スリットも、スプリットもなし(ただ、お前と俺だけで)
警告もなく――
彼はプラーナ・ブレードの一振りを投げ放った。
それは空気を切り裂き、悲鳴を上げた。
エルリックは無造作に頭を傾けた。
フッ。
刃は一インチもない僅かな差で逸れた。
一筋の黒髪が、地面へと舞い落ちる。
エルリックは微笑んだ。
「それがどうしたと――」
彼の言葉が止まる。
ダンテはすでに両掌を打ち合わせていた。
空気が震える。
重低音の共鳴が戦場に広がっていく。
青いエネルギーの輪が波紋のように広がり、互いに重なり合いながら、完全にエルリックを取り囲んだ。
大気が濃密になる。
風さえもその速度を落とした。
ダンテの声が響き渡る。
「レゾナンス・ケージ(Resonance Cage)」
見えない結界が固定される。
エルリックは僅かに眉をひそめた。
「……面白い」
彼は指を曲げ伸ばしした。
動きが重く感じられる。
空気が、まとわりつくような重水のごとく抵抗してくる。
「なるほど……」
彼は再び笑みを浮かべた。
「範囲内のすべての速度を低下させる能力か」
「悪くない」
「だが……」
彼は片足を持ち上げた。
「……俺の方がまだ速い」
彼は消えた。
彼の足元の地面が爆発する。
その手がダンテの喉元へと伸びる――
空振り。
彼の指先は虚空を掴んだ。
エルリックの目が細められる。
「……速いな」
彼の背後で青い稲妻が閃いた。
ダンテだ。
すでにまた消えている。
再びの閃光。
左。
再び。
右。
再び。
上。
彼の速度は上昇し続ける。
一歩踏み出すたびに、空中に残留する稲妻の軌跡が残された。
エルリックは静かに笑った。
「そこか」
彼は腕を振るった。
スリット(Slit)。
目に見えない刃があらゆる方向に噴出した。
剃刀のように薄い何百もの斬撃が戦場を切り裂く。
樹木が倒壊する。
岩石が砕け散る。
クレーターそのものが寸断されていく。
それでも……
ただの一撃もダンテには届かない。
彼は見えない嵐の中を、こともなげにすり抜け続けていた。
彼の声があらゆる方向から響き渡る。
「シロの領域(Shiro's Domain)の中で戦った時……」
「俺は目に頼るのをやめた」
再びの閃光。
「俺の身体は、頭で考えるより先に学習した」
再び。
「本能が、思考よりも速くなったんだ」
彼の周囲で稲妻が爆発する。
「俺の感覚は……」
「……すでに人間の限界を超えている」
激しい電流の弧に囲まれ、彼の髪が逆立つ。
その瞳は眩い白に輝いていた。
全身の毛穴からプラーナが噴き出す。
「俺の速度は……」
「……すでにAランクの領域に達している」
彼のオーラが再び奔流となってうねる。
稲妻が闇を帯びる。
青に、ゆっくりと黒が混ざり合っていく。
「……そして今……」
「……さらにその先へ行く」
クレーターが震動する。
ダンテから噴出する圧力が、さらに上昇していく。
高く。
さらに高く。
自身の限界を超えて。
「……Sランク(S-Rank)」
静寂。
初めて……
エルリックの表情が変わった。
一滴の汗が、彼の頬を伝い落ちる。
「……何?」
彼の唇が、ゆっくりと吊り上がっていく。
そして……
彼は笑った。
心底からの笑いだ。
傲慢から来るものではない。
興奮によるものだ。
「ふっ……」
「……ようやくか」
彼は両手を無造作にポケットに突っ込んだ。
「これだよ……」
「……これこそが、退屈しのぎだ」
次の瞬間――
ドゴォォォォン!!
ダンテが消えた。
その衝撃波だけで、彼が立っていた地面が粉々に砕け散る。
巨大な竜巻が爆発的に発生した。
稲妻が螺旋を描いて上昇していく。
塵。
岩石。
巨木。
すべてが膨れ上がる竜巻に飲み込まれていく。
青い稲妻がその中心で複雑に絡み合う。
嵐は急速に拡大していく。
戦場はその中に消え去った。
その外側で……
アシュラが、かろうじて片目を開けた。
かすむ視界の向こうに……
嵐の中に佇む二つのシルエットを、彼はどうにか捉えていた。
一方は完全に静止して立ち。
もう一方は、生ける稲妻のように動き回っている。
エルリックは微笑んだ。
「さあ……」
「見せてみろ」
竜巻が咆哮する。
輝く刃が突如としてエルリックの背後へと放たれた。
振り返ることもなく――
スプリット(Split)。
刃は彼に届く前に、綺麗に真っ二つに叩き切られた。
それは光の破片となって砕け散る。
だが……
何かがおかしい。
エルリックは瞬時にそれを悟った。
あの刃は……
単なる陽動に過ぎなかったのだと。
彼の目が大きく見開かれる。
「……後ろ――」
遅すぎた。
彼の頭上で稲妻が閃く。
ダンテはすでに間合いを詰めていた。
その肉体は、黒と青の激しい電弧に包まれている。
髪の毛一本一本が逆立っている。
圧倒的なプラーナの奔流に、筋肉が激しく震える。
その両目は、対の星のように燃え盛っていた。
エルリックが見上げる。
「……何が――」
ダンテは両拳を頭上高くに掲げた。
竜巻を取り巻くすべての稲妻が、その拳へと収束していく。
嵐のすべてが一点へと凝縮される。
空気が悲鳴を上げる。
大地が呻く。
ダンテが咆哮した。
「ディヴァイン・ディパーチャー(DIVINE DEPARTURE)……」
稲妻が、目を潰さんばかりの輝きを放つ。
「……ブラックスミス(BLACKSMITH)!!」
彼の両拳が振り下ろされた。
すべてが白に染まる。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!
その衝撃が、地下世界(レベル2)の全体を揺るがした。
クレーターが消失する。
周囲の森林が一瞬にして消滅した。
山々が崩壊する。
河川が蒸発する。
大地震のごとき衝撃波が地下2層を駆け抜けた。
上方では……
岩の天井がひび割れる。
下方では……
洞窟のすべてが引き裂かれる。
レベル2とその直下の世界を隔てる境界が、完全に粉砕された。
大地が崩落する。
戦場が崩れ落ちていく。
終わりのない深淵が、すべてを飲み込んでいった。
アシュラは辛うじて目を開けた。
降り注ぐ瓦礫の隙間から……
彼はダンテの姿を見た。
意識を失ったその身体が、土煙の雲の中に消えていく。
暗闇が彼を呑み込んだ。
……
白。
何もない、ただの白。
そして――
語り手の声が、静寂の中に響いた。
「こうして……」
「……レベル2と……」
「……レベル3の境界は……」
「……消滅した」
地下世界が震える。
まるで、何世代にもわたって語り継がれるであろう伝説の戦いの誕生を、称えるかのように。
土煙は収まる気配を見せない。
砕け散った大地の破片が、深淵を果てしなく漂っている。
かつてレベル2だった場所は、もう存在しない。
山々は闇へと崩れ落ちた。
森林は溶けた岩石の河の下へと消え去った。
はるか下方では、深紅のマグマが不気味な光で果てしない虚空を照らしている。
数秒間の長い間……
何も動かない。
何も聞こえない。
ただ、瓦礫が落下する音だけが地下世界に響き渡っていた。
そして――
「……うっ……」
かすかな呻き声が静寂を破った。
ダンテは砕けた地面の上に、横たわったまま動かない。
彼の衣服はあちこが焼け焦げて消失している。
その肌は火傷で黒ずんでいた。
彼の腕が力なくぴくりと動く。
今の攻撃は、彼が持つほぼすべてを消費し尽くしていた。
数メートル離れた場所で……
エルリックがゆっくりと立ち上がった。
額から血が流れ落ちている。
荒い呼吸のたびに、彼の肩が大きく上下する。
その黒髪は深紅に染まっていた。
彼の顔には、まだ笑みが残っていたが……
それは以前よりも小さく。
確信に欠けるものだった。
彼は指先から滴る血を見下ろした。
突如として、温かな光が戦場に広がった。
次々と……
黄金の光柱が、倒れたチャンピオンたちを包み込んでいく。
エクストラ・ライフ(Extra Life)。
レイズの砕けた肋骨が接合される。
ミラの全身を覆っていた火傷が消え去る。
ヘラクレスの折れた足が完全に再生した。
エクストラ・ライフの最後のチャージが消費され、ダンテの焦げた肉体がゆっくりと修復されていく。
黄金の光が消えゆく。
アシュラだけが残された。
彼の肉体もまた癒されたが……
それでも、光が完全に消え去った時……
彼の手首の上には、未だに輝くシンボルが一つだけ浮かんでいた。
残る命は、あと一つ。
アシュラがゆっくりと立ち上がった。
呼吸は乱れている。
筋肉が悲鳴を上げて抗議する。
治癒した後でさえ、全身に激しい疲労感がまとわりついていた。
彼は口元の血を拭った。
そして……
エルリックを真っ直ぐに見据えた。
「……エルリック」
彼の声が、荒廃した戦場に響き渡る。
「俺がお前と戦う」
エルリックが顔を上げた。
「……ん?」
アシュラがさらに一歩、前へ踏み出す。
「一対一だ」
「邪魔はなしだ」
「他の誰も入れるな」
エルリックは静かに彼を見つめた。
アシュラは言葉を続ける。
「スプリット(Split)もなし」
「スリット(Slit)もなしだ」
「ただ……」
「……お前自身と、だ」
静寂。
地下世界に足を踏み入れて以来、初めて……
エルリックの顔に、本物の困惑が浮かんだ。
そして――
彼は笑った。
嘲笑ではない。
残虐な笑いでもない。
それは、どこか……
敬意に満ちたものだった。
「俺に求めているのか……」
「……自身の生得技術(Innate Technique)なしで戦え、と?」
彼は顎から伝うもう一筋の血を拭った。
「大胆だな」
アシュラは笑わなかった。
「本当にお前が自分で言うほど強いなら……」
「……そんなものは必要ないはずだ」
二人の間を風が吹き抜ける。
エルリックは数秒間、彼を凝視した。
そして、その笑みが徐々に広がっていった。
「……イカれてるな」
彼は押し殺した声で笑った。
「嫌いじゃない」
その瞳が興奮でぎらりと輝く。
「……いいだろう」
「受け入れてやる」
アシュラの背後から――
「ダメよ!」
ミラの声が瓦礫の彼方から響いた。
「そんなことしちゃダメ!」
アシュラは振り返りさえしなかった。
「よせ」
彼の声が、雷鳴のごとく戦場に轟く。
全員が凍りついた。
「お前たちにはもう、エクストラ・ライフは残っていない」
「これ以上ここに残れば……」
「……次の攻撃で死ぬことになる」
静寂。
ヘラクレスさえも槍を下ろした。
アシュラはようやく肩越しに視線を走らせた。
その表情が和らぐ。
「……ダンテを治療してやってくれ」
「お前たちは……」
「行け」
ヘラクレスは拳を握りしめた。
「だが――」
「ダメだ」
アシュラは彼の言葉を遮った。
その声に迷いは微塵もなかった。
「俺はダンテのリーダーだ」
「……そして、あいつの親友だ」
「あいつを守るのは、俺の責任だ」
その言葉が、重く戦場に沈み込む。
誰も反論しなかった。
レイズは目を閉じた。
そして、頷いた。
「……わかった」
彼はダンテをそっと自分の肩へと担ぎ上げた。
ミラがその反対側を支える。
ヘラクレスが静かにその隣を歩む。
三人は戦場から離れ始めた。
一歩一歩が、前のステップよりも重く感じられた。
誰も去りたくはなかった。
しかし、アシュラの言葉を無視できる者もまた、一人としていなかった。
数分後……
彼らは足を止めた。
彼らの目の前に川が広がっていた。
水ではない。
溶岩だ。
融解した火の果てしない流れが、引き裂かれた大地を横切り、すべてを深紅に染め上げていた。
レイズは眉をひそめた。
「……これは何だ?」
ミラの表情が徐々に変わっていく。
彼女の瞳が大きく開かれた。
「……待って……」
彼女は遠くを見つめた。
溶岩の向こう側に……
もう一つの世界が存在していた。
より暗く。
より深く。
はるかに、息が詰まるような圧迫感を伴って。
彼女の声は、か細い囁きとなって漏れ出た。
「……アシュラ……」
「ここはレベル3じゃない」
全員が彼女の方を振り向いた。
彼女は唾を飲み込んだ。
「……私たちは、すでにそこを通り越して落ちてしまったのよ」
「ここは……」
「……レベル4よ」
静寂が後に続いた。
三人はゆっくりと後ろを振り返った。
はるか後方で……
二つの影が、未だに向かい合って立っていた。
孤高の二人。
アシュラは引き裂かれてボロボロになったシャツに手をかけた。
彼はそれを脱ぎ捨てる。
破れた布切れが風に流されて消えていく。
白金のプラーナが、彼の肉体の周囲を優しく螺旋状にうねる。
すべての痣。
すべての傷跡。
すべての傷が、彼が辛うじて生き延びてきた激戦の物語を物語っていた。
彼の対面では……
エルリックが立っていた。
その胸元は深い傷に覆われている。
レイズ、ダンテ、アシュラが刻み込んだ斬撃から、未だに血が滴り続けていた。
彼の肌から蒸気が立ち上る。
両者ともに口を開かない。
戦場は再び、静寂に包まれた。
ただ、遠くで流れる溶岩の轟音だけが響いていた。
エルリックは両肩を回した。
関節が軽く小気味よい音を立てる。
「本気で思っているのか……」
「……格闘戦で俺に勝てると?」
アシュラは微かに笑った。
「……いいや」
彼はゆっくりと拳を構えた。
「思ってないさ」
彼は深く息を吸い込んだ。
「だが……」
「……あいつらに、十分な時間を稼ぐことはできる」
彼の眼光が鋭くなる。
「……お前はすでに弱っている」
エルリックは瞬きをした。
そして、静かに笑った。
「……俺が?」
「弱っているだと?」
アシュラは頷いた。
「お前のライフはあと二つだ」
「……賢く使うんだな」
笑い声が止んだ。
エルリックの笑みがゆっくりと消え去る。
ほんの一瞬のことだった。
「……へえ」
「なるほど……」
「……気づいていたか」
危険な笑みが再び戻ってきた。
今回は……
傲慢ではない。
敬意だった。
彼は指の関節を鳴らした。
「いいだろう……」
「……小僧」
二人の間の空気が歪む。
荒廃した大地に熱波が波打つ。
傷だらけの二人の戦士。
共に傷つき。
共に疲弊している。
どちらも一歩も退く気はない。
戦場は完全な静寂に包まれた。
すべての呼吸。
すべての鼓動。
神聖なるプラーナのすべての揺らめきが……
嵐の前の静けさと化した。
エルリックはゆっくりと拳を上げた。
そのオーラは、生ける刃のように彼の身体に絡みつく。
二人の戦士は同時に腰を落とした。
どちらも圧倒的なプラーナを放出しようとはしない。
どちらも究極奥義の準備などしていない。
これは……
純粋な格闘戦によって決着する。
アシュラは深く息を吸い込んだ。
(勝つ必要はない)
(生き残るだけでいい)
(ここに奴を留めておくんだ)
エルリックは笑った。
「終わらせよう」
地面が爆裂した。
ズガァァァン!!
二人は同時に消失した。
彼らの拳が戦場の中央で衝突する。
ドカァァン!!
衝撃波が外側に向けて炸裂した。
溶けた岩石が宙に飛び散る。
その衝撃だけで、足元の地面が真っ二つに裂けた。
二人の視線が交錯する。
どちらも譲らない。
アシュラが先に動いた。
エルリックの右フックの下を潜り込み、その肋骨へ向けて膝蹴りを叩き込む。
ドゴッ!
エルリックの体勢は僅かにブレただけだった。
彼の前腕が振り下ろされ、アシュラの足を弾き飛ばすと同時に、バックハンドがアシュラの顔面を捉えた。
バキィッ!
鮮血が宙を舞う。
アシュラは砕けた地面を滑りながら後退した。
彼は親指で口元の血を拭った。
「なるほど……」
彼は笑った。
「まだまだ余力はたっぷり残ってるってわけか」
エルリックはゆっくりと片方の肩を回した。
「力」
その声は冷静なままだ。
「……それだけが、唯一通用する言語だ」
彼は再び消えた。
アシュラは真っ向から彼を迎え撃つ。
エルリックはストレートパンチのフェイントを入れた。
アシュラが迎撃のために動く――
遅すぎた。
エルリックが回転する。
その踵がアシュラの肋骨に叩き込まれた。
ドゴォッ!
アシュラは間一髪で両前腕を交差させて防いだ。
それでも……
その威力は彼を後方へと吹き飛ばした。
そのブーツが岩肌に二本の長い溝を刻み、ようやく彼は静止した。
両腕が脈打つように痛む。
(この精度……)
(スプリットなしでも……)
(恐ろしい強さだ)
エルリックは回復の隙を一切与えなかった。
怒涛のパンチの連打がアシュラに向けて爆裂する。
ジャブ。
ストレート。
フック。
エルボー。
すべての打撃が淀みなく次の攻撃へと繋がっていく。
アシュラは両前腕を掲げて耐える。
バキィ!
メキィッ!
ドカッ!
衝撃のたびに、両腕の感覚が麻痺していく。
それでも……
彼はそのすべてを防ぎきった。
黄金のプラーナが、彼の防御の周囲で激しく瞬く。
リズムが変わる。
エルリックが低い足払いを繰り出す。
アシュラは跳躍した。
空中で……
体をひねり、踵を真っ直ぐ振り下ろした。
ドゴォォォン!!
脳天唐竹割りのような踵落としが地面を粉砕する。
エルリックはすでに退いていた。
彼の顔に笑みが広がる。
「……良いな」
「適応してきている」
アシュラは屈んだ姿勢で着地した。
その呼吸はさらに荒くなっている。
彼の視線が鋭く光った。
「だが……」
「……お前の動き、遅くなってるぞ」
初めて……
エルリックの笑みがさらに深まった。
彼の深紅のオーラが激しく揺らめき立つ。
腕の血管が、燃える残り火のように赤く輝き出した。
そして――
彼は消えた。
アシュラの本能が悲鳴を上げる。
後ろだ。
彼は辛うじて振り向き、両腕を上げた。
ズガァァァン!!
エルリックの掌底が、彼の防御を叩いた。
その衝撃がアシュラを前方へと吹き飛ばす。
口から血が噴き出した。
抵抗する代わりに――
彼はその勢いを利用した。
肉体が回転する。
彼の手が後方へと伸びた。
彼はエルリックの手首を掴んだ。
「何――?」
アシュラは地面に足を踏みしめた。
咆哮とともに……
エルリックの身体を肩越しに、綺麗に一本背負いで投げ飛ばした。
ズガァァァァン!!
エルリックが地面へと叩きつけられる。
その衝撃で、クレーターの新たな一角が粉々に砕け散った。
しかし、土煙が収まる前に――
彼は身をひねり。
転がり。
完璧な着地で両足で立った。
「……見事な投げだ」
彼は肩の埃を払った。
「だが……」
「……それだけでは足りん」
アシュラは微笑んだ。
「仕留ようとしたわけじゃない」
「試しただけだ」
初めて……
エルリックは笑った。
心からの純粋な笑いだ。
「お前が気に入ったよ」
次の攻防はさらに加速した。
どちらも防御など一切考慮しなくなった。
パンチ。
キック。
エルボー。
ニー。
すべての攻撃が紙一重でかすめていく。
直撃を免れた拳や蹴りの風圧が、代わりに戦場を破壊していった。
石柱が崩壊する。
溶岩が空中に噴き出す。
大地は二人の足元で割れ続けた。
アシュラはフックを潜りぬけた。
エルリックの懐へと深く踏み込む。
その拳が上方へと突き出された。
バキィィッ!!
拳はエルリックの顎を完璧に捉えた。
エルリックは二歩よろめいた。
口の端から血が滴り落ちる。
彼はそれに触れた。
そして笑った。
「……そうでなくてはな」
アシュラは数メートル離れた場所で、激しい息を切らせて立っていた。
顔には、血と汗が混ざり合って流れている。
(怪物め……)
(一撃を当てるたびに……)
(奴の興奮が増していやがる)
数秒間の長い静寂……
どちらも動かない。
二人とも荒い呼吸を繰り返している。
双方が笑みを浮かべていた。
荒れ果てた戦場が、足元で不気味に軋む。
広がる地割れから、溶けた岩石が泡を吹いて噴き出す。
アシュラは再びゆっくりと拳を構えた。
エルリックも同じ動作で構える。
「どうやら……」
エルリックは笑った。
「……口先だけの男ではないようだな」
アシュラもニヤリと不敵に笑い返した。
「まだほんの小手調べだ」
突如として風が止まった。
戦場が静まり返る。
アシュラの荒い呼吸音だけが響いていた。
無数の傷から血が流れ落ち、足元の砕けた大地へと滴る。全身のあらゆる筋肉が激痛に悲鳴を上げていたが、それでも彼は倒れることを拒絶した。
彼の正面で……
エルリックは微笑んでいた。
彼のオーラは、まるで無数の見えない刃のように周囲を舞い踊る。
裂けた大地から立ち上る熱気が、二人の間の大気を歪めていた。
数秒間の沈黙……
二人ともピクリとも動かない。
そして――
ズドン!
彼らの足元の地面が爆発した。
二つの影が同時に消え去る。
彼らの拳が空中で衝突した。
鼓膜を破らんばかりの衝撃波が荒廃した戦場を駆け抜け、近くの岩石群を細かな塵へと粉砕した。
メキメキィッ!!
アシュラが先に動いた。
彼の膝がエルリックの肋骨へ向けて突き出される。
エルリックは前腕でそれを防ぎ、即座に身を翻してアシュラの顎へと向けて掌底を放つ。
アシュラは頭を低くして避けた。
攻撃は彼の顔のすぐ横をかすめていく。
カウンターは一瞬だった――エルリックの胸元を狙った鋭いストレート。
エルリックはその手首を掴んだ。
二人の視線がぶつかる。
双方が笑った。
彼は掴まれた腕をひねり、エルリックの握力を逆利用しながら、その肩をエルリックの胸元へと力強く叩き込んだ。
ズドン!
両者とも砕けた石の上を後方へと滑っていった。
周囲に土煙が巻き起こる。
どちらも体勢を崩さない。
迷うことなく――
二人は再び突撃した。
戦場は、拳と蹴りの嵐へと変貌した。
ドカッ!
バキッ!
ズドン!
アシュラは右フックをかいくぐり、肘をエルリックの肋骨へと叩き込む。
エルリックはその衝撃を受け流し、鋭い回し蹴りへと繋げた。
アシュラは両腕を交差させた。
ドゴッ!
蹴りの勢いで彼は数メートル後方へと吹き飛ばされる。
ブーツが岩石を削り、深い溝を作りながら、ようやく立ち止まった。
「……まだ立っているか?」エルリックが尋ねる。
アシュラは口元の血を拭った。
「ギリギリだな」
「だが……」
彼は笑った。
「お前のリズムに慣れてきた」
エルリックの笑みがさらに広がった。
「良いぞ」
彼のオーラが激しく吹き上がる。
「退屈になるかと思い始めていたところだ」
彼は姿を消した。
アシュラの本能が絶叫する。
後ろだ!
彼は瞬時に反転した――
ドガァァン!!
エルリックの膝蹴りが、彼の背中に直撃した。
アシュラは血を吐きながら前方に吹き飛ぶ。
だが、そのまま叩きつけられる代わりに……
地面に片手を突き、宙返りしながら、追撃してきたエルリックの腕を掴んだ。
その勢いのまま――
彼は投げを放った。
ズガァァァン!!
エルリックが引き裂かれた大地に叩きつけられる。
衝撃でクレーターがさらに崩落した。
土煙が晴れるよりも早く――
エルリックは跳ねるようにして立ち上がった。
「……素晴らしい投げだ」
その声には心からの愉悦が混ざっていた。
「だが、まだ足りない」
二人は再び消失した。
今回は……
さらに速度が上がっていた。
彼らの姿は、白と深紅の光の筋となってブレていく。
狙いが外れた拳が地面を割る。
蹴りが見事なまでに岩石を砕く。
衝突のたびに、レベル2の残骸に激しい衝撃波が駆け巡った。
アシュラはついに隙を見出した。
彼の拳がエルリックの顎にクリーンヒットした。
バキィィッ!!
血が宙に飛び散る。
エルリックは一歩だけよろめいた。
たったの一歩だ。
彼は口元に触れた。
指先に付着した血を見つめる。
そして……
彼は笑った。
「運が良かったな」
アシュラの胸が激しく上下する。
「いや……」
彼は目を細めた。
「お前が遅くなっているんだ」
静寂。
エルリックの笑みが消え失せる。
ほんの僅かに。
「……面白い」
彼を取り囲む深紅のオーラが変化した。
より静かに。
より鋭く。
より致命的に。
アシュラは瞬時に異変を察知した。
彼の本能が先ほどよりも激しく警鐘を鳴らす。
奴が変わった。
いや……
何かを準備している。
エルリックはゆっくりと首を傾げた。
「本気で、スプリット(Split)とスリット(Slit)が俺のすべてだと思っていたわけではあるまいな……」
「……そうだろう?」
空気が波打つ。
水面を広がる波紋のように、真紅のプラーナが周囲に広がっていく。
そして――
エルリックの背後から、二つの影が歩み出た。
その姿は……
彼と全く同じだった。
同じ顔。
同じ笑み。
同じオーラ。
アシュラの目が驚愕に見開かれる。
「……分身?」
三人のエルリックが彼の前に立ちはだかる。
オリジナルは中央に留まり。
残りの二人が左右に展開する。
警告もなく――
彼らは襲いかかった。
ズドン!!
一人目がアシュラの背後に現れた。
その拳が背中を捉える。
「ぐはっ――!」
体勢を立て直す前に――
二人目の分身が、無慈悲な膝蹴りを彼の腹部に突き刺した。
その衝撃で彼は宙へと跳ね上げられる。
本物のエルリックが彼の頭上に現れた。
破壊的な踵落としが振り下ろされる。
アシュラは必死に身をひねった。
攻撃は間一髪で外れる。
ドゴォォォン!!
彼の直下の地面が激しく爆発した。
アシュラは不格好に着地すると、即座に一番近くの分身に向けて突進した。
彼はその顔面を鷲掴みにした。
「捕まえたぞ」
ズドン!!
彼はそれを地面へと叩きつけた。
分身は真紅の粒子となって砕け散る。
アシュラは眉をひそめた。
「……プラーナの構成体か」
「それがお前の種明かしだな」
エルリックは微笑んだ。
「惜しいな」
「この分身は、俺のプラーナを自分自身の波形へと成形して作り出したものだ」
「俺本体よりは弱いが……」
「……十分に役には立つ」
アシュラが反応する前に――
別の肘打ちが彼の肋骨に叩き込まれた。
メキッ!!
本物のエルリックが、間髪入れずに鋭い後ろ回し蹴りを叩き込む。
アシュラはそびえ立つ石柱を突き破って吹き飛んだ。
その石柱が崩れ落ち、彼の周囲に覆いかぶさる。
煙が戦場を覆い尽くした。
再び静寂が戻る。
ほんの一瞬の間。
アシュラはゆっくりと瓦礫の中から這い出てきた。
額から血が流れ落ちている。
呼吸は途切れがちだ。
「大した技術だ……」
彼は咳き込んだ。
「……だが、そんな小細工――」
彼の声が止まった。
煙が晴れていく。
再び、三人のエルリックが彼の前に立っていた。
二人ではない。
三人だ。
先ほど彼が破壊した分身が……
すでに復活していた。
エルリックは腕を組んだ。
「お前は一つを破壊した」
「だから、俺はまた作った」
「俺に十分なプラーナが残っている限り……」
「……いくらでも生み出し続けられる」
アシュラは拳を固く握りしめた。
「そういうことか……」
「問題は、分身を倒すことじゃない……」
「……お前自身を倒すことだ」
エルリックは笑った。
「ようやく理解してきたようだな」
戦場が再び爆発的な戦闘に包まれた。
一人の分身が上段から。
もう一人が足元を払う。
本物のエルリックが頭上から襲いかかる。
三つの攻撃。
完璧な同期。
アシュラは最初の一撃を防御した。
二つ目を回避。
だが、三つ目だけは――
避けることができなかった。
ズガァァン!!
エルリックの両拳による打撃が、アシュラの胸部に直撃した。
その衝撃で彼は大地を貫いて叩き落とされる。
岩。
石。
岩盤。
彼の足元にあるすべてのものが粉々に砕け散った。
広大なクレーターが戦場に広がっていく。
数秒の間……
何も動かない。
そして……
クレーターの縁に手がかけられた。
アシュラは自分を引きずり上げて地上に戻ってきた。
全身がガタガタと震えている。
その呼吸は、奇妙なほど静かになっていた。
彼の黄金のオーラが激しく揺らめく。
ほんの一瞬の間……
二つ目の色が現れた。
黒だ。
暗闇の中に閉じ込められた稲妻のような、禍々しい黒。
それは一瞬で消え去った。
だが……
エルリックはそれを見逃さなかった。
彼の笑みがゆっくりと失われていく。
「……何だ……」
戦闘が始まって以来、初めて……
彼の顔に困惑が走った。
いや。
困惑ではない。
本能だ。
彼の奥深くにある何かが……
警鐘を鳴らしていた。
アシュラはゆっくりと頭を持ち上げた。
その瞳は前髪の影に隠れて見えない。
戦場が激しく震動する。
風が止んだ。
分身たちでさえも、動きを躊躇う。
何かが……
目覚め始めていた。
低い地鳴りが、巨人の鼓動のように砕け散ったクレーターに広がっていく。
ドクン……ドクン……ドクン……
割れた大地が、アシュラの足元で震える。
エルリックの背後から真紅の光が噴出した。
一つのシルエットが現れる。
そしてもう一つ。
十。
二十。
五十。
そして……
何百もの真紅の姿が戦場を埋め尽くした。
そのすべてが、エルリックの顔をしている。
そのすべてが、凝縮されたプラーナから鍛え上げられた、輝く真紅の剣を握っていた。
クレーターは真紅の刃の海へと変貌した。
アシュラの目が細められる。
「……武器も召喚できるのか?」
エルリックは微かに微笑んだ。
「分身を作るのは特殊な技ではない」
「チャンピオンの基礎技術に過ぎん」
彼は指先で真紅の剣をだるそうに回した。
「これに関しては……」
「借り受けた能力だ」
「すべてのチャンピオンは、借り受けた技術を一日に一度だけ使用できる」
剣が静かにハミングする。
「俺はただ、有用なものを選んだに過ぎない」
アシュラはゆっくりと息を吐き出した。
「……便利だな」
―――
分身たちが動き始めた。
ザー……
ザー……
ザー……
同期された彼らの足音が、軍鼓のようにクレーターに鳴り響く。
百五十人ものエルリックが、完璧な隊列を組んで前進する。
アシュラは戦場の中央に、ただ一人立っていた。
呼吸はますます重くなっていく。
全身の傷口から、血が絶え間なく滴り落ちていた。
エルリックが剣を掲げた。
「奴を砕け」
軍勢の全体が一斉に前方に突撃した。
ズガァァァン!!
突撃の威力に、クレーターが激しく揺れ動く。
何百もの真紅の剣が同時に振り下ろされ、流星群のように空を切り裂いた。
アシュラが消えた。
最も近くにいた分身は、彼の動きを捉えることすらできなかった。
バキィッ!!
アシュラの肘打ちがその顎を粉砕した。
その肉体が地面に落ちる前に――
彼は鋭く回転した。
回し蹴りが、崩れゆく巨岩を突き破って別の分身を吹き飛ばす。
彼は手を上方へと伸ばし、落下してきた真紅の剣を掴んだ。
躊躇することなく――
彼はそれを振り抜いた。
キィィィィン!!
輝く黄金の三日月が戦場を切り裂き、駆け抜ける。
五人の分身が真紅のプラーナの霧となって霧散した。
さらに多くの分身がすぐに殺到する。
刃と刃が衝突する。
火花が爆散した。
別の刃がアシュラの肋骨を掠める。
二つ目の刃が彼の肩を切り裂いた。
血が砕けた大地に飛び散る。
アシュラは動きを止めなかった。
「数だけじゃ、どうにもならねえよ」
―――
分身たちが陣形を切り替える。
彼らはアシュラを完全に取り囲んだ。
四方八方のすべてが死線と化す。
アシュラは手に入れた剣の柄をさらに固く握りしめた。
最初の斬撃が背後から迫る。
彼は体を傾けて避けた。
刃は彼の首筋を紙一重でかすめていく。
別の刃が正面から。
彼はそれを受け流した。
三つ目が彼の肋骨を狙う。
彼は前腕でそれを受け止めると同時に、攻撃者の胸へ向けて膝蹴りを突き刺した。
分身は赤い粒子となって爆散する。
即座に三人がその穴を埋めた。
戦場は混沌を極める。
黄金と真紅の光跡が、クレーターの中で無限に交差していく。
アシュラはその間を流れるように動いた。
すべての動きが極めて精密だ。
全ての一撃が、確実に次の分身を粉砕する威力を秘めていた。
しかし、数は一向に減る気配を見せない。
圧力がさらに増していく。
絶え間ない衝突の連続に、空気そのものが悲鳴を上げていた。
キィィン!
ズドン!
メキッ!
シュッ!
アシュラは再び取り囲む波に向けて咆哮した。
「来いよ!」
彼は旋回した。
彼の剣が、完璧な黄金の円を描く。
その攻撃は、彼の周囲にあるものすべてを切り裂いた。
分身が次々と真紅の霧となって消え去る。
ほんの一瞬の間――
静寂が戻った。
アシュラは激しく息を吐く。
「……ようやくか」
そして……
さらなる足音が響いた。
彼は目を上げた。
新たな真紅の兵士たちの壁が、彼の前に立ちはだかっていた。
微動だにせず。
待ち受けている。
アシュラは舌打ちをした。
「……しつこいな」
―――
戦場のはるか彼方で……
本物のエルリックが、腕を組んでそれを見守っていた。
彼の口元に薄い笑みが浮かぶ。
「予想以上だな」
彼は指をパチンと鳴らした。
残っていた分身のほとんどが、真紅の光の川となって溶け去っていく。
ほんの一部だけが残された。
狩りを続けるには十分な数だ。
生き残った分身たちが消えた。
そして――
彼らはアシュラのはるか頭上に再出現した。
何百もの剣先が、真っ直ぐに下方へと向けられている。
アシュラはゆっくりとそれを見上げた。
「……冗談だろ」
すべての剣が一斉に落下した。
空そのものが、真紅に染まった。
アシュラは両掌を割れた地面へと叩きつけた。
黄金のプラーナが、火山柱のように上方へと噴出した。
その激突が戦場の全体を揺るがした。
ズガァァァァァァァァン!!
圧倒的な衝撃波が外側へと爆発的に広がっていく。
クレーターが再び引き裂かれた。
石、溶岩、そして塵が空高くへと巻き上げられる。
アシュラも、残された分身たちも、すべてがその爆発の中に消え去った。
爆発が戦場を丸ごと飲み込む。
衝撃波が砕けたクレーターを駆け抜け、黄金と真紅の光の柱が天を貫いた。
石が崩壊し、霧散する。
地割れから溶岩が噴出する。
津波のような土煙が戦場を覆い尽くしていく。
数秒間の長い間……
何も見えなかった。
そして――
煙を突き破って、一つの影が飛び出した。
ズドン!
アシュラが土煙から飛び出す。その体は新しい傷に覆われ、両腕からは真っ赤な血が絶え間なく流れ落ちていた。
呼吸は途切れ途切れだ。
限界に達した筋肉が激しく悲鳴を上げていた。
しかし、その瞳の中にある炎は、より一層輝きを増していた。
速度を落とすことなく、彼は一番近くの分身に向けて突進した。
バキィッ!
その拳が分身の顔面を粉砕する。
分身が消滅する前に、アシュラは宙に浮いたその剣を奪い取り、鋭く回転した。
キィィィィン!!
黄金の孤が戦場をなぎ払う。
一振りでさらに六人の分身が切り裂かれた。
彼らは真紅の粒子となって消えていく。
別の波が即座に彼へと押し寄せた。
アシュラが消えた。
残された分身たちから見れば……
彼の動きは、まるで彼自身が稲妻そのものになったかのようだった。
その動きは一切の躊躇なく流れていく。
斬撃。
蹴り。
背負い投げ。
肘打ち。
すべての動きがシームレスに次へと融合していく。
彼の猛攻の前に、分身たちが次々と砕け散っていく。
戦場は真紅と黄金が入り乱れる境界のわからないブレと化した。
それでも……
数が減る様子は見られない。
アシュラは舌打ちした。
「次から次へと……」
三人の分身が同時に襲いかかる。
一人は頭上から。
残る二人は両側面から。
アシュラは上体を後ろに反らし、落下してくる刃を辛うじて避けた。
彼は左側の分身の手首を掴み。
ひねり。
そのまま右から突進してきた分身に向けて叩きつけた。
ズドン!
両者とも真紅の霧となって爆散した。
三人目の分身が彼に迫る。
その剣が、彼の首筋を狙って閃いた。
アシュラは奪い取った剣を間一髪で掲げ、防いだ。
ガキィィン!!
激しい火花が二人の間で爆散する。
刃と刃が不気味な音を立てて擦れ合う。
アシュラは己の額を前方に叩きつけた。
バキッ!
分身の鼻が粉砕される。
鋭い回し蹴りがそれに続いた。
分身は消滅した。
アシュラは静かに着地した。
呼吸はさらに重くなっていく。
血が壊れた大地に、ぽつり、ぽつりと滴り落ちる。
「……これでもまだ足りないか」
はるか遠くで……
本物のエルリックが、すべてを無言で見守っていた。
彼の両目は、アシュラの一挙手一投足を追っている。
彼の顔に、薄い笑みが浮かび上がった。
「……面白い」
彼はゆっくりと片手を上げた。
そして……
指をパチン、と鳴らした。
戦場が一瞬で変化した。
残されていたほぼすべての分身が、真紅の粒子となって消滅していく。
終わりなき軍勢が消え去った。
残ったのは、わずか数十人。
アシュラは眉をひそめた。
「……ようやく飽きたか」
エルリックは含み笑いをした。
「もう十分に見たよ」
「分身たちの役割は果たされた」
「奴らのおかげで、お前がどれほど成長したか、正確に理解できた」
生き残った分身たちが後退する。
彼らは剣を下ろした。
そして、前触れもなく――
その全員が消失した。
戦場に静寂が舞い戻る。
アシュラとエルリック、二人だけが残された。
破壊されたクレーターを挟んで。
温かい風が、二人の間に塵を運んでいく。
彼の拳が固く握りしめられる。
彼の正面で……
エルリックが両肩を回した。
その全身の傷は、以前よりもはるかに増えていた。
胸元を切り裂いた傷から、血が絶え間なく流れ落ちている。
それでも……
彼の笑みが消えることはなかった。
「期待以上だったぞ」
アシュラは薄笑いを浮かべた。
「よく言われる」
エルリックは静かに笑った。
「だろうな」
彼は手を差し出した。
凝縮されたプラーナから、真紅の剣が形成される。
その刃は、静かに鳴り響いていた。
アシュラはそれを見つめた。
「またそれを使うのか?」
エルリックは首を傾げた。
「いいよ」
「今度は……」
彼の笑みがさらに広がった。
「……お前と俺、ただそれだけだ」
彼の周囲を取り巻く圧力が爆発的に吹き上がる。
真紅のプラーナが、激しい嵐のように外側へと噴出した。
足元の地面が崩壊していく。
アシュラも即座に応じた。
黄金の神聖なるプラーナが、彼の体から噴き出す。
二つのオーラが戦場の中央で激突した。
ズガァァァン!!
クレーターが激しく揺れ動く。
戦場の下を流れる溶岩までもが、その衝撃でうねりを上げた。
どちらの戦士も動かない。
どちらも視線を外さない。
数秒間の長い間……
ただ静寂だけが残された。
そして――
アシュラが腰を落とした。
呼吸を整え。
鼓動を落ち着かせる。
エルリックも同様の姿勢を取った。
アシュラは剣を握る手を固く締めた。
二人の戦士が同時に笑みを浮かべた。
同時に……
彼らは消失した。
ズガァァァン!!
クレーターの中央で、互いの剣が衝突する。
激しい衝撃波があらゆる方向に噴出し、すでに荒廃していた景色をさらに引き裂いた。
鋼が悲鳴を上げた。
ガキィィィィン!!
アシュラが先に動き、肩をエルリックの胸元にぶつけると同時に、上方へと斬り上げた。
エルリックはその一撃を遮り、刃の間に激しい火花が散る。
彼は即座にカウンターを繰り出した。
鋭い後ろ回し蹴りが、アシュラの肋骨を直撃した。
ドゴォッ!!
アシュラは後方に滑り、堅い岩石を削って深い溝を作る。
辛うじて踏みとどまると、彼は再び前方へと突進した。
刃と刃が再び交わる。
どちらも一歩も引かない。
その衝撃だけで、足元の地面がさらに裂けた。
決闘はさらに加速していく。
一つ一つの打ち合いが、前回のものよりも速くなっていく。
アシュラは横なぎの斬撃の下を潜り抜けた。
彼の刃が、エルリックの肩を狙って上方へと跳ね上がる。
エルリックは、刃が腕を掠める程度の最小限の動作で上体を後ろに反らした。
彼は鋭い突きで応じる。
アシュラは横へと体をひねった。
刃は彼の心臓を髪一重でかすめていった。
二人はすれ違う。
静寂。
そして――
二人は同時に反転した。
彼らの剣が再び激突する。
キィィィィン!!
黄金と真紅の火花が、戦場に降り注いだ。
アシュラはさらに圧力を強めた。
全ての一撃が、より重みを増していく。
全ての動作が、より鋭くなっていく。
エルリックはそれに気づいていた。
「……適応してきているな」
アシュラはニヤリと笑った。
「この戦いが始まった時から、ずっとそうしてきたさ」
エルリックの笑みがさらに広がった。
「素晴らしい」
彼は消えた。
アシュラの本能が絶叫する。
考えるよりも先に――
彼は背後に向けて剣を掲げた。
ガキィィン!!
その衝撃は、彼の両腕を粉砕せんばかりだった。
エルリックが彼の真後ろに出現していた。
「遅い」
アシュラは別の斬撃を潜り抜けながら、片手を地面に突いた。
彼は体を回転させる。
その踵がエルリックの肋骨に叩き込まれた。
ズドン!!
彼らの決闘が始まって以来、初めて……
エルリックが完璧に三歩、後退した。
彼は見下ろした。
口の端から、また一筋の血が流れ落ちる。
そして……
彼は笑った。
「……素晴らしい」
もはや、どちらの戦士も言葉を発さなかった。
言葉など、すでに不要なものとなっていた。
二人の間には、ただ剣だけが残されていた。
彼らは消失した。
クレーターが、真紅と黄金の閃光とともに激しく爆発する。
誰が見ても――
それは、二人の人間が戦っているようには見えず……
……まるで二つの嵐が衝突しているかのようだった。
一つの激突。
十の打撃。
五十の交錯。
数百の攻防。
金属の交わる音が絶え間なく響き渡る。
激突のたびに、衝撃波が戦場を駆け巡った。
砕けた岩石の山が崩落していく。
広がる地割れから溶岩が噴出する。
空気そのものさえ、彼らの戦いに耐えきれないようだった。
アシュラの呼吸は、さらに荒くなっていく。
ほんの一瞬、その視界がかすんだ。
エルリックは即座にそれを見逃さなかった。
彼の顔に笑みが広がる。
「やはり……」
「限界が近づいているな」
アシュラは唇の血を拭った。
「かもな」
彼はさらに低く構えた。
「だが、お前の呼吸も荒くなっているぞ」
エルリックは沈黙を守った。
それだけで、十分な答えだった。
二人は再び消失した。
今度は――
二人の剣が戦場の上空で激突した。
ガキィィィィン!!
その衝撃の威力が、下方に漂う煙の雲を切り裂く。
アシュラは刃を力強く押し下げた。
エルリックがそれを受け止める。
二人の顔は、わずか数インチの距離にあった。
エルリックの真紅の瞳が細められる。
「……お前は危険な奴だ」
アシュラは笑った。
「本当に危険なものは、まだ見せていないさ」
彼の周囲で、黄金のプラーナが爆発的に吹き上がる。
そのオーラは、これまでにないほど眩しく燃え上がった。
エルリックの笑みが消えた。
恐怖からではない。
興奮からだ。
「……見せてみろ」
次の瞬間――
二人は再び姿を消した。
クレーターが、再び鼓膜を揺らす大爆発とともに激しく揺れ動いた。
彼らの決闘は、まだ始まったばかりだった。




