・エピローグA あばよ、パパ 1/2
星での暮らしが合うやつ、合わないやつ。同じカリオペイアⅢのやわらかな大地を踏みしめても、その感想は人それぞれだ。
ある者は光臨の丘での素朴な暮らしに理想郷を見た。ディスプレイのバックライトではなく、暗いたき火やランプの明かりを頼りに夜を過ごす静かな生活に豊かさと幸福を覚えた。
またある者は地上での生活に不安を抱いた。彼らが安心できるのは今やアークトゥルス級の船内だけで、個室が広すぎて落ち着かないと妙な注文を付けてきた。それなりに広い部屋の方がいいはずなのにおかしな連中だ。
過密状態の恒星系基地で暮らしてきた彼らにはこの世界は広すぎた。機械の助けがない環境なんて拷問と何も変わらないようだ。そんな感性を持っているやつらはアークトゥルス級の水夫となった。
まったくおかしなものだ。あれほどまでに憧れていた地上での生活だというのに、船の中を楽園とするやつらが百を超えるだなんて、宇宙産まれ根性ここに極まれりだった。
太陽の民は口を開けば地上の食べ物を臭いだのしょっぱいだの硬いだの、貴族のお坊ちゃま方よりも偏食が酷い。さらに栄養ペーストばかりの食生活をしてきた彼らは胃腸が少し弱く、生物なんかを食べた日にはトイレに行列ができてしまう。
まさか都市から都市へと巡って胃薬を買い占めることになろうとは思わなかった。
ちなみに引き合いに出した貴族のお坊ちゃま方だが、意外にも彼らは物わかりがいい。アークトゥルス級での生活にも馴染み、帰りたくないと言い出す者まで現れた。ここでの生活は貴族の屋敷での生活より遙かにリッチだと、彼らは口々に俺たちの暮らしを羨んだ。
「我が国が歪みに歪み果てていることは、ここにいる皆が誰もが承知していることです。変えられるものなら変えたいに決まっていますよ」
ある世継ぎは言った。自分たちアヴァロニアの支配階級にだって良心はあると。
「ま、みんなそうなんだよ。家や役職を継ぐ前はしがらみもそこまでじゃねぇしな、あわよくばこのひでぇ国を変えてぇ……って大小思ってるもんだ」
しかし、しがらみまみれの騎士ガーウェルいわく、世を継げば現実がのしかかってきて、気付けば親と同じ間違いを繰り返す。
「父も昔は夢見がちな若者だったと祖母から聞きました。しかし世を継ぎ、悪意まみれの王宮で暮らすうちに、悲しくも別人へと変貌していったそうです」
その男はアヴァロニアの王子だった。王が王子を呼び戻すと言っていたのは嘘っぱちで、王子はあの場にいて、他のお嬢様お坊ちゃま方と一緒にまとめてアークトゥルスにさらわれた。
「夢見がちか、それはなんかわかる気がするな。クソ傲慢な男ではあるんだが、このアークトゥルス級に憧れる目は嘘じゃなかった」
「君が学びの機会をくれなかったら、私も父のような残酷な狂人になっていたかもしれない。さらっていただいて感謝しているよ、キッド」
王子か混じっていたなんて、どうりであの時おっさんが必死で守ろうとしたわけだった。
「お、おぅ……どうも調子狂うな……。お前、本当にあの男の種から産まれたのか?」
「アヴァロニア人はみんながみんな悪人じゃない。君が王家を恨むのは当然だが、もう少しだけ同族を信じてくれ」
「はっ、テメェみてーな善人が真っ先に悪党に食いつぶされるんだ、寝首かかれたくなかったらもっと人を疑えよ」
彼らには伝えていないが、検診と称して密かに遺伝子治療を試みている。後天的に遺伝子を改変する技術が太陽の民にはあり、それを使ってサイコパスの支配者としてデザインされたアヴァロニア人を元に戻す実験を行った。
このお人好しの王子は早々に被検体から外れた。元からこれでは実験にならない。
来週には交易のために王都ケイロスを訪れる。親や家族には会いたいが帰りたくないと言うやつが多すぎて、またおかしな理由で揉めることになるだろう。
培養漕の担当者はある日を境にこう言い出した。確かにアヴァロニア人は共感性を著しく欠いたサイコパスとして産まれるよう細工された民であるようだが、度重なる混血でその特色も薄れてしまっていると。
さらにはこう言い出した。よくよく調べてみればおかしいのはタマハラ族の方であると。タマハラ族こそが最も深く遺伝子を改変された、最先端の人類であると。
「担当者が言うには、タマハラ族が最下位の労働階級、奴隷種として生み出されたのは間違いないそうだよ」
しかし我らが海賊公爵ゴンドゥ・カークの見解は担当者とは少し異なった。
「そうか、まあそうだろうな」
「でもこのアークトゥルスを遺してくれた人のは、タマハラ族の特徴を持っていたんだよね?」
「ああ、奴隷って感じじゃなかった。権力がなければこの船を隠すなんて不可能だ」
確かに妙だと思った。奴隷種としてデザインされた種族がなぜ力を持っていたのだろう。
「都合のいい労働階級、逆らうことのない労働者が欲しかったのは本当だろう。でもそこには夢もあったんじゃないかな」
「夢? 資本家の夢か?」
「人類の夢だよ。人と人が尊重し会う、騙すことも支配することもない社会を、タマハラ族をデザインした誰かは望んだんじゃないかな。遺伝子レベルからのアプローチで」
「……なんというか、お前らしい考え方だ」
「世界がタマハラ族だけになればカリオペイアⅢは地獄から理想郷に様変わり。人類の業を克服した種族たちによる楽園になることは間違いないよ」
どちらにしろ今となってはわからない話だ。先人の傲慢な遺伝子改変のせいで地獄のような世界がもたらされた現実は変わらない。
ただ培養層の担当者が言うにはタマハラ族の遺伝子は強烈な遺伝力を持っているという。混血が進めば世界全てがタマハラ族になる可能性もないこともないそうだ。
タマハラ族をデザインした何者かは、混血をもって目的を果たそうとしたのかもしれない。しかしそれ以上に人類の悪意の方が強かったとも考えられた。
「時々、アムとリタが羨ましくなるよ」
「へへへ、いいだろ。あいつらは銀河で一番良い女だ」
「違うよ、君の姉のポジションにいるあの二人が羨ましいという意味」
「なんだぁ? 俺の姉貴になりてぇってことか?」
「なれるかな、俺にも……」
意地悪なジョークを培養漕生まれのピュアボーイは真に受けた。自然生殖の概念がないこいつらに明確な男女の区切りはなかった。
「お、おう……。ま、やってみりゃいいんじゃねぇか……?」
「じゃあ今夜キッドを貸してもらえるか頼んでみる」
「や、やるだけやってみりゃいいんじゃねぇか……? てか、んなことより例のブツの解析はいつ終わるんだよ?」
ゴンドゥ・カークは恒星系基地から極めて興味深い物を手に入れてきた。俺はそれが気になってたまらない。
「データクリスタルのこと? 今夜に間に合わせてみるよ」
それは古い時代のデータクリスタルで、基地を捨てる際に偶然発見された。軽い解析でそのデータクリスタルのヘッダーに[海賊公爵バンドゥ・カーク]の名が刻まれていることが発覚した。
「キッドはどうしてバンドゥ・カークにそんなにこだわるの?」
「別にこだわってなんかいねぇ」
「ごめん、なんとなくそんな気がしただけだから」
青天の霹靂だった。叔父貴との繋がりは何もかもが断たれたと思っていたのに、突然叔父貴の名が刻まれたデータクリスタルが目の前に現れた。
「とても大切な人なのはなんとなくわかる。がんばるよ、キッドの三人目のお姉ちゃんとして」
「そこはお兄ちゃんにしとけっつーの……」
「あ、そっか、俺男だったね。でも俺が欲しいのはキッドのお姉ちゃんのポジション――」
「アホ言ってねぇでさっさと解析しろよっ!! 解析したら弟だろうと娘だろうとなんにでもなってやるよ!!」
地上では当たり前の男女の価値観は、自然生殖のない社会で産まれた太陽の民にはない。培養漕から計画的に生産される彼らは家族の繋がりも極めて薄い。
そんな環境で産まれたやつが家族を欲しがるのは面白い変化だ。俺のことをそれだけ好きになってくれたってことだ。
「じゃ、また今夜ね、キッド!」
「断っとくがよ、男はお姉ちゃんにはならねぇからな……」
「それでもなってみせます!」
「精神論でどうにかなる問題じゃねぇよ、この培養漕ボケが!!」
無邪気な笑いながら己の個室に帰るゴンドゥを見送ると、俺は2回頭を抱えて、5回ため息を漏らした。500年間、暗黒の宇宙に閉じ込められた過密状態で生きてきた太陽の民もまた、おかしな進化をとげた人類の亜種と言ってよかった。




