・盗賊オルブリスの最期
ある語り部:
アムとリタが盗賊オルブリスにかけた呪いはそこまで危険なものではないわ。たちの悪い呪いではあるけど、使い方によってはイタズラの域にも十分に収まる、タマハラ族ならば誰もが知っている初歩的な呪いよ。
リタはそんな呪いを最高の強度で、発動条件に少しの応用と悪意を加えて、家族と仲間の仇である盗賊オルブリスにかけた。オルブリスは最悪の呪いをかけられているとも知らずに、プラチナム・コートの嫌われ者としてその後も放火や虐殺の悪逆非道を働き続けた。
既に決して避けられない破滅の印が己に刻まれているとも知らずに。
やがてある日、彼の弾圧という名の貢献がついに評価された。オルブリスはサンクタム王ガイウスが待つ聖都サンクチュアリ・ミストへと呼び出され、彼は期待と疑心暗鬼を胸に王宮へと上った。
「よくぞ参られた、銀の軍団長オルブリス・ヴァンダルよ」
ここでは王の言葉は最も若い妃が代弁することになっている。神の代行者たる王は下々の者とは言葉を交わさないそうよ。
その決まり事に則って、オルブリスは王と寄り添う若い妃の眼下にひざまずいた。
「はっ、本日はお招きいただきありがとうございます。このオルブリス、再び貴方様の御前にこうして膝を突ける感激にうち震えております!」
「我への忠誠に陰りがないようで何より。……ところでオルブリスよ、元名門貴族の生まれのそなたに、我は――プラチナム・コートの全権を委任することを検討している」
「おおっ、この私にですか!? 身に余る光栄ですっ、ぜひプラチナム・コートは私にお任せを!!」
王がどういうつもりなのか私にはわからない。残虐なオルブリスにさらに強い権利を与えて、より厳しくあの町の自由を弾圧するつもりなのかもしれない。
「我は不快でならない。……神の教えを守らずに酒に我を忘れ……誰彼かまわず姦淫を重ね……下品な異国の美術品に傾倒する……堕落した彼の町の民に」
「はっ、全てこのオルブリスが浄化の炎で粛正してみせましょう!」
「よかろう。……では我が七番目の妃より、プラチナム・コート執政官の証を受け取られよ。そなたの忠誠が続く限り、彼の町のあらゆる権利を与えよう」
美しい七番目のお妃様が玉座のある高い壇上から下りてきた。かねてよりオルブリスはスクアの目に『スクアよ、我が戦女神よ、私は軍団長ごときで終わるつもりはないぞ』と語りかけていた。
たった今その野心が叶った。オルブリスは足下の黄金絨毯に額を押し付けて平服しながら、歓喜の形相を浮かべた。けれども……。
「このオルブリス、これより一層の忠誠を誓います! どんな敵からも貴方をお守りしましょう!」
リタは呪いに巧妙な発動条件を仕掛けた。タマハラ族の中ではただの悪ふざけとして使われる呪いを、最悪のタイミングで発動するように仕組んだ。
本当はもっと直接的な呪いを彼にかけるつもりだったけど、キッドくんのやり方を見て気を変えたそうよ。
この呪いでほぼ確実にオルブリスの栄光を終わらせることができる。でも、それで仇である彼が死ぬとは限らない。死を与えるかどうかは、運命のお導きに任せることにしたそうなの。
「ひ……っっ?!」
証である黄金の腕輪をオルブリスの手に遠そうとしたところで、七番目のお妃様が悲鳴を上げて王の前に逃げ戻った。ただちに黄金鎧の近衛兵が前に出て王と妃を守った。
「な、なんだ……? 何か、気に障るようなことを私が口にしましたか……?」
場が蒼然となった。オルブリスのあまりの暴挙に言葉を詰まらせる者もまでいた。
「神聖なる王の御前でなんたる言葉を!! ついに尻尾を出したな、盗賊め!! だから私は盗賊に軍を与えるなど反対だと言ったんだ!!」
僧侶や大貴族たちがオルブリスの批判を始めた。突然のことにオルブリスはわけがわからなかった。
黄金のガープをまとった黄金の髪を持つ王が玉座を立って前に出た。
「今一度チャンスを与えよう。今の言葉は誠か?」
王自らの問いかけにオルブリスは誤解を解こうと顔を上げてうなずいた。
「はっ、貴方をお守りするとここに再び誓います!! なっっ?!」
近衛兵たちは一斉に剣を抜いた。あっという間に四方を囲まれ、全ての非戦闘員が彼から距離を取った。
「なぜ私に剣を向けるのです!? 貴方を守ると誓っただけなのに、なぜ!?」
そう、これこそがリタが知恵を絞り、アムが承認した復讐の形。
タマハラ族の中でこの呪いは『あべこべのおまじない』と呼ばれている。人の頭に直接作用して、正反対の言葉を喋らせる呪いよ。
「気が狂ったか……。残念だ……」
「私は正気です! 何か誤解があるようです、話し合いましょう!」
リタはこの呪いに手を加えて、呪いの対象の認知を改竄する作用を持たせた。反対の言葉を言っていることに気付けないようにした。だから今の言葉は――
『私は気狂いです! 何も誤解はありません、話し合いません!』
と、王の御前で叫んだことになる。
最初の『このオルブリス、これより一層の忠誠を誓います! どんな敵からも貴方をお守りしましょう!』は――
『このオルブリス、これより一層忠誠を捨てます! どんな味方からも貴方を殺しましょう!』
という意味で王たちに伝わり、追い打ちに――
『はっ、貴方を殺すとここに再び誓います!!』
と、叫んでしまったことになる。
「しょせんは汚らわしい盗賊か」
オルブリスは混乱しながらも悟った。どうにかしなければこのままでは殺されてしまうと。
「ま、まさか……これは……っ」
一つ思い当たる節があった。しばらく前の夜、小間使いに化けた少年がスクアの目を奪って逃げた。奇妙なことに他に盗まれた物はなかった。
なぜあの少年は売値も付かないスクアの目だけを奪ったのか。それは背後にスクアに連なる者がいるからだと、オルブリスは考えていた。
タマハラ族だ。タマハラ族は奇妙な術を得意とする。彼らは得体の知れない力を使うがゆえに迫害されてきた。
「そ、そうか……これは恐らく……!」
オルブリスは狡猾で賢い男。彼は推理だけで真実にたどり着いた。そして再び叫んだ。
「お、王よっ、私は貴方の首を取るためにここにいる!! 私は貴方の忠実なる主人、誓って貴方の命を狙っているっっ!!」
あべこべの忠誠の言葉を。
「呪いをかけられて今は逆の言葉しかしゃべれるが、私は決して貴方を生かそうなどと思っていない!!」
オルブリスはさらに小声でつぶやいた。『これでどうにかなる。あのガキ、必ず見つけ出して殺してやる……』と漏らしながら、両手を地に突いて自らの首を王に差し出した。
「近衛兵、オルブリスの首をはねよ」
「なっっ?!! ま、待ってくれ、何かの間違いだこれはっっ!! 呪いのせいなんだ!! 誓って逆らう気なんてない!! い、いや、誓って逆らうつもりだ!!」
リタは呪いの発動条件を[主君の前][人生を左右する重要な局面]としたけれど、例外条件に[『あべこべ』『反対』という言葉を使った時]を設定していた。
要するに呪いの作用に気付いて誤解を解こうとすると、あべこべの呪いが一時的に止まるというカラクリよ。
「誤解だっ、誤解なんだ!! 何者かに呪いをかけられて反対の言葉しか言えないんだ!! 違う、違うんだっ、待ってくれっ、信じてくれぇぇぇぇーっっ!!!!」
「早くこの気狂いを消せ。……と、陛下はおっしゃっておりますっ!! 早く、早くこの怪物を処刑台に連れて行って下さいましぃっっ!!」
丸腰のオルブリスは抵抗すらできなかった。近衛兵に突き立てられて広場に連れて行かれると、公衆の面前にさらされた。
嫌われ者のオルブリスは聖都でも名前と姿が知られていた。王に逆らった裏切り者に市民の罵声が投げかけられ、彼は人々の一時の娯楽となった。
命乞いをしても王の決定を覆すことはできない。汚らわしい銀の鎧と衣服を脱がされ、断頭台にかけられ、全ての名誉を奪われた。
「これより盗賊オルブリスの処刑を行う。この者は更正の機会を与えた我らが王の慈悲をないがしろにし、プラチナム・コートにて放火、拷問、殺人、数え切れぬ悪逆非道の限りを尽くした。ゆえに我らが聖王ガイウス様はこの者の更正を、天に委ねるものとした」
王からすればオルブリスは都合が悪くなったらいつでも切り捨てられる汚れた駒だった。順当に出世したところでいつかはこうなる運命だったのかもしれない。
「私はアヴァロニア王国ヴァンダル子爵家のオルブリスであるぞ!! このようなことは外交問題だ!! あ、兄が……っ、子爵である兄が知ったら貴様らは皆処刑だ!! や、止めろ、待て、外交官を交えての交渉を――」
盗賊は盗賊として処刑された。王宮でオルブリスが王に逆らった事実は隠蔽され、王自らが腐敗した配下を処した美談とされた。
あの日、無念を胸に命を落としたタマハラ族の仲間もこれで――これでようやく安らかに眠れることしょう。
尊厳を奪われ絶望するしかなかったアムとリタも、天使キッド様と当たり前の幸せを見つけてくれる。私のかわいいジェイも、あの日逃げるしなかった弱かった自分と向き合えるはずです。
アム、リタ、ジェイ。あなたたちの行く先に、どうか光があらんことを。
そして星からいらした天使キッド様、どうか私のかわいい弟と妹たちに慈悲深きお導きを……。




