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・忘れられた流星

 それから幾ばくかの月日が流れた。暖かかった日差しが冷たく陰り、秋と呼ばれる季節がこの星の北半球にやってきた。


 世界中で麦畑が黄金の穂をたらし、光臨の丘にも豊かな実りの秋が訪れた。ポタモトリゴンから見下ろすとそれはまさに絶景だ。間に合わせの水路を沿って麦畑が大地を黄金色に染め上げて、入植の成功をその姿で物語っていた。


 目に見えてタマハラ族の人々も前向きになった。自分たちの力で冬を越せるだけの食べ物を育て上げたその事実が、向かい風続きで卑屈になっていた彼らを強くした。


 そんな喜ばしい秋が訪れたある日、重戦闘機ポタモトリゴンが奇妙な信号を捉えた。それはサンクタム王国で盗賊オルブリスの末路を聞かされたその後のことだった。


「なんだ、この信号……?」


 積み荷を光臨の丘に降ろした夜、船のメンテナンスをしていると奇妙な受信ログを見つけた。

 信号の識別コードは[人類星間共同体]。海賊ギドが属していた[赤の公爵騎士団]のパトロンにして、この星に降りた移民船団の所属国だった。


「ポタモッ、おいポタモ! この信号の発信源の解析を頼む! 俺には難しくて無理だ!」


 副操縦席のシートで敷物になっていたポタモを拾ってコンソールの前に運んだ。


「眠、イ……」


「んなこと言ねぇで一仕事頼む。もしかするとこの星の謎が解けるかもしれねぇ」


 長らく疑問に思っていた。なぜ恒星から恒星へと渡る力を持っていたこの星の文明が、原始的な封建主義社会まで衰退してしまったのか不思議でならなかった。


「発信源――ポイント・幻想世界の砂漠」


「なんだ、すぐそこじゃねぇか」


「発信元――アークトゥルス級中型輸送船」


「アークトゥルスだって!? なんで宇宙用の輸送船が大気圏下にあるんだ!?」


 その疑問はすぐに自己解決した。他でもない海賊ギドが護衛していた船団にアークトゥルス級輸送船が移民船として追従していたことを思い出した。


「しかし驚いた……本当にこの星は、あの日俺たちが守った移民船がたどり着いた星だったんだな……」


「寝テ、イイ……?」


「ちょっとは驚けよ!? この状況に疑問を持てよ!?」


「ナイ。オヤスミ、キッド……」


 ポタモはヒラリと空中を舞うと、副操縦席の敷物に戻ってしまった。ポタモはこの船のシステムそのものにして生まれたばかりの子竜だ。子竜は歴史やミステリーには興味がないようだった。


「輸送船か……ステルス能力はねぇだろうな。だが輸送力はブッチギリだ。この星の市場相手じゃ船倉をだだ余すレベルだろうな……。へへへ、いいじゃねぇか……」


 だが疑問が残った。なんでこの船は宇宙に戻らなかったんだ? 故障でもしたのか? それとも宇宙の方に問題でも起きたのか?


「ああクソ……どうもよくわからねぇ。今、宇宙はどうなってんだ……? なんで本国の連中はこの星の民に手を差し伸べねぇんだ……? よく考えたらおかしくねぇか……?」


 この状況からすると、最も疑わしいのはゲートウェイの機能停止だ。ゲートウェイは宇宙に建てられた巨大な建造物で、恒星から隣の恒星へと船を超高速で運んでくれる代物だ。


 頭のいいやついわく、このゲートウェイの発見がなければ、人類は今でも太陽系と呼ばれる辺境に閉じ込められていたそうだ。


「今日まで考えないようにしてきたが、どうもきな臭ぇな……? 莫大なリソースを割いて築いた開拓地を、なんで放棄した……?」


 同胞を見捨ててでも優先しなければならないことが起きた。最も疑わしいのが戦争か。人類を餌としか見ていない敵性体との生存競争もあり得る。しかしどちらにしろ疑問が残った。


「人類星間共同体はまだこの銀河に存在するのか? この星の文明レベルの衰退からして、少なく見積もっても200年以上が経っているよな……? いや、500年経ってても全く不思議じゃねぇ……」


 戦争ならもう終わっているはずだ。なのに外部からの助けがきていないということは人類星間共同体の存続を疑う他にない。


「クソ、ここからじゃわかんねぇ……。せめてゲートウェイの状態だけでもわかれば……ん?」


 物音がしたような気がして後ろを振り返った。


「ウオハァァッッ?!!!」


「スクア姉さんに驚くなんて失礼」


 振り返るとスクアの目と目が合った。リタがスクアの目を突き出して俺の背後に立っていた。


「それ持ち歩くなってつってんだろっっ!!」


「やだ」


「百歩譲って人を脅かすために使うなっ!!」


「スクア姉さんに失礼。姉さんは死んでもこんなに綺麗なのに……」


 まるで魅入られたかのような半眼で、リタは水晶の中の目玉と見つめ合った。前からそうっちゃそうだが、リタは普通にヤベー女だった。


「人をドン引きさせて遊ぶのは止めろ……」


「遊びじゃない。幸せになれなかったスクア姉さんに幸せを見せているだけ」


「く……っ」


 とにかく話題を変えたい。宇宙に向けていたカメラを彼方に広がる幻想世界の砂漠へと向けた。ズームアップすると月光に照らされた砂漠がほのかに光を放って見えた。


「新しい船を見つけた。この砂漠のどっかに埋まってる」


「船……二つ目のポタモ?」


「いや輸送船だ。空を飛ぶ力を持つ、この地上のどんな貿易船よりもでっかい船倉を持つ船だ。そいつは元々は宇宙を旅していた」


「すごい……」


 スクア姉さんに見せたいのか、リタはディスプレイに目玉を寄せた。それからやっと不気味な目玉をしまってくれた。


「ただ問題は場所だ。発掘しようにもモンスターの巣窟に埋まってるとあっちゃそう簡単じゃねぇ」


「でも欲しいね、新しい船」


「そうだが現状は別に困ってもいねぇしな。気にはなるんだが、今掘り返す理由はねぇんだ」


 ステルス機能がないのでとにかくクソ目立つ。当然密貿易にも使えない。通常の貿易を行おうにもやはりデカ過ぎる。


「里のみんなに言えばいい……。みんな、キッドに恩返しがしたい……」


「いらねぇよ、そんなもん。掘り返すのが正解とも言えねぇしよ」


 今の宇宙をたとえるならパンドラの箱だ。ゲートウェイの向こうにどんな厳しい現実が待っているかもわからない。

 ポタモ単独では装甲を損傷せずに離脱するのも難しい大気圏も、アークトゥルス級があれば突破できるだろうが、好奇心を満たすためだけにパンドラの箱を開く必要がない。


「ボクは知りたい……。そこに、タマハラ族の神話の真実があるのなら、知りたい……」


「多分な。だが知ったところで――」


「知りたい」


「……そ、そうか。じゃあ、わかってるところの話をしてやるよ」


 好奇心。これがなければ人類は太陽系に引きこもっていられただろうに、好奇心に負けて太古のゲートウェイを起動してしまったがあまりに、危険な銀河と太陽系を繋いでしまった。


「昔、昔、俺たちの祖先は地球って星で暮らしててよ……そこはなんだかんだあるが天国みてぇな土地だったらしい。けどリタみたいな好奇心に負けちまったやつがよ、ある日、太陽の光もまともに届かない暗黒の空間で――」


 俺の知っている人類星間共同体の歴史をリタに語ってやると、その晩は主操縦席のシートでくっついて眠ることになっていた。


 この信号は追わない方がいい。その先でどんな取り返しの付かないミステイクが待っているかもわからない。


「でも、ボクは知りたい……」


「そりゃ俺だってそうだけどよ……いくらなんでもデカすぎるって、アークトゥルス級はよ……」


「でもボクたちは欲しい。その船があれば、もっと幸せになれる」


「そうかな……そうかもしれねぇけどよ……」


 信号を追うことは賢明ではなかった。それでも人類のさがが、希望を期待してパンドラの箱を開けた人類の末裔が、信号を追えと求めた。


 俺だって欲しいさ。どでかい輸送船アークトゥルス級で地上の民の目を見開かせてやりたいさ。けどよ、その船が今さら信号を発信して居場所を伝えてくる理由がわからねぇ。


 幻想世界の砂漠に眠る中型輸送船は明らかに俺たちに向けて、己の居場所を示しているようにしか見えなかった。


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