・俺が育てた竜がオタクになってしまった件
「ア…………」
入るなりポタモの声がした。声を追って艦長席に寄るとシートからポタモがふわりと浮き上がった。
「よう、何してたんだ?」
「ナンデモ、ナイ……ナニモ、シテナイ……」
「ん……?」
ポタモは左右の大きなヒレを広げて人の視界を覆った。まるでエロ本を隠そうとする思春期の少年のように見えた。
「へへへ、何してたんだよ、おい?」
「アノ……アノ……ポタモ、アノ……」
「スケベなやつでも見てたんだろ? 俺にも見せ――なんじゃこりゃぁぁっっ?!!」
「ア、アゥ……」
コンソール画面にピンク色のクジラが浮いていた。
「まさか、お前、こういうのが好みなのか……?」
「違ウ、友達……オ友達……」
「へ? これが?」
この船の先代の艦長は自分のコンソールにこんなものをインストールするほどの宇宙クジラ好きだったのだろうか。マジマジとそのクジラを見つめると、どこにセンサーがあるのかクジラは恥ずかしそうにクルリと回った。
「ポタモ、お前……こういうのがいいのか……?」
クジラを指さすとポタモが恥ずかしそうに空中を踊った。なんてことだ。俺の竜、俺の大事なポタモが……電子データに恋をするオタク野郎になっちまった……。
「キッドッ、キッドッ、出テッテ!!」
「な、なんだって!? 俺よりもこんなまがい物の生き物の方がいいのか!?」
「違ウ、生キテル! アークトゥルス、生キテル!」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ!! オ、オタクになるのはダメとは言わねぇがもう少し生産的な――ん、んん? アーク、トゥルス……?」
艦内で最も高い権限を持つコンソールで、アークトゥルスの名を持つクジラが画面の中を泳いでいる。遙か昔なら『お前を消す方法』だなんて検索されてもおかしくない見てくれだが、そういえば……。
ポタモトリゴンで幻想世界の砂漠を偵察していた時、不可解なメッセージを受信していた。
『今でも覚えている。あの日、貴方が私を守ってくれた日を。』
タマハラ族のあの男の言葉とは思えない。現に受信したあの時は、俺たちもこの言葉を眠れるアークトゥルス級からの言葉と拡大解釈した。
「出テッテ! キッド、邪魔! 今ハ、トゥルチャント、遊ブノ!」
「お、おぅ……わ、悪ぃ……。あ、いや、その……うちのポタモと仲良くしてやって下さい……」
「余計! 余計! キッド、早ク、行ッテ!」
「そりゃねぇだろ、ポタモ……」
彼女とよろしくやりたいポタモは親を部屋から追い出した。まさかポタモに邪険にされる日がくるなんてショックだった……。10年間ずっとポタモの卵を俺が温めてきたのに……。
「あ、キッドくん、お帰り!」
「なんで、たそがれてる……?」
売店に戻るとリリアの隣にリタが増えていた。夜更かしをするお子様を寝かし付けにでもきたのだろうか。今はどうでもいい。
「ビール……」
「ダメだよ、キッドくん。トムくんみたいにおバカになっちゃうよ?」
懐かしい名前だ。酒好きのトムさんも元気にしているのだろうか。
「どしたの?」
代わりに出されたオレンジジュースのお茶割りをグビッとやった。
「ポタモが……ポタモが彼女、作った……。俺より……彼女の方がいいって……」
「パパみたい」
ポールさんの気持ちが今夜よくわかった。俺はブリッジであった詳しい顛末を二人にグチった。
「わかる。そういう時、うちのパパもうっとうしいの」
「う、うっとうしい……!?」
「メソメソこっち見るもん」
「お、俺はメソメソなんてしてねぇ!! ただ様子が気になるだけだ!!」
あのクジラが悪い女だったらどうする! ウィルスを持っているかもしれない! 交際を許すにしても先に診断プログラムを走らせたい!
「そっとしといた方がいい」
「俺のポタモだ! 俺が人生をかけて育てた竜だ!」
「……ねぇリタお姉ちゃん。うちのパパも、こんなふうに思ってるのかな?」
「それは、間違いない……」
ポタモに彼女ができた。それはピンク色で、この世に実在しない電子データだけの存在で、この巨船アークトゥルスに宿った自我か何かだった。
「あら、どうしたのですか、キッド?」
「アム……」
悲しくなって自分の部屋に逃げ込むと、アムが帰りを待っていた。アークトゥルス級で過ごすときは二人部屋でアムとリタと暮らすことになっていた。
「お、俺の竜が……ポタモが……」
アムを事情を説明した。
「まあっ、よかったではないですか!」
「よくねぇよ!! ガキの頃から俺が育ててきた竜なんだよぉっ!!」
「キッドには私とリタがいますよ。好きなだけ私に甘えて下さい。キッドは私に、何をしてもいいんですよ?」
アムはやさしかった。無条件の庇護をポタモに捨てられた少年にくれた。その晩はリタとアムにはさまれて眠ることになっていた。
俺たちを船内に包み込むこのアークトゥルス級は遠いあの日、冷たい真空の世界で見たのだろう。移民船団を守るために暴れ回り、数他の敵艦を撃墜し、最期は自分ごと敵母艦を吹っ飛ばした古代船ポタモトリゴンの勇姿を。
アークトゥルス級からすればポタモは時を超えて蘇った命の恩人にして黒く小さな平たい王子様だった。




