サバイバル
黄金と真紅が激突した。
――キィィィィィン!!
クレーターのはるか上空で互いの剣が衝突し、割れた大地をさらに引き裂くほどの凄まじい衝撃波を放った。
視界を焼き尽くすほどの閃光が戦場を飲み込み、観客たちは思わず目を覆う。
Ashuraは歯を食いしばった。
その対面で、Elricが笑う。
それは、およそ人間とは思えない笑みだった。
「速いな……」
Ashuraの視線は奴から微塵も逸れない。
「喋りすぎだ」
言葉が終わるや否や――
両者は消失した。
どちらが先に動いたのか、誰の目にも止まらない。
観客たちの目には、戦場そのものが狂気に陥ったかのように映っていた。
黄金の光跡が空を切り裂く。
真紅の孤がそれを迎え撃つ。
一瞬にも満たない刹那の間に、数十もの斬撃がクレーターを交差し、目に見えない刃となって周囲の景色を刻んでいく。
剃刀のように薄い衝撃波が通り抜けるたび、巨大な岩石が次々と破裂していった。
ガキィィン!
キィィン!
ドカァァン!
ズガァァァン!!
激突のたびに、山々を揺らす雷鳴のような轟音が響き渡る。
Elricがもう一振りの剣を召喚した。
その時――
Ashuraの刃が、眩い黄金の弧を描いて上方へと跳ね上がった。
Elricは左手の剣でそれを受け止め、体をひねると、Ashuraの肋骨に向けて鋭い回転蹴りを叩き込んだ。
その衝撃がAshuraを後方へと吹き飛ばす。
ドゴォォォン!!
アシュラの肉体はそびえ立つ石柱を突き破り、激しい土煙の雲の下へと消え去った。
Elricは躊躇しなかった。
彼はそのまま煙の中へと突撃する。
闇を切り裂く真紅の閃光――
だが、それを黄金の光跡が迎え撃つ。
Ashuraは土煙から飛び出し、Elricの刃の下を滑り込みながら潜り抜けた。
砕けた地面の上で、互いの剣が激しく擦れ合い、火花が爆散する。
二人はすれ違った。
静寂。
ほんの一瞬の間……
どちらも動かない。
そして、二人は同時に反転した。
シュゥゥゥッ!!
彼らの剣が再び激突する。
噛み合う刃の間から激しい電光が噴出し、黄金と真紅の容赦ない閃光が戦場を照らし出す。
どちらも譲らない。
代わりに――
二人は跳躍した。
天空が彼らの戦場と化す。
外で見守る観客たちには、もはや彼らの肉体を視認することすらできなかった。
見えるのは、ただ閃光のみ。
ゴールド。
クリムゾン。
ゴールド。
クリムゾン。
衝突のたびに、夜空を横切る流星群のごとく、天空に輝く光の軌跡が刻まれていく。
Elricが先に降下した。
彼の双剣は、大地を両断せんばかりの威力で振り下ろされる。
Ashuraは両手で剣の柄を握り締め、その一撃を受け止めた。
激突が爆発する。
互いの力が限界まで拮抗し、大気中に花火のような火花が飛び散る。
Elricの腕の血管が、引き裂かれそうなほどに浮き上がる。
彼の顔に笑みが広がった。
「まだ強くなるか……」
「……血を流して死にかけているというのに」
顔を伝う血をものともせず、Ashuraは不敵に笑った。
「執念とでも呼んでくれ」
Elricは笑った。
「その答え、嫌いじゃない」
二人は距離を取った。
Elricは軽やかに着地すると、指先で器用に二本の剣を回転させた。
彼の真紅のAuraが、まるで火山のように爆発的に吹き上がる。
Ashuraは深く腰を落とした。
彼の黄金のAuraは、外側に爆発するのではなく、その身体の周囲を静かに流れるように包み込んでいく。
一方は暴虐。
もう一方は統制。
そして――
二人は突撃した。
その衝突の衝撃だけで、漂っていた土煙の雲が完全に消し飛ばされた。
ドゴォォォォォン!!
衝撃波が数百メートル以内のすべてを凪ぎ払う。
煙が晴れた時――
そこにはどちらの姿もなかった。
二人はすでに戦場を駆け抜けていた。
クレーターの正反対の端に立ち、二人はゆっくりと互いの方を振り返る。
そして……
再び前へと突進した。
まるで鏡に映した影のように。
一瞬にして距離が消失する。
次の攻防は、常人の目では到底捉えきれない速度で繰り広げられた。
AshuraはElricの最初の一撃を潜り抜け、上方へと斬り上げた。
Elricが防ぐ。
Ashuraの蹴りがElricの肋骨に叩き込まれる。
Elricはその激痛をねじ伏せて体を回転させ、Ashuraの肩を狙って刃を走らせた。
Ashuraはその刃を受け流し、己の額をElricの顔面に叩きつけた。
血が飛び散る。
Elricは笑った。
彼の膝がAshuraの腹部に深く突き刺さる。
Ashuraは追撃が届く前に、Elricの手首を掴んだ。
Elricの剣の一本が手から滑り落ち、空中に高く舞い上がる。
躊躇うことなく――
両者がその剣へと手を伸ばした。
二人の指が、同時に同じ柄を掴み取る。
どちらも引かない。
双方が同時にそれを振り抜いた。
キィィィィィン!!
大爆発が二人をクレーターの反対側へと激しく吹き飛ばした。
彼らは岩壁に激突し、崩れ落ちる瓦礫の山の下に埋もれていく。
後に続いたのは、静寂だった。
ゆっくりと……
二人は再び立ち上がった。
その呼吸はすでに限界に達し、荒く、重い。
血が、砕け散った大地へと絶え間なく滴り落ちていく。
クレーターは、もはや戦場の体をなしていなかった。
それはまるで、巨大な自然災害が通り過ぎた後の爪痕のようだった。
Elricは破壊の跡を見渡した。
その唇の端が、ゆっくりと吊り上がっていく。
「予想以上に長く持ったな」
Ashuraは口元の血を拭った。
「お前の方こそ、思ったより血を流してるじゃないか」
一瞬の間……
両者ともに動かない。
そしてElricは二本の剣を逆手に持ち替えた。
彼の真紅のAuraが再び立ち上り始める。
「なら……」
「……終わらせようか」
Ashuraは腰を落とした。
彼の足元から黄金のPranaが脈動し、稲妻の静脈のように砕けた大地へと広がっていく。
その視線は、決してElricから外れない。
「望むところだ」
空気が震える。
最終決戦の幕が、今上がろうとしていた。
両者が動いた。
躊躇は皆無。
警告もない。
ただ、二人の間の距離が暴力的に瓦礫と化して消失する。
互いの刃が噛み合った瞬間――
――キィィィィィィィィィン!!
世界が停止したかのように思われた。
そして、すべてが爆発した。
鼓膜を破らんばかりの衝撃波が衝突点から炸裂し、圧倒的な力で戦場を蹂躙した。
圧縮された空気の壁が景色を切り裂き、そびえ立つ岩石群を一瞬にして塵へと変え、クレーターは彼らの足元で真っ二つに裂けていく。
黄金と真紅のPranaが正反対の方向へと噴出し、まるで二つの星が無理やり衝突させられたかのように、何度も、何度もぶつかり合う。
天が揺れる。
地が呻く。
クレーター内のすべてが、目も眩むほどの光の中に飲み込まれていった。
嵐の中心で……
AshuraとElricは互いに組み合ったまま、微動だにしない。
どちらも退かず。
どちらも譲らず。
ただ、互いの視線だけが交錯していた。
## **TWO**
最後の一撃。
数秒後、土煙が静かに収まっていく。
Ashuraは荒廃した戦場の中央に立っていた。
彼の黄金のAuraは弱々しく明滅し、今にも消え入りそうだった。
血が両腕を伝い、指先からぽつり、ぽつりと流れ落ちる。
その対面では、Elricが未だに立ち尽くしていた。
彼の真紅のAuraはすでに砕け散り、無数の輝く粒子となって大気中に漂っている。
胸元には深い斬撃が刻まれ、そこから血が絶え間なく溢れ出ていた。
どちらのChampionも言葉を発しない。
どちらも視線を外さない。
ただ、荒れ果てたクレーターに彼らの荒い呼吸音だけが寂しく響き渡っていた。
長い、引き延ばされた刹那の間……
世界が静止する。
そして――
ドサッ……
ドサッ……
二人の膝が、同時に砕けた大地へと崩れ落ちた。
Ashuraは頭を垂れた。
唇から血を流しながらも、彼の顔に微かな笑みが浮かぶ。
「……どうやら……」
「……あいつらに、十分な時間は稼げたようだな」
彼の視界が急速に暗転していく。
肉体が、ついに限界を迎えて降伏した。
彼は砕けた石の上へと、うつ伏せに崩れ落ちた。
バタリ。
戦場の向こう側で……
Elricがもう一歩、よろめいた。
彼は自分の胸の傷を見下ろし、それから自嘲気味に静かに笑った。
「ふっ……」
「よもや……」
「……お前にここまで戦わされるとはな」
「本当に楽しかった。手加減しておいて正解だったよ」
この戦闘が始まって以来、初めて……
彼の声に一切の嘲りは含まれていなかった。
あるのはただ、敬意のみ。
疲弊しきった笑みを浮かべ、
そして、彼は仰向けに倒れ込んだ。
ドサリ。
戦場は、ついに完全な静寂に包まれた。
## **OUTSIDE**
Global Spectator Hall。
巨大なホログラフィック・スクリーンが、ありとあらゆる角度からその戦闘の再映像を流し続けていた。
誰一人として声を発しない。
数千人の観客たちが、驚愕のあまり完全に凍りついていた。
沈黙の末に――
「あれは……」
「……俺がこれまでに見た中で、最高の接近格闘戦だ」
別の観客が、生唾を飲み込んだ。
「D-RankがS-Rankをあそこまで追い詰めたっていうのか?」
「そんなのあり得ない……」
誰かが静かに答えた。
「いや……」
「あれはMusashinoのAshuraだ」
「才能があるのは知っていたが……」
「……まさか、これほどとはな」
再び沈黙が戻る。
ベテランのChampionたちでさえ、ただそのリプレイ画面を凝視することしかできなかった。
Emperor's building。
戦場のはるか上空……
巨大な黒曜石の会議室の中で、
何十人ものChampionたちが同じ映像を見守っていた。
彼らはそれぞれ、圧倒的な神聖なる威圧感を放つ巨大な黒い玉座に腰掛けている。
一人のSS-Rank Championが、笑みを浮かべて身を乗り出した。
「おいおい……」
「恐ろしいほどの才能だな」
別の者が腕を組む。
「S-Rankをあそこまでの格闘戦に引きずり込むとは……」
「……あの接近戦の技術は、すでに多くのSS-Rankに匹敵するぞ」
数人のChampionたちが静かに頷いた。
その時……
一人のSSS-Rank Championがゆっくりと立ち上がった。
彼女の視線は、ホログラムから一切外れない。
「私のElricが……」
「……自らをあそこまで追い詰めるとはね」
彼女の声には怒りも失望もなかった。
ただ、静かな驚きだけがあった。
その傍らで……
年老いたSS-Rank Championがため息をついた。
「あのS-Rankが本力を出していなかったのは明白だが……」
「……認めるべきは認めるべきだな」
「あのD-Rankは、すべての期待を超えてみせた」
異論を唱える者は、一人としていなかった。
Tokyo Underground Control Headquarters。
巨大な指令室の内部では、
緊急アラームが鳴り響き続けていた。
何十ものホログラフィック・ディスプレイが真紅の警告サインを点滅させている。
オペレーターたちが慌ただしくコンソールからコンソールへと駆け回る。
一人の分析官が、信じられないといった様子で顔を上げた。
「C-RankとD-Rankが、あり得ない戦闘データを叩き出しています!」
別の分析官が報告書を読み上げる。
「Danteが発生させた竜巻は、およそマッハ2.1に達しています……」
「……これは歴史上最も破壊的だった竜巻の一つに匹敵する数値です!」
三人目の技術者が唾を飲み込んだ。
「Ashuraは13回の直接雷撃を耐え抜いています」
「一回あたりの放電量は約2万メガワット……」
「単一の戦闘で26万メガワット以上のエネルギーに耐え抜いた計算になります!」
部屋全体が静まり返る。
やがて……
誰かが囁いた。
「……化物め」
もう一人が頷く。
「奴らがどうやってShiroを倒したのかは未だ不明ですが……」
「……これを見た後では……」
「もう誰も奴らを過小評価することはできないでしょう」
突如として――
けたたましい警告音が指令室全体に響き渡った。
『警告! 警告!』
一人の技術者が飛び起きた。
「隊長!」
「Level Fourのコアが不安定化しています!」
「完全崩壊まで、残り25分!」
総責任者がコンソールに両手を叩きつけた。
「クソが!」
「Danteのせいで、すでにLevel TwoとThreeが崩壊しているんだぞ」
「もしLevel Fourまで爆発すれば……」
彼は震える地下マップを凝視した。
「……Emperorの結界と、あのSS-Rankの安定化技術だけが、Tokyoが奈落の底へ沈むのを防ぐ唯一の砦だぞ」
部屋全体が静寂に包まれる。
若い技術者がぽつりと呟いた。
「じゃあ……」
「……あのMusashinoの報告書は本物だったのか」
別の者が、静かにその言葉を継いだ。
「奴らはもう神童なんかじゃない……」
「本物の『怪物』だ」
はるかはるか地下の奥深くで――
戦場は静まり返っていた。
真紅の空の下、二人の戦士が意識を失ったまま横たわっている。
一方は、ただ仲間を守るために戦い。
もう一方は、ようやく記憶に刻むに値する好敵手を見出していた。
山が呻き声を上げた。
大地の奥深くで、 Level Fourの壁に無数の亀裂が走り、地面から溶けた岩石の川が噴出し始める。
赤色の緊急警告灯が、崩壊していく戦場を不気味に照らし出した。
機械的な音声がエリア内に響き渡る。
『警告。』
『LEVEL FOURは最終崩壊フェーズに入りました。』
『制限時間:残り22分。』
『すべてのCHAMPIONは直ちに避難してください。』
誰も動かない。
ほんの一瞬の間、ただ大地が揺れる音だけが響いていた。
Miraは広がり続ける溶岩の海を、信じられないといった表情で見つめていた。
「……嘘……」
彼女の声は辛うじて唇から漏れる程度だった。
「Level Twoに……Level Three……」
「もう全部消えちゃったのよ?」
彼女はひび割れた天井を見上げた。
「どうやって上に戻ればいいの?」
Razeが答える。
「壁を登るんだ」
静かな呻き声が静寂を破った。
Danteがゆっくりと目を開けた。
治療は施されたものの、それでも全身が激痛に悲鳴を上げている。
まるで全身の骨が粉々に砕け散ったかのようだった。
だが、彼の頭にある疑問はただ一つだけだった。
「……Ashuraは?」
HerculesはDanteを抱え、崩れ落ちる地面を慎重に進みながら、その腕に力を込めた。
「じっとしていろ」
Danteは周囲を見渡した。
そこにAshuraの姿はなかった。
彼の表情が一変する。
「……降ろせ」
Herculesは躊躇した。
「Dante、お前は――」
「降ろせって……」
「……言ってるんだ」
大男は不承不承ながらもそれに従った。
Danteの足が地面に着いた瞬間――
ピキィィン。
足元の石が砕け散る。
彼の身体から蒸気が立ち上った。
彼の真紅の瞳が、ゆっくりと持ち上がる。
「……置いてきたのか」
静寂が返ってきた。
Razeが頭を垂れた。
「あいつが俺たちに撤退を命じたんだ」
「お前を守るのが自分の責任だ、と」
Danteは笑った。
乾いた、壊れた笑いだった。
「……だから、あいつの言う通りにしたのか」
彼は拳を握り締め、指の隙間から血が滴り落ちるほど力を込めた。
「……あいつをあそこに置いてきたのか!」
Miraが一歩前に出た。
「Dante……お願い……」
「Level Fourが崩壊しているのよ」
「もし戻ったら――」
「知るかよ」
彼の答えに一切の躊躇はなかった。
Razeが彼の肩を掴んだ。
「あいつは俺たちが生き残るために戦ったんだ!」
「自分でそれを選んだんだぞ!」
Danteの肩が激しく震えた。
その呼吸が乱れていく。
「俺は……」
「俺は……」
「……あいつを置いていけない」
Razeの声が戦場に爆発した。
「あいつはもう死んでるんだ!」
「もしElricに殺されていなかったとしても……」
「……この場所が、あいつを殺している!」
すべてが静止した。
一瞬の間――
Danteは目を閉じた。
そして……
ドゴォォォン!!
紫色のPranaが彼の足元から爆発的に噴出した。
地面が吹き飛ぶ。
次の瞬間、彼は何も言わずにその場から消失した。
彼の声が、崩落していく洞窟の奥深くに響き渡る。
「ASHURA!!」
「てめぇ、絶対に生きてろよ!!」
はるか地上では――
何百万もの人々がその様子を見つめていた。
世界中の都市で、巨大なホログラフィック映像がその中継を映し出している。
ニュースキャスターたちは冷静さを保とうと必死だった。
「彼らは孤立しています。」
「退路はありません。」
「この崩壊を止める手段は存在しません。」
人々は画面の前で立ち尽くしていた。
祈る者。
涙を流す者。
ただ見守る者。
スペインでは――
Ashが遮るもののない空の下、一人で立っていた。
彼の拳に徐々に力がこもる。
「……死ぬなよ」
大分では――
Minoriが両手を握り締めていた。
涙が静かに彼女の頬を伝い落ちる。
「約束したでしょ……」
「だから、帰ってきて」
その頃――
崩壊しつつあるエリアの内部では、
Danteが疾走していた。
彼は自らの肉体を焼き尽くす炎を無視した。
周囲で噴出するマグマを無視した。
肺を焼くような熱風を無視した。
一歩進むたびに、彼は地獄の深淵へと足を踏み入れていく。
アラームが鳴り響く。
『制限時間:残り19分。』
彼はクレーターに到達した。
だが、そこは完全に変貌していた。
かつての戦場は影も形もない。
あるのはただ、溶けた岩石の果てしない海だけだった。
Ashuraが倒れたはずの場所は……
……すでに溶岩の下へと消え去っていた。
Danteは呆然と立ち尽くした。
「……嘘だろ……」
彼の膝ががくりと崩れ落ちる。
そして――
彼は跳んだ。
溶岩の海へ向かって、真っ直ぐに。
彼の皮膚が一瞬で焼け焦げる。
両足から黒い煙が立ち上る。
それでも……
彼は探し続けた。
両腕を溶けた泥の中に突き入れ、歯を食いしばる。
「頼む……」
「……どこにいるんだ……」
警告。
『制限時間:残り15分。』
その時――
声が聞こえた。
「……自殺志願者か、お前は」
Danteの動きが止まった。
ゆっくりと……
彼は顔を上げた。
炎の中から、一人の影が歩み出てきた。
Elricだ。
彼の身体は血に染まっていた。
片腕は力なく垂れ下がっている。
だが、その肩には……
Ashuraが担がれていた。
意識を失ってはいるが、
生きている。
Danteの目が大きく見開かれた。
「……Ashura……」
Elricは彼をそっと安全な地面の上に横たえた。
そして、Danteを見た。
「心配するな」
「殺すのはもう終わりだ」
彼の疲れた視線がAshuraへと向けられる。
「こいつをここで死なせるのは、あまりにも惜しいからな」
彼は微かに笑った。
「お前たち二人は……」
「……まだ登るべき壁があるはずだ」
それだけを言い残し、
彼は身を翻した。
炎の中に彼の姿が溶けていき、やがて何も見えなくなった。
DanteはAshuraの傍らに崩れ落ち、その身体をきつく抱きしめた。
「……バカ野郎……」
「……人を変に驚かせやがって」
Ashuraからの返答はない。
その呼吸は弱かったが、
確かに一定のリズムを刻んでいた。
安堵のあまり、Danteは崩れ落ちそうになった。
だが――
再び激しい揺れが空洞全体を襲った。
カウントダウンは無情にも続く。
『制限時間:残り10分。』
Danteは頭上を見上げた。
ここから這い上がるのは、およそ不可能な道のりだった。
数百メートルに及ぶ割れた岩壁。
道もなければ、足場もない。
彼は静かにAshuraを背中に担ぎ直した。
「……結局……」
「……また俺がお前を運ぶ羽目になるんだな」
彼は登り始めた。
右手。
左足。
さらにその先へ。
焼け焦げた指先が滑り、
岩肌が血で赤く染まっていく。
筋肉が悲鳴を上げ、引き裂かれそうになっても、
それでも彼は登り続けた。
コントロールセンターの内部では、
ディスプレイが次々とブラックアウトしていった。
映像が砂嵐に包まれていく。
一人の技術者がヘッドセットを外した。
「……映像信号、途絶えました」
部屋全体が重苦しい沈黙に包まれる。
ディレクターはゆっくりと目を閉じた。
「……そこまでか」
残り6分。
Danteは登り続けていた。
一呼吸ごとに胸が引き裂かれそうになり、視界はかすんでいく。
それでも、彼はまた一歩を踏み出す。
残り2分。
頭上では――
ElricがLevel Twoの縁に静かに立っていた。
彼は燃え盛る奈落の底を見下ろし、
「……生きろ」
そう呟くと、煙の中へと消えていった。
残り1分。
生き残ったChampionたちは、緊急転送陣によって次々と避難させられていた。
Miraはクレーターから目を離すことができなかった。
涙が彼女の頬を伝い落ちる。
「……さようなら……」
三。
二。
一。
世界が爆発した。
――ドガァァァァァァァン!!
地下の迷宮が完全に崩壊した。
炎が天に向かって噴出し、周囲数キロメートルに及ぶ大地が激しく揺れ動く。
そして……
静寂が戻った。
二日後。
未だに立ち上る煙は収まっていなかった。
何千人もの救助隊員たちが、崩れ落ちた岩の山を果てしなく捜索し続けていた。
重機のエンジン音が絶え間なく響き渡る。
もはや、生存者がいると信じる者は誰もいなかった。
救助隊長が額の汗を拭った。
「……最後のセクションだ」
爆薬が炸裂し、
辺りに砂煙が舞う。
その時――
「……待て」
瓦礫の隙間から、微かな光が反射しているのを一人の隊員が見つけた。
彼は慌てて駆け寄る。
「……誰かいるぞ!」
救助チーム全員がその場に殺到した。
手作業でコンクリートの破片を取り除いていく。
数分後……
二つの意識を失った肉体が掘り出された。
一人がもう一人を背負うような形で。
山が丸ごと崩れ落ちてきたその下でさえ、
Danteの腕は、決してAshuraを離そうとはしなかった。
救護キャプテンが信じられないといった様子で囁いた。
「……息をしてるぞ」
コントロールセンターの内部。
一人の若い技術者が突然立ち上がった。
「……隊長」
全員の視線が彼に集まる。
「生きてます」
静寂。
「……もう一度言え」
「二人が、生き延びました」
数秒の間、誰も言葉を発しなかった。
そして、ディレクターが笑みを浮かべた。
心からの、温かい笑みだった。
「……あの餓鬼ども……」
「……どこまでも死なない奴らだな」
そのニュースは、わずか数分で世界中を駆け巡った。
『速報:AshuraとDante、奇跡の生還』
世界中でお祭り騒ぎのような歓声が沸き起こった。
スペインでは――
Ashが静かに笑みを浮かべた。
「わかってたさ」
大分では――
Minoriがわっと泣き崩れた。
「帰ってきた……本当に帰ってきたんだ……」
Imperial Hallの内部では、
最強のChampionたちでさえも驚愕の視線を交わし合っていた。
一人のSS-Rank Championが笑った。
「あいつが『その人』だと思うか、Okasaki?」
Emperorがゆっくりと立ち上がった。
「……我が領地で最高のHealerを派遣しろ」
「費用はいくらかかっても構わん」
「絶対に二人を救うのだ」
勝利によって生まれる伝説もあれば、
ただ「死を拒絶する」その一事によって刻まれる伝説もある。
そしてその日……
AshuraとDanteの名前は、単なる「前途有望な若きChampion」としてではなく……
決して生きては戻れないはずの墓標から、生還を果たした「怪物」として世界にその名を轟かせた。
白いカーテンから、朝の光が差し込んでいた。
静かな病室の中に、心拍モニターの規則的な電子音だけが響いている。
Ashuraの指先がピクリと動いた。
彼の瞼がゆっくりと持ち上がる。
見上げる天井は、見覚えのないものだった。
白く、清潔で、静かな空間。
数秒間、彼はただそれを見つめていた。
「……」
体を動かそうとした瞬間、激痛が全身を駆け抜けた。
短い悲鳴が彼の唇から漏れる。
彼の胸元には厚い包帯が巻かれ、その肉体には黒い稲妻の爪痕のような、生々しい傷跡が刻まれていた。
ドアが静かに開いた。
看護師が駆け込んできて、その顔を安堵の表情に和らげた。
「気がついたのね」
「丸二日間、意識が戻らなかったのよ」
Ashuraはそれ以外のすべてを無視した。
「……Danteは?」
その声は辛うじて聞こえる程度だった。
「どこにいる?」
看護師は優しく微笑んだ。
「生きているわ」
「回復力は驚くほど早かったけど、まだ眠っているわ」
Ashuraは静かに目を閉じた。
その時初めて、彼の肩から緊張の糸が切れた。
「……よかった」
彼の指先が、胸元に刻まれた深い傷跡へと伸びる。
その歪な皮膚をなぞった。
「……なぜHealerは、この傷を消さなかったんだ?」
看護師は言葉を濁した。
「Healerも何度も試みたわ」
「でも、あなたの身体がすべての回復魔法や技術を拒絶したの」
彼女は視線を落とした。
「あの怪我は、すでにあなたの一部になってしまっているって、そのHealerが言っていたわ」
Ashuraは沈黙を守った。
その指先は、まだ傷跡の上にある。
「……証明、か」
看護師は首を傾げた。
「生き残ったという、証明だな」
彼の顔に、微かな笑みが浮かんだ。
数時間後――
別の病室は静寂に包まれていた。
その時――
Danteの目がカッと見開かれた。
その瞳が真紅に燃える。
彼の本能が、思考よりも先に肉体を動かした。
ベッドから転がり落ち、
着地と同時に、完璧な戦闘態勢を取る。
彼の荒い呼吸音が部屋に響き渡った。
「……Ashura」
考えるよりも先に、彼は走り出していた。
看護師たちが反応する間さえなかった。
「待って!」
「怪我人が何を――!」
廊下の景色が彼の周囲でブレていく。
走るたびに包帯が解けていくが、そんなことはお構いなしに、裸足で磨かれた床を蹴り続けた。
その時――
見覚えのある人影が、廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。
両者が足を止める。
静寂。
誰も言葉を発しない。
長い間……
二人はただ互いを見つめ合っていた。
Ashuraが最初にその沈黙を破った。
「……うるさいぞ、お前」
Danteは笑った。
それは楽しげというよりは、安堵の混ざった笑い声だった。
「お前もな」
彼は一歩前へ踏み出した。
次の瞬間、二人は何も言わずに抱き合った。
誰が見ていようが関係なかった。
痛みのことなど、どうでもよかった。
生きている。
ただそれだけで、十分だった。
しばらくして、Danteが体を離した。
「……お前を失ったと思った」
Ashuraは微かに笑った。
「危ないところだったさ」
「お前こそ、しぶとく生き残ったな」
Danteは頭の後ろを掻いた。
「助けなきゃいけない奴がいたからな」
Ashuraは彼を見つめた。
「……俺も同じだ」
これ以上の言葉は不要だった。
病室のドアが開いた。
帝国軍の制服を身にまとった女性が、二人の白衣の士官を伴って入ってきた。
彼女は礼儀正しく一礼した。
「Champion Ashura」
「Champion Dante」
「Emperorがお呼びです」
Danteが瞬きをした。
「……もうか?」
Ashuraは一度だけ頷いた。
「行こう」
彼らのために、新しい制服が用意された。
古い傷の上に新しい包帯が巻かれていく。
Ashuraは黒いコートのボタンを留め、
Danteは腰のサッシュを整えた。
数分後、黒い高級公用車の車列が、彼らを帝都の宮殿へと運んでいった。
Imperial Hall。
天を衝くような巨大な柱が並び、天井には人類の歴史における偉大な戦いの歴史が描かれている。
頭上では黄金のバナーが風にそよいでいた。
生き残ったChampionたちが整列している。
残されたのは、わずか10人。
Emperorが入場すると、即座にホール全体が静まり返った。
彼の視線が、生存者たちを一人ずつ見渡していく。
「かつては20人いた」
「だが、今は……」
「……10人だ」
彼の声が、大理石の壁に響き渡る。
「どんな言葉も、倒れた者たちの代わりにはならん」
「どんな勝利も、彼らの犠牲を帳消しにはできん」
彼の背後で、巨大なホログラフィック・ディスプレイが起動した。
名前が次々と表示されていく。
Elric
Bounty: ¥593,000,000
Rank: S
Haruki
Bounty: ¥572,000,000
Rank: S
Mira
Bounty: ¥50,000,000
Rank: A
Hercules
Bounty: ¥87,000,000
Rank: A
Raze
Bounty: ¥93,000,000
Rank: B
残りのChampionたちの名前がそれに続く。
そして――
二つの名前が同時に並んで表示された。
Dante Kyle
Former Bounty: ¥9,000,000
Current Bounty: ¥105,000,000
Rank: D
Ashura
Former Bounty: ¥15,000,000
Current Bounty: ¥127,000,000
Rank: D
ホール内に、静かなざわめきが広がった。
数人のベテランChampionたちでさえ、驚きの表情を浮かべている。
Emperorが一歩前に出た。
「多くの者は、この数字の意味を誤解している」
「これは報酬ではない」
「これは、評価だ」
「もし誰も止める者がいなかった場合、お前たちがもたらすであろう破壊の『想定規模』だ」
静寂が戻る。
「力が大きくなればなるほど……」
「……その背負うべき重荷もまた大きくなる」
彼の視線がAshuraとDanteに注がれた。
「お前たちは、無数の者が命を落とした場所から生還した」
「だが、生き残ったことを無敵であると錯覚するな」
「この世界は、お前たちの想像をはるかに超えて広い」
彼の視線が再び全員を見渡す。
「今日から……」
「お前たちはその『可能性』ではなく、その『行動』によって評価されることになる」
Emperorは、帝都を見下ろす巨大な窓へと身を向けた。
窓の外では、
何百万人もの人々がその様子を生中継で見守っていた。
今日までAshuraとDanteの名前を知らなかった世界中の人々が、
もう二度と、その名前を忘れることはないだろう。
新世代のChampionたちが、歴史の表舞台へと最初の一歩を踏み出した瞬間だった。
Emperorはしばらくの間、沈黙を守った。
あまりの静けさに、バナーが風に揺れる音さえも聞こえるようだった。
そして、彼は言った。
「最後に……一つ、報告がある」
すべてのChampionたちが反射的に姿勢を正した。
世界中で生中継を見つめる何百万もの人々が、固唾を飲んで次の言葉を待つ。
Emperorがゆっくりと振り返り、
彼の視線が、新しく昇進したChampionたちの中に静かに立つ一人の人物へと向けられた。
Ashuraだ。
彼は片手を上げた。
「この9年間……」
「Championたちの目覚め以来」
彼の声が、大理石の宮殿に響き渡る。
「普通のChampionを縛る法を遥かに超越した存在が存在する」
「その成長は、いかなるRankによっても推し量ることはできん」
「力の限界そのものを書き換える存在だ」
重苦しい静寂が後に続いた。
SS-Rank Championたちでさえも、困惑の視線を交わし合っている。
EmperorがAshuraを指し示した。
「この青年こそが、その存在だ」
「彼こそが、最初にして……」
「……唯一の……」
「……Earthrealmの『Irregular』だ」
静寂。
そして、世界が爆発した。
ホール全体から一斉に息を呑む音が漏れた。
中継を見ていた世界中の視聴者たちが、驚愕のあまり声を上げた。
「Irregularだって?!」
「Earthrealmに本当にそんな存在がいるのか?!」
「そんなのあり得ない!」
「ついに俺たちにも現れたんだ!」
Ashura自身は身じろぎ一つせず、その表情を変えなかった。
だが、彼は感じていた。
何千、何万もの視線が、
世界のあらゆる場所から、
今や自分一人に注がれているのを。
Emperorが最後に言った。
「今日この日から……」
「Ashuraという名は、単なる『有望な若きChampion』のものではなくなる」
「それは、一つの象徴となる」
「Earthrealmにおいて初めて誕生した、Irregularという名の象徴に」
ホールは再び静まり返った。
歴史が、
たった今、書き換えられたのだ。
Ashuraは瞬きをした。
宮殿に入って以来、初めて彼は本気で困惑した表情を浮かべた。
彼はゆっくりとDanteの方を振り向いた。
「……お前、Irregularって何だか知ってるか?」
Danteは頭の後ろを掻いた。
「Irregularって一体全体何なんだ?」
彼はAshuraとEmperorを交互に見つめた。
「それでお前と何の関係があるんだよ?」
Ashuraは静かにため息をついた。
「さっぱりわからん」
二人は困惑した表情を交わし合った。
Emperorは彼らの様子をしばらく見つめていたが、その唇の端がほんの僅かに吊り上がった。
「本当に何も知らないようだな……」
Championたちの間に、微かなざわめきが広がった。
失笑する者もいれば、ただ見つめる者もいる。
そして――
その静寂は一瞬にして破られた。
Earthrealm中のあらゆる放送局が、蜂の巣をつついたような大騒ぎに陥った。
ニュースキャスターたちは冷静さを保とうと必死だった。
「Emperorは今……Irregularと言いましたか?!」
「9年ぶりの新規Irregularの誕生ですか?!」
「歴史が塗り替えられました!」
ソーシャルメディアは数秒でパンク状態となった。
ありとあらゆるプラットフォームに数百万件のコメントが殺到する。
「Irregularって何だよ?! どういう意味だ?!」
「Emperor自らが発表したんだ、本物に決まってる!」
「Ashura……あの名前、絶対に忘れないぞ」
「あいつ、ほんの数ヶ月前まではE-Rankだったんだろ?」
「あいつの異常な成長スピードの謎がようやく解けたな」
Government Associationの内部では、
研究者たちが作業を中断し、
科学者たちが中央アーカイブへと押し寄せていた。
その肩書きだけで、彼らの心臓は激しく高鳴っていた。
――『IRREGULAR』。
はるか彼方のImperial Dominion。
果てしない雲の海を見下ろす天を衝くような巨大な要塞の中で、
謎の支配者が巨大な窓の前に立っていた。
Batouが静かに入室し、一礼した。
「我が主よ。」
「発表が始まりました。」
支配者は笑みを浮かべた。
「そうか……」
「ついに奴を表に出したか」
彼は遠い地平線を見つめた。
「素晴らしい。」
「これで、すべての王国が……」
「すべてのギルドが……」
「そして、すべてのRealmが」
「……あの少年に注目することになる」
彼の笑みが深まる。
「ゲームが、ついに始まったな」
海の奥深く――
再びImperial Hallの内部。
外の世界の大騒ぎが、まるで壁を伝って響いてくるかのようだった。
それでも、Ashuraはただその場に立ち尽くしていた。
彼はEmperorを見つめた。
「……陛下。」
「一体……」
「……Irregularとは何なのですか?」
ホール全体が、再び静まり返った。
その場にいる全員が、Emperorへと視線を向けた。
誰もがその答えを渇望していた。
Emperorの声は冷静だった。
「Irregularとは……」
「……Championを縛るいかなる法則の外側に存在する者だ」
誰も口を挟もうとはしない。
「一つのRealmに、Irregularはただ一人しか存在し得ない」
「彼らはRankに縛られず、」
「限界という天井を持たず、」
「その成長が止まることはない」
「ただ、進化し続けるのだ」
彼の言葉が、大理石の宮殿に響き渡る。
「強くなればなるほど……」
「……その成長速度はさらに加速していく」
「存在そのものが異常なのだ」
EmperorはAshuraを真っ直ぐに見つめた。
「この9年間、Earthrealmには存在しなかった」
「だが今日……」
「……我々は見出したのだ」
彼の指が、ゆっくりと彼を指し示した。
「Ashura。」
ホールは静まり返った。
Danteは二回瞬きをし、
それからAshuraを指差した。
「……はあ?」
彼は頭を掻いた。
「つまり、お前は最初からチートだったってことか?」
Ashuraも同様に困惑していた。
「……そんなものに登録した覚えはないんだが」
数人のChampionたちが、思わず静かに吹き出した。
Emperorでさえも、微かな笑みを浮かべていた。
ホールの後方で、
一人の男が腕を組んでいた。
Gaiusだ。
彼の唇が不敵に吊り上がる。
「……やはりな」
BarouがGaiusの影から姿を現した。
Barouが横目で彼を見た。
「知っていたのか?」
Gaiusは頷いた。
「並のChampionがあれほど早く技術を習得できるはずがない」
「並のChampionが、一度見ただけで技術に適応できるはずがない」
「あいつは最初から、異常だったんだ」
Emperorが言葉を続けた。
「今日この瞬間から……」
「Earthrealmのすべての国家は、お前の命を最優先事項として扱う」
「政府も、」
「Imperial Dominionも、」
「Champion Associationも、」
「すべての軍事力も、」
「そのすべてが、お前を保護する」
彼の表情が険しくなる。
「お前が今強いからではない……」
「お前が明日、何者になるか、そのためだ」
彼は一呼吸置いた。
「もしMultiversal War(次元間戦争)がEarthrealmに訪れたなら……」
「お前は我々の最大の武器となり、」
「最後の防衛線となり、」
「切り札となるのだ」
その言葉の重みが、その場にいる全員の肩にのしかかった。
AshuraはEmperorを見つめ、
それから自分の手を見つめ、
そしてDanteを見た。
「……俺はただ、仲間を助けようとしただけなんだが」
「……一体いつの間にこんなことになってたんだ?」
Danteは堪えきれずに大笑いした。
「お前が変な奴だとは知ってたけどよ」
「まさか『世界の命運を握るレベル』で変な奴だとは思わなかったぞ」
Ashuraはため息をついた。
「……どうも」
一人のS-Rank Championが、突如として一歩前に踏み出した。
Harukiだ。
彼の表情は冷徹極まりなかった。
「陛下。」
Emperorが彼に視線を向ける。
「もし彼が本当にIrregularであるならば……」
「……我々の懸念は、彼の保護だけにとどまりません」
ホールが再び静まり返る。
そのChampionは言葉を続けた。
「もしも……」
「……いつの日か、彼が我々の敵となったらどうするのですか?」
誰も答えなかった。
初めて、Emperorの瞳に微かな緊張が走った。
それは、いかなる支配者であってもいつかは直面する究極の問いだった。
果たしてIrregularを……
……制御することなどできるのか?
EmperorはゆっくりとAshuraを見据えた。
Ashuraは一切の恐れを抱くことなく、その視線を受け止めた。
そして、彼は言った。
その答えは、極めて単純明快だった。
「もし俺がいつか、EarthやこのRealm全体を脅かすような人間になったら……」
「……その時は、俺を止められるだけの強い奴が現れてくれることを願うよ」
静寂。
完全なる静寂がホールを包み込んだ。
Emperorさえも、一時的に気圧されたかのように言葉を失った。
そして……
彼は笑った。
「……いや」
彼は首を振った。
「世界は、正しい選択をしたようだな」
ホール全体が、割れんばかりの拍手に包まれた。
ある者は称賛のあまり、ある者は安堵のあまり。
そして他の者たちは、
ただ、一つの伝説の誕生を目撃したために。
Emperorが言葉を続けた。
彼の声がホール全体に響き渡る。
「お前たちはImperial Hotelへと護送される。追って沙汰があるまで、そこが居住地となる」
数人の兵士たちが同時に前に進み出た。
「こちらへどうぞ」
AshuraとDanteは短く視線を交わし、それから巨大なエントランスへと向かって歩き出した。
言葉もなく、彼らはその場を後にした。
黄金の太陽の光が、大理石の中庭へと降り注いでいる。
帝国のバナーが風に優しくなびいていた。
Championたちが静かに散会していき、彼らの雑談の声が遠ざかっていく。
ただ一人の人影だけが、そこに残されていた。
巨大な宮殿の門の脇に立っていたのは、Elricだった。
彼の真紅のコートが、風に揺れている。
数秒間、誰も言葉を発しなかった。
三人はただ、互いを見つめ合っていた。
つい先ほどまで、互いを殺し合おうとしていた戦士たち。
Elricの顔に、微かな笑みが浮かび上がった。
「……生き残ったか」
Ashuraも笑みを返した。
「お前こそな」
Elricは押し殺したような声で笑った。
「信じていたさ」
彼は一歩前に踏み出し、
そして、自らの手を差し出した。
Ashuraは差し出された手を見下ろした。
彼の指先に巻かれた包帯は、古い血で汚れていた。
ゆっくりと……
彼は手を伸ばした。
二人の手が交わる。
力強い握手だった。
敵意もなく、傲慢さもない。
あるのはただ、互いへの絶対的な敬意のみ。
Danteは腕を組み、舌打ちをした。
「これで友達になったなんて思うなよ」
Elricは笑った。
「夢にも思わんさ」
Danteは不敵に笑った。
「次に戦う時は……」
「……俺が勝つ」
Elricの瞳が鋭く光った。
「そうでなくては、つまらんからな」
このトーナメントが始まって以来、初めて……
三人全員が笑った。
それは大声でもなければ、無理に作ったものでもない。
地獄を共に生き延びた戦士たちだけが共有できる、心からの笑いだった。
やがて、Elricは身を翻した。
彼のコートが背後で翻り、宮殿の西回廊へと消えていく。
彼は一度も振り返らなかった。
Ashuraも同様に振り返らない。
勝利で終わる出会いもあれば、敬意で終わる出会いもある。
これは、後者だった。
宮殿の門の外では、帝国の公用車の車列が待機していた。
一台の漆黒の高級車両が、ドアを開けて待っている。
士官が丁重に頭を下げた。
「お車のご用意ができております」
AshuraとDanteが車内に乗り込み、
ドアが静かに閉まった。
数瞬後、車列がゆっくりと動き出す。
背後に宮殿が遠ざかっていく中、Ashuraは窓の外を見つめていた。
午後の太陽の下、帝都の街並みが果てしなく広がっている。
およそいつ以来かもわからないほどの、久々の静寂。
目の前には、もう次の戦いは迫っていない。
あるのはただ、静けさだけ。
Danteはシートに背をもたれかけ、ため息をついた。
「……今回は、眠らせてくれると思うか?」
Ashuraは流れていく景色を見つめながら、微かに笑った。
「あまり期待しない方がいいだろうな」
車列は帝都の中心部へと消えていった……
はるか地平線の彼方で、
運命が静かに、彼らの次の戦いの準備を整えているとも知らずに。
いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!
読者の皆様の温かい応援や反応が、日々の執筆の最大の原動力になっています。心から感謝申し上げます。
ここで、次回更新についてのお知らせです。
少しの間お時間をいただきますが、次回は【8月の第1週】より執筆・更新を再開する予定です!
さらに熱い展開をお届けできるよう、しっかりと準備を進めてまいりますので、楽しみにお待ちいただけると幸いです。
そして、最後に皆様にお願いがあります。
もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部から【ポイント評価(★評価)】や【ブックマーク登録】をよろしくお願いいたします!
皆様の一票やブクマが、この作品がより多くの読者様に届くための大きな力になります。
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それでは、8月の第1週に再び皆様とお会いできるのを楽しみにしております。
今後とも本作をよろしくお願いいたします!




