・真夜中のメンテ、リタの告白
リタとアムが大喧嘩したあの日の晩、出航に向けて船のメンテナンスをしているとリタが動力室に現れた。
リタはメンテをする俺を見て『すごい、わかるの?』と言うので俺は『9割わからん』と答えた。
大型宇宙港の整備ドックで部下をどやしたてている整備長だって、船の仕組みを完全には理解しちゃいない。レーザー兵器1門にしたって、量子学、材料工学、電脳工学の高度な知識が要る。
だからこの船にはあまり無理をさせたくない。一度壊れたらどのパーツも俺には恐らく直せない。海賊ギドが幼い頃に師事した整備士も『調子の悪いパーツを引っこ抜いて奪ったパーツに置き換えるのがワシらの仕事だ』と言っていた。
海賊ギドが生きていた時代はそういう時代だ。技術があまりに高度に発展し過ぎたあまりに自力のメンテナンスが不可能になった世界がかつてあった。
「キッド……あ、あのね……。ボクとアムは……」
整備が一段落するとリタが口を開いた。彼女の用件はつまるところの昔話だった。
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昔々、今からほんの5年ほど前の少し昔、アムとリタは両親や仲間たちと旅をしていた。
呪われた種族と呼ばれ、その特徴的な姿もあって迫害され続けてきた彼らタマハラ族は力を合わせて貿易をしていた。定住すれば迫害を受けるため、旅から旅への流浪の暮らしをするのが当たり前の厳しい毎日だったそうだ。
アムとリタにはジェイという従兄弟がいた。その姉のスクアは美しく、過酷な旅暮らしに泣き言を上げる姉妹をいつも慰めてくれた。
決して幸せではなかったとリタは言う。よろけるほどに重い荷物を背負い、坂では荷馬車を押し、寒い夜は凍えて過ごす悲惨な生活だった。だがどこに行っても迫害される自分たちには他の生活を選ぶこともできなかった。
そんな流浪な商人たちの身に悲劇が起きた。シルクシティを離れて2日目。ある林道を進んでいると、オルブリスが率いる盗賊の一団の襲撃を受けた。
多勢に無勢、真っ先に剣士だったジェイの父親が斬られた。帯刀している者、売り物にならない中年以上の男女も抵抗空しく問答無用で斬り殺された。
アムとリタとジェイはスクアに連れられて森の奥に逃げた。しかし盗賊が最も値の張る子供や美しい女を逃がすはずがない。やがて追っ手の盗賊に囲まれることになった。
「この子たちを狙うというなら私が相手よ!」
囲まれてもスクアは剣を下げなかった。
「探してたぜぇスクアちゃん!」
「な、なぜ私の名前を……っ」
「オルブリスは手を出すなって言ってたけどよぉ、少しくらい味見したってバレやしねぇよなぁ!!」
スクアはリタの憧れだった。舐めてかかった盗賊の首を一刀ではねるくらいには優秀な剣士だった。
「よくも俺の兄貴をっっ!!」
「今よ、逃げてみんなっ!!」
子供たちは逃げた。だがジェイが足を滑らせて逃走に手間取った。スクアは大切な弟や妹同然の子供たちを逃がすために獅子奮闘した。
「逃げて……ジェイ……」
結果、スクアは背中を斬られて命を落とした。それを見てジェイは発狂し、危険な街道の方角へと走り出した。
アムとリタはその後ろ姿を追えなった。追えば自分たちも捕まることになるからだ。捕まったらどうなるかも両親に教わっていた。
「この無能どもが……」
ところがそこに双頭の蛇のタトゥーを刻んだ、アヴァロニア人――盗賊オルブリスが現れた。
「はっ、オ、オルブルスッッ?!」
「ち、違うんだ、これは……っっ!」
その男は盗賊だというのに整った身なりをしていた。精悍でたくましく、極めて高慢な顔立ちの恐ろしい男だった。
「騒がしく……無知で……口を開けば低俗なスラングまみれ口の臭いゴミクズどもめがっっ!! この女はもう買い手が決まっていたんだぞっっ!!」
オルブリスは銀色に輝くひときわ長い剣を抜いた。怒りを買ってしまった配下たちはオルブリスに剣を向けるも、その刀身は相手の剣の半分もなかった。
「待ってくれオルブリスッッ、コイツ、俺の兄貴を――」
「アッ、アアアアアーッッ?!!」
オルブリスは役立たずな配下を皆殺しにした。リタとアムはその争いの隙を突いて逃げ出した。
「教育のキの字も受けていないクソどもが!! おい、待てそこのガキども!!」
その傲慢にして無慈悲な男は配下の遺体に剣を刺して当たり散らすと、アムとリタを追いかけた。
「貴様らももう売約済みなんだよ!! ハハハハッ、貴様らのご主人様はやさしい人だぞ、幸運だったなぁぁ……っ!!」
リタとアムはあえなく盗賊オルブリスに捕まった。一方で明後日の方角に逃げ出したジェイは、たまたまそこに通りがかった別のキャラバンに保護されることになった。
リタとアムの過去はあまりに過酷だった。二人には復讐の権利があった。全てを語り終えるとやっと、リタはやさしくて自然体のお姉さんに戻ってくれた。
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「奴隷時代の方が生活は楽だった。良くも悪くもボクたちはご主人様のお気に入りだった。でも、アイツへの恨みを忘れた日なんて、一度もない」
リタの気持ちがよくわかった。だからあの時リタはアムに怒った。アムに裏切られた気持ちになった。過去と蹴りを付けない限り本当の平穏は訪れないというのに、アムは復讐から逃げようとした。
不思議なことだがアムからは盗賊オルブリスへの憎悪を強く感じなかった。アムを突き動かしているのは病的な憎悪ではなく、家族と仲間の無念を晴らさなければならないという義務感からくる何かだった。
「ジェイが生きててよかったな」
「うん……」
ジェイに嫉妬していた自分がバカらしくなった。リタとアムからすれば、ジェイは守ることができなかった失われたはずの弟だった。
「お返しに俺も一つ秘密を教えてやる。実は俺――星の世界からきたんだ」
「知ってる。キッドはボクたちの天使様だから」
「いやそういう意味じゃなくてよ、空の向こうには宇宙ってのがあってよ、そこでは俺はギドって名前の宇宙海賊だったんだよ。前世では」
誓って民間人の殺しはやっていない。俺たちは本国に私掠を許された私掠海賊だ。奪うのは積み荷と船だけで、船主たちも保険制度によって保護されている。
「男の子の妄想力、すごい」
「信じろよ、おいっ!?」
「胸くそ悪い話、聞いてくれてありがとう。これでキッドも、心おきなく、オルブリスを倒せるね……」
「おう、取ろうぜ、スクア姉さんの仇を」
「うん……っ」
何に感激したのやらまたお姉さんに抱き付かれた。こっちは頭一つ分も小さいのだから、抱き付き方に配慮をもってもらいたい。
しかし今夜ばかりは『離れろ』ともいつもの調子で言えなかった。少しでも慰めになるように短い腕をリタの背中に回した。
「ありがとう、ごめんね……」
「さっさと寝ろ」
その晩は妙に静かなリタをジェイとその親族が暮らす家に送り届けて、俺もリリアと婆さんが眠る家に帰った。
そしてその3日後の朝、俺たちは船倉に大理石とモンスターの角や爪を積んで光臨の丘を発った。
目指すは海の彼方の港町サンタ・ケルテ。いやその前に金持ちが集まるアヴァロニア王国王都ケイロスに立ち寄って積み荷をさばく予定だった。




