・巨船アークトゥルス、原始人どもの天をゆく
行く先々で地上の民の度肝を抜きながらアークトゥルスは彼かが仰ぐ天空を横断した。その白く巨大な姿はまるで宇宙クジラのようだ。それが軽々と山を越え、深い森や湖を抜けてゆく姿は地上の民に己の矮小さを突き付けるに十分だった。
「よ、ようこそシルクシティへっっ!! タ、タマハラ族の方々をお迎えできて光栄でございます!! かつては失礼がございましたかもしれませんが!! 本日より特別割引で取引させていただきます!! なので何とぞ……なにとぞ過去の軋轢だけは水に流していただきたく存じ上げます!!」
町の商館の前にトラクタービームで積み荷ごと降下し、取引を求めると市長まで飛び出してきた。
彼らは天空をゆく大いなる力に震え上がり、アムが言うには過去に例のない破格の条件を提示してきたそうだ。
具体的には男たちが働きづめでかき集めた大理石などを好条件でいくらか売り、生糸70箱と木材、家具などの木工製品を根こそぎシルクシティから買い上げた。
「いやぁ、たまげましたなぁ……っ!? これだけの品物を魔法のように……はぁ、羨ましい。このなんとかビールとやらがあれば、生意気な荷運び労働者の首をバッサバッサと狩れるというっ、あっ、こういうわけですなぁ!?」
「はっ、確かにトラクタービームには資本家の夢が詰まってんのかもな」
「いやまったくその通り! わかっておりますな、天使様! いやお美しい!」
生糸を原価同然で売ろうとしてくる市長に対して、アムは相場よりもやや高めの値段を提示した。
すると人間現金なもので、震えるだけだった市長およびシルクシティの民たちは笑顔で手のひらを返してきた。
この取引でシルクシティの多くの者たちが臨時収入を得ることになる。たとえ国教でタマハラ族は呪われた種族と名指しされていようとも、利益をもたらしてくれるならば話が別だった。
まあ以前ここの生糸問屋を労働者ごとポタモトリゴンで焼き払った一件も、畏怖の背景にないこともないようだが。
「毎度ありがとうございます!! またお越し下さいませ、タマハラ族ご一行様!! 我ら一同、首を長くしてお待ちしております!!」
「お、おぅ……」
アムは生糸の大口の予約まで取り付けた。海運を介さずに海の向こうのサンタ・ケルテに運べるのだから、どう逆立ちしても利益が出る取引だった。
しかしアークトゥルスの難点と言えば鈍足さだ。巨体ゆえに加速に大幅な時間がかかり、停止するのもそうそう簡単ではない。エンジンの温度を見る限り、時速30キロメートル前後での運用が現実的なところだ。
つまりは次の停泊地サンタ・ケルテ港に到着するのは翌日の朝頃。自動航行をポタモに任せてゆっくりとすることになった。
「ハハハッ、しかし傑作だったなジェイ! やらせてみりゃお前もなかなか悪じゃねぇか!」
ゆっくりといったら風呂だ。風呂といったらジェイだ。また公共浴場に入り浸っていたジェイと男爵領での話をした。
「やれと言ったのはキッド様でしょう……。わ、私は、あんな……あれはさすがに、やり過ぎだったのではありませんか……?」
「斬られて痛い思いしてるお前が言うか?」
「え、ええ、それはそうなのですが……」
アヴァロニア人を心の底から憎んでもおかしくない立場だというのに、ジェイはやっぱりでかい男だった。
「いいんだよ、こっちにはやり返す大義名分があったんだ。ってことで、アークトゥルスのボイス担当はこれからもお前に任せたぜ、ジェイ!!」
「こ、困りますよ、それはっっ!?」
「アムや俺がやったら舐められんだろ。お前の落ち着いた低い声の方がいいんだよ」
「確かにキッド様のお声は、まるで小鳥のさえずりのようにお美しいですからね……」
素っ裸のでかい男に面と向かって言われると少しゾクッとくるセリフだった。人を美化するあまり、耳までおかしくなってしまったようだ。
「キッド様、貴方の言葉を聞けるだけで私は幸せ――ウッガハッッッ?!!」
「何回蹴られたら気が済むんだよ、バーカ!」
親愛を込めて蹴り飛ばしてやって風呂を上がった。脱衣所を出た先にある船内公園はもう夜で、売店でタマハラ族の女性が仕入れたばかりの牛乳を売ってくれていた。
「あ、キッドくん!」
「リリア……? 何してんだ、こんなところで?」
「お手伝い! 今日一日お疲れ様、お仕事大変だったでしょう?」
「お、おぅ……飲み屋のねーちゃんみたいな言い方だな……」
「えへへ、さ、いっぱいどーぞ?」
「牛乳だけどな」
殺菌消毒されていないグラス入りの生乳で乾杯していただいた。冷蔵庫で保管されていただけあっていい感じに冷えていた。
「そういや、ポタモを見たか?」
「ううん、どうしてー? さ、もういっぱいどーぞ、お兄さん」
「パパが聞いたら泣くぞ、そのセリフ」
「パパはいいの。パパもお姉さんにお酒ついでもらってるもん」
「そういう仕事なんだよ、ポールさんの場合は」
なかなか板に付いた酒場女っぷりに売店のお姉さんが笑っていた。彼女からすれば俺たちのやり取りが背伸びしたママゴトに見えるのだろう。
「それでポタモちゃんがどうかしたの?」
「最近顔を見せねぇ……。ブリッジにいるときは一緒なんだが、それ以外の時は付き合いが悪ぃっていうか……。俺、一応アイツの親なんだよ。だからなんか心配になってきてよ……」
「キッドくん、うちのパパみたい」
「あんま泣かせんじゃねぇぜ、ポールさんをよ」
牛乳を飲み過ぎて腹を壊す前に立ち上がり、グラスをリリアに返した。
「様子見てくる。俺に隠れて悪さしてねぇか、診断プログラムを走らせねぇと……」
「パパみたい」
「アイツのパパなんだよ、俺はよ!」
もう誰も残ってはいないだろうがアークトゥルスのデッキに向かった。そこにいないなら格納庫のポタモトリゴンの中だろう。早足でブリッジに駆け込んだ。




