・誰にでも裏の顔がある。誰にでも
王都ケイロスでの取引ではまあ足下を見られた。というのもリタとアムにとってこの町は鬼門で、奴隷として自分たちが暮らしていたコンスウェルご主人様の住まいがそこにあったからだ。
「この船の全武装フルブッパであの屋敷吹っ飛ばしてやろうか?」
「ダメ」
最高の提案だと思ったのにかなり強めの言葉でリタに止められた。
「なんでだよ。ならご主人様だけぶっ殺すってのはどうだ?」
「前に言ったではないですか。奴隷として主人に尽くす以外の生き方ができない人も多いのです。その人たち全員の面倒をキッドが持つと言うのなら、私も――」
「わかったわかったっ、わかったよ! つまんねぇな……」
殺されて当然のことをしたやつがそこにいるというのに、殺すと不幸が広がるから止めろと言う。納得がいかない。
奴隷を買ったクソ外道をなぜ許さなければならない? リタとアムを汚したクソ野郎をこの世から消滅させて何が悪い? いや何も悪くない! 買ったやつだって悪い!
「リリアは好きだよ、キッドくんの悪い子なところも」
「へっ、わかってんじゃねぇか。んじゃ腹いせに、庭のあの腹の出た彫像を吹っ飛ばしてやるか!」
「ダメだよ、キッドくん」
「なんでだよぉっ!?」
リリアにまで否定された俺は不満たらたらで搭乗者たちをシートに座らせた。
「えへへ……キッドくんの膝、パパよりちっちゃい」
「ポールさんがでけーんだよ……。待ってろよ、近いうちにパパに会わせてやるからよ」
「見て見てお姉ちゃん! キッドくんが赤くなってる!」
「黙ってろ舌噛むぞ、お前ら!」
とにかくリリアを後ろから抱いて船を発進させた。彼我の距離が確定しているので、ジャスト15:00に到着するように速度を調整した。
ちなみに物価の高い王都で仕入れる物はなかったので船倉は空だ。次の取引のためにアムは相場のメモに忙しかったようだ。
「わぁぁぁーっ、海の上を飛んでるぅ!!」
「リリアは海に出たことはねぇのか?」
「ないよっ、だって禁止だもん」
「ああ、そういや鎖国してたな……」
アムがカメラで船や海洋生物をズームアップすると船内に歓声が上がった。正しくはイルカと呼ばれる小型のクジラや、羽根の生えた魚が海面を飛ぶのを見た。
人類の母星・地球の生き物を星に放つのもテラフォーミングの一環だと、どこかで聞いた覚えがある。
「コイツがこの船の主砲にあたる陽子投射砲だ。ただよっぽどのことでもない限り使いたかねぇ……」
「ふぅん、強いの?」
「ああ、レーザータレットがオモチャに見えるくらいにな」
当たりさえすれば駆逐艦クラスも数発でドカンだ。迎撃されずに当たりさえすれば。
「楽しそう。撃っちゃダメ……?」
「だから言ってるだろ、この船は星の世界で飛ぶために作られたんだよ。地上じゃ放熱が間に合わねぇんだ」
リタにレーザータレットと副砲のパルスレーザーガンの手動操作方法を教えた。アムがオペレーターとしての仕事を覚えてゆくのを見て、対抗心が燃え上がったそうだった。
「うずうず……」
「撃つな、絶対撃つな」
「振り?」
「放熱で旅の予定が狂うって言ってんだよ!」
リタが自制してくれたおかげで、船は予定通りの15:00に対岸のサンタ・ケルテ港に到着した。ここで交易品の仕入れもするが、主な目的はそちらではなかった。
「何を仕入れるの!?」
「色々です。リリアちゃんも手伝ってくれますか?」
「行く! 商売のノウハウ、教えて!」
「ポール様には及びませんが喜んで。キッド、リタ、そちらはお願いします」
アムには表の仕事とリリアの面倒を任せた。そこには前回困らされた免税書の購入も含む。
リタと俺は裏の仕事だ。これからアムがこちらの市場で見かけたという呪いの触媒を買いに行く。
人気のない港の端にみんなで降下して、港を出たところで別行動となった。
「ごめんね、ボクたちのために」
「今さらだろ」
「相手がキッドみたいな悪い子じゃなかったら、巻き込めなかった」
「子を付けるな、俺はガキじゃない」
リタとサンタ・ケルテの市場を回った。アムは港側の市場で見たというが、もう一ヶ月も前の話だ。
「ない……」
「丘の方の市場も見よう」
「なくてもいいけど」
「ん、そうなのか?」
「呪いがこっちに返ってくる可能性が、3割くらいになるだけ」
「シャレになってねーぞ、それ……。絶対見つけようぜ」
港から反対側の丘へと上がって、そこにある陸地側の者たち向けの市場を回った。
「うーん……これだと、2割くらいで跳ね返る。ま、いっか……」
「よくねぇよ」
まじない道具を扱う店に触媒が売っていた。それは原材料不明の妙な粉末や石の欠片で、どれもこれもえらく高かった。
それで目当ての触媒はというと、こちらの市場でも売り切れてしまっていた。
「一端仕切り直すか。椋鳥のサエズリでアムたちと合流しようぜ」
「うん、2割くらいなら、許容範囲」
「バカ言ってんじゃねーよ」
「死にはしない」
「そういう問題じゃねぇ」
丘を下っていつか訪れたあの路地裏を訪れた。椋鳥のサエズリは相変わらず堂々と通路を不法占拠して営業していた。
「おやアンタたち! またサンタ・ケルテにきてくれたのかい!」
「アムはまだきてないか? ここで夕飯にする約束だったんだが」
「そうかいそうかい、まあ座りなよ。アンタはタコのマリネだね?」
「お、おぅ……」
まだみたいなので軽いやつとドリンクを注文して待たせてもらった。もうじき近隣の商売女たちが起き出して、ここで食事をして仕事に行くと店主は言った。
ここの店主は情報通だ。リタと相談して目当ての触媒について聞いてみることにした。
「[雷獣の髭ね]……」
「丘の方まで行ったが売り切れてたんだ。どうにか手には入らねぇか?」
聞くと妖艶な店主が暗い微笑を浮かべた。何か知っているのだろうか。
「誰を呪い殺すんだい……? 話次第じゃ知り合いに話を付けてやってもいいよ」
俺たちが探していた物はどうもそういうブツらしい。怪しい店主は呪いにも詳しかった。
「親の敵。アヴァロニア人。行方がわかったの。今は、別の国で将校、してる」
「アンタが探してた例の男かい」
「そう」
「相当の外道らしいね、その男」
その返しにリタが俺には見せない顔をした。それは猜疑心に包まれた復讐を望む女の顔だ。少なくとも無条件で男の子を保護してくれるような女性の顔ではなかった。
「雷獣の髭、手配できなくもないよ」
「……ありがたい。でも、条件は……?」
「話が早いね。そうさね、アンタたちを見込んで、これからある国の3つの主要都市の評価をしてきてほしいね」
「評価? 何か情報を仕入れてこいってことか?」
どちらにしろただの飯屋の要求ではない。彼女にはどうも裏があるようだった。
「ゴルディ・サンクタムに行くんだろう? あの国の体制がどれだけ安定しているか、レポートにまとめると約束するなら、今夜中に手配するよ」
「鎖国してる国に入り込めだって? 無茶を言うなよ」
「たぶん、アンタたちにはできるはずさ」
なぜそれがわかる。この女、何者だ。なぜ行き先を知っている。俺はリタと並んで店主の顔を無表情で眺めた。わかるはずがない。俺たちが宇宙船を持っているだなんて。
可能性があるとすれば、以前リタが話したオルブリスの名からサンクタムに行くと推理したのだろうか……?
「アンタたちがここを去ったあの日、港に停泊していた2つの貿易船が沈んだ。どっちの船主もサンタ・ケルテの嫌われ者さ」
「知らない話だな」
「嘘をお言い。片方はアンタたちの取引相手だったろう?」
「ふーん、それで俺たちに疑いの目を送ったというわけか」
証拠はない。しらばっくれれば片付く話だ。通報されたところでこちらには最強の船ポタモトリゴンがある。港を焼き払うなんて簡単なことだ。
短期にも剣に手をかけようとするリタを止めた。
「妙だと思ってね、港の出航記録を確認させたんだ。アム、リタ、キッド。アンタたちの名前はどこにもなかった」
「そりゃ不思議な話だな」
「だというのにアンタたちは海を越えて貿易をしている。どうせ今回も港には留めてないんだろう? 今から調べさせることもできるんだよ」
参った。なかなか鋭く手強い人だ。路地裏をこうして堂々と占拠するくらいだ、この町の有力者にも顔が利くのだろう。
「わかった、そちらの条件を飲もう」
「キッドッ!」
「俺に任せとけ。こういうのはお前らより慣れている」
この条件は俺たちに損はない。さほどの悪条件というほどでもない。彼女は鎖国をする海の向こうの国の情勢が知りたいだけだ。
「はぁ、嫌われちまったね。すぐに手配させるからそんなに睨まないでおくれよ」
「得体の知れない相手を警戒するのは当然だろ」
「ああ、そういえば名乗ってなかったね。あたしはジキタリス、今後ともよろしくね、坊やにお嬢さん」
ジキタリスは美しい花を咲かせる毒草。そんな名前を子に付ける親はいない。隠す気のない偽名だった。
「アンタにも裏の顔があったんだな。少しガッカリだ」
「お互い様だろう?」
「俺たちはただの交易商人だ」
「そう、キッドは遺産を受け継いだお坊ちゃんで、アムとボクはその子守り。新しいご主人様はボクたちにやさしいの」
その不名誉な設定をこれからも俺は続けていかなければならないらしい。吐いた嘘を嘘と認めない限り。
「お坊ちゃんの顔色がよくないね。クククッ、どうしたんだい?」
「俺はガキじゃねぇっ、とっくに大人だっての!!」
「ハッハッハッ、ガキはみんなそう言うんだよ!」
ガキ同然の貧相な体格の少年は、路地裏のおばさんに大声で笑い飛ばされた。
さらにほどなくして商売女が店に集まってくると、少年はますますの子供扱いを受けることになったのだった……。




