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・麦とホップを半端な密閉容器に詰め込んで腐らせた不衛生な液体の上澄み -

 船を乗っ取られたとはいえさしたる不便はなかった。船室の外では監視が付いたが軟禁とはほど遠く、ブリッジにまで好きな出入りが許され、ゴンドゥ・カークと共に風呂に入るという夢も翌日早々に叶った。


「女じゃあるまいし何おっぱいまで隠してやがんだよ? いやかえってやらしいだろその格好はよぉ?」


「だ、だって……っ、誰かと裸になって過ごすなんて経験、俺には……っ」


 あろうことかゴンドゥはバスタオルを身体に巻いて風呂に入ろうとした。マナー違反だ。


「おらさっと脱げっ、男なら堂々としろ!」


「キャァァーッッ?!!」


 当然脱がしてやった。女みたいな悲鳴を上げるからこっちまで驚いてしまったが、ゴンドゥの性別は申告通りの男性だった。


「へっ、小せぇな……」


「み、見ないで下さぃぃーっっ!!」


「おらこっちこい! 洗わずに湯に入るのもマナー違反だ!」


 洗い場でゴンドゥの身体を布で擦ってやった。空調の不備、水不足の環境に身を置いていた彼は擦れば擦っただけ垢が出てくるベタベタの身体をしていた。


「お前、身長いくつだ?」


「160……四捨五入で……」


「ふーん……俺は四捨五入で150だ。けど俺の方がデカいな」


「な、何を言って……っ! 自然生殖の器官の大小を比較することになんの意味があるんですかっ!!?」


「あるさ、公共浴場では特にな。おらこっちこいっ、湯船の入り方を教えてやる!」


 俺の方がデカいとわかると気分がよくなった。不服そうなゴンドゥの手を引っ張って湯船に沈めた。


「どうだ、これが500年前の人類の生活だ」


「す、すごい……これが公共浴場……。なんて開放的で、気持ちいい……」


「素直な感想は嫌いじゃねぇぜ。感謝しろよ、俺たちがアークトゥルス級を発掘したからこの極楽を楽しめんだぜ」


「は……はぁぁぁぁ…………っ、こんな……こんな贅沢を昔の人は……っ、ぁぁぁぁ…………」


 恒星系基地は極度の過密状態だった。ゴンドゥはほんの6平方メートルしかない部屋で機材に囲まれてモグラのように暮らしてきた。基地内部の空気も薄く、臭く、アークトゥルス船内の新鮮な空気に彼は感動していた。


「ぁぁ……俺、生きててよかったです……」


「ま、気持ちはわかる、ここは楽園だ。そうだろ、ジェイ?」


 風呂の主ジェイを交えて語り合った。ヤツのデカいブツをからかってやると、ゴンドゥが内股になって切なそうな顔をした。年齢の割に小さいという悲しい事実に気づいてしまったようだった。


 ジェイは何から何まででかいがまだ17歳。本当に腹の立つ体格をした男だった。

 のぼせそうになるまで湯を楽しむと風呂から上がって、いつものところで牛乳を注文した。


 ジキタリスおばさんは星に残してきたのでセルフサービスと思いきや、リタとアムがカウンター越しに俺たちを待っていた。男湯にセキュリティーホールを作ったのは失敗だったのかもしれない。


「いいものだった……」


「私は見てませんよ、キッドしか」


「嘘」


「嘘じゃありません! 私はキッド以外の男の人には興味ありませんから!」


 吹きそうになることばかり言うので牛乳の一気飲みはひかえた。ちなみにゴンドゥは未調整の生乳の風味が口に合わなかったようで、青い顔をして白い液体を口から漏らしていた。


 親切なアムが急いで用意しくれた冷たい水をゴンドゥは一気飲みにした。


「いけると思ったのですがダメでした……。臭い……まるで栽培プラントの汚水のような……う、うぅ……っ」


「すぐに慣れますよ」


「栄養ペーストばかりの食生活をしてりゃ、そりゃな……」


 おかわりの水をまたゴンドゥが飲み干した。この調子では地上での食生活が思いやられる。


 それから少し休むと、のぼせ気味のゴンドゥをリタとアムに任せてブリッジに向かった。ブリッジに入ると全てのクルーが既に立ち上がった状態でこちらを最敬礼で迎えていた。


「いらねぇよ、そんなん。仕事の効率優先でいこうぜ」


 反逆者マッコウに迎えられた。マッコウは貧相な少年の手を引いて自分がいた艦長席に座らせた。


「あ、いや、到着時間の確認ついでにちょいと様子を見にきただけなんだが……」


 コンソールによるとカリオペイアⅢへの到着は57時間後だった。もうしばらくゴンドゥをからかって遊べる。


「順調だ。これといったトラブルもなく運行している」


「大型のアステロイドには気を付けろよ? 極まれにセンサーに引っかからないやつもある。この船にはそいつを吹っ飛ばす武装もないんだ、何かあったらすぐに呼んでくれ、俺とポタモがどうにかする」


「ジェイ殿ではないが、貴方はやはり本物の天使に違いない……」


「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ!!」


 ジェイとは大方風呂で出会ったのだろう。屈強な男同士の口数少ない入浴が目に浮かんだ。


「んなことよりカリオペイアⅢに到着したらどうするつもりなんだよ?」


「アヴァロニア王国王都ケイロスに降下する」


「ハハハッ、そりゃゴキゲンなファーストコンタクトだな!!」


 星の世界からアークトゥルス級が降りてきたらさぞ都の者は驚くだろう。王家はあの日の盗掘に腹を立てているだろうが、圧倒的な力の前には無力だ。


「我らは交渉はしない、あるのは要求のみだ。技術に劣る地上の民に己の立場をわからせる。我らが望む答えが返ってこなければ予定通り城を吹き飛ばす」


「ゴンドゥが発狂しそうなプランだな……」


「不服か?」


「さあな、正解なんてねぇ話だろ。共存共栄が理想だがよ、それができたらこの星はこうはなっちゃいねぇ。……そうだ、コイツを見てくれ」


 コンソールを操作してあのタマハラ族の男が残したデータベースを呼び出した。それはあの星の罪の証言調書だ。培養漕生まれのマッコウはこの実験[ヘラクレス計画]の危険性をすぐに理解した。


「カリオペイアⅢの人類は恒星系基地に隔離されていたアンタたちとは少し違う。行き過ぎた生物学研究がもたらした新人類と言ってもいいだろう」


「バカな……なんと、なんと愚かなことを……。あの変異体たちが、元は、人類だっただと……?」


「実際、どうすりゃいいんだろうな……。地上の連中を全部駆除してタマハラ族と赤の公爵騎士団の末裔だけの星にするか?」


「いや……そんなことは……」


 マッコウたち太陽の民の観測と、タマハラ族の祖先が残した過去の罪。これらは因果関係で結ばれた。カリオペイアⅢの人類の有り様は管理できなくなった遺伝子改変技術がもたらしたものだと。


「俺はアヴァロニア人を増えすぎた支配階級種族と見ている。タマハラ族は減りすぎた労働界級種族だ。この船を残した男は、自分たちのことを生物学に偏っていると評価していた」


「確かに我々が持つデータベースによると、緩やかで長期的なタマハラ族の減少が観測されている。あり得なくもない仮説だろう」


「お前らの技術で治せるか? この星の連中を、元の状態の人類に」


 マッコウは顔をしかめせた。顔を見るだけで決して簡単ではないことがわかった。


「遺伝子を……貴方の遺伝子を解析させてもらえないだろうか?」


「いいぜ。ついでにアムとリリアも解析してくれ。リリアはサンクタム人、俺たちとはまた違った系統の種族だ」


 マッコウから上の空の同意が返ってきた。彼はヘラクレス計画のデータベースを操作してそこに残された人類の罪を1ページずつじっくりと読み解こうとしていた。


「なぜ、こんな蛮行を……」


「さあな。ただコイツを残した男は『ゲートウェイさえ閉じなかったら……』とか言ってたぜ」


「詭弁だ。自らの手でカリオペイアⅢを地獄に変えたのと何も変わらない所業だ。なぜ人は互いに手を取って生きられないのだ……」


「さあな、なるようにしかなんねぇんじゃねぇか?」


 クローン培養漕の技術者に遺伝子を提供した。解析には長い時間が必要になるが、星に降りる前にその時点の見解を聞く約束になった。


 57時間後、アークトゥルス級と太陽の民はアヴァロニア王都ケイロスに奇襲攻撃を仕掛ける。


「ところでビールって飲んだことあるか? ちょっと付き合えよ、特別に飲ませてやるぜ」


「申し出は嬉しいが我々にドラッグをたしなむ趣味はない」


「いいから付き合え、飲めよ、俺の代わりに。でないとクーデター起こすぜ」


「自分に天然醸造の不衛生な飲料を飲めと……?」


「飲め」


 ガキの特権でマッコウを引っ張って鶺鴒のサエズリに連れ込んだ。マッコウはそこでリタとアムが用意していたビールジョッキを握った。


「麦とホップを半端な密閉容器に詰め込んで腐らせた不衛生な液体の上澄み、か……。く……っ」


「早く飲めよ」


「キッドが人にお酒を飲ませようとするなんて珍しいこともあるものですね」


「いつもは、怒るのに……」


「へへへ、何せコイツは俺からしても特別だからな。さあ飲め、海賊の末裔を名乗るならば飲めて当然だ、さあいけっ!!」


 マッコウはビールを口にした。それはもう不味そうに表情を歪め、苦みに青い顔をした。

 だが思い切りのいい男だ、マッコウは男らしく出されたビールジョッキの液体全てを飲み干して見せた。


「どうだ?」


「うっ、うぶっ……吐きそうだ……。なぜ地上の民は、このような腐れた汁を……うっっ?!!」


「へっへっへっへっ、ありがとよ。また飲ませてやるから楽しみにしてろ」


 かつての自分と同じ顔をした男がビールを飲み干す姿を見るだけでこっちは満足だ。俺の言葉にマッコウは青い顔をして吐きそうな口をふさぐばかりだった。


 悪い方向にばかり考えるのはよそう。きっとどうにかなる。悲観主義マッコウと理想主義のゴンドゥのどちらの意見が正しいか俺にもわからないが、ファーストコンタクトはもう避けられない。


「では……うぷ……っ、失礼する……。う、うう……っっ」


 一気飲みに揺れる足取りでマッコウはブリッジに帰って行った。


「お風呂上がりのキッドはいい匂いがします……」


「そろそろ、帰ろ、帰ろ……」


「よせ、人が見てんだろっ、ガキ扱いすんじゃねぇよ……っ」


 海洋惑星カリオペイアⅢまで後57時間。決断の時はまだ遠かった。


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