・星の船アークトゥルス、エーテルの海へと帰る
光臨の丘に残った民の協力の下、突貫工事で約300台にも及ぶ反物質セルの交換作業を済ませた。技術面の監視ができる人間が他にいなかったので、俺も交換作業の全てに付き添った。
エネルギー充填率71%。経年劣化を踏まえても十分すぎるほどの充填率になった。
「待たせたな、予定通り明日、宇宙に上がる。引っ越し掃除でもして待っていてくれ」
「ありがとう……。アヴァロニア王の勘気に触れてまで、俺たちを助けようとしてくれて……本当にありがとう……」
「ヤツはリタとアムを脅しの材料にしてきた。その時点でもう共存はあり得ねぇんだよ」
接待での苦労話を軽くゴンドゥに語った。賢いが弱者には目もくれない危険な支配者であるとも。
「君の説によるとアヴァロニア人は増えすぎた支配種族だそうだけど、その説を支持したくなってきたよ。君の話が本当なら、俺たちからしてもアヴァロニア王家は危険な勢力だ」
朝に始めた交換作業が終わったのは日没前だった。疲れ果てた俺はアークトゥルス級の船室からゴンドゥと通信を交わした。やっと宇宙に帰れるというのに疲れ過ぎていてテンションなんて上がらなかった。
「ああそうそう、スケベ画像のデータを持ち出すのを忘れんなよ……」
「あはは、面白い冗談だね」
「いや、それは男の生活必需品だ。騎士ガーウェルに少しでも恩義を感じているなら、きっちり回収させておいてくれ」
「……俺にはわからないな。女の子の裸なんて見て何が楽しいの?」
「はっ、面白い冗談だ、楽しいに決まってんだろ」
ゴンドゥは本気で言っていた。誇張抜きの本気で女の子の裸に興味がないそうだ。
「生まれが生まれだからかな……。自然繁殖というのものがピンとこない……」
「ま、リソースが厳しいそっちの環境にいるとそうなるのかもしんねーな……」
まどろみながら話しているとゴンドゥが謝罪して通信を切った。また基地のトラブルだそうだ。ここまできたら一人も死なせるわけにはいかないと言って、必死で仲間と共に生き抜こうとした。
「あのね、キッドくんっ、今日はリリアが一緒に寝てあげる!」
しばらくうとうととして待っているとリリアがきた。
「アムとリタは?」
「お仕事手伝ってる。だから任されたの!」
「そうか、なら一緒に寝よう」
拒む気力もなかったのでただ手招いた。リリアは恥ずかしそうに腰を揺すったが、こっちからすれば相手はかわいいだけのお子様だった。
再び船をこいでいると隣にリリアがいた。
「明日、キッドくんは星の世界に行くんだよね?」
「ああ……」
「リリアも行きたい……」
「ま、いいぞ……」
「え、本当っっ!?」
「アークトゥルス級の中がこの世で一番安全だ……。一緒に行こうぜ、星の世界へ……」
タマハラ族の者たちは明日一端船を降りる。居住地のスペースを空けるためだ。恒星系基地には現在600弱の住民がおり、彼らと貴重品を全て収容するとなると、可能な限り船倉と居住スペースを空けたいところだった。
「リリア、お星様、持って帰りたい!」
「できねーつってんのに、どいつもこいつも……」
言葉で夢を壊すよりも実物をモニター越しに見せた方が感動的だろう。何も言わずに隣に寝そべるリリアを引き寄せた。
「わっ、わ……っ!?」
「他に何が欲しい?」
「パパのおみやげ、かなぁ……?」
「いい考えだ。取り引きして何か珍しい物を譲ってもらおう」
「あとねっ、あとっ! 同い年くらいの彼氏、欲しいなぁ……?」
「そりゃポールさんが泣くぜ」
何度も繰り返されたいつもの返しにリリアが笑った。しかし俺が眠気に目を閉じてそれから再び開くと、リリアの表情が曇っていた。
「パパ……寂しがってないかな……」
なんだかんだ父親が恋しいのだろう。父親の代わりにリリアを抱き寄せた。
「ポールさんは強い意志を持った人だ、心配いらねぇよ」
「そうかな……。キッドくんって、なんか……サムよりやさしい……」
限界だ。悪いが先に眠らせてもらった。
明日、俺たちは重力という名の鎖を断ち、かつて人類が旅をした宇宙へと帰る。恒星系基地に閉じ込められた仲間たちを救い、光臨の丘へと導くために。
「パパ……」
パパ。星の世界で叔父貴の弟にあたる遺伝情報を持つ男が俺のことを待っていた。
・
アム、リタ、ジェイ、リリア、シィール、それに騎士ガーウェルとその従者たち。相棒ポタモと電子生命体アークトゥルスと俺は翌朝のブリッジに集まった。
カリオペイアⅢの民は重力に逆らい天を目指すことに恐れを抱きながらも、星の世界への憧れを胸にそれぞれのシートへと腰を落ち着かせた。
緩やかに発進した船は徐々に角度を天へ天へと向けて大気圏からの離脱を試みた。冷却装置はフル稼働。放熱を豊かな動力でねじ伏せて、アークトゥルス級はこれまでの鈍足が嘘のような速度で天を突き進んだ。
摩擦による発熱はピンポイントバリアーが受け止めた。槍のように鋭く伸ばされたエネルギーが大気を貫き、昇り竜のように船が天に昇っていった。
エンジンルームの温度がヤバいことになっていたが、それも重力のくびきを断つまでのことだ。俺たちを当たり前のように引き寄せていた重力が徐々に弱まり、やがて衛生軌道まで到達すると身体がフワリと浮き上がった。
そしてカリオペイアⅢの民は見た。自分たちが暮らす世界の本当の姿を。青く巨大な球体が衛星軌道に到達した正面カメラに映し出されていた。
「すごーーい…………」
リリアが素直な感動のため息を漏らした。カリオペイアⅢは巨大な海に包まれた星だった。
「キッドの言葉を疑った訳ではありませんが……本当に、丸いのですね……」
「大きい……綺麗だけど、大きすぎる……」
リタとアムは目を大きく広げて星の姿に驚いていた。
「これが星の世界……我々はなんと小さいのだ……」
「坊主に肩入れして正解だったぜ。金貨3万枚積んでもこんな光景は見れねぇ」
宇宙用の船がついに宇宙へと戻った。絶対零度の空間が船を効率的に冷却し、エンジンルームの温度がグングンと下がってゆく。ここまでたどり着けば本当の速度でこの船を飛ばすことができた。
宇宙は果てしなく巨大だ。何もかもが遠く、空気抵抗も重力もない。地上では恐怖に震えるほどの速度を出しても、何もかもが遠いせいで速いという実感がわきにくい無の世界だった。
アークトゥルス級は加速した。ゴンドゥ・カークが待つ恒星系基地を目指して星屑の海を突き進んだ。彼方に浮かぶ恒星ブルーホライズンはまだまだ遠い。目的地への到達まで、現在マークした最高速度でも70時間が必要だった。
浮遊感に戸惑う仲間たちの姿を楽しんでいると、アークトゥルス級への通信が届いた。アムがその通信を繋ぐと、メインディスプレイに映像が映し出された。
「宇宙へようこそ、カリオペイアⅢの皆さん。こうして皆さんを宇宙空間で迎えられたことを大変嬉しく思っております」
地上では音声データだけだったゴンドゥ・カークがそこに映っていた。彼はかなりの細身で美形の男子だった。確かに小柄で髪が青かった。俺はその顔立ちに叔父貴の面影を見つけていた。
「待っています。皆さんが俺たちを迎えにきてくれるその時を。俺たちを信じてくれて本当にありがとう……!」
シートに戻れなくなってしまってもがくリタの隣に飛び移って、彼女を砲手席に連れ戻した。初の宇宙空間とは思えない身のこなしに驚くゴンドゥに、カメラへと振り返り、俺はからみついてきた相棒ポタモを腕に乗せた。
「迎えに行くからおとなしくそこで待ってろ。会えるのを楽しみにしてるぜ、ゴンドゥ・カーク」
俺は海賊ギド。この冷たい暗黒の宇宙空間で育ち、海賊として生き、極小のブラックホールとなって消し飛んだバカ野郎だ。
あの日自爆したことに悔いはないが、叔父貴を残して先に死んじまったことだけは申し訳なく思っていた。愛人と一緒に育てたクソガキの死を叔父貴はさぞ悲しんだだろう……。
そんな俺の前にゴンドゥ・カークが現れた。彼は叔父貴に極めて近い遺伝データを持つ信頼の置ける男だ。
俺は海賊ギドとして星の世界に帰ってきた。かつて叔父貴の下に集った赤の公爵騎士団を救うために。
それがいかなる結果をもたらそうとも、もはや見捨てることなんて出来なかった。




