・混沌の竜あらため、宇宙用重戦闘機ポタモトリゴン
「ポタモ……? どこに行った、おい、また消える気か!?」
なんの音もなくポタモが消えた。後には重戦闘機のポタモトリゴンが残った。
「コイツがあれば運命を変えられる……。どっちにしろ、追っ手があの里を発見して、リタとアムが襲われる……」
こんな細い手足じゃ誰も守れない。だが船さえあれば話は変わる。俺は海賊ギド。海賊公爵が抱える最高の戦闘機乗りだ。
ハッチから内部に入った。ポタモトリゴンの内部は何一つ壊れていなかった。こっちが混乱するくらいに宇宙で暴れ回ったあの頃そのままだった。
超大型の戦闘機だ。背部は物資を詰め込む倉庫になっていて、まあ暮らそうと思えばそれなりに優雅に暮らせそうだ。
かつてそうしたように操縦席のシートにまたがり、己の短い手足にまゆをしかめた。
「そりゃ保護されるよな……こんなタッパじゃよ」
「ギュル……ポタモ……」
「ポタモ……? って、なっ、なんだその格好っ!?」
「エイエイ……」
ポタモトリゴンというのは後から付けられた名前だ。たまたま発掘に成功したその船が、エイの一種のポタモトリゴンに似ているからこの名前を付けたそうだ。
姿を消した混沌の竜ポタモトリゴンは、空飛ぶエイに姿を変えて俺の頭の上に浮遊していた。
「…………ま、いいか」
「イーカイカ」
「エイだろ、お前。いや、ドラゴンか?」
誰もそれが混沌の竜だとは思わないだろう。因果関係がグチャグチャで混乱こそしたが、これで問題の一つが片付いた。これで混沌の竜を連れて逃げる不幸な竜使いはいなくなった。
「キッド……」
「なんだ、ポタモ?」
小さくなったが甘えたがりなのは変わらない。すり寄ってくるエイを撫でると、独りでに船のシステムが起動した。
「ギュルル……」
「これは……。予定より早いぞ、どうなってる……!?」
ポタモがシステムを起動してレーダーで教えてくれた。センサーに多数の飛行物体。座標は――恐らくあの隠れ里だ。
「これ、宇宙用だぞ……大気圏下での運用なんて……」
「アム……リタ……」
「くっ、やるしかねぇな……」
慎重に船を動かした。動力炉とフレームは発掘品だが、それ以外は俺たち海賊が継ぎ接ぎした宇宙用のパーツを使っている。放熱。空気抵抗。重力下での制御。何もかもが大気圏下では変わってくる。
それでも俺は船を発進させた。あの日くれた姉妹の無償の庇護に報いたかった。今度は彼女たちが抱える問題に俺の方から手を差し伸べてやりたい。
「ここ、どこだ……? クソ、進みすぎちまったじゃねぇか……」
「アッチ」
管制システム・ポタモトリゴンが方角を示してくれた。180度反転して、今度は行きすぎないように慎重にスラスターを吹かせた。
「クソ……ッ、宇宙に帰りてぇ……」
「コッチ」
「せますぎるぞ、地上……」
5度行ったり来たりを繰り返すと、どうにかしてやっと隠れ里の上空にたどり着けた。
「キッド!」
ポタモがリタとアムをカメラで見つけてモニターにズームしてくれた。俺は俺の恩人たちが服を引き裂かれ、地べたに押し倒され、恐怖に悲鳴を上げる最悪の光景を見た。
「お、おいっ、空を見ろ……!」
「空……? な、なんだアレはっっ!?」
高度を少し下げるだけでたやすく蛮行を制止することができた。竜使いたちは自分の飛竜に飛び乗り、頭上にそびえる巨船にジャベリンを構えた。
「黒い……黒い……エイ……?」
「なんであんな巨大な塊が空に浮いているんだ……!?」
リタとアムは逃げられたようだ。やり直しのこの世界線の彼女たちは俺のことを知らない。まだ出会ってすらいない。
「レーザータレット……ロックオン……」
「へっ、ご立腹じゃねぇか、相棒」
独りでにタレットが起動して飛竜使いどもをロックオンした。全て竜ではなく外道の飛竜使いどもをターゲットしていた。
「ここは大気圏下だ、輻射による放熱は期待できない。オーバーヒートはあっという間だと思え」
「リョウカイ、キッド」
撃てと命じるだけで片付く。俺たちを残酷に殺害した連中を殺戮できる。同じ施設で育った顔も多かったが、先ほどのリタとアムへの暴行で同情心も消えてなくなった。
「海賊ギドあらため竜使いキッドが命じる……一撃でしとめろ!! 古代船ポタモトリゴンッッ!!」
生前ならここで『スペースデプリにされたくなったら船を降りろ!』と通信で脅す。だが相手に通信設備はなく、あいにくこの船にマイクも装備されていない。宇宙用なのだから。
「発射……」
ビームタレットより赤い光が地上に降り注いだ。光は一瞬でジャベリンを持つ小柄な竜使いたちを貫いて、やつらを飛竜の背から撃ち落とした。
勝利の興奮も何もなかった。火力の差があまりにも一方的で、勝負というよりもただの虐殺や駆除だった。
俺は恩人たちを襲った害虫どもを駆除し、飛竜たちを狂人の支配から解き放った。
「さて……問題はここからだな。初めまして、から始めねぇとな……」
トラクタービームで船から地上に降りた。世話になった村の人たちの亡骸があちこちにあった。彼らの運命は変わらなかった。
心が痛む。彼らに死をまき散らしたのは他でもない俺だ。あの時、混沌の竜を生かそうとしたからこうなった。
「ポタモ……」
その混沌の竜は今、小型のエイとなって俺の肩にいる。
「生きているやつがいたら出てきてくれ、危害は加えない!」
常識的に考えてこの状況で相手が姿を現すだろうか。エイに似た黒く巨大な鉄塊が空に現れて、そいつが竜使いを皆殺しにした。そんな船に乗ってた子供を警戒しないはずがない。
去るべきなのだろうかと迷った。けれど臆病風に吹かれて逃げ出す前に、リタとアムが麦畑の陰から姿を現した。二人は恐れることなく前に出て、恐れる俺を後ずさらせた。
「は、初めまして……お、俺は、キッド……。通りすがりの――」
リタとアムは美しい銀髪を揺らして駆けると、驚く少年を左右から包み込んだ。親の愛を知らずに育った海賊ギドであり竜使いキッドには、愛情表現の方法がわからなかった。
「キッド! 無事だった!」
「よかったっ、生きていたんですね……っ!」
「あの時、死んじゃったと思ったのに!」
「キッド、私たちがわかりますか? 覚えていますか? 私たちは覚えていますよ!」
記憶を持っているのは自分だけだと思い込んでいた。けれど彼女たちもまた、あの短い日々のことを忘れていなかった。
生存者は他にいなかった。若い彼女たちだけが最後のお楽しみに残された。
「ごめん……全部、俺のせいだ……。あの日、俺がこっちに逃げなかったら……」
「君は悪くない」
「また会えて嬉しいです。ずっと心配していたんですよ……?」
やさしい言葉に目元が熱くなった。保護してくれた二人のために、今度は俺が二人の助けになろうととうに決めていた。
「ボクたち、奴隷だった」
「私たち、堪えきれなくて逃げたのです」
「逃げなきゃ、こんなことなってない」
「私たちが私たちを守れなかったのは、自由を求めた私たちの決断の結果です。貴方は何も悪くありませんよ」
恨み言を漏らしてくれてもいいのに姉妹は変わらずにやさしかった。つらい目に遭ってきただろうに、また少年を保護しようとしてくれた。
「リタ、アム! 俺の船に乗ってくれ!」
「あれに、乗せてくれるの!?」
「今度は俺が二人を守る! あの日、受け入れてくれた恩を返す! 俺も、ポタモも、それを望んでいる!」
この二人を連れて行きたい。この二人なら船に乗せても不快ではない。むしろ余っていた副操縦席にこの二人がいてくれたら、寄る辺のない俺とポタモに生きる意味が生まれる。絶望した世界に希望を持てる。
「実は他に行く場所がなくて困っていました。私たちもキッドと一緒に行きたいです」
「乗ってくれ、トラクタービームで船内にご案内する! ひもじい思いなんてさせない、俺がリタとアムを守るよ!」
全ては海賊公爵バンドゥ・カークにこの船を任された日に始まった。細かな因果関係は全くわからないし理解りたいとも思わないが、とにかくこの異常事態はこの船に原因があるとしか思えなかった。
あの日、海賊ギドは敵母艦と共に蒸発したはずだった。それがどうしたことだろう。蒸発したはずの俺は今、再び古代船ポタモヘドロンを駆っている。
ブラックホールエンジンを暴走させたあの時、何かが起きた。それが具体的になんなのかは学者でない俺にはわからないが、現実として今がある。
俺たちは今日から天を翔る。地上の民が乗り回すには行き過ぎた星の民がもたらした船で、好きなところに行き、好きに暮らす。
混沌の竜にして正体不明の古代船ポタモトリゴンと共に、再び宇宙海賊の魂をこの胸に宿して。
「よしよし……」
「うっ!? ガ、ガキ扱いすんじゃねーって言ってんだろ……っ!!」
「嬉しそう」
「う……うるせぇ!! 嬉しくなんてねぇ!!」
今は至急、誰かと家族になる方法を知りたい。海賊ギドが手に入れることができなかったものがそこにあった。




