捕食者の笑み
通りは、瞬く間に戦場と化していた。
崩れ落ちた建物の間から黒煙が立ち込め、炎が砕け散ったコンクリートの上を獰猛に舞っている。遠くでサイレンの音が虚しく響くが、誰もこの惨状に近づこうとはしなかった。
破壊の中心に、不敵に佇むフードの男。
彼はパーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、周囲の混乱など取るに足らないことのように振る舞っていた。瓦礫の下で這いつくばる、金髪の選定者に向かってゆっくりと歩み寄る。その顔には、酷薄な笑みが浮かんでいた。
「さあ、来いよ」と、ダンテは気だるそうに言い放った。「約束したはずだ。なのに、突然裏切るなんてな」
金髪の選定者は、ひび割れた舗装路に血を吐き出しながら、無理やり笑い声を絞り出した。
「この野郎……お前、自分の実力を偽っていたな」
ダンテは面白そうに首を傾げた。
「見知らぬ奴に、自分の本物のランクを教えるわけがないだろう? ましてや、突然金を積んでくるような素性の知れないギルドにな」
彼は負傷した男を、小馬鹿にするように指差した。
「まさか、本気で俺がお前を信用すると思ったのか?」
金髪の選定者は、血に染まった目でダンテを睨み上げる。
「ずっと、Eランクのふりをしていたのか……」
彼の声は、圧倒的な絶望と信じられないという思いで震えていた。
「だが、本当は……Dランクの選定者だったのか!」
ダンテの笑みが、ゆっくりと変貌していく。
それはもはや、気まぐれな男の笑みではなかった。
――獲物を追いつめた、捕食者の笑みだ。
彼の足元に禍々しい深紅の魔力が集まり、地面が激しくひび割れる。周囲の空気に、狂気じみた熱気が波紋のように広がっていった。
群衆の中から、アシュラはその光景を静かに見つめていた。
彼の掌にある印は、かつてないほど眩く、激しく輝いている。
アシュラの呼吸が、自然と遅くなる。
(彼の力……息が詰まるほどだ)
次の瞬間、金髪の選定者が爆発的な速度で前方に飛び出した。
アスファルトを粉砕しながら、ダンテの顔面に向けて、全力を込めた一撃を放つ。
しかし、ダンテはただ頭をわずかに横に傾けただけだった。
拳は、間一髪で虚空を切り裂く。
「遅すぎる」
選定者の顔が怒りで歪み、拳と蹴りの凄まじい連撃が嵐のように繰り出された。
だがダンテは、まるで全ての攻撃の軌道を予知しているかのように、軽々と、正確に動き回りながら、その全てを紙一重ですり抜けていく。
その顔から、余裕の笑みが消えることはない。
「逃げるな、この野郎……!」金髪の選定者が咆哮した。
両拳の周りに、青い魔力が爆発的に噴出する。
「ナックルウィンド!」
二つの強烈な衝撃波が、空気を切り裂きながら突進する。
ダンテは優雅に身をかわした。
攻撃は、完全に空を切る。
その背後で、巻き込まれたオフィスビルが無数の破片となって爆発し、瓦礫の雨が通りに降り注いだ。
ダンテは嘲笑った。
「情けないな。お前が足掻けば足掻くほど、俺が引き立つだけだ」
金髪の選定者は怒りに我を忘れ、全身の血管を浮き上がらせながら、残された全ての力を拳に込めた。
「お前の動きは、全てお見通しだ、愚か者め!」
彼は退路を断つような突撃を仕掛ける。
ここで初めて、ダンテが真っ直ぐに正面から迎え撃つ構えを見せた。
観衆が、思わず息を呑む。
二人の拳がぶつかり合う、まさにその刹那――。
ダンテの姿が、完全に消えた。
「なっ、何だって!?」
「どこへ行ったんだ!?」
観客たちが必死に周囲を見回す。
だが次の瞬間、ダンテは既に相手の背後に音もなく現れていた。
彼の拳は、すでに振り抜かれ始めている。
「チェックメイト」
鼓膜を破るような衝撃音が、地区全体に響き渡った。
金髪の選定者は、糸の切れた人形のように宙を舞い、コンクリートと鉄骨の嵐を巻き起こしながら、ビルを丸ごと一つ突き破って吹き飛んだ。
凄惨な静寂が訪れる。
ダンテはまるで夕方の散歩でもするかのように、何気ない足取りで瓦礫の山へと歩み寄った。
無造作に手を伸ばし、選定者の髪を掴むと、軽々とその身体を持ち上げる。
「さあ、来いよ」とニヤリと笑う。「もっと俺を楽しませてくれ」
一振りで、傷だらけの男をはるか空高くへと投げ飛ばした。
直後、ダンテの足元の地面が爆散する。
深紅の魔力が彼の体から強烈に噴出し、禍々しい黒い稲妻が天の雲まで突き抜けた。
上空を旋回する政府のドローンが、その光景をすべて記録している。
突入しようとしていた兵士たちは、恐怖で凍りついたように立ち尽くした。
避難警報が街中に鳴り響き、市民の悲鳴が交差点を埋め尽くす。
――ダンテの姿が消えた。
一瞬の後、彼は街のはるか上空、落下する選定者の眼前に出現する。
黒い稲妻が、彼の拳を完全に包み込んだ。
空間そのものが、恐怖で震えているかのようだ。
「神格離脱:六道の門――『黒鉄の兵』」
彼の拳が、容赦なく振り下ろされた。
大爆発が、天を丸ごと飲み込んだ。
巨大な光の柱が雲間から地上へと噴き出し、街全体を激しく揺るがす。
発生した凄まじい衝撃波は、周囲数ブロックの窓ガラスをことごとく粉々に砕き、巻き上がった濃い塵が世界のすべてを覆い尽くした。
煙がようやく収まったとき、そこには絶対的な静寂が戻っていた。
そして――ダンテの絶対的な自信に満ちた笑みが、凍りつく。
彼の目が、驚愕に大きく見開かれた。
「まさか……!」
巨大なクレーターの底に、一人の男が立っていた。
アシュラだ。
彼の左手は衝撃の熱で煙を上げ、その一撃を防ぎ止めた代償として黒く焦げていた。
しかし、その腕の中には、意識を失った金髪の選定者が確かに守られていた。
緊迫した沈黙の中、二人は静かに視線を交わす。
そして、ダンテの口元に、ゆっくりと狂気に満ちた笑みが戻ってきた。
今度の笑みは、純粋な、底なしの興奮に満ち溢れている。
「アシュラ……」
彼は、狂ったように大声で笑い声を上げた。
「久しぶりだな!」




