・発掘:星の船アークトゥルス - 未来への遺産 -
「キッドさんっ、これが、これが神話にあったアークトゥルスなのですね……!」
下ではクイナ婆さんが待っていた。
「おう、こうして見るとクソでけぇな……」
地上に住まう者の感覚ではもはやそれは船というより城だった。まだ一部しか見えていないのにとんでもないでかさだった。
「さて……」
こういった船には、搬入路付近の装甲に小型のコントロールパネルが埋め込まれている。適切な手順で外蓋を外すと、アルファベットが並ぶ入力装置と画面が現れる。
フィーリングで8文字のパスワードを打つと、エラー音が響いた。二度、三度、四度と入力していった。
「あの、何をしておられるのですか、キッドさん?」
「総当たり」
五度目の失敗になるとロックがかかるがどうってことない。手順を踏めば解除される。輸送船の搬入口にガチガチのセキュリティを導入したら商売に支障が出るので、こういった部分は技術が進んだところでガバガバなのが常だ。
「やはりキッドさんは天使様なのですね……。わたくしには何をしているのかもわかりません」
「だから、総当たりだって」
クイナ婆さんからすれば物凄い早さでキーを叩く俺の姿が素早く鮮やかな仕事に見えるのだろう。
不安にさせる必要もないので堂々を胸を張り、俺はパスワードを入力しまくった。5回入力して、ガバガバの認証作業をして、また5回入力する。
ポタモのエンジンが熱でえらいことになる前に、考え得る限りの8文字のパスワードを叩き込んでいった。
結論から言うと結果は一時間以内に出た。手数に限界がきたのか幻想世界の砂漠の怪物たちが静かになってきた頃、突然船から音楽が鳴り響いた。
「うぇ、クラシックかよ……。悪かねぇけど趣味合わねぇ……」
ぼやくのもほどほどにその場を離れた。アークトゥルス級が音を立てて搬入路のハッチを開くのをクイナ婆さんの手を取って見届けた。ハッチはそのままスロープとなり、輸送船の船倉を俺たちの前にのぞかせた。
「これが星の船アークトゥルス……。おお……っ、ここが、わたくしたちが探し求めてきた理想郷……」
中に乗り込もうとすると魔法の杖を握ったアムが駆け込んできた。
「一人で入っちゃダメです! 中にモンスターがいるかもしれません!」
「砂に沈んでた船に入れるわけねぇだろ。……と言いてぇところだが、何があるのかもわかんねぇな、こりゃ……」
アムと一緒にアークトゥルスの船倉に入った。するとまるで歓迎するかのように独りでに明かりが灯った。
「え……え……?」
「ブリッジはこっちだ。そこを押さえればまあどうにかなるだろ」
敵に奪われた同型を一度仲間と拿捕したことがある。何が潜んでいるかもわからないので警戒しながら、人員輸送用のエレベーターに乗り込んだ。
「妙だな……不自然なほどに綺麗だ。それに恐ろしく状態がいい……」
「どういうことですか?」
「権限さえ手に入れればいつだって飛べるってことだ」
ちょっとしたパーツ一つにしたって、開拓事業に転用できたはずだ。船を飛べる状態にして保管するよりも、パーツをはがして自分たちの生活のために使った方がよかったはずだ。
「わ、わわっ!?」
「へへへ、そうなると思ったぜ」
エレベーターの慣性に驚くアムを支えてブリッジエリアまで上がった。
「この通用路を抜けた先がゴールだ」
「この先には何があるのですか?」
「だだっ広い操縦席だ。そこでこのクソでかい船を運転していたんだ、昔の人はよ」
何かあるとすればこの先だろう。慎重に辺りを警戒しながら通用路を進み、ブリッジに続く扉の前に立った。あっさりとその扉は自動で開き、最もセキュリティレベルの高いエリアへと俺たちを通してくれた。
「これがアークトルゥルス……。あっ、先に行ってはダメですよ、キッド!」
「へいへい、お先にどうぞ、お姉ちゃん」
「うふふ……」
「皮肉を喜ぶな……っ」
ブリッジにはまぶしいほどにこうこうとした青白い明かりが灯っていた。アークトゥルス級は自らスリープ状態を解き、ブリッジのシステムを起動して俺たちを歓迎した。
中央後部高所にあるのが艦長の席だ。そこには最上位の権限を持つコンソールと、船の鍵を差し込むスロットがある。
「はぁ……どんなうっかり艦長さんだよ……。鍵、刺さったまんまじゃねぇか……」
「どういうこと?」
「予定が速まるってことだ。どこのどいつか知らねぇけど、くれるってよ、この船……」
コンソールを操作して船の状態を診断した。武装は全部外されていた。反物質コンバーターのエネルギー残量が少なかったが、惑星内部で使う分には一生使いきれないほどに潤沢だ。
「よかった……! この船の中なら安心して暮らせますね……!」
それと開拓に転用されてしまったのか、ピンポイントバリアーが全て取り外されていた。残念ながらこの船では宇宙には出られないってことだ。
「もう飛べる状態だ、みんなを船の中に呼んでくれ。俺はもうちょっとここで船の状態を確認している」
「一人で大丈夫……?」
「ガキ扱いすんなって言ってんだろ。早くクイナ婆さんやリタを喜ばせてやれ」
「あ、それもそうですね! 私、いってきます!」
アムはいちいち少年の頬にキスをくれてからブリッジを出て行った。外されているパーツこそあるが、この船は老朽化知らずの完璧な状態だった。
栽培エリアの状態もいい。働かなくても食っちゃ寝できる自動農園を稼働できそうだ。
ところが操作の手を止めると何かが割り込んできた。コンソール画面に男が姿を現し、俺を驚かせた。なぜならその男はオッドアイに銀髪というタマハラ族と同じ特徴を持っていたのだから。
「人類星間共同体の同胞よ、君たちがやってくるのをずっと待っていた」
「だ、誰だ、このおっさん……!?」
「我々は失敗した。もはや我々は衰退する一方となるだろう。禁忌に手を染める者まで現れ、もはや取り返しが付かない」
それは一方通行のビデオレターだった。苦渋に歪んだ顔で男は語っていた。
「ゲートウェイが閉ざされてもう30年が経つ。貴方たちの救援を我々は待ち続けたが、どうやら貴方たちは滅んだか、こちらに戻ってはこれない事情ができたようだ」
やはりそうだった。ゲートウェイは停止していた。ゲートウェイの停止は緩やかな衰退を意味していた。
「この船を解体して各分野に転用すれば今しばらくは技術レベルを保てるだろう。しかし私たちはそれが正しいこととは思えない」
決意のこもった力強い声で男はそう言った。
「そこで独断ではあるが私たち一派は、人類星間共同体の同胞が再びここに戻ってきた時のために、貴重なリソースを保存するべきと判断した」
それがこの船が解体されずにここにある理由だと男は言う。彼の予測通り、この星に降りた人類の文明レベルは封建主義社会まで落ちぶれた。
「使ってくれ。この船もそれを望んでいる。君たちは私たちが犯した罪の数々を目にすることになるだろうが、私たちにもわずかな良心が残っていたことを、この船をもって証明させてくれ」
恐らくだが、この男は人類星間共同体に属する船籍を持つ者が現れたときに、アークトゥルス級が信号を放つように仕込んだのだろう。
「道を踏み外した我々にどうか慈悲を。変わり果てたあの者たちに何とぞ死の情けを。……ゲートウェイさえ停止しなければ、こんなことにはならなかっただろうに、私たちの社会はあまりにも脆かった……」
映像がとぎれ、画面から男が消えた。続けてコンソールが勝手に動き出して、とあるデータベースへとアクセスした。
画面に現れたのはあの赤いアメーバーだ。巨大なサソリもいた。人面の狼もだ。それはこの星に存在する数他のモンスターたちのデータベースだった。
「人違いだぜ、おっさん。船はありがたくいただくけどな」
嫌な予感しかしないデータベースを閉じて後ろを振り返った。考えないようにしよう。あの怪物たちの正体なんて。
その後、発掘隊の全員をブリッジに招いた。そして彼らの前でアークトゥルス級を発進させ、その巨体を大地のくびきから解き放った。タマハラ族はみんなガキみたいに目を輝かせていた。
この船があれば、あの男と同じ遺伝的特徴を持つ者たちに楽園を与えるすることができる。彼の意図通りではないが、貰ったこっちの好きに使わせてもらうことにした。
生物学の発達で、人は子宮を介さずにより速く、より多く増えることが可能になったという。特に移民船団にはその最先端の器具が乗せられ、効率的に人を増やすシステムや、生物学者のチームが組み込まれていたという。
ゲートウェイが閉ざされ、宇宙の流通が滞り、偏った技術だけが手元に残った。結果、彼らがどんな道を歩もうとしたかなんて、考えない方がいいに決まっていた。




