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痛みなし   作者: EXTRO
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7/9

地獄の死神ゾーン

『ブラッド・ピット』に、静寂が降り立つ。

つい先ほどまで地下アリーナを激しく揺るがしていた大歓声が、耐えがたいほどの重圧に押し潰されて消えていく。

生き残ったのは、わずか三人。

二人のDランクチャンピオン。

そして、――ヴァン・Xと呼ばれる、一人の仮面の男。

アシュラは乱れた呼吸を整えた。

ひび割れた石の床へと、彼の指先から血が滴り落ちる。全身が無数の痣で覆われ、すべての筋肉が休息を求めて悲鳴を上げていた。だが、彼の精神が降伏を認めることはない。

あと、三日。

ダンテの処刑まで、残された時間はそれだけだ。

ここで敗北することなど、絶対に許されない。

一人目のDランクが、ゆっくりと前へ進み出た。

その身体は無数の傷跡に覆われ、太い鉄さび色をした紅いプラーナが、まるで生き生きとした蛇のように両腕にまとわりついている。

男は不敵に笑った。

「お前が、観客どもの騒いでいる『小さな怪物』か」

アシュラは何も答えなかった。

カーン――。

試合開始の鐘が鳴り響く。

巨漢の身体が、爆発的な速度で前方へと突進した。

その最初の一歩だけで、アリーナの床が激しく粉砕される。

山が崩れ落ちるかのような質量を伴った拳が、アシュラの頭上へと振り下ろされた。

だが、アシュラの姿が一瞬で掻き消える。

ドゴォォォン!!

拳は虚しく地面を叩き、巨大なクレーターを作り出した。飛び散った岩の破片が戦場を乱舞する。

観客席から息を呑む音が漏れた。

アシュラはその真横に立っていた。流禅リュウゼンがその肉体に叩き込んだ、流れるようなリズムのままに。

一撃。

肋骨への掌打。

二撃。

顎への鋭い肘打ち。

三撃。

膝の関節を正確に捉えるローキック。

巨漢の巨体が大きくよろめいた。

しかし、男は倒れるどころか、狂ったように笑声を上げた。

「――素晴らしい!」

男のオーラが爆発した。

深紅の炎が周囲に吹き荒れ、筋肉がさらに異常なほど膨張していく。

その圧倒的な威圧感だけで、客席の前方にいた観客たちが恐怖して後退を始めるほどだった。

アシュラは目を細めた。

こいつは、ただのDランクではない。

チャンピオンが咆哮し、怒涛の連続パンチを繰り出してきた。

一撃一撃が空気を切り裂き、石壁をも容易く破壊する威力を秘めている。

アシュラはその猛攻の隙間を、文字通りダンスを踊るようにすり抜けていった。

押し寄せる激しい波を、流れる水のように受け流す。

脳裏に、流禅の言葉が蘇る。

『強固な大木ほど嵐にへし折られる。だが、水は生き残るのじゃ』

アシュラは深く息を吸い込んだ。

プラーナが全身の経絡を完璧な調和の元で循環していく。

心臓の鼓動が、ゆっくりと静まっていく。

世界の雑音が消え、静寂が訪れた。

そして、動く。

一歩。

二歩。

三歩。

彼の拳はチャンピオンの完璧な防御を貫通し、その胸部の中心へとまっすぐに突き刺さった。

「――鉄脈流てつみゃくりゅう――」

アリーナ全体が激しく震動する。

「――共鳴撃きょうめいげき。」

地鳴りのような細かな振動が、戦場全体へと木霊した。

巨漢の目が驚愕に見開かれる。

その衝撃は外側へと破裂するのではなく、男の肉体の内部へと直接伝播していった。

内側から骨の砕ける不気味な音が響く。

男の膝が崩れ落ちた。

ドサッ……!

巨漢が床に沈む。

観客は完全に言葉を失った。

その時、倒れたチャンピオンの身体から、淡い青色をしたプラーナの霧が立ち上った。

それはまるで小さな星々のように虚空へと浮かび上がり、アシュラの周囲を旋回し始める。

光の精霊のように輝くエネルギーは、彼の胸へと吸い込まれるように溶けていった。

疲弊しきっていた肉体が、嘘のように軽くなる。

傷口の疼きが消えていく。

心臓が、より力強く脈打ち始めた。

――苦痛から生まれる、新たなる力。

上位の存在が仕掛けた、残酷なゲームはまだ終わらない。

残るは、二人。

アシュラ。

そして、最後のDランク。

最後のファイターが、静かに前方へと歩み寄ってきた。

前の男とは違い、彼のオーラはほとんど外に漏れ出ていない。

その瞳は、あまりにも冷静。

そして、冷徹。

男の手元に、凝縮されたプラーナの槍が物質化していく。

「お前は、武術に頼りすぎているな」

アシュラは静かに拳を構えた。

「お前こそ、その武器に頼りすぎだ」

アリーナが再び爆発した。

放たれた槍は、文字通り雷光を凌ぐ速度で突き出された。

アシュラは紙一重で身体を捻ったが、鋭い刃が彼の肩をかすめ、鮮血が宙を舞う。

激しい痛みが全身を駆け巡った。

だが、今の彼は痛みを恐れはしない。

痛みこそが、彼をここまで導いた教えの師だからだ。

チャンピオンは容赦なく次の突きを放つ。

二度、三度、四度。

槍の軌道は、虚空を切り裂く無数の銀色の閃光と化していく。

アシュラはその圧倒的な連撃の前に、後退を余儀なくされた。

衣服が切り裂かれ、血に染まっていく。

呼吸が次第に荒くなる。

観客たちが口々に囁き始めた。

「終わったな」

「あいつの勝ち目はない」

しかし、ひび割れた仮面の奥で、アシュラは静かに笑っていた。

流禅との地獄のような修行は、まさにこの瞬間のためにあったのだ。

格上の敵を力で圧倒するためではない。

敵の『リズム』を完璧に見切るために。

あらゆる攻撃には、必ず始まりがある。

あらゆる動作には、必ず終わりがある。

そして、いかなる鼓動の合間にも、必ず一瞬の隙が生まれる。

アシュラは待った。

一秒。

二秒。

三秒。

――捉えた。

ほんの僅かな、刹那の躊躇い。

アシュラの身体が爆発的に前方へと突進する。

突き出された槍の懐へと滑り込み、その肩がチャンピオンの胸へと激しく衝突した。

そして、引き絞られた拳が、逆巻く潮流のごとく突き上げられる。

ズガァァァン!!

凄まじい衝撃波がアリーナを席巻した。

プラーナの槍が光の破片となって粉々に砕け散る。

Dランクチャンピオンの身体は遥か後方へと吹き飛び、背後の石壁へと激しく叩きつけられた。壁に巨大な亀裂が走り、轟音と共に崩落する。

立ち込める土煙が、すべてを覆い隠した。

再び、戦場に静寂が戻る。

数秒の後、煙の向こうから、実況アナウンサーの震える声が響き渡った。

「――勝者……」

観客全員が、身を乗り出す。

「――ヴァン・エックス!!!!」

地下スタジアム全体が、鼓膜を破らんばかりの大歓声で爆発した。

「ヴァン・X!」

「ヴァン・X!」

「ヴァン・X!」

破壊し尽くされたアリーナの中心で、アシュラはただ一人佇んでいた。

仮面は砕け、衣服はボロボロに引き裂かれ、両手は血に染まっている。

だが、その瞳だけはかつてないほどに強く、鋭く燃え上がっていた。

アリーナに転がるすべての敗者たちから、一斉にプラーナの霧が立ち上る。

数十もの輝く光の塊が彼の周囲を猛烈に旋回し、一流の濁流となって彼の肉体へと流れ込んでいく。

> **[システム通知]**

> **【警告:許容量を超える残留プラーナを検知しました】**

> * 全個体のエネルギーを強制同調します。

> * プレイヤーのオーラ特性が『深淵』へと進化を開始します。

>

アリーナ全体が、地鳴りのような轟音を立てて激しく震え始めた。

彼の周囲に、青と紫のプラーナが猛烈な嵐となって吹き荒れる。

その圧倒的なエネルギーの奔流に恐怖し、観客たちは本能的に後退した。

アナウンサーすらも、言葉を失って立ち尽くしている。

アシュラは、地下都市の遥か頭上にある天井を見つめた。

何層もの強固な岩盤の向こう。

暗い夜空の向こう。

天の頂よりも、さらに遥か彼方を。

彼の口から漏れたのは、囁くような、しかし確かな決意を秘めた声だった。

「あと少しだ、ダンテ」

「今、行く」


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