・語り部W:報復の垂直マスドライバー
私の決断は間違いだったのだろうか。タマハラ族の開拓地を襲ったあの日以来、我が領地では争いごとが絶えない。
冬を越すための苦渋の決断であったのに、民はあの件で味を占めてしまった。2日前には近隣で旅の交易商人が殺害された。領民の犯行ではないかと私は疑っている。
略奪は止めよと布告を出したところで、民は私の言葉など聞こうともしない。奪うことの何が悪いのだと、小さい男の子にまで言われてしまった。
「暗い時代だ……あまりにも、暗い……」
「何を言っているの。私たちは奪っていいところから奪い取っただけです。それとも、子爵家の生まれである妻に、貧しい生活をさせるおつもり?」
良心などなんの役にも立たない酷い時代だ。我々下級貴族とその領民など、王や大貴族に首輪を付けられた家畜に過ぎない。
「その毛皮は……。お、おい、その毛皮は領民に与えたものではないか……?」
「うふふ、ウェルドー男爵の名の下に徴収しておきました」
「何を勝手なことをっっ!!」
「あら、奪った物を奪って何悪いの? 貴方だって立派な悪党でしょう?」
タマハラ族の民に被害を出さないようにするだけで手一杯だった。少し、ほんの少し実りを分けてもらうつもりが、放火や略奪にまで発展してしまった……。
「しっかりしてちょうだい! こんな時代に貴方のようなお人好しに導かれる民の気にもなって! 食っていけない以上は奪うしかないでしょうが!!」
「神よ……なぜ……なぜ我々はこのような、罪深い……ああ、なんと醜い生き物だ……」
「世の中が悪いのよっ、この世界では善人は生きていけないの!!」
妻は奪った毛皮を首に巻いて屋敷を出ていった。いや屋敷と呼ぶのもおこがましい、土地ばかりが広い小さな家だった。
「ギャァァァァーーッッ?!!」
「なっ、ど、どうしたっ!?」
まさかタマハラ族の報復か!?
私は屋敷を飛び出して妻の悲鳴を追った。
「なっ、なああああーっっ?!!!」
西の空に途方もなく巨大な何かが浮いていた。白く長くまるで帆のない船のような形をしたその何かは、限界知らずに少しずつ大きくなってゆく。
それにつれて近隣中の民がうちの敷地に集まってきた。私は剣を握り、わずかばかりの兵を動員して、あまりにも大きすぎる天空の怪物を見守った。
その怪物は巨大だった。都にそびえる王の城がオモチャに見えるほどに巨大だった。それがうちの屋敷に見下ろすように、目の前で影を作って停止した。
「弓兵っ、と、届きそうか……?」
弓兵は矢を構えるも静かに首を横に降った。あまりの大きさに私を頼ってやってきた民は次々と逃げ出していった。
「あ、貴方……あとはよろしく……」
夫を捨てて妻まで逃げた。
「無理ですっ、無理ですよ、こんな相手っ!!」
数少ない兵たちまで一人また一人と逃げ出した。残ったのは逃げる気力も力もない老人たちだけだ。私は戦士として死ぬことに決めて、そのあまりにも恐ろしい白い怪物を見上げた。
その怪物が突然――
「我が名はアークトゥルス。先日貴様らが略奪を働いたタマハラ族が守護神である」
低い男の声で眼下の我々に言葉を投げかけた。
「我はこれより、求めに応じて貴様らに報復を代行する」
「ま、待ってくれ!! この里の見すぼらしい姿よく見てくれ!! 奪わなければ我々は冬を越せなかったんだ!!」
「確かに、想像よりも遙かに酷い……。お、おほんっ、だからなんだというのだ、獣に劣る蛮族どもめ!!」
なぜ我々ばかりこんな目に遭う。もう少し税が安ければ冬を越せたというのに。他に方法などなかった。奪わなければ生き残れなかった。
「窮状は見届けた。しかしタマハラ族の総意は報復。情け深くも許しを訴える者も多かったが、先に略奪を行ったのはそちらだ……。覚悟してもらおうか!!」
「た、頼むっ、領民には……っ、領民にだけは手を出さないでくれ!! わ、私が……私が代わりに裁かれよう……。殺してくれ……白く、強く、正しき者よ……」
私は剣を捨てて両手を天に投げ出した。もううんざりだ。こんな醜い世界で生きるくらいなら、いっそここで終わりにしてしまおう。罪深き私は断罪を受けたい。
「素晴らしい覚悟だ。ならばそこで見ているがよい」
「待ってくれっ、私を殺してくれっ!! 私が略奪を提案したのだ!! 民は、民は悪く――悪くなど――」
私はそこで言葉を詰まらせてしまった。
なぜ、こんなにも醜い民を、私がかばわなければならない……? 彼らこそ私と共に滅ぶべきではないのか……?
「好きに裁け……滅ぼしたければ、滅ぼせばいい……。この世界は、地獄だ……」
白く正しい者は私の前を去った。私を見逃して民だけを殺すつもりなのだろうかと、無気力に私は天を追った。
その白い神の腹が割れた。その腹の中から黒い塊が見えた。
「あれは……あれは…………岩……?」
白い神は高々と舞い上がった。高く、山よりも高く浮き上がっていった。
ああ、あの神はあそこからあの大岩を地上に落とすつもりだ。あんな高さから、あんなに巨大な物を落とされたら、とんでもないことになる。
「あ、ああ……ああああ……!?」
白い神の狙いは用水路の水門だった。先祖より受け継いだ石造りの設備を木っ端みじんに粉砕するつもりだ。あそこが大岩せき止められたら大変なことになる。
逃げ出した民もそれに気付いた。『止めろ、それだけは止めてくれ』と慈悲を求めた。あれだけのことをしておいて、都合のいい……。
「命は取らない。だが襲撃の代償は支払ってもらう。我が名はアークトゥルス、弱き民を守る古き神だ!!」
大岩が投下され、ゆっくりとそれが落ちて、大地が揺れた。用水路の水が高々と飛び散って虹を作り、領地中に短い雨を降らせた。
「岩をどかして欲しければ我らに許しを乞うがよい。春までに自力でどかすというならば、別に止めはしない」
私はその白く巨大で正しい神に感謝していた。堕ちるところまで堕ちた民が正義の道に帰るならば、タマハラ族に奪った物を返し、謝罪するところから始めなくてはならない。
春までにあの大岩を撤去し、水路を修復しなれればこの領地はもうおしまいだ。謝罪と賠償以外の道はない。
「天罰だ……略奪に手を染めた我々に天罰が下ったのだ……。人の心を捨てたからこうなったのだ……っ!!」
アークトゥルス。白く、巨大で、慈悲深く無慈悲なる者。ああ、なんと美しい存在なのだ……。




