・星と太陽のファーストコンタクト - 鏡よ、鏡 -
推進と共に巨大化してゆく太陽にカリオペイアⅢの民は好奇心と恐怖を抱いた。夜明けから夕暮れにかけて天にそびえるその見慣れた天体がどれだけ巨大な物体であるかを彼らは知った。
この恒星系で最も巨大で重い物体があの太陽であると説明すると、当たり前のことでしかないのに目を丸くして感心された。
彼らの興味の的は星々だった。無重力の環境にも戸惑っていたが、若いリリアから順番に慣れていった。
カリオペイアⅢの民はそれぞれのシートに腰掛けたりディスプレイの前で棒立ちになって、青や赤、白、珍しいものでは紫色の光を放つ星屑の海にしばしば見とれていた。
彼らは大気のヴェールにより観測が阻まれていた地上で生きてきた者たちだ。世界の真実の姿がここにあった。
しかし星を見つめて無重力環境で遊ぶだけでは70時間の旅の暇が潰れるわけもない。カリオペイアⅢの民も次第に宇宙空間に慣れた。そこで慣れた彼らのためにブリッジの重力制御装置を稼働させた。
「おまっ、こういうのがあるんなら最初から使ってくれんかね、君ぃぃっ!?」
それは地上と同じとまでは言わないが、下への弱い重力を生み出して快適に過ごすための装置だ。
それを起動すると、壁や床や天井に頭をぶつけまくって散々な目に遭ってきたおっさんが猛烈に抗議してきた。
「でも楽しかっただろ?」
「楽しいよりも先に痛ぇよ!」
「こっちは面白かったしいいんだよ」
「このクソガキ……ッ、おじさんをもっと大切にしてくれたまえよっっ!!」
下への重力はおっさん以外にはやや不評だった。特にリタとリリアはすっかり順応していて、まるでピンボールのように壁から壁へと跳ねる見事な身のこなしを見せてくれていた。
「戻して……」
「多数決取ろうよっ、早く戻そうよーっ!!」
リリアの提案を採用して多数決を取った。おっさんは5人の従者たちと最近仲のいいジェイを抱き込めば過半数を取れると思っていたようだ。
だが頭をたんこぶだらけにしたおっさんの望みは叶わなかった。全ての従者たちが無重力を望み、支持してくれたのはジェイだけだった。
「何裏切ってんだっ、お前ら俺の従者だろうがっっ!!」
「キッド様、少しこの環境で休憩をしてから元に戻すというのはどうでしょうか?」
ジェイは本当にやさしい男だった。
「ま、それでいいぜ。無重力に戻すのはおっさんの腰へのいたわりだと思ってくれ」
「若いからって調子こきやがって……っっ、このクソガキ……ッッ。実際そこんとこはありがてぇけどよぉっ!!」
そんなわけで航海もあと半分といったところで皆が慣れて暇を持て余してきた。そこで停止させていた公共浴場も試験稼働させることにした。
公共浴場にも重力制御装置が内蔵されている。でないと入浴や重力を頼りにした排水システムが成り立たない。
戦闘用であるポタモトリゴンとは正反対の贅沢な設計思想で改装された船。それがこのアークトゥルス級だった。
そんなわけで0.4Gによる中途半端な重力下の入浴を楽しんだ。ジェイは再び風呂場の主となり、無重力嫌いのおっさんも風呂からすっかり出てこなくなった。
リタもアムもリリアも大層なはしゃぎようで、ブリッジの人口密度が目に見えて激減した。
残された俺はシィールに恒星系基地との通信を任せてセンサーを見張った。望遠レンズを稼働させて宇宙を観測した。珍しいものを見つけるたびにシィールに見せてやると、彼は目を輝かせて喜んだ。
「それはなんですか? 輪のように見えますけど……」
「ゲートウェイだ」
ここからではまともに見えない。望遠レンズを最大にしてそのデータを引き延ばすと、サブディスプレイに輪のような暗い影が映し出された。
「昔の人類はこれを使って隣の恒星へと渡っていた。……だがもう動いてないようだ」
「そうなんですか……残念です……」
「確かに、少し残念だ」
何が飛び出してくるかわからないパンドラの箱そのものとはいえ、かつての世界を知る者からすれば確かに残念だった。
「ところでゴンドゥの様子は?」
「立て込んでいるようです。呼びかけてはいるのですが、呼び出しに答えてくれなくて……」
「おいおい、もう目と鼻の先だぜ? ここまできておいて窒息死してるなんてねぇよな?」
「あの……差し出がましいようですが、キッド様はどうも悪い方向にばかり考えすぎるところがあるような気がします……」
「そう言われちゃぐうの音も出ねぇな」
暇つぶしにブルーホライズン恒星系の観測を行いながらゴンドゥからの通信を待った。いつもなら饒舌に語らってくれる頃だというのに、呼び出しに出ないなんてやはり妙だ。
「やっぱ、死んでるんじゃ……」
「よして下さいよ、キッドさん! だ、大丈夫ですよっ!」
基地が崩壊していたら宇宙にきた意味がなくなる。望遠レンズを最大にして恒星系基地を観測してみても変化はない。
俺たちが宇宙に上がり観測を行った時点で、その恒星系基地は既に破損していた。かつてあったアステロイドの衝突事故により、7割以上の区画を捨てることになったとゴンドゥから聞いている。
「あっ、繋がりました!」
「そうかよかった……。おいゴンドゥ、まさか死んで――」
映像回線が繋がれたサブディスプレイを見上げた。ところがそこに映っていたやつは正真正銘の『ドッペルゲンガー』だった。
そいつの名は[海賊ギド]という。かつてそう呼ばれた男と同じ顔をしたやつがそこに立っていた。
「お初にお目にかかる、カリオペイアⅢの諸君。自分の名はマッコウ、ブルーホライズン恒星系基地の警備隊長だ」
「こ、怖そうな人……ですね、キッド様……」
見れば見るほどにその男はかつての俺、海賊ギドそのものだった。スィールが言うようにいかにも悪党って顔をしていた。
「よろしくマッコウ、俺はキッドだ。ゴンドゥはどうした?」
「ゴンドゥ・カーク公爵様は興奮めされて熱をお出しになられた。ドッキングまでの流れは自分が担当しよう」
「アイツ、公爵だったのか?」
「ああ、ゴンドゥ様は正真正銘の宇宙の公爵様だ。あの方に刻まれたDNAがその証。我らの主君はあの方だけだ」
どうも頭が混乱した。自分の顔をしたやつが突然現れてゴンドゥ・カークに忠誠を誓う姿を見せられた。
「アンタもアンタで興味深いが……ゴンドゥに繋いでくれ、ちょっとでいいから話したい」
「それはできない相談だ。ゴンドゥ様のご健康は何よりも優先される」
「はぁ、なんでだよ? ちょっとくらい――」
「この基地を捨てればゴンドゥ・カークのスペアはもう作り出せない。あの方は特別なのだ。ゆえに自分の独断でお休みいただいた」
なんだこの融通の利かない男は……。俺と同じ顔を持っているというのに、まるで正規軍士官のようなつまらない型にはまりやがって。
何よりも俺ではないのに俺の顔を持っているところが気に入らない。俺が失った豊かな体格までこの男は持っている。
「うるせぇっ、会いてぇって言ってんだから会わせろよっっ!! こっちはガキだぞっ、ガキのわがままくらい聞けよっっ!!」
「断る、お前の頭脳は子供のそれではない。どうやって知恵を得たか知らないが、お前は失われた宇宙の姿を知っている。我々よりもだ。お前は子供のふりをした成人だ」
ゴンドゥと俺たちの通信はあちらで共有されていたのだろう。子供のふりをしも無駄だと腕を組んで威圧された。
「俺のどこが大人だって? この手足を見ろ! ヒゲも生えねぇ! ○○毛もねぇ! 精通すらしてねぇ俺のどこが大人なんだよっ!!」
「お前はカリオペイアⅢの民をここまで導いた。それだけの偉業を果たした男を子供扱いなどせん。我らの救世主よ、星へと我らを導く天使よ、貴方の到着を心からお待ちしている」
「おう待ってろよっ、生えてねぇところを目の前で見せてやるからよっ!!」
「……心中お察しする。では19時間後にまた」
一方的に通信が切られて海賊ギドの顔が画面から消えた。そうなると血が上っていた頭にやっとこさ冷えてきた。
「どうなってんだ……。なんで、なんで俺の顔が……アイツ、なんなんだ……?」
ヤツがそこに存在するだけで偽者だと突き付けられた気分になる。本物はこっちだというのに。
「あの、生えてないんですか……? 一本も……?」
「生える気配すらねぇよ!! つるっつるで悪ぃかよバカ野郎!!」
「いえっ、ジェイではありませんがますます清らかな印象を抱きました! まさに天使!! とてもよいと思います!!」
「よくねぇ!!!」
まるで悪夢の中に迷い込んだような気分だった。今から19時間後に俺は自分のドッペルゲンガーに会わなければならない。
合理的に、科学的に、なぜヤツが俺の顔を持っているのかを考えてみればそれは――
「ヤツは俺の、クローン……?」
誰かが海賊ギドのクローンを作ってゴンドゥ・カークの配下に組み込んだ。何せ叔父貴のクローンにあたる者を主君とする培養槽育ちの連中だ、もし作れるならば作ってしまうだろう。叔父貴が認めた最も優秀な戦闘機乗りギドのクローンを。
この仮説がもし正しければ、先ほど通信したあの男はもう一人の俺だ。あの男は今も名と記憶を変えて海賊公爵に仕えていた。




