・海賊公の狂竜ギド
SFの皮を被ったファンタジーの皮を被ったSFを始めました。
SF好きもファンタジー好きもおねショタ好きも楽しめる趣味の一作になっています。
最序盤が暗く露悪的なので、3話目まで読んでもらえると反撃のカタルシスが得られます。
全ては海賊公爵バンドゥ・カークにこの船を任された日に始まった。細かな因果関係は全くわからないし理解りたいとも思わないが、とにかくこの異常事態はこの船に原因があるとしか思えなかった。
「この船を駆れるのは貴様しかいねぇ。本国の連中に見せつけてやってこい、ギド」
「はぁ、気乗りしねぇな……。なんで俺がとろい移民船団の子守なんかしなきゃいけねーんだよ……?」
「この黒い怪物を最高の値段で売り付けるためだ。最高のポテンシャルを見せつけるには、最高のバカ野郎がいる。任せたぜ、ギド」
この星の公転周期で約500年前、俺は星の世界でギドと呼ばれていた。所属は赤の公爵騎士団。育て親の海賊公爵に忠誠を誓う一介の戦闘機乗りだった。
「恨むぜ、叔父貴……」
他でもない海賊公の命令に従い、俺は正体不明の黒い重戦闘機で移民船団の護衛任務を務めた。50万の人民を連れての大移民はあまりにも鈍足で、連日あくびが出るほどにかったるい仕事だった。
「こんな動力炉は見たことがない。分解させてもらえないものかな」
「こ、こんな物をうちの格納庫に置くなんて正気か!? いつ吹っ飛んでもおかしくないぞ!!」
今でもガキだが、もっとガキの頃は俺も整備士の手伝いをしていた。その経験から言わせてもらうと、この黒い重戦闘機は確かにヤバい。最悪はこの空母ごと吹っ飛んでも何もおかしくなかった。
「んなもん気にしてたら宇宙海賊なんてつとまんねぇよ」
「損傷したブラックホールエンジンかもしれないんだぞ!!」
「ハハハッ、なら今からオメーだけ避難しろよ」
海賊公の目論見は成功した。噂が噂を呼び、本国の注目がこの黒い船に集まった。
しかし法外な値段で国に[たまたま拾った古代船]を売り付けるという計画の方は、結局のところ大失敗で終わった。
ある日、着任より宇宙時間で50日ほどが経った頃、移民船団が敵の襲撃を受けた。敵は俺たち人間をゴチソウとしか考えていないヤバい虫型知的生命体で、やつらからすれば移民船団は空飛ぶ弁当箱だった。
降伏すれば喰われる。しなくとも喰われる。植民予定の星まで後半月。この襲撃さえ撃退すれば安住の地にたどり着ける。
一つ、また一つと移民船が拿捕されてゆく中、黒い船と海賊ギドは星界を駆けた。星の数ほどの敵船を撃ち落とし、まだ無事な移民船のために突破口を切り開いた。
「通信士、海賊ギドより海賊公バンドゥ・カークへの遺言を残す」
異常な機動性。慣性を無視した旋回力。出力無限のエンジン。その船は単独で空母すら余裕で動かせる、戦闘機に乗せるべきではない動力炉を積んでいた。
「あばよ、パパ。愛してたぜ」
なぜその時、あんな行動を取ったのか今でもわからない。とにかくそうすれば、人喰いのクソ外道どもに地獄を見せれてやれる。
4歳で海賊に拾われ、12歳で戦闘機を乗り回して宇宙を荒らしていた俺が自己犠牲だなんて、ちゃんちゃらおかしな話だ。
「いくぜ、虫けらども!! 地獄に付き合え古代船ポタモトリゴン!!」
戦艦の主砲よりも遙かに危険な物がそこにあった。空母ごと周囲の移民船を吹っ飛ばしてもおかしくない動力炉をこの船は搭載していた。
やると決めれば事は一瞬だった。被弾覚悟で乱れた敵防衛網を突破し、敵母艦の姿を見つけるや否や、船のリミッターを外して動力炉の出力を最大にした。
敵から通信が入ったが何を言ってるのかわからない。『止めろ』とでも言っているのかもしれないが、どっちにしろもはや手遅れだ。
「ハハハハハッッ、ざまぁ見ろバーカッッ!!」
宇宙海賊ギドの人生はそこで終わった。暴走したブラックホールエンジンは敵母艦ごと周囲全ての物を分子レベルまで分解させた。
悔いはないと言うと嘘になるが、戦闘機乗りとして最高の最期と迎えられたと思っている。
とにかく黒い船は分子も残さずに消滅し、移民船団は遙かな新天地にたどり着いた。めでたし、めでたし。
願わくば次の人生では、本当の両親の元で育ち、やがて誰かと結婚して、自分の子供を持ちたいものだった。
・
人生ってやつは――
「613号、報告せよ」
「問題ねぇ」
「孵化の兆候は?」
「知らねぇよ、多分そろそろだろ」
「そうか。何かあれば逐一報告するように」
どうして、欲しいと願った物だけ手に入らないのだろう。新しい人生が始まってしばらくすると、俺は親に売られていた。
親にはキッドと呼ばれていたが、この施設の大人たちは番号でしか名前を呼ばない。
「お前の卵、腐ってるんじゃねーの?」
「もし腐ってたら殺処分だな」
「ま、生かしてもらえるわけがないな」
名前で呼べば情が移るからだ。
「うっせーよ、話しかけてくんな」
この施設の子供たちは飛竜の卵を任される。ここは飛竜と飛竜乗りを工業的に育てる施設だ。
飛竜は一人の主人しか持とうとしない。だから飛竜に付随するパーツとして、国に買われた子供が卵と心を通わせる。
「気持ち悪いんだよ、お前」
「見下した目で見やがって……」
「おいそっち持て、いつものやつやろーぜ」
まともな環境じゃない。子供たちの心もねじくれ曲がる。飛竜との感応性を高めるために魔術による改造を施され、背も体重も小さくなるように薬を飲まされる。
そんな閉じた社会で、卵が孵らない惨めな飛竜乗りはイジメの標的だった。だがキッドは殴られ蹴られても孤高を貫いた。
彼は確信していた。自分が育てる卵は特別な卵なのだと。卵から伝わってくる強い意思がキッドを励ましてくれた。
俺もキッドに何か言葉を投げかけてやりたかった。だが彼の前世である俺の言葉は、上手く彼に届かないようだ。
「力を合わせて出世して、いつの日かあいつらにやり返そう。俺たちにはその力がある。そうだろ……?」
未来を信じて彼は卵を温めた。殺処分に震えながらも彼は負けずに卵を励ました。3年で卵が孵る者もいれば、ダブりにダブり続ける者もいた。
「613号、報告せよ」
「多分、今日孵化する……」
「そうか、ならば明日また報告を聞こう」
「信じろよ! 今日こそ今日なんだよ!」
与えられた狭く無機質な個室で彼は卵を励まし、温めた。やがて10年がけの卵に小さなヒビが走り、待ちに待った飛竜が誕生した。
「これが、俺の……。いや、だけど……これは……」
その竜は漆黒の竜だった。金の目をのぞけば全てが漆黒の体毛におおわれた、禍々しい気配に包まれた不吉な竜だった。
「お、俺の竜……」
キッド少年は悟った。この子を施設の職員に見せてはならない、と。
「キ……ッド……」
「な……っ、もう言葉がわかるのか、お前……?」
「キッド……」
「そうだ、俺がキッドだ! お前はポタモ、ポタモトリゴンだ!」
「ポタ……モ」
名前を呼んでくれる者などこの施設にはいなかった。だがこの黒い竜は違う。生まれたばかりの純粋な目でこちらを見て、親に甘えたがる。
「そういえば職員が言っていた……。黒い竜は、混沌の竜だって……」
「ギュルル……?」
「まずい……このままじゃ、コイツは……」
混沌の竜は世界に滅びをもたらす竜だという。そんな竜をもし生かしたら、世に災いをまき散らすことになるかもしれない。
しかしその竜はキッドがこの施設に入ってから十年間、心を通わせてきたたった一人の家族だ。
「ポタ……モ……」
「悪ぃ、不安にさせたか? ポタモ、産まれてきてくれてありがとう」
竜だけではない。混沌の竜と心を通わせた彼自身も不吉の象徴そのものとなるだろう。ポタモを差し出したところで待っているのは殺処分だけだ。
「よう613号、遊びにきてや――なっ、ソ、ソイツ……!!」
「見たな……?」
「まさか、ソイツ、混沌の――ンガァァッッ?!!」
自分の竜を守るためならなんだってできた。逆らうことができなかったイジメっ子に飛び付き、髪をつかんで膝蹴りを顔面に叩き込んでいた。
……まあ、ほとんど俺がやったんだが。
「体が勝手に動く……。お、俺、どうなってるんだ……」
鼻血まみれの同窓を拘束して服を奪った。彼は施設の職員に信頼されているようで、食堂に続く鍵を持っていた。
「お、お前……殺されるぜ……」
「だからどうした。死が怖くて――」
死が怖くて宇宙海賊をやってられるか、だ。
俺とキッドは相手の口をふさぐと、訓練生として認められた紺色の服を着込み、食堂に忍び込んだ。
「ギュ、ギュル……。キッ……ド……」
「少しだけの我慢だ。上手くいけばここを出られる。お前が本当に混沌の竜だったとしても、俺だけはお前を守る」
食堂の先の調理場には、生ゴミや残飯を外に運ぶ大きなゴミ箱がある。キッドはそのゴミ箱の中に竜を抱えて隠れた。
とても気持ちのいい場所ではなかったが、胸の中の家族が殺されるよりはずっとよかった。
やがてゴミ箱ごとキッドは施設の外に捨てられた。人の気配がしなくなってから、腐った臭いのするゴミ捨て場からキッドは身を起こす。
その胸に不安はなかった。どんな手を使ってでもこの子を守り抜こうと、彼は捨てられていた袋に竜を隠してさらに遠くへ逃げた。
「613号! いるのはわかっているんだぞ、姿を現せ!」
「ソイツを生かして差し出したらお前は生かしてくれるってよ! 早く出てこい!」
「絶対に逃がすなよ……アイツの竜が本当に混沌の竜だったら……いつか、復讐される……」
普通の子供だったらすぐに捕まっていただろう。だがキッドには俺がいた。ヘマをやらかしかけたら俺が止め、必要とあらば俺が代わりに奇襲をしかけた。
逃げても逃げても追っ手は諦めなかった。辺境の森に逃げ込んでも執拗な追跡が続いた。
「キッド……」
「大丈夫、心配いらない。お前は俺が守るから」
「ギュル……ポタモ……」
「どこか安全な場所を見つけて二人で暮らそうぜ。俺たちは家族なんだからよ」
キッドの言葉は海賊ギドの胸にしみた。二度目の人生であるキッドに、俺が手に入れることができなかったものを与えてやりたい。
「ところでこれ、なんだろうな……」
「ギュルル!」
「へっ、何言ってんのかわかんねーよ」
森の奥で奇妙な人工物を見つけた。流線型をした黒く巨大な物が地面に埋まっていた。
「ぁぁ……さすがに疲れた……。少し休むから、お前見張っててくれるか……? ちょっとだけでいいからよ……」
肉体の限界だった。代わりに俺が起きていてやりたかったがそんな器用なことはできない。彼の意識が落ちると、俺の意識もまた失われていた。
ポタモトリゴン。あの黒い古代船と同じ名を持つ竜を胸に抱いて。




