・タマハラ族に遺された最後の楽園
それからまた少しの時が流れた。再びサンクタム王国への航海を終えて、秋半ばといった季節を迎えた。
この航海を終えたら収穫祭だ。祭りのために酒と肉と果実と菓子をたらふく船倉に詰め込んで、光臨の丘へと引き返した。
「た、大変っ、キッドくんっ大変大変!!」
「うおっ、耳元で叫ぶなよっ、キンキンすんだろ……っ! な……っ」
もうじき到着といった頃になるとリリアが大声を上げた。言われて見てみると、光臨の丘の上空に黒い煙が漂っていて血の気が引いた。
「アム、里をズームアップしてしてくれ」
「ぁ……わ、わかりました……」
恐る恐るアムがサブディスプレイに映像を映し出した。先月建てたばかりの新しい穀物倉庫だ。それが真っ黒に焼け落ちてしまっていた。
「どう……して……」
アムが嘆いた。
「許せない……」
リタが正体もわからない犯人を呪った。光臨の丘は何者かの襲撃を受けて荒廃していた。せっかく冬を越すために準備してきたのに、直前で身ぐるみをはがされてしまった。
「リリアの時と同じだ……どうして、みんな、こんなことするの……?」
「理由なんて知ってもしょうがねぇさ。ほら、こっちにこい」
「う、うん……」
リリアを主操縦席の右側に座らせて、俺も左側に腰掛けた。
「リタとアムもシートに戻れ、船を加速させる。心配ねぇ、お前らには天使様が付いてんだ、何があっても俺とポタモがどうにかしてやるよ」
「デストロイ!」
船を加速させて光臨の丘に戻った。どうしてタマハラ族ばかりこんな目に遭わされるのか、怒りに我を忘れそうになった。
俺たちが着陸すると里中の人間が船の前に集まってきた。男たちは負傷し、畑の一部が焼かれ、木造家屋も散々だ。服を奪われた女たちもいた。せっかく俺たちが買ってきた上等な冬着だったというのに。
「まずはやけ酒といこうぜ」
船から酒樽を降ろすと、何も言わずに大人たちが樽のふたを開けた。飲まずにはやってられないやつらばかりだった。
「申し訳ない、キッド様……我々がふがいないあまりに……」
「よう、死んだかと思ってたぜ、ジェイ」
「よかった……」
ジェイは刀傷を受けていた。前から見ると平気そうだが、背中から見ると血の染みた包帯が惨たらしかった。
「誰にやられた?」
「アヴァロニアの暴徒たちだ……。敵の大将はウェルドー男爵と名乗った……」
ジェイたちから詳しい話を聞いた。ウェルドー男爵の領地は過去に例のない不作に見回れたそうだ。そこで遠路遙々、タマハラ族の開拓地にやってきた。
「話し合いは通用しませんでした……。一方的に押し入られ、数と武装に勝る彼らによる略奪を受けました……」
彼らは冬を越すために狩りを行った。相手がタマハラ族ならば国に罰されることはない。呪われた種族である彼らは元より国や法律に守られてなどいなかった。
「ジェイ、お前は俺にどうしてほしい? その男爵と暴徒どもを俺がぶち殺しにいけばいいか?」
ジェイはためらった。だが里の者たちは復讐を望んだ。代わりに復讐をしてくれと天使に願った。
「お帰りなさい、キッドさん……」
そこにクイナ婆さんが姿を現した。弱々しい声と揺れる足取りにリタとアムが飛び付いて支えた。
「おう、帰ったぜ、婆さん。婆さんはどうしたい? ここは婆さんの領地みたいなもんだ、意見を優先するぜ」
クイナ婆さんは何も言わなかった。さすがの彼女もこの仕打ちには心が折れてしまったようだった。ためらうように口を開いては引っ込めていた。
「一言、敵を焼き払えと言えばいい。後は俺とポタモが勝手にやるさ」
皆が口を閉ざして長の判断を待った。奪われた物を取り返して何が悪い。報復して何が悪い。やり返さなきゃまた次の収穫期に襲われる。次は家族の命を取られるかもしれない。
「言えよ、滅ぼしてきてやるから言えよ、婆さん。やつらを滅ぼせ。そう一言言えばいい」
誰も復讐は止めろだなんて言わなかった。新天地での夢を踏みにじられたのだから当然だ。
「この地上に……私たち一族の居所など、ないのでしょうか……。ここでなら、何者にも干渉されず、静かに暮らせると思っていたのに……」
糸が切れたように倒れかかった婆さんをアムとリタがまた飛びついて支えた。婆さんは当然の権利であるのに報復しろとは言わなかった。
報復、それ以外の選択肢などあるだろうか。答えは分かり切っているが、もう一度考えてみた。
「何者にも干渉されず、静かに暮らせる場所か……。ま、あるっちゃあるぜ……」
「ありがとうございます……。ですが気休めの言葉は――」
「本当にあるつってんだろ! タマハラ族だけが幸せに暮らせる、二度と攻め込まれることのない場所を俺は知ってんだよ!!」
星の船から降りてきた天使の言葉だ。その言葉は信心深いタマハラ族たちによく響いた。
「本当、ですか……?」
「地上以外の安住の地ってことだろ? それなら飛び切りの物件がある」
「もしや、私たちを星の世界へと連れて行って下さるのですか……?」
婆さんのはかなく危うい微笑みに貧相なガキは胸を張って応えた。弱っているこいつらのために、今は堂々としていなければならない。
「幻想世界の砂漠に、ここの連中全員が暮らせるほどにクソでけぇ船が眠っている。俺の知っているやつなら、中で農業もできたはずだ」
中型と呼ばれているが、あくまでそれは宇宙船というくくりの上での中型で、アークトゥルス級は中型の中でも特別にデカい。さらにこの船は植民のために移民船仕様に改装されていたはずだ。
「もしや、その星の船のお名前は……アークトゥルス……」
「そうだ、その船の名はアークトゥルスだ! 新世界への希望を胸に星の世界からやってきた、人類の祖先が乗っていた船だ! ソイツは幻想世界の砂漠の底で今も発掘されるのを待っている!」
理想郷が地上にないなら、空に浮かぶ船の中を理想郷にすればいい。タマハラ族の民は希望にあふれた喚声を上げた。彼らはポタモトリゴンだけではなく、アークトゥルス級のことも覚えてくれていた。
「貴方は拝まれるのはお嫌でしょうが、今だけはお許し下さいね、キッドさん……。皆さん、ポタモトリゴンの天使キッドさんのお導きに従いましょう。復讐は船を手に入れてから、あらためて考えることにしても遅くはありませんよ……?」
タマハラ族は考えることを放棄した。救いを求めて貧相な少年と、その背後にそびえる漆黒の船に祈りを捧げた。傷つき、絶望し、世界を呪った彼らが自分の頭で考えるのは全てが落ち着いた後でもよかった。
「俺に付いてこい。俺はお前たち人類が、天に輝く星から星へと渡っていた頃を知っている。お前たちにはあの船を継承する権利がある。アークトゥルスのことを覚えていてくれたことがその証だ!」
天にそびえる恒星たちを指さし、その指先を大河の向こうに広がる幻想世界の砂漠に落とした。
「発掘しよう、星の船アークトゥルスを。天にそびえる理想郷がそこにある」
希望を失いかけた仲間たちのために、パンドラの箱を開くことにした。アークトゥルスは今も砂漠のどこかで信号を発して回収されることを望んでいる。
悪用すれば世界の均衡を崩すことすら可能な力を、虐げられし民に与えることに決めた。




