・盗賊オルブリスに破滅を - スクアの目 -
難所は抜けた。オルブリスの部屋はこの先の一番奥にある。用心深いソイツは窓も暖炉もない元々は金庫だった場所を住まいとしている。
そんな鉄壁の部屋のドアを小間使いはノックした。
「誰だ? ノックをするということは、私の兵ではないな?」
「サンクタム政府からのお手紙をお持ちしました」
「ふん……手紙をこちらによこせ」
こっちは弱い少女のふりをしているというのに用心深い男だった。厚い鉄の扉がわずかに開き、数他の旅人を地獄に落としてきた悪魔の目がこちらを見た。
「珍しいな、サンクタム人か」
「はい……お手紙をどうぞ……」
手紙を渡すとヤツは扉をすぐに閉じて施錠をしてしまった。部屋にスクアの目を保管しているという話だったが、これだけでは確認できない。
やがて再び施錠が解かれ、オルブリスが扉を大きく開け放った。
「ふん、北方の蛮族どもが偉そうに……。ご苦労だった」
「いえ……」
「さっさと帰れ。ここの野獣どもに頭から喰われるぞ」
煌々とランプに照らされた室内に目当てのブツを見つけた。水晶に封じ込められた、宝石のような輝きを持つオッドアイの眼球二つ。あれがスクアの目だろう。
「フ……小娘、アレが気になるか?」
「い、いえ……っ」
「同族のよしみで教えてやろう。アレはタマハラ族と呼ばれる少数民族の目玉だ。アレを手に入れてから私の人生は幸運続きでな、今では女神の一部のように思っているよ」
「お、お許し下さい……っ」
「ククク……聞き飽きたセリフだ、つまらん」
オルブリスは手早く支度をすると『外まで送ろうか』とこちらに言ってきた。こちらはそれに震え上がって首を横に振り、涙目を浮かべてその怪物を見送った。
演技と言いたいところだが、ポタモトリゴンの庇護のない俺は弱者だ。猛獣の前に立っているような気分にもなった。あれに捕まってしまった少し昔のリタとアムの気持ちがよくわかった。
後は偽りの召還命令にオルブリスが気付く前に、ここの原始的な鍵を開いてスクアの目を取り返すだけだ。目の奪還をもってリタとアムの復讐も完結する。
「ん、んん……原始人どもと甘く見てたが、意外と複雑だな……」
見つかれば何をされるかもわからない。特にオルブリス、あの男は正真正銘の猛獣にしてサイコパスだ。もし捕まれば情報を吐くまで拷問を受けることになるだろう。
「お……? お前、シペーとしけこんだガキじゃないか」
ピッキングの要領を掴みかけたところで盗賊の一人に見つかった。
「どうも」
「こんなところで何してんだ?」
「シベー様、早かったので、オルブリス様に営業を……」
「はぁ!? おい止めとけ止めとけっ、俺たちの中でいっちゃん頭おかしいのがオルブリスだっ」
「まあ……っ」
小間使いに化けたのは正解だった。こちらに下心でもあるのか、その盗賊はオルブリスには関わるなと教えてくれた。
「貴族ぶってるけどよ、本当は庶民の血が入ってたとかなんとかでよ……。怒りを勝うと女でも生皮はぐような男だぜ……」
「そんな方だったなんて……。ありがとうごさまいます、あの方は止めておくことにします……」
「どうだい? 代わりにお兄さんの部屋にこないか? すぐそこだよ、おいで」
誘いに指を3本立てて、自称お兄さんに肩を抱かれて部屋まで同行した。
「シペーもバカなやつだよ。こういうのは隠れて楽し――ンブッッ?!」
「人の仕事の邪魔すんじゃねーよ、カスが」
「テ、テメェ……お、男……? う……っ」
同じ手口で眠らせたはいいが、これで眠り薬の予備は残り一つとなった。再びオルブリスの部屋の前に戻り、ピッキングを再開した。再開してみれば解錠は一瞬のことだった。
「これがスクアの目……。狂ってやがるぜ、あの野郎……」
俺にはそれがリタとアムの目に見えた。震え上がりながらも水晶に包まれたそれをお仕着せのポケットに入れ、先ほどのバルコニーへと引き返した。
「ようお嬢ちゃん、シペーは下手くそだったろぉー?」
「おい待てよ、一緒に飲もうぜ」
「し、失礼します……っ」
「ギャハハハッ、何誘ってやがるお前もロリコンかよぉー!?」
野卑な男に怯える少女を演じれば走って逃げても疑われなかった。先ほどのバルコニーに駆け込み、天を見上げた。不可知の船ポタモトリゴンがこの真上で待機しているはずだった。
「おい、そこの小娘」
ところがオルブリスの高圧的な声が俺の背中を呼び止めた。
「貴様、サンクタム政府からの使いではないな?」
手紙をこんなに早く見破られるとは思ってもいなかった。やつはこちらが手配した手紙を破り捨て、長い銀の剣を抜いて迫ってきた。
「狙いはなんだ? 返答次第では尋問に多少の情けをくれてやろう」
「情けなんていらねぇよ」
「ほぅ……」
「俺はただ、コイツを取り返したかっただけだ。平民の血の混じった勘違い貴族の手からな」
オルブリスは目を見開いて驚いた。ヤツに幸運をもたらしたというスクアの目が盗み出され、天へと掲げられた。
続いてオルブリスは狂気の形相を浮かべた。それは怒りであり喜びだった。最高の獲物を見つけた狼の顔だった。
「貴様とは楽しい夜を過ごせそうだ……。ククク……どこから切り刻んだら最高の泣き声を聞けるのだろうか……。このオルブリスが貴様に、甘美なる地獄をくれてやろう……」
「バーカ、地獄に堕ちるのはテメェだぜ、オルブリス。無念に散っていったタマハラ族と、このスクアの目がテメェに呪詛の言葉をつぶやいているのが俺には聞こえるね」
「面白い!! ならばやって見せろ、拷問台の上で泣き叫びながらなっっ!!」
剣を手に踏み込んでくる剣士を前に、俺はバルコニーから飛んだ。一見は活路を求めての無謀な飛び降りだが、そもそもの話これまでの一部始終は通信機を介して船の船室に送信されていた。
「な……っっ?!」
アムによる完璧なタイミング合わせでトラクタービームが飛び降りた間者を天に吸い上げた。落ちたと思い込んだオルブリスが天を見上げるよりも先に、空っぽの船倉へと俺を回収してくれた。
操縦席に戻るとリタとアムに迎えられた。よっぽど心配させてしまったのか、飛び付かれて、抱き締められた。
「ションベンチビりそうだったわ。ガキの身体ってのはやっぱ不便でよくねぇ……」
リタとアムは震えていた。正反対にこっちは船に戻ってきた途端に震えが止まっていた。
「アムの気持ち、わかった……。キッドがスクア姉さんみたいにやられちゃうかと思うと、すごく怖かった……」
「私はリタの気持ちがわかりました。やっぱりあの男は倒さなきゃいけないって!」
アムが落ち着くと一緒にリタを慰めた。スクアの目をあるべき者たちの手に返還したのはその後のことだった。
「お姉ちゃん……」
「こんな……こんな形で、また会うことになるなんて……」
復讐を果たし、封じられたその目を供養すればリタとアムは過去から解放される。変わり果てたスクア姉さんの姿に姉妹の目が悲しみの涙をたたえた。
何も言わずそっとしておくことにした。少し不安そうなポタモを胸に抱いて主操縦席に座った。
「キッド……」
「なんだ、ポタモ?」
「コワイ……。キッド、アブナイ、コワイ……」
「悪かった。次にムチャする時は、ポタモに守ってもらいやすい場所でするよ」
「ウン……ポタモ、デストロイ!」
その後、船内で怪しげな呪いの儀式が行われた。呪いの標的はちょうど真下、これ以上ないポイントとタイミングだった。
「終わったのか?」
数々の触媒が火も放たれていないというのに一斉に燃え尽きた。例の[雷獣の髭]もだ。
「うん、終わった。オルブリスはもうおしまい」
「私たちが何もしなくとも、後はこの国が手を下してくれます」
「そうか。ならリリアのところに帰ろう」
ここからタレットで貫けば片付く相手だったが、手を出さずに船を反転させた。復讐者が望むのはレーザー兵器による慈悲深き一瞬の消滅ではない。
リタはスクアの目を離さなかった。死んだ身内の一部を手元に置くなんて精神によくないと思うんだが、手放せなかったようだ。
「え……甘えたいの……?」
「うるせぇな、さっさと隙間空けろよ」
「へへ……おいで、キッド」
「ガキ扱いすんじゃねぇ」
だからポタモをアムに任せて、その夜はリタのいる副操縦席で寝た。気が紛れるようにたっぷりと甘えてやった。
オルブリスの悲惨な末路を聞いたのはそれからずっと先のことだった。




