・貿易+土下座+うさんくさい女
翌朝、サンタ・ケルテ港は騒然となった。東の海の空に白く奇妙な物が浮いていることに気付き、それが少しずつ近づいてきている。
アークトゥルス級はそんな港町の海辺上空で停止し、以前世話になった交易所の前に俺たちを降下させた。
俺たちが取引を申し出ると、交易の上役が悲鳴混じりに声を上げた。
「こ、こんなに……!?」
84箱の生糸に、木材に、家具。見上げるほどのとんでもない物量だった。これだけの商品を仕入れられたのも、アムがこつこつと交易で資本金を稼いでくれていたおかげだった。
「いやはや……いやはやこれはこれは……。そうですか、これだけの品をこの値段で……ふ、ふふふふ……っ」
「私たちタマハラ族と貿易を行って下さいますか?」
「喜んで! 君たちを悪く言う者もいるが、私は君たちの味方だよ! 売り物はわかったがうちで何を仕入れていってくれるのかな? 儲けさせてくれるんだろうね?」
「ええ、船倉を使い切れないほどに持て余しておりますので。たとえばそうですね、まずは――塩漬け肉とか……」
以前、タマハラ族だからと言って値段をふっかけてきた問屋がいた。アムはそいつとの取引を求めた。
その他にも香辛料、香料、酒、砂糖、亜麻、真珠、様々な品を注文していた。
「お、お前たちは……っ!?」
あの食肉問屋は俺とアムの姿に目をむいた。
「よう、あん時は散々足下を見てくれてありがとうよ。アンタにはじっくりと礼をしねぇとなぁ?」
「わ、私を脅す気かっ!?」
あの問屋のおっさんは俺たちのことを覚えていた。彼は天に浮かぶアークトゥルス級に恐怖した。
「いやいやまあまあ落ち着いて。ちょっと頭を下げればいいだけのことではないかね。それだけで大口の取引が舞い込んでくる。悪い話ではないだろう、君?」
しょせんは世の中、金。武力。
上役は屈辱に顔を真っ赤にする問屋を説得した。上役には叶わないのだろう、問屋はアムの前にひざまずいて頭を地に擦り付けた。
「アム様、キッド様……その節は大変失礼いたしました……。私は傲慢にも利益のために、少数民族であるアム様の立場を利用しました……。くっ、うぐっ……申し訳、ございませんでした……っっ! くっ、くぅぅぅ……っっ!!」
「意地の悪い人ね……」
アムのそのぼやきは俺に向けた言葉だろう。食肉問屋は屈辱に震えながら謝罪を繰り返した。
それから二人は商談に入った。船が沈んで苦しいところに大口の取引が入って、食肉問屋の男は屈辱を覚えながらもこの流れをひきつった笑顔で喜んでいた。
タマハラ族のみんなが仕入れを集積し、それを上空のアークトゥルス級がトラクタービームで船内に搬入する。取引の量が量なので結構な時間がかかりそうだ。
今頃ポタモはブリッジでピンク色の彼女とイチャイチャとしているのだろう……。
「やあアンタたち、この前は世話になったね」
仕事を見守っていると椋鳥のサエズリの店主ジキタリスがフラリと交易所に現れた。この前の取引でサンクタム王国の情報を届けると、彼女は不気味なほどに詳細なそれをいたく喜んでくれていた。
「よう、以前は世話になったな」
「お互い様さ。これがアンタたちの秘密ってわけかい」
「ま、そんなところだ。何か用か?」
ただ挨拶にきたという感じではなかった。店主はアークトゥルス級にご関心だった。
「確認しにきただけさ。武器は付いてるのかい、あの船?」
「荷物を上げ下げするあの力が武器みたいなもんだな。高いところから大岩を落とせば城だってぶっ壊せる」
「へぇ……素晴らしいじゃないかい……。あの船があればこの世界の腐った体制ですらひっくり返せるってわけだね……」
確かにそうだが、そういうのは乗り気がしない。後腐れなく片づくならともかく、絶対に面倒なことになる。
それにあの船を残した者たちはこの星の発展のために砂漠の底にあれを隠した。彼らの失敗と同じことを繰り返すようでは意味がない。
「よければアレにあたいを乗せてくれないかい?」
「店はどうする?」
「裏通りの連中がよろしくやってくれるさ。ねぇ乗せておくれよ、アンタたちの力になりたいんだ」
「そっちの手の札を見せるなら考えてやってもいいぞ」
「なら取引成立だね。今後ともよろしく、キッド坊や」
詳しい話を船で聞くことになった。トラクタービームでアークトゥルス級の船倉に戻り、そこで語るのもなんなので船内公園に誘った。
同伴はリタとジェイ。念のための護衛だった。
「で、アンタ何者だ?」
「情報屋さ」
「狙いは?」
「この船に乗れば世界中に行けるんだろう? 情報を集め放題じゃないか」
「そうだろうな。で、そっちは引き替えに何をくれるんだ?」
「情報と上手い料理と酒さ」
「……所属は?」
「フリーだよ」
露骨に疑わしい。彼女単独で情報をかき集めて誰に売るというのだろう。以前彼女を頼ったときは軍属に見えなくもない男が雷獣の髭を調達してきた。
迷っていると隣にいたジェイが目の前に立った。
「キッド様、私は反対です。この方は美人過ぎてどうもうさんくさいです」
「あら、若い子に褒められるのは悪い気がしないねぇ……?」
店主が近寄るとジェイは驚いて後ずさった。ジェイは女性があまり得意ではない。
「ボクは仲間にしてみたい。怪しいけど、悪い人じゃないのは知ってる」
「リタ姉、人は裏の顔を必ず持っていると、以前キッド様が……」
「あっはっはっ、大きい割にかわいい忠犬じゃないかい。どうやって懐かせたんだい?」
「男同士の裸の付き合いで温かくじっくりとだ」
ジキタリスに裏の裏があるのは本当だろう。それを見せる気は今のところないようだ。
「わかった、少しアンタを泳がせてみよう。俺たちが気に入らなかったらアークトゥルスから降ろす。裏切るようなら空の上からな」
「面と向かって言うことかい?」
「なら最初から素直に全部吐けよ。フリーなんて嘘だろ?」
「フリーだよ。これでも未亡人やって長いのさ」
うさんくさいが彼女の飯の味に間違いはない。面白い人だし船内が賑わうだろう。船室にも余裕がある。開拓地の人員も不足している。何より彼女は優秀だ。情報屋としても飯屋としても。
「アンタが入れるエリアはこの居住地と船倉だけ。それ以外には制限をかけさせてもらう」
エンジンルームやブリッジには入れないようにセキュリティ設定をする。勝手に入り込めばセンサーが反応して警報が鳴る。そうなったら船から突き落とす。……とは教えないでおこう。
「ああそれでいいよ。自分の足で情報を集めるほど若くないからね」
「それとアンタの料理を仲間に食べさせてやりたいな。お言葉に甘えて店を任せてもいいか?」
「あたいの料理が恋しいってことかい……!? あははっ、そりゃ嬉しいねぇっ!!」
「実際美味い。そうだろ、リタ?」
「それはそう。でも先に言っとく。仲間、裏切ったら、貴女でも殺す」
いちいち物騒なところがリタだった。リタはヤバい女だ。これは脅しじゃない。
「そこまでするならば最初から乗せなければいい話ではないですか……」
「ま、そりゃそうなんだけどな。このオバさん面白いし、世話にもなった。無碍にはできねーさ」
俺としては裏が気になる。海の向こうのサンクタム王国の政情を知りたがるなんておかしなやつだ。俺たちが届けた情報を彼女はえらく喜んでいた。
「あたいが知りたいのは人間さ。この世界中の人間のことがもっと知りたいのさ」
いかにも裏切りようなやたら妖艶で怪しいおばさんジキタリスを仲間にした。飲食のバリエーションが増えて、アークトゥルス級での旅が充実することだけは間違いなかった。




