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・エピローグB スクアの目に映る新世界 3/3

 そして私の妹同然の妹たち、かわいいリタとアムと、天使キッド様は――


「狭い、息苦しい、やっぱ無理があるっ、離れやがれ……っっ」


 変わらずにいいお姉ちゃんと弟をしていました。ちょうど宇宙船ポタモトリゴンで星の南側に遠征をすることになった彼らは、操縦席でくっついて眠ろうとしているところでした。


「これ、懐かしい……」


「ええ、出会って間もないあの頃を思い出します……」


「あの頃、何もなかった……。毛布もなくて、くっついて寝た……」


「どうしてでしょう……今の方が遙かに豊かなのに、あの頃の方がよかったような気がしてきます……」


 キッド様が何を言っても二人のお姉ちゃんは彼を離しませんでした。言葉では嫌がっているけれど、彼の顔を見ればわかるからです。お姉ちゃんにくっつけて嬉しくてたまらないかわいいキッド様の気持ちが。


「この探索は遊びじゃねぇ! 明日寝不足になったらどうするつもりなんだよ! おいポタモッ、画面に張り付いてないでなんか言えよ!」


 不思議な黒いエイはアムの操縦席で画面にぴったりとくっついています。離れていても繋がれる不思議な力で、ポタモトリゴンとアークトゥルスは今も繋がっていました。


「トゥルチャン……スキ……」


 画面の中ではあのピンク色のクジラが泳いでいます。謎も愛も多い不思議な船たちもあったものでした。


「さわさわ……」


「うあっっ?!!」


「ダメですよ、リタ。それはキッドが大人になってからの約束でしょう?」


「お、俺はもう大人だっ、生物学上はともかく暦上はっ!!」


 リタとアムは奴隷にされていた頃に悪いことをたくさん教わりました。それを受け入れる他になかった二人には、その行為もまた今ではコミュニケーション手段の一つでした。


「こう言ってるし、せふせふ……」


「離れろこのエロッッ!!」


「ほらこうなるじゃない。キッド、ここの治療の方は進んでますか……?」


「EDみたいな言い方すんじゃねぇよ!?」


 キッド様は大人になれない。アヴァロニアの残酷な施設で育った彼の成長は薬と魔法の力で止められてしまった。

 そんなキッド様の身体を治せる可能性が太陽の民との出会いで生まれた。


「遺伝子治療と投薬治療の約束はしている……。けどどうなるかなんてわかんねぇぜ、一生このままの可能性もあるってよ……」


「姿はそのままでいい……」


「ええ、その通りです。ですけど私とリタは貴方に恩返しがしたいのです……」


「そういうのはいらねぇっつってんだろっっ!!」


 キッド様、それはそういう問題ではないのです。リタとアムとタマハラ族には貴方に抱えきれないほどの恩を抱えているのです。

 それに貴方のように美しい天使様を前にして、世のお姉さん方が我慢できるはずもありません。リタとアムのその特権が私も羨ましいです。


「大丈夫、ボクたち……テクには自信ある……」


「早く、大人になって下さいね……? キッドの大好きなお姉ちゃんとして、もっともっと幸せにしてあげたいのです……」


「好き……悦ばせたい……」


「大好きですよ、私たちのかわいい天使様……」


「や、止めろっ、あっあっあっ、あーーーっっ?!」


 ここから先は詳しくは語れません。生殖能力はまだないけれど、大きくなるものは大きくなるみたい。

 キッド様はなんだかんだ、大好きなお姉ちゃんに揉みくちゃにされて幸せそうでした。


「出ない……」


 お願い、リタ。まぶたすらも失ってしまった私の気持ちも理解して。そんなふうに目玉を掲げてキッド様に向けたら、ますます貴方は『ヤバい女』と言われてしまいますよ……。


「あ、しぼんだ……」


「それ、いい加減供養しろよ……。いつまでも持ち歩いてんじゃねぇよ……」


 ごめんなさい、キッド様。私は貴方の身体の治療が終わって、私が生きた証であるリタとアムが子供を産んで幸せになるまで消える予定はありません。



 ・



 最後にこの女性の話をして終わりにします。その南国の港町で出会った女性は再びアークトゥルス級に乗り込み、何をするわけでもなくただ人々を観察していました。


 彼女の名前はジキタリス。彼女の正体を知る者は、センサーには反応しない私という霊魂をのぞいて、他にいませんでした。


「長生きはするものさ、まさかこんな奇跡を目の当たりにするなんてね……。船を遺したエメリッヒ研究分門長もさぞ本望だろうさ……」


 彼女のこれまでのメモや独り言を真実とすると、この女性は400年前の人物のようです。星の船アークトゥルスを残した人物についてもよく知っているようでした。


 振り返れば彼女はキッド様が天を旅する船を持っていることを見抜いて、サンクタム王国の政情調査を依頼してきたことがありました。


「難しいものさね……。遺伝子改変による完璧な階級社会を築いたはずが、管理できなくなった途端にこの有様……。どんなに遺伝子をいじっても、自然の成り行きには敵わないのかもしれないね……」


 ジキタリスは私から見ても出歯亀の、豆な日記家でした。時代の成り行きを記録して、それぞれの人種についての記録も多く残していました。


「サンクタム人はタマハラ族と根を同じくする労働者種族……。保守的で戒律を重んじる遺伝的特徴を追求し、一糸乱れぬ社会の構築を目指した。……けど、ままならないものだね」


 彼女が独り言で語るには、サンクタム王国の人たちが変化を拒むのは、遺伝子レベルでそうデザインされた種族だから。

 皮肉なことにもサンクタム人をデザインした人たちは、争いがない世界を願ってサンクタム人の祖先を作り出したそうでした。


 ちなみにサンクタム王家がブロンドの一族なのは、彼らが支配種族アヴァロニア系の系譜であるため。一握りの支配階級と労働界級による、賢き王による楽園となるはずでした。


「ポール、トム、リリア。自由を求めるあの世代が生まれたのは野生化の結果と見るべきだろうね……。呪われた祝福から精一杯逃れようとするあの子たちに、マシな未来が訪れるといいのだけれど……」


 ジキタリスは自室のコンソールを操作してキッド様のレポートをそこに表示させた。


「海賊ギドの記憶を持つ少年キッド。この子の目覚めが全ての始まりだった。だけど、おかしいね……。海賊ギドが乗っていた黒い船は自爆して小さなブラックホールになったと聞いているけれど……どうしてアレがここにあるんだい……?」


 キッド様は天使。タマハラ族を哀れんだ神様が、海賊ギドとポタモトリゴンを私たちに蘇らせて遣わせて下さったに違いないと思います。


「ゲートウェイさえ復旧すれば、坊やをそそのかして爆心地に調査に行かせるんだけどね……。たぶん、そこに答えがあるような気がするよ」


 私が見た限り、彼女はただ記録を残しているだけ。とても陰謀や裏切りを企んでいるようには見えません。


「ま、いいさ……。いつか、きっといつかはゲートウェイが復旧する日がやってくる。その時まであたしはただ記録を残すだけさ。どうせ……」


 ジキタリスには深い悩みがありました。彼女が言っていることが本当ならば、彼女は不老不死の特別な存在でした。

 盗賊オルブリスから取り返されてよりずっと、キッド様の旅路を見守ってきた私にはその正体に心当たりがありました。


 ヘラクレス計画という恐ろしい計画がかつてあったと、このアークトゥルス級に記録が残っていました。


「遺伝子操作により狂ってしまったこの星の民がどのような結末を描くか、とにかく記録だけは残しておかないとね……。二度と同じ過ちを繰り返させないためにも……」


 かつて私たちの先祖は禁忌の力に手を染めて不老不死の超人を生み出そうとしました。その研究はたくさんのモンスターを生み出して、望み叶わずに打ち切られたはずでした。


「不思議なものさ……。あの坊やを見ていると、この世界も捨てたものではない気がしてくるよ。あの子が終わりを迎えた果ての世も見守りたくなるものさね……」


 ジキタリスの独り言いわく、ヘラクレス計画は成功していたそうです。彼女こそが真のラストナンバー。けれど彼女を残して全てが戦火の炎の中に消え、役目も何も与えられなかった彼女が残りました。


「今、坊やは……。おやおや、若いってはいいね、ふふふ……かわいいじゃないかい」


 消滅を許されない永久を生きる語り部の、深い虚無に満ち満ちたその瞳が輝きました。神が遣わした論理から超越した私たちの天使様の映像に、ジキタリスはやさしく微笑みました。


「アンタが命を捧げて守ったから今がある。それだけは変わることのないこの世界の真理さ。きっと、アンタが、あそこで古代船を吹っ飛ばしたから、そこにブラックホールが――」


 400年の時を生きてきた観測者いわく、全てはその瞬間から始まったそうです。私にもキッド様にも彼女が言う難しい理屈はわかりません。


 ですが彼女は確信をもって言いました。


「海賊ギド、全てはアンタがその船を吹っ飛ばしたその瞬間から始まったのさ。それがこの世界のたった一つの真理さ」


 神の船ポタモトリゴンが死を迎えたことでこの世界が生まれたのだと。素敵な神話。タマハラ族の教典に加えさせてほしいくらい。


 英雄と神様の死から世界は生まれた。それがこの世界の真理。私も彼女の信じる神話を信じることにしました。


 私の大切なジェイ。私のかわいいリタとアム。そして世界の運命を変えた大いなる天使。海賊ギドの魂を持つ少年にどうか祝福を。


 偉大なる我らが星の船ポタモトリゴンよ、どうか貴方に属する聖なる民を守りたまえ。


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