・アークトゥルスを手に入れた者へ - 吸ってねぇよ!! -
時折孤独を感じることがあった。自分だけがこの銀河に残された星間国家共同体の最期の生き残りなのではないかと、時に疑いたくなった。
あのタマハラ族の祖先にあたる男の嘆きのように、アークトゥルス級のブリッジで星空を観測しながら俺自身も思った。
なぜゲートウェイの向こう側にいるはずの同胞たちは俺たちを助けにこないのか。あるいは彼らもまたゲートウェイの再接続と支援を待っているのか。
リタとアムにだだ甘やかされる生活に骨抜きにされながらも、貧弱な少年キッドに転生した俺は幾多の恒星を見上げながら、星の世界への好奇心を抱いた。
今、宇宙が具体的にどうなっているのかが知りたかった。かつての所属勢力、赤の公爵騎士団が存続しているかどうか。ゲートウェイ遮断の理由。今宇宙は安全なのか危険なのかどうなのかを。
そんな疑問を抱えて過ごしていたある日、本格的な冬が世界を雪化粧で染めた頃、奇妙な広域通信をアークトゥルス級がキャッチした。
送信元は宇宙。宇宙からこの星に向けて何者かがボイスデータを送り込んできた。
「罠か……?」
問題はデータに含まれていた識別コードだ。その識別コードは[赤の公爵騎士団]が仲間への通信に使っていたものだった。
「どういうことなんだ……? なんで、古巣の連中がこんな辺境宇宙に……」
ゲートウェイはいまだ閉ざされているはずだ。だというのになぜ古巣からの通信が届くのか辻褄が合わなかった。
「罠だ、罠に違いねぇ……」
届いた音声データを聞かずに削除した。大切なアムとリタを最優先にして考えれば、宇宙からの通信は全て拒絶するべきだった。
「キッド、聞カナイ、ノノノ?」
ポタモがピンク色のクジラとディスプレイ越しに泳ぎ回りながらそう聞いてきた。最近のポタモはますます饒舌になってきていた。
「無視だ。何者かが俺たちの居所を掴もうとしているだけかもしれない。危険は冒せない」
異星人にアークトゥルス級を奪われたり撃墜される可能性もあると説明すると、ポタモは受信データ全てを念入りに削除してくれた。
宇宙の状態は知りたい。だが今の仲間を犠牲にすることはできない。それが本当に過去の仲間に関係する何者かからの通信であっても、無視以外の選択などあり得なかった。
・
アークトゥルス級を使った交易は上手くいった。しかし早々に母国アヴァロニアが星の船を手に入れたタマハラ族に干渉してきて、外交官という名目で騎士とその従者たちを船内に迎えることになった。
隙あらば船を奪い取るつもりなのだろう。隠す気もない人選だった。
「よう、ブリッジへの潜入は諦めたのか、騎士さんよ?」
「部下もようやく船の構造に慣れたようだ。目には見えぬ見張りがいる船など、奪おうとなどと思わないよ」
騎士のおっさんに同情したくもなった。星の船を奪う気満々の本国と現場の板挟みだ。アヴァロニア王国上層部の二枚舌には恐れ入った。
「そりゃよかった。もうちょっとがんばってくれたら、潜入失敗50回目を祝ってやったんだがな」
おっさんは難しい顔をして船内酒場[鶺鴒のサエズリ]のカウンター席で頭を抱えた。数他の失敗はあれどこの騎士とその従者は人質を取るような非道は働かなかった。
「……政府は君たちの取引に重税を課すつもりのようだ。少数民族がこのように巨大な力を持っていることがよっぽど気に入らないらしい」
「へぇ、初耳だな。そんな大事な話を漏らしちまっていいのかよ?」
「独身男の独り言と思ってくれたまえ……」
「ま、だったらアヴァロニア以外での取引を増やすだけだ。これ以上タマハラ族を迫害するようなら俺が許さねぇよ」
この世界はこんな話ばかりだ。強者が弱者の頭を押さえ付けて、生かさず殺さずの搾取をする。どこの国に行っても同じような社会構造だった。
「素直に条件を飲んで力を蓄えるのも手だ」
「こっちには王の城を消し飛ばす方法があるんだぜ? なんで屈服しなきゃいけねぇ?」
「だからこそだ。だからこそ君たちは恐れられている。星船アークトゥルスの力はあまりにも強大すぎる……」
「そんな力を迫害してきたタマハラ族が手にしてしまった。……はっ、大変だな」
笑い飛ばしてやるとジキタリスおばさんが騎士のおっさんのグラスにビールを注いだ。おっさんはここのキンキンに冷えた炭酸注入されたビールが好物だった。
「う、美味い……!!」
「あんまりイジメてやらないでおくれよ、坊や。アヴァロニア政府に苦しめられたのはアンタも同じだろう?」
「ああ、廃棄処分に怯えながらの人生は最高だったぜ」
自分がやったわけではないというのに、騎士のおっさんは胸を抱いて竜使いになれなかった者の末路に心を痛めた。
「あたしから言わせればね、やつらは生まれながらのクソ野郎どもなのさ」
「なぜ、我々アヴァロニア人はこうなのだろうか……。なぜタマハラ族の民のように、平和的に生きられないのだろうか……」
「そういうふうになってるのさ。タマハラ族のような生き方をしたら、食い物にされると決まってるからね」
人種の問題へのすり替え。そう批判的に解釈することもできたが、あらためてジキタリスオバさんの言葉を頭の中で反すうさせた。
最初からそうなっている。生まれながらのクソ野郎ども。
「どうしたんだい、坊や? アムのおっぱいが恋しいのかい?」
「吸っているのか、君は?」
「テ、テメェらっ、何言ってやがる吸うかバカッッ!!」
「羨ましいことだ。実に、羨ましい……あのように美しい女性たちを二人も……」
騎士のおっさんが目を閉じて妄想をするような顔でそう言った。
「あの子たちは頼めばなんでもしてくれるよ? もっとワガママを言ったらいいさ、アハハハッ!」
ジキタリスは完全に人をからかって遊んでいた。騎士のおっさんはむっつりスケベだ。
「クソババァにスケベジジィ!! テメェら甲板から突き落とすぞ、こらぁっっ!!」
怒り散らすとジキタリスは店の奥に、騎士のおっさんは風呂の方に逃げていった。遠巻きに周辺施設を利用していたタマハラ族の目が天使様の背中に集まった。
皆、慈愛に満ちたやさしい目でこちらを見ていた……。
「ちげーつってんだろ……っっ、吸ってねぇよっ!!」
逃げるようにブリッジに向かった。夜間のブリッジはポタモとクジラのアークトゥルスだけで、なんか暗くていいムードに見えなくもなかった。
「キッド……?」
「悪ぃけどちょっとここ使わせてもらうぜ」
「……エエー」
「年がら年中イチャイチャしてんだろお前らっ、すぐ終わるからおとなしくしてろっ!」
親離れ気味のポタモを膝にかけて、最も権限の高いコンソールを操作した。




