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・エピローグA あばよ、パパ 2/2

『あー……元気か、ギド?』


 その晩、機材だらけのゴンドゥの個室を訪ねた。大切なキッドを貸すことはできないそうなので、リタとアムを後ろに引き連れて。

 データクリスタルの解析は終わっていた。紳士にして第三のお姉ちゃん候補のゴンドゥは中身をのぞいたりしていなかった。


『お前を拾ってもう14年が経つな。長い付き合いになったもんだ』


 そのデータクリスタルには映像データが入っていた。画面に映し出されたのは他でない叔父貴、白髪混じりの大男バンドゥ・カークだ。


「この人がゴンドゥのお兄さん?」


「はい、間違いないかと。人類星間共同体に属する私略海賊団[赤の公爵騎士団]の長、バンドゥ・カークその人です」


「なんだか歯切れの悪そうなことを言っていますね……?」


 叔父貴のやつ、みんなが見ているというのにどうも様子がおかしかった。いつだって豪快で、迷うことなくズバッと言い切る男だってのに、いやにしどろもどろとしたビデオメッセージだった。


『あー、あれだ。ギド、お前には言っておかなきゃいけねぇことがある。お前は――あ、いや、ちょっと待った、今のは撮り直しだ!』


 遺されていたデータがまさか海賊ギド宛てだったなんて驚いた。期待していた。だというのに何をやっているんだ、叔父貴。


「これが俺の、遺伝上の兄にあたる人……。温かい人柄の方ですね……」


「そうね、大きいけどやさしそうな人みたいな気がします」


「全然似てない……」


 叔父貴はその後も追い込まれた政治家の答弁よりもグネグネとしどろもどろの独り言を続けた。そんな叔父貴が突然自分の顔を殴り、やっと俺の知る海賊公爵に戻った。


『ギド、俺はテメェに嘘を吐いた。いや俺だけじゃねぇ、みんなお前を騙してた』


 なんの話かわからなかったが、とても大切な話のようだ。叔父貴は真剣な眼差しでこちらを見つめた。

 この通信はギドには届かなかった。届く前にギドは古代船ポタモトリゴンごと極小のブラックホールとなった。


『お、お前は親とはぐれた迷子の旅行者、そう言ってお前を育ててきたが……ありゃ嘘だ……。ギド……お前にはちゃんと親がいて、俺はその親の行方を知っていた……』


 海賊ギドはある宇宙ステーションに取り残された迷子だった。その迷子を保護したのがバンドゥ・カークで、その子は海賊の根城に連れて行かれてそこで育てられた。


「海賊ギド、カリオペイアⅢ行きの移民船団を守り抜いた伝説上のパイロットですよ。マッコウは偉大なるギドを元にして造られたクローンなんです」


「タマハラ族の伝説にもあります。ギドの名前は残されていませんでしたが、かつてそんな戦いがあったと」


「キッド……?」


 様子がおかしいことに気付いてリタが顔をのぞき込んできた。叔父貴たちはギドを我が子のようにかわいがって親代わりになってくれたというのに、親の行方を知っていたなんて初耳だった。


『お前は親は宇宙の塵となった。ソイツは俺たちの宿敵の一人でな、お前はソイツの一人息子だった。俺が母艦ごとぶっ殺したんだ。……ギド、お前を拾ったのはそのすぐ後だ。脱出ポットの中に幼いお前がいた……』


 叔父貴に忠誠を誓う宇宙のバカ野郎の一人としてとても信じたくない話だった。己の出自がまさか敵の血筋だったなんて、残念でならなかった。


『ずっと伝えるのが怖かったんだ……。お前を失っちまうんじゃないかと思うと、どうしても伝えられなかった……』


 繰り返すがこの通信は届かなかった。叔父貴が受け取ったのは返信ではなく訃報だった。海賊ギドは最期に『愛しているぜ、パパ』と伝えてブラックホールの一部となった。


『お前は俺たちの息子だ……。あいつのガキなんかじゃねぇっ! 俺たちが育てたんだからお前は俺たちの息子なんだよっっ!!』


 叔父貴は目を赤くしてそう主張した。死ぬ前に言ってくれたらいいのに、ギドを息子と呼んでくれた。


『ギド、俺たちはお前の帰りを待ってるぜ。その黒い船を売り払ったらさっさと俺たちのところに帰ってこい。マリアも待ってる。本当のことを伝えて、本当の母親になって、やっと俺と結婚してくれるって言ってくれている』


 マリアというのは叔父貴の愛人だ。ギドは叔父貴とその愛人と、気のいい海賊たちに揉まれるように育てられた。マリアさんは前の旦那に操を立てて叔父貴を求愛を断り続けていると聞いたことがあった。


『死ぬんじゃねぇぜ、帰りを待ってるからな。お前は海賊公爵バンドゥ・カークの息子だ。俺が死んだら後釜は成長したお前と俺は決めてるんだ』


 叔父貴の願いを叶えてやりたかった。時を遡り、あの戦いから離脱して叔父貴の待つ根城に帰りたかった。

 だが時は戻せない。ギドは死んだ。もう叔父貴も生きてはいない。このビデオレターは悲劇でしめくくられた。


『もっと早く言えばよかった……テメェが素直でかわいかった頃のうちによ、俺のことを『パパ』って呼ばせたかったぜ。……おう、まあそういうことだ、戻ったらまた一緒にドンパチしようぜ。あばよ、ギド』


 映像はそこで終わりだった。あの日俺が遺した遺言は叔父貴の胸をえぐることになっただろう。

 もっと早く伝えろよな、バカ野郎……。


「キッド……」


 感傷に浸っているとなんでか知らないがリタとアムが左右からくっついてきた。大好きなお姉ちゃんにやさしく抱き締められた。自分が大粒の涙を流していることに気付いたのはその後のことだった。


 姉妹は何も言わずに無条件の包容で慰めてくれた。


「わ、悪ぃ……」


「いいんですよ。キッドの力になることが私たちの喜びですから」


「キッドは……ギド……?」 


 リタの問いに答えられなかった。何一つキッドと海賊ギドを繋げる証拠はなかった。

 そんな泣き虫の少年にゴンドゥは問うた。


「キッド、貴方はこの星の民なのに、どうしてポタモトリゴンやアークトゥルス級を操縦できたのですか?」


「さあな」


「なぜこのデータクリスタルにこだわったのですか? 俺がラベルに海賊公爵バンドゥ・カークの名あることを伝えると、貴方は目の色を変えて解析を要求してきました」


「伝説の海賊だ、知りたいと思って何が悪い」


「ではなぜ、なんの縁もゆかりもない俺たちを助けてくれたのですか!?」


 情熱のこもったゴンドゥの問いに、なんて答えればいいのかもわからない。


「もし貴方が海賊ギド本人だったとすれば動機の問題が解決します。500年以上前の人間がどんな方法でその身体に宿ったのかわかりませんが、貴方が海賊ギド本人だとすると全てのつじつまが合うのです!」


「合うわけねぇだろ、全部俺とポタモの気まぐれだ。必死のお前の説得が胸に響いたんだよ」


 叔父貴の嘆きを思うだけで胸が痛む。アムとリタの胸に甘えても今回ばかりは痛みが消えなかった。幸せな未来もあっただろうに全部台無しにしてしまった。


「噂に聞く海賊公爵の顔を見れたのはお前のおかげだ。ありがとうな、これは最高の報酬だ、お前らを助けたかいがあったぜ」


 海賊ギドが欲しくてたまらなかった物は初めから手元にあった。海賊公と海賊たちがギドの家族そのものだった。彼らは時の流れの前に宇宙の塵と化してしまったが、赤の公爵騎士団はまだ滅んではいない。


 善意の塊のタマハラ族。宇宙ボケの太陽の民。どちらも危なっかしくて見ていられない。こうして大好きなお姉ちゃんたちに甘えている場合ではなかった。


「もういいの?」


「もういいのですか?」


 腫れた目元を拭こうとしてくれる過保護なお姉ちゃんたちから距離を取った。


「もう寂しくないからいい。叔父貴の代わりに面倒見なきゃいけねぇしよ、情けねぇ顔なんてもうできねぇしな……」


 泣いたって過去は変わらない。幸い何もかもが塵と貸して何も残っちゃいない。嘆いたところで無意味だ。全て消滅した。


「ギドと呼んでもいいですか?」


「なんでだよ?」


「海賊ギドはマッコウと俺の誇りです。いえ、我々[赤の公爵騎士団]の誇りそのものだからです。こうして見ると俺とマッコウは、バンドゥ・カークの願いから生まれた存在だったんだと思うのです」


 前半の話はどうでもいいとして、後半の話は興味深かった。叔父貴を元にして造られた男に仕える海賊ギドのクローン。話ができ過ぎだった。


「クローンたちに、自分たちが叶えられなかった未来を与えたってことか……?」


「そうです、きっとそうです! 俺とマッコウは特別な関係ですから!」


「…………太陽の民ってのは恐ろしいな。それ、人前で言ったらドン引きされるやつだからな……」


 ゴンドゥは何が問題なのか全く理解していなかった。首を傾げて、そして笑った。リタは似ていないと言うが、その笑顔には叔父貴の面影が感じられた。


 メッセージ、確かに受け取ったぜ、叔父貴。たかが映像だけどよ、もう一度会えてよかった。


「もう好きにしろよ……。ついてきてぇなら勝手についてこいよ……」


「はいっ、貴方も俺の運命の人ですから!」


「うわ……」


 当然、リタがドン引きした。


「ふふふ……モテモテの弟を持つのってこういう気分なのかしら……?」


 アムは楽しそうだ。他人事だと思ってえらく楽しそうに笑っていた。

 人はクローンに何を望むべきなのだろう。親孝行できなかった胸の痛みを果たして、目の前のゴンドゥ・カークにぶつけていいものなのだろうか。


 どんな災厄が返ってくるかもわからないパンドラの箱を開けてみれば、中にはかつての仲間たちの末が入っていた。結局途中は騙されてしまったけれど、信じてみないと何も始まらなかった。信じるのもそこまで悪いことではなかった。


 全てが塵と化した世界で、俺は再びアンタを守って生きる。哀れな613号、タマハラ族のキッドとして。


 あばよ、パパ、愛してたぜ。


 



もう4話おまけのエピローグが続きますが、以降はおまけとなります。

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