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・アムとリタと混沌の竜と613号

 チクチクとする草むらの上で眠ったはずなのに、目を覚ますとキッドは粗末なベッドの上にいた。


「こ、ここは……っ」


 捕まってしまったのかと俺も焦った。しかしどうもそういった感じではない。ベッドサイドには麦藁を使った素朴な人形が置かれていた。


「あれ……ポタモは……?」


 自分の竜の姿がない。不安になって寝室を出て、居間らしい散らかった部屋を抜けて、夕暮れを迎えた外に出た。その家の軒先は広い麦畑になっていた。


「よかった、意識が戻ったのですね。おはようございます」


 若い娘がキッドに気付いて駆けてきた。長らく施設に閉じ込められ、小柄になる薬を盛られてきたキッドから見ると、その女性は頭一つ分も大きかった。


 美しいプラチナブロンドに、金と碧のオッドアイという特長も相当に珍しいものだ。胸も大きい。年齢は自分と同じくらいの18歳前後に見えた。


「お、俺の竜は……?」


「竜、ですか?」


「俺のそばに小さな竜がいなかったか……?」


「見てませんよ。貴方、森で倒れていたんです」


 女性の笑顔にキッドは後ずさった。行方不明のポタモが心配でキッドは辺りを見回した。黒い竜はどこにもいなかった。不安に足がもつれた。


「だ、大丈夫……!?」


「探さなきゃ……」


 涙を浮かべて出て行こうとするキッドを女性は抱き止めた。


「もう遅いですから、探すなら夜を明かしてからにしましょう?」


「生まれたばかりなんだ! 俺がそばにいないといけないんだ!」


 そうしたいところだったが、身体も精神も限界だった。人間は三日もまともに食べずにいると死にかける。


「見た、黒い竜」


「え、本当!? え……っ」


 声に振り返ると金と碧のオッドアイにシルバーブロンドの女性が二人に増えていた。どう見ても双子の片割れだった。


「竜は強い、心配いらない」


「少し早いけどご飯にしましょ。大丈夫、ここの人たちは外の人にみんなやさしいから」


「ボクはリタ」


「私はアムです」


 ここに居ても大丈夫。そう保証されると力が抜けてきてしまった。竜が心配でたまらなかったが限界だった。


 そこは村とは呼べないほどに小さな村落だった。外の世界で暮らせなくなったはぐれ者たちが集まる隠れ里だった。


 塩と麦のかゆと干し果実をもらうと気持ちが落ち着いた。

 リタの話によると、自分たちがキッドを保護すると竜は森の奥に消えてしまったという。


 その話から自分はこう思った。混沌の竜は事情を察して自ら姿を消したのだと。



 ・



 翌朝、キッドはポタモを探しに森に入った。村に身を隠せば自分だけはやり過ごせるだろうに、竜の名を呼んで森をさまよった。


 彼は村に残る気などなかった。自分にやさしくしてくれたリタとアムのためにも、混沌の竜を連れてどこかへ身を隠すつもりだった。


「見つからなかった?」


「うん……」


「心配いらない……。明日は見つかる。泣かないで……」


「な、泣いてなんかいねぇ!!」


「いい子、いい子……」


「ガキ扱い、すんな……すんなよ……」


 一日目は空振りだった。姉妹はなんの手伝いもしていないというのにキッドに朝と夜の食事を出してくれた。

 キッドは彼女らのやさしさに戸惑った。今日まで彼にやさしくしてくれた人なんていなかった。甘え方すらキッドは知らなかった。


「手伝い? それは後でいいから竜を探してあげて下さい。私たちも他人事とは思えないのです」


「家族、失うの、つらい……」


 二日目も、三日目も空振りだった。リタとアムへの感謝の気持ちが日に日に膨らみ、四日目の午前は畑仕事を手伝った。

 ところがそこに村の男がやってきた。男が姉妹に耳打ちをすると、姉妹の顔色が暗くなった。


「見つかったって」


「案内します。でも、その前に……」


 姉妹はキッドを前後からやさしく包み込んでくれた。放心状態のキッドの手を引いて、たった一匹の家族の元に連れて行ってくれた。


 森の湖の前に一匹の黒い竜が横たわっていた。竜は見違えるほどに大きく成長していて一見は子竜には見えなかった。


 だがキッドにはわかった。全身を槍に貫かれたその亡骸が、己の分身であるポタモトリゴンであることが。


「これからは、ボクたちと暮らそ」


「理不尽に家族を失う痛みは私たちもよく知っています。遠慮は要りません、私たちの家にきて下さい」


 キッドは何も答えなかった。冷たくなった竜の亡骸に寄り添い、そこで人生を終えようと彼は心に決めた。


「ポタモ……?」


 ところがその竜の亡骸は質量を失った。霧のように拡散して、混沌の竜だった者は一つの黒い鍵となった。


「なんでしょう、とてつもない魔力を感じます」


「帰ろ」


 鍵への好奇心がキッドを立ち上がらせた。鍵を手にしたキッドは姉妹と共に村へと帰ろうとした。


「やっぱり現れたな、613号」


 ところが帰り道を飛竜乗りの集団がふさいだ。かくなる上は致し方ない。キッドは彼らの前に歩み出て両手を広げた。


「さっさと竜使いの務めを果たせばいいさ……。だが言っておくぜ、この姉妹に危害を加えたら、呪って出てやる……」


「悪いがそうはいかないらしいぜ」


「関係ないだろうっ、ここの人たちはっっ!!」


「ここのやつらは税金を納めてない。つまり人間じゃないんだってさ」


 竜使いたちがリタとアムにジャベリンを向けた。しかし姉妹は逃げなかった。キッドの前に飛び込んで姉は杖を、妹は剣を抜いた。


「リタ、アム、どうして……」


「ボクたちは逃げない」


「もう逃げ出した後ですもの、逃げる場所なんて他にないのです!」


「逃げて、キッド」


 尊き無償の保護。それは竜使いたちのしゃくに障った。誰も助けてくれなかったのに、どうしてコイツばかり無条件で保護されるのだと、激しい怒りが燃え上がった。


「殺処分だ!! 皆殺しにしろ!!」


 竜騎士たちは舞い上がるとジャベリンを放った。全包囲からの一斉投擲の前に逃げ場はなかった。


「アム、リタ……」


 絶命する恩人二人を前にキッドの命の炎もまた燃え尽きていった。



 ・



 人生ってやつは――


「613号、報告せよ」


「けっ……」


「報告せよ、613号! 孵化の兆候は!?」


「知らねぇよ、卵から孵るのが幸せとは限らねぇだろがよ」


「……ほぅ。貴様らにしては面白いことを言う。兆候があれば報告するように」


 どうして、欲しいと願った物だけ手に入らないのだろう。クソったれな人生の後には、クソったれな人生が待っていた。


「どうなってんだ……? なんで、これがここにある……」


 俺はまた親に売られて施設に入れられていた。ポタモの亡骸が変化した黒い鍵を握って。俺はこの鍵の正体をよく知っていた。


「613号、報告せよ」


「まだ殻から出てくる気はないらしい」


「そうか」


「いっそ産まれない方がいい」


 この卵が孵れば混沌の竜が産まれる。そうしたら俺はまたここを脱走してリタとアムを巻き込む。だから産まれない方がいい。


 しかし死ぬには一度産まれる必要があるようだ。10年がけの卵に小さなヒビが走り、本心では心より誕生を待っていた黒い飛竜が現れた。


「よぅ、ポタモ」


 金の目をのぞけば全てが漆黒の体毛におおわれた、禍々しい気配に包まれた不吉な竜、ポタモトリゴンだった。


「キ……ッド……」


「産まれちまったもんはしょうがねぇ、今度はマシになるようやり直してみるか?」


「キッド……」


「そうだ、俺がキッドだ! お前はポタモ、ポタモトリゴンだ!」


 もう二度と目を離さない。なんでループしているのか知らないが、今度こそこの子を幸せにする。


「よう613号、遊びにきてや――なっ、ソ、ソイツ……!!」


「よぅ、待ってたぜ」


「まさか、ソイツ、混――ガァッッ?!!」


 俺はまたポタモと一緒に施設を脱走した。黒い鍵を握り締め、追っ手をかわして逃げ続けた。

 その黒い鍵は勝利の鍵だ。ポタモがこれを託してくれた時は意味がわからなかったが、今ならばこれの使い道がわかる。


 リタとアムが俺を拾ってくれたあの森に運命を覆す鍵穴がある。


「ポタモトリゴン」


「ギャゥ……キッド……?」


「なんでこれがここにある?」


「ガゥ……?」


 森の奥で俺たちは再び、黒い流線型をした塊を見つけた。あの時は疲れ果て、ポタモとキッドを逃がすので必死でそれと気付かなかったが今ならわかる。


「再起動せよ、ポタモトリゴン。もう一度この海賊ギドに力を貸してくれ。俺はお前らを、今度こそ幸せにしなきゃいけねぇんだ!!」


 その鍵の原理を俺は知らない。とにかくその鍵があれば古代船ポタモトリゴンのハッチが開く。

 俺たちの目の前で、あの日消し飛んだはずの古代船のハッチが音を立てて開かれていった。


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