・安寧と復讐 - アムは安寧を望む -
リリアは己とタマハラ族との間に壁を作らなかった。自分から彼らに話しかけにいって、何かをしてもらったら素直に感謝の言葉を伝えて、そこから逃げ出さずにおしゃべりを楽しめる出来たお子様だった。
比べて俺はなんて臆病なのだろう。拒絶が怖ろしくてすぐに人前から逃げ出す悪い癖を持っていた。リリアの方がよっぽど俺より大人だった。あれだけつらい目に遭ったというのにリリアは人を信じていた。
「ようジェイ、運ぶのはどの石材からだ?」
「おお、キッド様! わざわざ我らのためにきて下さるとはなんたるおやさしさ! やはり貴方こそ我らの天使に違いありません!」
リリアを見習って俺も里の民に歩み寄る勇気を持った。しばらくの四苦八苦が続いたが、今ではアムとリタの従兄弟のジェイとそれなりに打ち解けられている。
「おべっかは要らねーからとにかく指示をくれ。こんなん人力で里まで運んでたら腰いわすぞ」
「はっ、ではこちらを石工のところまでお願いいたします」
「あいよ、任せときな」
ジェイは働き者のいいやつだ。昼は仲間の護衛をしながら伐採や石切を手伝って、夜は遅くまで里の巡回をする。性格はちょっと不器用だがそこは俺ほどじゃない。
俺は俺のやり方でタマハラ族と打ち解けられるよう努力した。10歳の子供に情けない姿を見せるわけにはいかなかった。
「そういえばキッド様、先日石切場で大理石の岩床を見つけた話はご存じですか?」
「いや、耳に届いてねぇな」
「石工のオヤジがキッド様とポタモ様の彫像を作ると息巻いていますよ!」
「はぁ? バカな使い方すんじゃねーよ、そいつを売り飛ばせばもっと温かく冬を越せるだろうが」
さすがに石材なんて積み荷にしたらポタモの船足が鈍るだろうが、大理石の白い輝きに魅入られる金持ちは多い。宇宙でも天然の大理石は珍重され、特に地球の遺跡から盗掘されたブツは芸術品と同じ扱いを受けていた。
「おお、キッド様、我々のためになんとおやさしいお言葉を……」
「調子狂うからそういうノリ止めろよ、ジェイ……。俺たちは同じ――同じ姉貴分に振り回される野郎同士だろ……」
「はっ、私も同じように思っていました。リタ姉とアム姉に子供扱いを受けるその理不尽、その複雑なお気持ち、非常によくわかります。非常に!」
「おう……。もう少し一人の男として認めてほしいもんだぜ……」
平時はポタモを使った石や木材などの運搬を手伝って過ごした。
その間にアムとクイナ婆さんが里に必要な物資をリストアップしてくれて、航海の予定が立つと俺とアムが物資調達と交易のために光臨の丘を離れる。そんな生活をあれからもう半月も続けていた。
「よう、大理石はもう削っっちまった後か? ソイツ、売っぱらって毛布や酒にしちまわねぇか?」
石材を運んで石工にストップをかけると、石工は里のためにどうしても掘りたいと言った。毛布や酒、食べ物では満たされないものがあるのだと言い張られた。
「わかった、わかったよ……。どっちにしろ全部は運べねぇんだ、積み込めなかった分は好きにすりゃいい……。ただし――」
ポタモを着陸させてスケッチを取らせてやるから、冴えないガキのために大理石を使うムダは止めろ。
石工は要求に不満げだったが、創作意欲に負けたのかこちらの条件を飲んだ。しばらくスケッチに付き合って、船倉に大理石を積み込んで船へと戻った。
船には通信が届いていた。通信機を介してリタが俺のことを呼び出していたので、こちらから連絡を入れた。
「すぐにきて」
リタの声はえらく不機嫌だった。
「お、おぅ……いったいなんなんだ?」
「いいから早く、クイナ様のところにきて」
口調はいつも通りの淡々とした静かなものだったが、リタは何かにキレていた。よっぽど堪えかねるようなことが通信機の向こうで起きているようだった。
「コワイ……」
「キレるとこえーんだよな、あの二人。境遇もあって重いっていうかよ……おおよしよし」
「キッド、スキ……」
「怖いことがあったらいつでも俺のところにこい。お前は俺の竜なんだからな」
俺の寝床――クイナ婆さんのところまで軽く飛んで、おっかなびっくりな気分で婆さんの家を訪ねた。
「ごめんなさいね、キッドさん」
玄関先でクイナ婆さんに迎えられた。この家は元々は小役人の家だったそうでまあまあ広く頑丈だ。おかげでこの開拓地が放棄された後も老朽化を免れていたそうだ。
「いったいなんなんだ?」
「姉妹ゲンカです。とても、とても、根の深い……」
リタとアムがケンカなんてするわけない。そう信じたかったが奥のリビングに入ると信じられない光景があった。
怒りに眉をつり上げた攻撃的なリタと、厳しい顔で妹を睨むアムが向かい合っていた。
「キッド、船を出して」
「ダメッ、考え直してリタッ!」
「アムはこなくていい。ボクとキッドで終わらせるから」
「お願いキッドッ、リタがなんと言ってもリタの言うことを聞かないで!」
二人を愛する孤独なガキからすれば、目と耳を背けたくなるような光景だった。
「なんだ? 菓子でもアムに食われたか?」
「聞いて、キッド……! アム、ボクたちを裏切ってた……!」
「裏切ってない! だって、ちゃんと伝えたじゃない!」
「でも、半月も黙ってた……! 半月も……!」
半月前といえばリリアを連れてこの里に帰ってきた頃だろうか。とてもリリアにはこの光景は見せられなかった。
「アム、半月前に、見たんだって……」
「ごめんなさい、キッド……。貴方にも結局話さずに黙っていました……」
「双頭の蛇のタトゥーを刻んだ、アヴァロニア人。お父さんとお母さん、仲間の仇を見つけておいて、アムはボクたちに黙ってたっっ!!」
アムとリタはいつもそうだった。アムが交易を行う一方で、リタは別行動して仲間の仇を探していた。先日の航海でもそうだった。
「ごめんなさい……」
「臆病者ッッ!! ボクたちが何をされたのかも忘れたのっっ!?」
おっかないが俺が間に入って突っかかろうとするリタを止めた。リタは涙を浮かべて震えるほどに怒り悲しんでいた。
「そうです、私は臆病になりました……。キッド、ポタモ、光臨の丘のみんな。大切なものが増えるたびに、復讐が怖くなりました……」
アムが本心をさらけ出すと、リタの怒りが煮たった湯に差し水をしたかのように静まった。納得しているわけではなさそうだが、同じ苦労を抱えてきた双子の姉のことだ。気持ちがわからないはずがなかった。
「なるほどな。仇が見つかったと俺に話せば、リタと俺は標的への復讐を始めていた。俺たちはそういう人間だからな」
「復讐に反対しているわけではありません。ただ私は、リタとキッドにこれ以上危ないことをさせたくなかっただけなのです……」
復讐はせっかく手に入れた平穏を自ら壊しかねない行為だ。アムが言うとおり、それでリタが負傷や死傷をすることになっては意味がなかった。
「最初から、そう言って」
「ごめんなさい……私、上手く言えなくて」
「アムが裏切ってないなら、いい」
丸く収まったようだ。どうにかわかり合えた姉妹は仲直りに抱き合った。
「んぐっ、んぶっ……!? お、俺をいちいちはさむんじゃねぇ!!」
絶対わざとだ。4つの乳房の間から俺が抜け出してもアムとリタは互いの抱擁を解かなかった。これで騒ぎは片付いた。めでたしめでたし――とはならねぇだろうな、人間ってやつは。




