蘇る。


その傍らで、ダンテがあぐらをかき、浮かび上がるホログラム画面を見つめながら、退屈そうに小石をバケツに放り投げていた。

室内には、微かに薬草の香りが漂っている。


アシュラがゆっくりと片目を開けた。

彼は小さく呻く。

「……どうやら、まだ生きているようだな」


ダンテは視線を向け、不敵に笑った。

「ギリギリな。お前、死にかけのドラゴンのようなイビキをかいてたぞ」


アシュラは天井を見つめ、それから疲れた様子で可笑しそうに笑った。

「お前が俺を運んだのか?」


ダンテは腕を組んだ。

「勘違いするなよ。お前、見た目よりずっと重いんだからな」


二人の間に静かな沈黙が流れた。その時、ダンテが再びホログラム画面に目を戻した。

彼の目が見開かれる。

「なんだって!?」


彼はプロジェクターを落としそうになった。

「俺が800万で、お前が1500万だと!?」


アシュラは眠たそうに瞬きをした。

「……向こうは、俺の方が好みのようだな」


ダンテは納得がいかないというようにアシュラを指さした。

「ふざけんな! 仕事の半分は俺がやったんだぞ!」


アシュラは微かな笑みを浮かべ、顔を背けた。

「……スタイルの差で、ボーナスがついたのかもな」


ダンテは鼻で笑った。

「違うね。器物破損の規模の差だよ」


数日ぶりに、二人の間に乾いた笑い声が響いた。

その声は竹林を抜け、朝の風の中に溶けていく。一瞬の記述、彼らは血生臭い戦闘も、大爆破も、すべてを忘れていた。


世界の混沌を他所に、風が屋根瓦を優しく撫でる。

月光が引き、夜明けが地平線を黄金色に染め上げていく。

混沌の後に訪れる静寂。二人の逃亡者は、勝利よりも価値のあるものを見出していた。すなわち、『平穏』だ。


だが、世界はすでに、彼らに別の名を冠していた。

――『天に背く二つの影』。


朝霧が山々を漂い、古い道場を静寂のベールで包み込んでいた。

昇りゆく太陽の光を受け、竹林が優しく揺れる。黄金の光が雲の隙間から差し込み、葉同士が囁き合うように擦れる。


この山の外の世界は、混沌に溺れている。

しかし、この世界の果てのような場所で、二人の逃亡者は崩れやすい平穏の中にいた。


アシュラは道場の屋根の上に静かに座り、足を組んで、傍らにカタナを置いていた。

涼しい風が彼の銀髪を揺らす。彼は果てしない地平線を見つめていた。


本当に、久しぶりの感覚だった。

そこには戦いもなく、血もなく、悲鳴もない。ただ、静寂だけがあった。


階下の木製の扉が静かに開いた。

ダンテが外に出てきて、あくびをしながら怠惰に身体を伸ばした。その身体にはまだ、新しい包帯が痛々しく巻かれている。


彼は屋根の上を見上げ、笑った。

「相変わらず太陽より早く起きるな。お前、いつ眠ってるんだ?」


アシュラは視線を落とすことなく答えた。

「睡眠は、追われていない者の特権だ」


ダンテはため息をつき、屋根の上に登ってアシュラの隣に腰掛けた。

数分の間、二人は何も語らなかった。風だけが、彼らの沈黙に答えていた。


光が山々を黄金に染める中、鳥たちが谷を越えて飛んでいく。

やがて、ダンテがその静寂を破った。


「……で、これからどうする?」

彼は後頭部を掻いた。

「お前も指名手配、俺も指名手配。どうやら俺たちは『共犯者』ってわけだ」


アシュラは沈黙を守った。

その瞳は、太陽が昇り続ける地平線を見つめたままだ。


「この道の終わりがどこにあるのかは、俺にもわからない」

彼の手が、ゆっくりと刀の柄に置かれた。

「だが、永遠に逃げ続けることはできない」


その指が、硬く握り締められる。

「……強くならなければならない」


その声は静かだったが、数多の傷の重みが宿っていた。

「大切な人々を守れるほどに。俺が味わった苦しみを、他の誰にも二度と味わせないために」


彼は微かに頭を下げた。

「すべてを失う苦痛を……何度も、何度も」


風が激しさを増した。

彼のマントが背後で翻り、銀色のオーラが身体の周囲で微かに揺らめいては消えた。

それは暴力的ではなく、圧倒的でもない。

極めて静かで、制御された力。まるで、底知れぬ深淵を隠し持つ静かな海そのものだった。


彼は英雄として語っているのではなかった。救世主としてでもない。

ただ、振り返るにはあまりにも多くの記憶を葬りすぎてきた、一人の青年の決意だった。


ダンテは彼を見つめ、それから小さく笑った。

「あのさ……」

彼は屋根に背を預け、頭の後ろで手を組んだ。


「俺は昔、金のために戦ってた」

「名声のため。刺激のため。トラブルを起こすのが楽しかったからだ」


彼の口元に笑みが広がる。

「だけど、お前の言葉を聞いてるとさ……」

彼の視線が、明るくなりゆく空へと向けられた。


「ただ生き残るだけじゃ、もう満足できねえ気がしてくるな」

その笑みが、徐々に柔らかいものへと変わる。

「……俺も、もう逃げるのをやめる潮時なのかもしれない」


彼はアシュラを真っ直ぐに見つめた。

「この狂った世界を、俺たちで変えてみるっていうのはどうだ?」


そして前触れもなく、彼はアシュラの肩を軽く小突いた。

「今日から、俺はお前に付いていくぜ、坊主」

彼の不敵な笑みが戻ってくる。


「二人で――世界を征服するんだ」


一瞬、アシュラは何も言わなかった。

だが、その口元が微かに吊り上がり、小さな笑みが零れた。

おそらく、彼がここ数年で浮かべた、初めての心からの微笑みだった。


彼は山々に光が溢れる日の出を見つめた。

「……なら、終わらせよう」

「終わりのない輪廻を。凡夫たちの、終わりのない戦いを」


二人は昇りゆく陽光の下、静かに座っていた。

アシュラのカタナが、その傍らで黎明の光を反射している。

ダンテは手を頭の後ろに組んだまま、空を見つめていた。


遥か遠くでは、諸王国が戦争の準備を進めている。

ギルドは二人の逃亡者を血眼になって捜索している。

莫大な賞金首の報が、世界中を駆け巡っている。


しかし、この一瞬の朝だけは、世界に平穏が満ちていた。

そして山の向こうのどこかで、彼らの旅が再び始まるその日を、運命が静かに待ち構えていた。


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