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痛みなし   作者: EXTRO
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4/13

カザンのハンター

雨が街に降り注ぎ、昨日の戦闘で残った煙を洗い流していた。

人影のない通りにはネオンの光が揺らめき、水たまりには夜空の色がちらちらと映っている。


ダンテ・カイルは、両手をパーカーのポケットに突っ込み、人通りのない路地をさまよっていた。彼は静かに、穏やかに、リラックスした様子で鼻歌を歌っている。まるで、自分の首にかけられた政府の懸賞金など、全く意味をなさないかのように。


そして……彼は立ち止まった。


一粒の雨粒が、彼の顔のそばでピタリと静止し、宙に浮かんでいた。それは下に落ちようとしなかった。

ダンテの顔から気楽な笑みが消える。


「……プラーナか」


周囲の気の流れが変わった。近くにいる誰かがその存在を完璧に抑え込んでいるため、空間の歪みによって雨の軌道さえも乱されていたのだ。


屋上から影が音もなく落ちてき、静地に着地した。

銀色の仮面の下から淡い青色の魔力が漏れ出す中、長い黒のコートが彼の背後でひらひらと揺れていた。彼を取り巻くプレッシャーは、大気を物理的に歪めるほど重い。


仮面の男の視線が、まっすぐにダンテに釘付けになった。


「450万円だ」


彼の声には一切の感情がこもっていなかった。


「それがお前の命の価値だ」


ダンテは瞬きをし、それからいつものように後頭部を掻いた。


「……マジかよ? せめて500万くらいは期待してたんだけどな」


仮面の男は一切の冗談を無視した。


「政府がお前の価値として認めているのは、それだけだ」


ダンテは自嘲気味に笑った。


「名声って、やっぱり過大評価されてるな」


金属が擦れるかすかな音が響く。見知らぬ男はゆっくりと、湾曲した両刃の剣を抜いた。青い魔力が、まるで液体の月光のようにその刃を流れていく。

彼の仮面には、カザンギルドのシンボルである「深紅の狼の紋章」が刻まれていた。ダンテはすぐにそれに気づく。


「カザンがついに直々に刺客を送ってきたか。政府の金を数えるのに忙しいだろうと思っていたんだがな」


剣士の握力が強まった。


「金のために来たんじゃない。過ちを正すために来た」


路地に濃密な静寂が訪れた。雨だけが激しく降り続いていた。

数秒後、ダンテは再び口を開いた。


「それで……名前は?」


「……雷禅ライゼン


ダンテは不敵に微笑んだ。


「会えて嬉しいよ」


その言葉が口から出た瞬間――路地は目に見えない圧倒的な圧力で爆発した。


プラーナが周囲に激しく渦巻く。雷禅は静かに二本の指を立てた。


「エコーヴェール。フレーズゼロ」


世界が歪んだ。周囲の建物は水面に映る影のように波打ち、降り注ぐ雨の勢いが弱まった。空間そのものが強制的に歪められている。


ダンテは気だるそうに肩を回した。


「なあ……あんな風に人に忍び寄るのは失礼だろ?」


彼の足元から深紅の魔力が爆発的に噴出した。舗装路がクモの巣状に砕け散る。

バーストフラックス――干渉モード。


ドーン!


二人の姿が同時にかき消えた。

路地は一瞬で混沌に包まれた。赤と青の閃光が、人間の目では到底追いつけないほどの超高速で闇の中を駆け抜ける。


鋼鉄の刃と、プラーナを纏った素手が真っ向からぶつかり合った。

凄まじい衝撃波が近くの窓ガラスをことごとく粉々に砕いていく。二人の容赦のない攻撃が狭い路地を切り裂き、コンクリートが粉々に砕け散った。


雷禅は後方に鋭く飛び退いた。彼の剣が光り輝く弧を描く。

青い光の線が空中に広がり、複雑に絡み合いながら、ダンテの周囲に巨大な光の立方体を形成した。その構造物は不気味な振動を発している。


共鳴檻きょうめいかん――第一原理」


雷禅は剣を下ろした。


「お前のあらゆる動きは共鳴する。あらゆる行動は反響する。もがけばもがくほど……お前自身のリズムがお前をますます強く閉じ込めるだろう」


ダンテは不思議そうに周囲の光の壁を見回した。


「……ふむ、それがお前の策略か」


彼は両拳を力強く握りしめた。深紅の魔力が彼の体中に猛烈に噴出する。

だが、彼は障壁を直接攻撃しなかった。代わりに――彼は自身のエネルギーの「周波数」を急激に変化させたのだ。


二つの異なる周波数が限界まで衝突する。


ドォォォォ!!


立方体全体が激しく拒絶反応を起こして振動し、次の瞬間、無数の青い光の破片となって爆発的に崩壊した。

雷禅の目が驚愕に見開かれる。


「……ありえない。共鳴を乱して破壊したのか!?」


ダンテは平然と肩をすくめた。


「俺は他人のリズムに合わせて踊るつもりはないんでね」


初めて、雷禅の表情に焦りの色が浮かぶ。

(――こいつは俺にとって最悪の相性だ)


戦闘は刹那の間に再開された。二人は再び姿を消し、路地は深紅と青の混ざり合った残像の嵐と化した。

壁が爆発し、コンクリートが崩れ落ちる。稲妻のような魔力の激流が、雨に濡れた夜の闇を白く照らし出した。


雷禅が突然、ダンテの眼前に現れ、その剣を真っ直ぐ振り下ろした。


ガチャン!


ダンテはそれを完全に素手で受け止めた。激しい火花が散り、足元の舗装がひび割れる。彼の深紅の瞳が怪しく光った。


「速いな。だが、お前の剣は振るう前にすべてを物語っているぞ」


雷禅は忌々しげに舌打ちをした。


「俺の動きを読んでいるな……ならば、反応を強要してやる!」


ダンテは低く身を翻した。彼の鋭い足払いの一撃が舗装路を砕き、雷禅の体勢を強引に崩す。

だが地面に着地する直前、雷禅は空中で強引に体をひねり、極限まで圧縮された魔力の弾丸を放った。

ダンテは最小限の動きで首を傾げた。攻撃は彼の頬をかすめただけで、背後の壁を貫通した。


彼の白い頬に、細い血の筋がゆっくりと流れ落ちる。

ダンテは親指でそれを拭うと、楽しそうに微笑んだ。


「悪くない。お前は間違いなく、そこらの平凡なDランクよりは強いな」


次の言葉を交わすまでもなかった。両者は再び正面から突進した。


拳と剣が再び激突した瞬間、路地そのものが爆発した。

凄まじい衝撃波が街を駆け抜け、近くの商店街の一部は一瞬で瓦礫の山と化した。真紅と青の魔力が幾度となくぶつかり合い、降り注ぐ雨はその熱量で一瞬にして蒸発し、白い蒸気へと変わる。両者ともに一歩も引かない。


雷禅は突然、足場のスタンスを変えた。彼の右腕に不気味な青い紋章が浮かび上がる。彼の指先から細く光る糸がほつれ、月光の筋のように空中に幾重にも伸びていった。


「カルマの糸――第六の糸」


無数の糸が生き物のようにダンテに向かって突進した。ダンテは並外れた動体視力で、難なくその糸の隙間をすべてすり抜けた。


――しかし。


突然、避けたはずの彼の頬に、新たな細い切り傷が刻まれた。血が顔を伝って流れ落ちる。

ダンテは動きを止めた。


「……ん?」


雷禅は剣を静かに下ろした。


「因果応報だ。糸自体は避けたとしても……お前がそれを『回避した』という結果の因果からは逃れられない」


ダンテは溢れる血を拭い、不敵に笑った。


「なるほど、それがお前の技か。一種の鏡の呪いだな。実に厄介だ」


雷禅の目に宿る冷徹さは変わらない。


「お前が攻撃を回避すればするほど、因果の法則がその代償を求める」


ダンテはわざとらしく、芝居がかったため息をついた。


「説教はもういいよ」


彼はニヤリと笑った。


「これがお前の『先天技(固有アビリティ)』か?」


雷禅は沈黙した。それが何よりの肯定だった。


ダンテはそれ以上何も言わず、両手を地面に強く叩きつけた。真紅の魔力が路面の下からマグマのように湧き上がる。

バーストフラックス――干渉モード。


地面が地鳴りのような轟音を立てた。激しいエネルギーの脈動が地区全体に広がり、周囲を覆っていた光り輝く因果の糸が激しく震え出す。

そして――それらは次々と砕け散った。まるで脆いガラス細工のように、粉々に。


雷禅の瞳孔が恐怖に収縮した。


「……バカな。因果の構築を力技で邪魔したというのか!?」


ダンテは呆然とする雷禅を指差した。


「言っただろ。根本のリズムさえ崩しちまえば、お前の小細工は通用しなくなるんだよ」


ドーン!


彼の姿がかき消えた直後、ダンテの拳が雷禅の胸に容赦なく突き刺さった。

仮面のチャンピオンは凄まじい速度で弾き飛ばされ、近くの建物の壁を何枚も突き破り、通りの向こう側の建物に激突した。


雨の降る空に煙が立ち込める。再び静寂が戻ったが、二人の呼吸は荒かった。

雷禅は肺に溜まった血を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がった。


「お前ほどの力があれば、カザン様に仕えて大金を得ることもできたはずだ。なぜ、あのお方の敵になることを選んだ……」


ダンテは静かに微笑んだ。


「俺は誰かの所有物になるのが大嫌いなんでね」


風向きが変わった。彼の顔から冗談めかした表情が完全に消え去り、その瞳が猛獣のように鋭くなる。


「……そろそろ決着をつけようか」


紅い魔力が彼の周囲を嵐のように渦巻いた。彼の両腕に激しい稲妻が走る。路地全体がその密度に耐えかねて揺れ始めた。

雷禅は本能的な死の恐怖を感じ、剣を両手で必死に握りしめた。


「……我々の実力は互角のはずだ……!」


ダンテは冷たく笑った。


「俺をアイツらと一緒にすんなよ」


彼の拳の周りに、禍々しい紅い稲妻がほとばしる。


神離しんり――六道門」


地区全体が地震のように激しく揺れた。周囲の建物が圧倒的な圧力に耐えかねて軋んだ音を立てる。

雷禅の心臓の鼓動が急速に跳ね上がった。

(――あいつ、まだそれを使っていない。自分の『先天技』を……!)


目覚めた戦士たちの間には、誰もが知っている一つの残酷な真実があった。

古の神々は、それぞれの勇者に魂そのものから生まれた固有の技(先天技)を授けた。二つとして同じ技は存在しない。


しかし、それとは別に、もう一つの道が存在した。より暗く、血に塗られた道が。

勇者が別の勇者を完全に打ち破り、その魔力を直接吸収した時、倒された勇者の固有の技の断片が、勝者の魂に「残響」として刻み込まれることがあるのだ。


それはただの借り物の力。本物の固有技とは異なり、制限が厳しく一日に一度しか発動できない。

だからこそ、勇者同士の戦いには常に同じ暗黙の危険が伴っていた。力は単に鍛えて獲得するものだけではない。時には……他者から「盗み取られる」ものなのだ。


雷禅の背筋に猛烈な寒気が走った。

これまでダンテが見せてきた圧倒的な技の数々が、すべて「奪い取った借り物の力」だったとしたら……。

では、一体どんな怪物なのだ、この男の真の固有の技とは――?


雨は容赦なく降り続いた。路地は死のような静寂に包まれている。


その時――ダンテの姿が完全に消失した。

彼が立っていた空間そのものが内側に折り畳まれたかのように歪み、残されたのは真紅の稲妻の残像だけだった。


雷禅の目が限界まで見開かれる。

(速すぎる――!!)


彼がかろうじて振り返った時には、ダンテは既に真後ろに立っていた。彼の拳は不気味な真紅に輝いている。


「……『鍛冶屋ブラックスミス』」


ドォォォォォォ!!


拳が完全に炸裂した。世界が爆発したかのような錯覚。

雷禅は3つの建物を粉々に突き破り、アパートの瓦礫の奥深くへと沈んでいった。数ブロックにわたってすべての窓ガラスが粉々に吹き飛び、コンクリートの破片が空中に舞い上がる。街全体が激しく揺動した。


煙がようやく収まった時……雷禅はもうピクリとも動かなかった。


ダンテは崩れた舗装路に激しく着地した。彼の呼吸は荒く、額から大量の汗が流れ落ちている。「神離」による肉体への負荷で、彼の腕は激しく震えていた。

それでも……彼は満足そうに微笑んだ。


「よく戦ったな」


彼は瓦礫へとゆっくり歩み寄った。


「俺たちの間には、最初から超えられない隔たりがあったんだよ」


彼は意識を失った雷禅の胸にそっと手を置いた。すると、かすかな青い精霊の光が浮かび上がり、しばらく宙に留まった後、吸い込まれるようにダンテの体内へと流れ込んでいった。

温かさが全身の細胞に広がる。傷が急速に癒え、筋肉が弛緩し、感覚がさらに研ぎ澄まされていく。心臓の鼓動が一段と強くなった。


ダンテはゆっくりと目を閉じ、深い笑みを浮かべた。


「これで……十人目だ」


彼は新しく手に入れた力の手応えを確かめるように拳を握りしめた。


「もうすぐだ。もうすぐ、すべてが揃う」


その時、ピタリと風が止んだ。周囲のあらゆる環境音が不自然に消え去る。

ダンテの微笑みがゆっくりと消えていった。


何かが、この地区の空間に侵入してきた。

それは……今倒した雷禅とは比較にならないほど、圧倒的に強大で異質な存在だった。


彼は警戒しながら、ゆっくりと頭上の屋上へと視線を向けた。

そこに、一人の人影が傲然と立っていた。

背が高く、微動だにせず、濃密な闇に包まれている。その圧倒的な存在感だけで、周囲の空気が物理的に重くのしかかるようだった。


荒廃した静かな通りに、冷徹な声が響き渡った。


「ずいぶん派手に騒いでくれたな、ダンテ・カイル」

「450万円……。お前にしては、ずいぶんと安い旅の終わり方だな」


ダンテは目を細め、再び不敵な笑みを作った。


「大げさだな。……当ててみようか。Cランクか?」


見知らぬ男は静かに頷いた。


「その通りだ。私の部下を吸収したことで、お前は少しは強くなったようだな。報告にあった実力は誇張ではなかったわけだ」


男が月明かりの下へとゆっくり足を踏み出した。

青い髪に、一切の感情を排した瞳。そして、青い魔力がまるで生きている鎖のように、彼の両腕を複雑に包み込んでいた。


「俺の名前はビームだ」


ダンテは首の骨を鳴らした。


「いい名前だな。その名にふさわしいかどうか、試させてもらうよ」


ビームは静かに片手を差し出した。


「チェーンマニフェスト――アズールコイル」


彼の腕から、無数の青い鎖が爆発的な速度で射出された。鎖は瞬時に空間の距離をゼロにし、ダンテが反応するよりも早く彼の右腕に容赦なく巻き付いた。

ダンテの表情が初めて驚愕へと変わる。


「……なんだ、これは!?」


自分の体内からプラーナが急速に消失していく。対照的に、巻き付いた鎖はさらに明るく邪悪に光り輝いた。この鎖は、彼が放出しようとするエネルギーをすべて強制的に吸い取っているのだ。


「ちっ……!」


ダンテは全身の筋力を振り絞って強引に引き剥がそうとした。しかし、抗えば抗うほど鎖は容赦なく肉体を締め付けていく。

ビームはその光景を、冷めた目で見つめていた。


「無駄だ。お前が放出する力が強ければ強いほど……この鎖はより強固に、絶対的にお前を縛り上げる」


ダンテは苦しげに舌打ちをした。


「……お前、エネルギーを直接吸い取るタイプのアビリティかよ……」


彼の周囲に、最後の抵抗として真紅の稲妻がほとばしり路地を震わせたが、鎖はびくともしない。それどころか、その残ったすべての魔力さえも一瞬で吸収し尽くした。


ダンテの呼吸は劇的に荒くなり、視界が急激にぼやけていく。彼は既に雷禅との死闘で魔力の大部分を使い果たしていた。そして今、この怪物の鎖によって、残されたわずかな生命エネルギーさえも根こそぎ奪い去られようとしていた。


ドサリ、と彼の膝が冷たい地面に打ち付けられた。

ビームは冷酷に彼を見下ろす。


「お前は危険な存在だ。だが、どれほどの怪物であっても、限界を超えた疲労の先にあるのは死だ」


ダンテは意識が遠のく中、弱々しく笑った。


「……ふっ。……俺は、ただ……これから楽しもうと思ってたところだったんだがな……」


無慈悲な鎖が彼の全身を完全に包み込み、彼の視界に深い闇が忍び寄った。

薄れる意識の最後、耳の奥にビームの声が響いた。


「……死ぬなよ。お前は生きて連行する方が、遥かに価値がある」


すべてが真っ暗な闇へと沈んでいった。


---


灰色の雲の隙間から、静かに朝の陽光が訪れた。

小さなアパートのカーテンの隙間から光が差し込んでいる。


アシュラはソファに静かに座っていた。彼の両手にはティーカップが握られていたが、それはすでに完全に冷めきっており、手つかずのままだった。

部屋の中では、テレビのニュースが静かに流れていた。


『――番組の途中ですが、ここで緊急速報をお伝えします』


アシュラはハッとして顔を上げた。


『長らく指名手配中だったDランクチャンピオン、ダンテ・カイルが、政府の直接の許可を得たカザンギルドの手によって、先ほど完全に捕らえられました』


カップを握るアシュラの指先が、白くなるほど強烈に強張った。


『当局は、第9地区を完全に壊滅させた激しい戦闘の後、彼の逮捕を確認したとのことです。これを受け、政府は治安維持のため彼の公開処刑を正式に承認しました。刑の執行は……今から7日後に行われます』


画面の映像が切り替わった。

そこに映し出されたのは、傷だらけになり、全身を怪しく光る霊鎖で厳重に縛られたダンテの姿だった。

――しかし、そんな絶望的な状況であるにもかかわらず、画面の中の彼は不敵に微笑んでいた。


アシュラは言葉を失い、ただ画面を凝視していた。

指先から力が抜け、ティーカップが床へと滑り落ちる。お茶が床一面に広がっていったが、彼はそれすら完全に目に入っていなかった。


テレビの中では、記者が「正義」や「公共の安全」、そして「政府の公式声明」について淡々と話し続けている。

だが、アシュラにはもうその声は何も届いていなかった。


彼は虚ろなまま手を伸ばし、テレビの電源をリモコンで消した。

部屋に重苦しい静寂が満ちる。真っ暗になった画面には、愕然とした表情の自分の姿が皮肉にも映り込んでいた。


「……馬鹿野郎。人生は刺激的だって、笑ってただろ……」


温かい涙が彼の頬を静かに伝い落ちた。彼はそれを拭おうともしなかった。


丸一日が過ぎた。彼は何も食べず、誰とも話さなかった。

外の世界では、何事もなかったかのようにいつも通りの生活が続いていく。しかしこの部屋の中だけは、完全に時間が止まっていた。


やがて、再び夜が訪れた。


アシュラは静かにアパートのドアを開け、外へ出た。彼の足は、自然とかつて二人で使っていた廃墟となった訓練場へと向かっていた。

崩れ落ちた壁、錆びついたフェンス、ひび割れたアスファルト。

ここは、間違いなく彼らが血と汗を流して共に訓練した場所だった。


ダンテがいつも通り豪快に笑っていた記憶が脳裏に蘇る。

『ガードばかりしてたら、いつまで経っても強くなれないぞ、坊主! 魂を込めてパンチを打て!』

その言葉に、自分が呆れたように目を丸くして返した言葉も覚えている。

『お前は喋りすぎだ』

そして、二人は顔を見合わせて一緒に笑い合ったのだ。


だが、その鮮明な記憶も、冷たい夜風と共に虚しく消え去っていった。

アシュラは、自分の震える両手を見つめた。


「……お前は、俺にとって唯一の友達だったんだ」


その言葉は、まるで自分自身への告白のように、静かに口から漏れた。

胸を焦がす深い悲しみは、時間をかけてゆっくりと、絶対的な「決意」へと変貌していった。彼の瞳に、かつてないほど鋭い光が宿る。


「お前を、絶対に死なせたりしない」


ドンッ!!

彼の拳が、コンクリートの壁に激しく叩きつけられた。

一発。二発。もう一度。何度も、何度も。


鮮紅の血が、灰色の石壁を真っ赤に染めていく。彼の拳の関節の皮膚は破れ、肉が裂けていた。それでも、彼は決してその手を止めなかった。

一撃を繰り出すごとに、これまでの何年もの記憶が脳裏に刻まれていく。飛び散る血の一滴一滴が、彼の中の新たな絶対の誓いとなった。


ついに彼が拳を下ろした時、壁の一部は完全に破壊されていた。

彼は月明かりの下、崩れた壁にもたれかかった。荒かった呼吸が、次第に冷徹な落ち着きを取り戻していく。彼の視線には、もう一切の迷いはなかった。


「待っていてくれ、ダンテ。たとえカザン本人、そして政府すべてを敵に回して戦わなければならないとしても……必ずお前を、生きてここに連れ戻す」


彼の頭上では、凍てつく夜風が静まり返った不気味な街路を吹き抜けていた。

まるで世界の天の意思が、彼の命を懸けた誓いを静かに聞き届けたかのように。


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