・アークトゥルスを手に入れた者へ - ヘラクレス計画 -
「ポタモ、お前は見なくていい」
「ナンデ?」
「なんででもだ」
あのタマハラ族の祖先が残したデータベースにアクセスした。あの男は権力のある生物学者の一人だったのかもしれない。
彼が残したデータベースには[ヘラクレス計画]とあった。モンスターそれぞれに残された記録から紐解くに、彼らは永遠の命を実現させようとしたようだった。
永遠の命を求めた理由は記録からはうかがえない。だが必要だからこそ追求したのだろう。
彼らは様々な惑星で発見された異生物の細胞を、生きた人間に組み込んで老いの運命を克服させた。老化の問題が解決すると、その次は死ぬことのない強い肉体を目指した。
これも成功。製造ナンバーが後半に進むにつれてより強く厄介な個体が生まれていった。
「マダー?」
「まーだだよ」
「眠ク、ナッテ、キチャタ……」
「たまには俺の膝の上で寝ろよ」
「ヤダー、ヤダヤダー」
残す目標は一つ。どの個体も前頭葉などの大幅な退化が確認されていた。人間としての理性や自我が失われ、獣同然のモンスターとなっていった実験結果を改善するための創意工夫が行われた。
「地獄か、この星は……?」
最後のナンバーをもって実験は打ち切られた。施設が敵対勢力からの襲撃を受け、永遠の命を持った怪物たちを反撃に解き放ったようだ。
通常、人類の遺伝子改変は政府により厳しく管理されている。その気になれば[盲従的な労働界級][特別仕様の支配階級][人の姿をした愛玩生物][より人道に反する亜種]を生み出せるが、そんなものを許したら社会が崩壊してしまう。
しかしこの星の生物学者はタブーを破った。ゲートウェイが閉ざされて裁く者がいなくなって、やりたい放題ができるようになってしまった。
「うん、わからねぇ。わからねぇがタマハラ族の容姿からして遺伝子改変された亜人類だ。善良で信心深い、ある意味で[盲従的な労働界級]とも言えるだろうか……」
ならばそういった者たちを支配する別の亜種が必要だ。旧人類そのままでもいいが、ゲートウェイが閉じた世界で暴走した者たちが自重をするとも思えない。
より賢く、残酷に下々を切り捨てられる個体が追求されたとなると、今のアヴァロニア人と社会の姿にも納得がゆく。
それでも支配階級と労働階級のバランスが取れていた頃はよかったのだろう。だが労働階級である種族が激減し、支配階級だらけになってしまった、と仮定すると……。
「アークトゥルス、うちのポタモのかわいい彼女さんよ。お前は何を見てきたんだ? なんでこの世界は先っぽから芯までクソが詰まってんだ?」
ピンクのクジラは何も言わない。自我を持った電子生命体だなんて宇宙では珍しくもないが、それが古代の宇宙船の中で自然発生するようなものなのだろうか。
「これからもポタモを頼むぜ。言っとくが交際を許したって意味じゃねーからな」
わからないことがわかったので尻で温まったシートにポタモを寝かせてジキタリスオバさんの船内酒場に戻った。
「おや、大好きのお姉ちゃんの胸で寝るじかんじゃないのかい?」
「テメェ……」
「ごめんよ。でもアンタかわいいから、ついからかいたくなっちまうんだよ」
「おい、さっきの『生まれながらのクソ野郎ども』『最初からそうなっている』……ってどういう意味だ……?」
さらにこの女、船に乗る前はこう言っていなかったか? 『人間を知りたいだけ』と。まるで社会学者のような言い方だった。
「ああ、さっきの話かい? 仕事柄の感想さ。アヴァロニア人は生まれながらのクソ野郎さ。ガキの頃から性根がねじ曲がってる子も珍しくないよ」
「逆にタマハラ族は温厚過ぎるとは思わないか? 襲撃を受けたっていうのに、男爵領の連中を許すって言っている。タマハラ族も……『最初からそうなっている』のか?」
「あっはっはっ、確かにそうかもしれないねぇ。タマハラ族は生まれながらにおとなしくて美しい種族さ。みんながタマハラ族だったら平和だったろうね」
ジキタリスは賢く面白い人だったが、やはり爪先から頭のてっぺんまでうさんくさい人だった。
思い返せばタマハラ族と同じ遺伝的特徴を持つあの男はこう言った。『君たちは私たちが犯した罪の数々を目にすることになるだろうが、』と。
これも彼らがおかした罪の一つなのだろうか。人を怪物に変えてまで目的を果たそうとした連中が、一般市民の遺伝子改変を行っていないとは考えにくい。
ジキタリスは何かしらの経路で、この先人の罪を知っている疑いが――あると考えるのはさすがに想像が飛躍しすぎか。
「お迎えがきたよ、坊や」
「お迎え? んなもん関係ねぇ、俺が寝る時間は俺が決め――よ、よせっ、人前でそういうのは止めろリタッ! わかったっ、わかったからっ!!」
「嬉しいくせに……」
「抱っこだけは止めろぉぉーっっ!!」
タマハラ族はやさしくておとなしい理想の種族だ。嬉しくないと言ったら嘘になるが、人前だけは勘弁してほしかった。
・
冬が深まると光臨の丘からアークトゥルスに移ってくる者が増えた。特に若いやつらだ。冬の間の里は人手もそう必要なく、刺激や仕事を求めて彼らは手を貸してくれた。
基本的には俺がアークトゥルスの面倒を見るが、サンクタム王国でのポールさんとの密貿易の取引もある。タゲのアズエルの民も武器防具をそろえてポタモトリゴンの着陸を待っている。
その頃になるとリリアも目に見えて明るくなって、なんだかんだ父親との再会の機会を喜んでいた。
ジキタリスの依頼でサンクタム王国の政情を調査したが、あれにはなんの意味があったのだろう。変化したジキタリスの人物像を元にして考え直してみると、別の意味があるようにも思えた。
今回は大口の取引がしたいとポールさんが言うので手法を少し変えた。闇市シルバー・マーケットに直接届けるのではなく、プラチナム・コート南西にある無人島で取引することになった。
「これがアークトゥルス……。この船があれば自由を勝ち取るのももう少し近くなるのだけど……ああ、これはどうも、美人さん」
その無人島にアークトゥルスで積み荷を降ろし、離脱して、ステルス能力を持つポタモで船上のポールさんを迎えに行った。
報酬の金塊はポールさんごと受け取った。少し回収に手間こそかかるが、この手法ならば必要とされているありとあらゆる物を、ありったけレジスタンスに提供することが可能だった。
「アンタが噂のポール・シラバスだね」
「ははは、僕のことを知っているのかい? 顔が売れてきたってことかな」
「ちょうどアンタが欲しがりそうな情報を、ある筋から手に入れたんだけど、ちょっと買ってかないかい?」
そのある筋とやらが俺たちだとは言えない。ポールさんは俺たちが仕入れた政情に関する貴重な情報を特別価格金貨40枚で買い上げた。
「聖都の方はやはりまだ政府側の支持が根強いか。より多くのご禁制品を流し込み、彼らの意識を変えないことに厳しいな……」
「少しでも力になれたのなら何よりだよ」
「とんでもない! こういった情報を求めていたんだ! この情報があればレジスタンスの上層部も慎重に考えるようになる。助かったよ、ジキタリスさん」
「ふっ、感謝なら異常なほどに事細かなレポートを届けてくれたうちの諜報員にしておくれよ」
いつからアンタの配下になったよ。
話がまとまると親の仕事が終わるのを待っていたかのようにリリアが現れた。
「パパッ、一緒にお風呂入ろっ!」
リリアは大人びた女の子ではあるが、年齢相応に無邪気なところもあった。
「お風呂? 何を言っているんだい、リリア。パパは男、リリアは女の子だろう?」
「うん、でもね、リリアはまだ男湯に入っていいんだって。いこっ、パパ! 一緒に入って、それから船を案内してあげる!」
「い、いや、僕の天使の生まれたままの姿を他の男に見せるなんてそんな……っ!」
「えーーっら早くしないとリリア、キッドくんと入っちゃうよー?」
小悪魔はパパの手を引くのを止めてキッド少年に乗り換えた。
「キッドくんっっ、これはどういうことですかっっ!? ぼ、僕は君を男と信じてリリアを――」
「バカやってねーでさっさと行ってこいよ」
「ねぇねぇ、後で一緒にリリアと入らない? 面白そう!」
「親泣くぞ」
ポールさんは恨めしそうな涙目で人をジメジメ睨んできた。リリアが入ってきたら風呂場の主が驚くだろうが、まあそれはそれで面白そうなので後でからかってやろう。
ポールさんとリリアが一緒にいられるのは今日明日まで。明日ポタモでポールさんを送り届けて、俺たちは次の航海に向かう。
「やさしいパパじゃないかい」
「リリアが嫁入りしたら人生が終わっちまいそうなほどにな」
「婿を入れりゃ解決だよ」
「それはそれで婿の方が大変だろう」
ポタモに乗って巡回でもしようかと鶺鴒のサエズリを去ろうとすると耳元に通信が届いた。
「ブリッジにきて下さい、また例の変な通信が届きました」
「またか……すぐ行く」
広域通信が届いては受信したそれを削除する。先月から毎日のようにそんな日常が続いていた。




