・宇宙船式三角交易 - 白紙の航路、星ノ航海 -
宇宙ではレーダーやコンパスが行き先を示してくれた。艦船AIが自動操縦で目的地まで運んでくれた。
しかしこの星ではそうもいかない。上空からの目視で目的地を探し、時に高度を下げて現在の座標を確認して、目的地の町を探す必要に迫られた。
つまり日が暮れると手も足も出ない。
硬いパンとトマトだけの粗末な夕飯を食べて、俺たちは操縦席のシートを傾けて就寝した。
「アムと、何かあった?」
「は、何もねーよ?」
「言わないと、イタズラする」
「大したことじゃねーよ、さっさと寝ろ。うぉぉっっ?!!」
イタズラされても黙秘を貫いた。やられたらやり返せの精神であちこち突っついてやった。
「ドエロ……」
「リタには言われたくねぇ……」
最終的には俺が勝った。寝て、夜を明かし、燃えるように輝く朝日を拝んで旅を再開した。
シルクシティにたどり着いたのは昼前だ。迷いに迷ってやっとこさ森の彼方に小都市を見つけることができた。
「で、これからどうすんだ?」
「まずこの町で生糸を買います」
「キイト……?」
「芋虫が出す糸」
「な、なんじゃそりゃ……なんか、キメぇな?」
いやだが思い返してみると、キイトという言葉の響きに覚えがなくもない。確か値の張る地球産のアンティークに絹と呼ばれる物があった。その原材料が、確かキイトだったような……。
「ボクたちの両親、交易商人だった」
「子供の頃の私たちはそれを手伝ってたの」
アムとリタは言った。まずシルクシティで生糸を買う。そしてその生糸を沿岸部であるポート・ブルーと呼ばれる港で売却する。ポート・ブルーでは魚、塩、メジャーな舶来品を買う。それをシギュン侯爵領と呼ばれる栄えた町に運び、農具、綿の布、服を仕入れて再びシルクシティに戻る。
「これが両親がやっていた三角交易です」
「懐かしい……」
「厳しい旅暮らしでした」
「もう二度とやりたくない……」
「そう思っていたものですけど、ポタモちゃんがいれば話は変わります」
名を呼ばれるとポタモがアムに擦り寄った。混沌の竜ポタモトリゴンとはぐれた竜使いを保護したこの二人には、ポタモの大いなる翼を利用する権利があった。
「仕入れに行きますから護衛をお願いできますか?」
「いいぞ、用心棒の仕事なら慣れている」
「ボクはちょっと捜し物。気にしないで行ってきて」
念のために船に残っていたセンサー付きのポシェットと通信機をリタに持たせて、アムと俺は仕入れに向かった。
あの男爵の村ほどではないが、シルクシティの人たちもどこかよそよそしかった。アムの銀髪とオッドアイにギョッとして、道を開けてくれる者もちらほらといた。
「まさか、生きていたとはな……」
生糸の取引はアムの親の古いつてを頼った。小さな問屋を営む初老の男で、彼からはさほど悪い感じはしなかった。
「生き残ったのは私とリタだけです。両親と仲間は死にました」
「酷い時代だ……。だが君たちが無事ならご両親も天国で報われているだろう。とにかく無事でよかった……」
彼は迫害される民に生糸を売ってくれた。それも原価近くまで割り引いて。行き先を聞かれたのでポート・ブルーで卸すとアムが答えると、男は利益確定を保証してくれた。
「最近、治安が悪くなる一方でな……。皆が疑心暗鬼になっている。暗い時代だよ、あまりにも暗い……」
取引が成立するとアムは何度も感謝して問屋を出た。生糸は彼女がちょっと目をそらしている間に、トラクタービームでさっと船に回収した。
「暗い時代なのか、この星は?」
「星、ですか?」
「この世界全体のことだ。どうもこの町も暗くネットリとしているような感じがする」
「ここは私が生まれた時からずっとこうです。弱い者は強い者に奪われる。それがこの世界の真理です」
「嘘だろ……世界中がこんな辛気くさい顔した連中ばかりなのか? だったら別の大陸に渡ることを勧めるぜ」
そうアムに言ってやると、彼女は目を大きく広げて俺の手を取った。
「あ、ああああーっっ!? それですよっ、それですボク様っ!!」
「止めろつってんだろ、その呼び方……。せめて外でだけは止めてくれよ……」
「盲点でした!! そうですっ、ポタモには天翔る翼が生えているのでした!!」
翼というか、ヒレだな。
「わかんねーけど、海の向こうに行きたいってことか?」
「はいっ、私たちが港に運んだ生糸は船で海の向こうに運ばれるのですっ」
「……で?」
「あっちの方が高く売れるということです!」
そりゃいい。かわいらしく笑うアムに俺は明るく笑い返した。彼女は生まれながらの交易商人だった。
「俺、海は見たことねぇんだ」
宇宙空間からなら腐るほど見てきたが、惑星に降りたことは一度もなかった。宇宙で生きる者たちの大半がそうだ。星への憧れを胸に、決して星の土を踏むことなく死んでゆく。
「私も渡ったことはありませんっ、海を渡ってみたいですっ!」
「どこにだって連れてってやるよ」
あの日保護してくれた恩返しはこの程度では足りやしない。俺たちは露店でバゲットを使ったサンドイッチセットを買って、宇宙用重戦闘機ポタモトリゴンに帰った。
ほどなくしてリタからの連絡が届いたので彼女を回収して、進路を港町ポート・ブルーへ。そしてさらにポート・ブルーからの海の彼方に定めた。
「リタは一人で何をしてたんだ?」
「野暮用」
「秘密か?」
「聞かない方がいいこと」
「そうか、なら詮索はしない」
サンドイッチセットを昼食にして雑談を交わすと、遙か彼方に港と海が見えてきた。その海のどこに港があるのかわからないが、海を渡る交易船を道しるべにしてゆけばいずれはわかるだろう。
宇宙ではこんな経験はそうなかった。星も基地も交易路も船のコンパスが場所を示してくれた。
「キッド」
「ん、なんだ、ポタモ?」
「星ノ航海、タノシイ」
「俺たちもだ。マッピングは任せたぜ」
「エイエイ!」
「まさかドラゴンだったこと、忘れてないよな、お前……?」
滅びた隠れ里。クロム・エロ男爵の村。シルクシティ。ポート・ブルー。白紙だった地図にポタモという名のオートマッピングシステムがポイントと航路を書き記していってくれていった。




