・星の船アークトゥルスの優雅なる出航
アークトゥルス級は船倉の半分が居住地に改装されていた。具体的には224室の個室と112室の二人部屋が追加されており、元からあった船員用の個室を足すとざっと500人以上がこの船で暮らすことができた。
大きな部屋はないので家族は少し暮らしづらいかもしれない。しかしこの船には通常の輸送船には搭載されていない宇宙船らしからぬ区画が用意されていた。
その最たるものが船内公園と自動菜園だ。公園の周囲には4軒の店と多数の自動販売機が並び、さらには公共浴場までこの船には搭載されている。
母星から何年もかけて旅をする植民たちにはそれなりに豊かな生活環境が与えられていた。
逆に言えばここまでの待遇を用意しなければ、自分が暮らす星や居住地を捨ててテラフォーミング惑星に移住したがるやつなんていなかったのだろう。
「お背中お流しいたします、キッド様」
「おう、悪ぃなジェイ。……ジェイ?」
「ここは天上の楽園です。まさか丸一日中風呂に入れる環境があろうとは……」
公園も悪くはないがやはり公共浴場が最高だった。突然背中に現れたジェイは少年の背中を布で擦り始めた。
「いやお前、背中の傷はどうした……?」
「この程度気合いでどうにかなります」
「無理すんなよ。……へへ、俺が背中を流してやろうか?」
「ご、ご勘弁を……っ!」
ジェイはデカいがかわいげのある男だ。リタとアムの従兄弟というポジションに嫉妬していた自分が恥ずかしくなるほどに、ジェイはまったくもって素朴でいいやつだった。
「遠慮すんなよ、天使様がサービスしてやるって言ってんだぜ」
「い、いえっっ!!」
ジェイはデカいモノを揺らして風呂の中に逃げた。湯が傷に染みてきつそうな声を上げてから、それはもう気持ちよさそうにまた声を上げた。
ジェイはデカくて俺は小さい。自分の胸から下に目を下ろすと悲しい現実を突き付けられた。
「つくづくデケェな、お前……」
ジェイの目の前の湯船に腰を下ろした。
「恐縮です。うちの一家はどうやら縦に長く伸びるようで……」
「そっちの話じゃねーよ」
「ウグァッッ?!!」
デカい男のデカいところを蹴り飛ばしてやった。
「はぁ、腹が立つ……。俺なんてよ、一生ガキ扱いだぜ……」
「私から見ると、小柄なキッド様は女性に人気で羨ましいのですが……」
「ああモテるぜ、それなりによ。だけどこんな成りでどうしろっつーんだよっ!」
湯船から立ち上がって全身をジェイに見せた。
「美しい。さすがは我らの天使様です」
「自覚がねーみてぇだけどよっ、それ変態のセリフだからなっ!?」
「我らにとって貴方は神も同然。天使を美しいと感じて何が――」
天使の裸体にジェイは祈りを捧げ、それから美しい物を見るようにうっとりとした。
「げはっっ!?」
「阿呆が……っ!」
無論、もう一度蹴り飛ばしてやった。
「ったく、どいつもこいつも……。人の顔を拝みながら祈るのだけは勘弁いただきてぇぜ……」
公共浴場は里の者との接点を増やしてくれた。もう少しジェイと話して、変態長風呂野郎を置いて湯船を出た。
風呂から上がったら自販機でドリンクといきたいところだが、生憎販売機の売り物は全て取り出されてしまっている。
代わりに売店担当のタマハラ族から冷たい水を貰って、それから待ち合わせ場所であるブリッジに向かった。
発掘の日から今日で5日目。里の者から今日答えを聞く約束だった。
「よう、風呂上がりだとますます美人に見えんな」
「うふふ、こんなお婆ちゃんに美人だなんて……お世辞でも嬉しいわ、キッドさん」
「実際ババァにしてはえらく美人だ」
ブリッジには湯上がりのクイナ婆さんが待っていた。風呂に付き合っていたのかアムも一緒だった。
クイナ婆さんは艦長席から立ち上がり、アムが俺の手を引いてそこに座らせた。背筋を伸ばし、目を大きく広げた老人が目の前に立っていた。
「里の者の総意をお伝えします。光臨の丘を襲ったウェルドー男爵および男爵領への報復の件ですが……」
報復をするならアークトゥルス級をウェルドー男爵領へと発進させる。この船には武装が搭載されていないが、有り余る巨体と輸送能力を持っている。
「約4割の方が考え直して下さいましたが、やり返すべきだという判断にまとまりました……」
「当然だな、舐められっぱなしはよくねぇ」
「そうでしょうか……」
クイナ婆さんは反対派だ。安住の地を手に入れた今、貧困を抱える相手に手を出すことはないと主張した。
しかし光臨の丘を焼かれ、物や実りを奪われた事実は変わらない。温厚な種族タマハラ族も今回ばかりは怒っていた。
「リタは報復派、私は反対派。でももう止めません。やっつけて下さい、キッド」
「おう、ケジメはキッチリつけさせてやるよ」
せっかく発掘したのに妙な話だが、タマハラ族の半数は光臨の丘に残りたがった。地上に残ればまた襲われる可能性があるというのに、せっかく築いた開拓地での生活を手放せなかった連中だ。家族が多いやつも残りたがった。
「しかし本当に一緒にこねぇのか……? 婆さんが望んだ楽園がここにあるっていうのに、なんで丘に残るんだよ……」
「帰るべき場所をあげたいの。帰るべき場所が、貴方やアークトゥルスで暮らす仲間には必要でしょう?」
船に乗れば畑仕事で腰を痛めずに済むというのに、彼らはアークトゥルス級に乗って商売を始めようとする同胞のために、帰るべき場所を守るという。
綺麗さっぱり今の生活を捨てられるやつばかりではなかった。
「へっ、帰ったら今度こそ収穫祭だな。でかい船でガッツリ稼いで帰ってくるぜ」
報復が決まろうと決まらなかろうと、アークトゥルスは明日出航する予定だった。アムがまとめ上げた地域相場を元に、アークトゥルスで貿易を行えば、襲撃で失った物資や金を取り返すことも不可能ではない。
その晩はクイナ婆さんとリリアのところで寝た。船を降りて地上での生活をしてみると、クイナ婆さんの言うことももっともだった。
アークトゥルスの船内公園には映し出された偽物の空があるが、偽物は偽物だ。そこはいつか新天地にたどり着くまでの間に合わせの住まいだ。船には確かに帰るべき母港が必要だった。
かくしてアークトゥルス級はその翌朝に光臨の丘を出港した。生糸を軸とした貿易のためにシルクシティに向かいながら、その途上にあるウェルドー男爵領に立ち寄る。
速度は時速30キロの鈍足航行。まずはゆっくりと慣らし運転だ。宇宙船ポタモトリゴンを搭載した船が、ポタモからのマッピングデータを受け取って目的地へ真っ直ぐに進んでいった。
「お、アレなんかいいじゃねぇか。ジェイ、お前に操縦を任せる。アレの真上にアークトゥルスを進ませろ」
「わ、私には無理だ! こんな巨大な船、操縦できるはずがない!」
「しょうがねぇだろ、他に操舵士にできそうなやつがいねぇんだからよ」
アムはオペレーター。リタは砲手。俺は戦闘機乗り。ならジェイは操舵士だ。戦士であるジェイにはなかなかの空間認識能力がある。
「最近、仲良し……?」
「おう、風呂で裸の付き合いをするようになったからかな。こいつでけーんだぜ」
「ほほぅ……」
リタと一緒にジェイを見てやると船がグラついた。
「男の人ってどうして……あ、ううん、なんでもないです」
ちょっとした訓練ついでの手みやげを用意して、憎き襲撃者たちの町・ウェルドー男爵領へと船を進めた。




