・自由の代償 - 甘えん坊の烙印 -
「あ、キッドッ!! お帰りっ!!」
船倉から操縦室にやってくると俺は安堵のため息を漏らしていた。リリアがようやく目覚めてくれていたからだ。彼女はシートから立ち上がろうとしたところでアムに止められていた。
「よぅ、元気か?」
「うんっ、リリア、いつも元気! キッドは――うっ、ゲホッゲホッ……!」
「お、おい……っ、大丈夫かよ!?」
駆け寄ってアムと一緒にリリアの介抱をした。明るく笑ってはいるが、意識を失うほどに煙を吸ったとなると呼吸器へのダメージは相当だろう。脳に見たところの影響が出なかっただけでもよかった。
「キッドをずっと待ってたんですよ」
「あのね、このお姉ちゃんがね、お空の上から、キッドを見せてくれたのっ。このお姉ちゃん、すごいんだよっ」
「ふふ……感謝ならポタモちゃんにして下さい」
「ポタモ! エッヘンッ、エイエイ! ……エイ?」
上空から取引を見られていたようだ。リリアは知らぬうちに親と引き離された悲しみよりも、今は好奇心が勝っているようだった。
「実際アムはすごい。商売が上手くいくのはアムのおかげだ」
「キッドもすごいよ! お姉ちゃんから、聞いたの! 火事のとき、助けてくれたって!」
「な、何勝手なことしてやがる……っ?! そういうことは言わなくていいんだよっ!」
知らせる気はなかった。火事の怖い記憶をフラッシュバックさせるかもしれなかった。だというのに……。
「ライバルですけど、リリアちゃんには知る権利がありますから」
「子供相手にライバル宣言するな大人げない!」
「あのね、ライバルだけど、お友達になってくれたの。リリア、アムお姉ちゃん好き……」
「そ、そうかよ……」
落ち込んでいないのならなんだっていい。主操縦席のシートに腰掛けて針路を光臨の丘に定めた。
「これから俺たちの里にご案内する。20日後を目処にポールさんとの取引の約束もしているから、うちの里でしばらくのバカンスを楽しんでくれ」
「うん、リリアは全然平気。でも、パパ泣いてないか、心配……」
「ははは、たくましいレディだ」
確かにこういうのは子供側より親の方がつらいのかもしれない。
元気に立ち上がろうとするリリアをアムがシートに座らせて『リリアちゃん、船の発進と停止の時は座ってあげないと、キッドが不機嫌になりますから付き合ってあげましょうね』と教えた。
「すごいっ、すごいすごいっ、空飛んでるっ! 速――うっ、ゲホッゲホッ!!」
不憫だ。リリアはしばらく喉と肺の不調に苦しむことになるだろう。加速が落ち着くとアムが駆け寄ってリリアの胸をさすった。……不憫だ。
「俺が代わりに見るから、アムはカメラの操作を頼む。リリア、アムとポタモはすげーんだぜ」
「興奮してまたせき込まないでしょうか……?」
「そん時は俺が口をふさぐ」
「ふぅふぅ……うぅ、苦しかった……。でもリリア、強引な男の子、嫌いじゃないよ」
「バカなこと言ってんじゃねーよ」
誰にも助けてもらえなくて世界全てを憎んでいたキッドが、今は本心から己より弱い少女を心配していた。
あの日から変わらず世界は醜悪で無慈悲なままだったが、誰かを守る側に立つだけで何もかもが変わって見えるようになった。
アムが渡り鳥の群れを見つけた。カメラがゆっくりとズームアップしてゆき、ディスプレイが羽毛の先までを詳細にとらえた。
リリアは声を上げなかった。目を大きく広げて、目前の奇跡のような光景に夢中になっていた。
「すごーい……」
「必死で羽ばたいて旅をする姿が素敵ですよね!」
「ちょっと、美味しそう……! 捕まえられないかな!?」
「え、ええっ、食べちゃダメですよーっ!?」
ここから光臨の丘までの距離は約250キロメートル。時速60キロで船を飛ばせば4時間後の夕暮れに着く。
俺たちはなんでもないおしゃべりをしたり、興味のあるものにカメラをズームアップさせたり、あっちで待つアムやクイナ婆さんの話をして旅行を楽しんだ。
それから日が暮れて、大河と幻想世界の砂漠が見えてきた。光臨の丘の町並みは心なしか少しだけ広がったようにも見た。
中央にある倉庫の近くに船を停泊させた。ここが俺たちのホームタウンだ。ステルスを解いてポタモの黒くなめらかなボティをあらわにした。
すぐに地上のみんなが気付いた。アムと同じ銀髪を輝かせる人々が空を見上げ、星の船ポタモトリゴンの帰航を迎えてくれた。
種、塩、香辛料、長柄武器、斧、ハンマー、楔、弓の材料。船倉の全ての物資を倉庫の前にトラクタービームで積み下ろすと、星の船ポタモトリゴンは再びタマハラ族の希望となった。
「喉、大丈夫か? つらいなら楽になってから降りるんでもいいんだぜ?」
「ありがと、キッドくん。でもリリア、アムの妹と友達になりたい」
「リタならもう下にきてますっ、リリアちゃんを紹介しますね!」
3人で地上に降下した。人々は俺たちがサンクタム人の子供を連れていることに驚き、しかし拒むことなく歓迎してくれた。
「キッド、お帰り!!」
「よう、会いたかったぜ、リタ――ウォァァッッ?!!」
「わ、わぁ……っ?!」
公衆の面前で自分よりもでかい女性に唇を奪われた。たちまちに辺りから興奮の歓声が上がり、待望の物資の到着もあって皆のテンションを上げまくった。
「その子、誰?」
「リ、リリアです……あ、あの……リリア……パパが、ここに、いろって……言って……だから……。ぁ……っ」
リタがリリアの手を取った。不思議そうに少女の顔をのぞき込んで、それから姉と同じやさしい笑顔を送った。
「俺とアムの新しい友達だ。あっちでちょっとハードなことがあってな、預かってきたんだ」
「アムの友達なら、ボクの友達。ようこそ、ボクたちの理想郷へ」
リタは言葉よりも行動で示す女だ。問うことなく無言で察して、リリアを胸の中に包み込んだ。
「リタが、キッドの、彼女……?」
「うん」
「うんじゃねぇよ、勝手なこと言うな」
「じゃあ、アムがキッドの、彼女?」
「はい」
「はいじゃねーよっ!?」
俺が抗議するとリリアが笑った。リリアの笑顔にタマハラ族のみんなもホッとしたようだった。
倉庫に入れる物は倉庫へ。納屋へ。戦士の腕へ。かき集めた物資が里のそれぞれの手に笑っていった。
「じゃ、俺と船に戻るか」
「え……リリア、もっとここにいるっ!」
「ダメだ、煙で喉をやられたばかりだろ。苦しくなっても船の中ならポタモが治療してくれる」
「ええーーっ、やだーっ。キッドくんのいじわる……」
そうは言うが預かった大切な子供だ。せめて今夜くらいは様態を見守りたい。
「なら、ボクも行く」
「え、リタも……?」
「キッド、不器用。女の子の世話、任せられない」
「失礼なやつだな、おい……!」
「ポタモッ、ボクとリリアを船に乗せて!」
バカめ、ポタモトリゴンの管理者権限を持つのは俺だけだ。そんな命令が通るわけが――あった。ピンポイントで放たれたトラクタービームがリタとリリアを上空の船へと運んでいった。
管理者権限って、なんだったっけな……。そんな概念、最初からあの古代船にはなかったのかもしれねぇな……。
「胸が痛みますね……。早くよくなるといいのですが……」
「まったくだ。……みんな、ちょっと俺の話を聞いてくれ! 実は、あの子は――」
アムと俺はリリアの事情をクイナ婆さんや、残っていたタマハラ族のみんなに説明すると船に戻った。
船に俺たちが戻ってくるとリリアはこれからパーティでも始まるかのように楽しそうな声を上げて喜んだ。
「お前らがここに泊まるなら、俺はクイナ婆さんのところに戻るぜ」
事前にそう伝えた。だが生憎そうもいかなかった。
「ダメ。今日はみんな一緒」
「バカ言うんじゃねぇよ、シート3つの操縦席でどうやって4人寝るんだよ」
「いつも通りでいいじゃないですか」
「いつも、どおり……?」
リリアが不思議そうにこっちを見た。俺は姉妹に目を送り、首を横に振って『バカなことを言うのはよせ』とジェスチャーで叫んだ。
「ええええーーーっっ、キッドくんっ、お姉ちゃんたちと一緒に寝てるのーっっ!?」
再び少年の尊厳は破壊された。ぶっきらぼうでワイルドな少年は、お姉ちゃんにくっついて眠る甘えん坊の烙印を押された。
「じゃあ、リリアの方が、お姉さんだね。リリア、パパがいなくても、一人で寝れるよ」
「うっ、ぐ……っ、うぅぅ……っ」
現実、リリアの方が俺よりもある面では、ずっとお姉さんなのかもしれない。突然家族から引き離されてもなお笑顔を絶やさない姿に、素直な尊敬を抱いた。




