・自由の代償 - 少女誘拐 -
ポール・シラバスという男はただの父親ではなかった。家を焼かれ、娘を殺されかけたというのに、彼は休まずに己のなすべきことを果たそうとした。
「輸送までしていただいて申し訳ないね。うちの組織にもこんな船が一隻欲しいよ」
「悪ぃがコイツは宇宙で一つだけの一品物だ、同じ船はどこにもねーよ」
「ドヤ! ポタモ、ポタモ!」
「ポタモトリゴンっていうんだ。ステルスを解くと海洋生物みてーでかっけーんだぜ」
そこで俺たちは特別サービスで組織とやらに卸した武器を運んでやった。どちらにしろ今夜は副操縦席にリリアを寝かせて様態を見守ることになったので、この国を離れることはできなかった。
ポールさんはやはり反政府組織の一員だった。だから実家と娘が狙われてしまった。
盛り場のようなアウトローが集まる土地が狙って焼かれたのも、サンクタム国教の教えに従わない者たちを[浄化]するためだと、ポールさんは穏やかな言葉使いに激しい怒りをあふれさせて言った。
「トムから聞いたよ。リリアと彼のために、積み荷を投棄してまで船倉を空けてくれたそうだね」
「だからなんだよ、俺が勝手にしたことだ。言っとくが賠償するなんてつまんねーこと言うなよ?」
「ええ、こちらは十分に儲かりましたから気にされないで下さい」
「カンパだと思っとけ。つーかこっちはアンタとのコネを失う方が損なんだよ」
ブラックマーケットを見つけられただけでも上出来だというのに、反政府組織という取引相手も新たに生まれた。彼らはさらに多くの武器や防具を欲しがるだろう。
「恩に着るよ……。君になら、リリアを任せてもいいかもしれないな……」
「へっ、最高級の感謝の言葉だな。だが受け取るのはお気持ちだけにしておくぜ」
もう夜も遅いのでその日はレジスタンスの隠し砦に停泊して夜を明かすことになった。ポールさんとトムさんはリリアを俺たちに任せて船を降りた。
次はシルバーマーケットが嗅ぎ付けられて襲われるかもわからない。あちらに兵を送り、ほとぼりが冷めるまで取引を縮小するために、もう暗いというのに二人はそれぞれの戦いに身を投じた。
「酷い目に遭ってる人たちって、私たちだけじゃなかったんですね……」
「娘の側に居たいだろうに、難儀な働き者もいたもんだ」
「明日からどうします?」
「リリアはポタモに任せておくのが一番だ。この船の技術なら治せねぇなんてことはねぇだろうよ」
ポールさんにもそう伝えた。装置に火傷を治してもらったトムさんがその事実を証明してくれた。
今思えばリリアが危険な状態だったからこそ、船の医療システムが作動したのだろう。
「そうなると帰れませんね……」
「いや、それがそうでもない……」
「連れて帰ったら誘拐ですよ? それも幼女誘拐です、大事件です」
「おう。だがそれを親が合意していたら、どうなる?」
「えっっ!?」
ポールさんが船を降りる少し前、彼は俺に言った。『リリアを保護する場所がない』と。
「『明日の朝までにリリアが目覚めなかったら、光臨の丘に疎開させてほしい』とポールさんに言われた」
「そんな……っ、で、でも……っ」
「どっちにしろリリアは治るまで船を離れられないんだ。今夜いっぱいで回復しなかったら、連れ帰るしかないだろうよ」
アムは何を思ったのか副操縦席立ち上がって、反対側の席のリリアの前に立った。
「目覚めたら見知らぬ土地で……家族と引き離されて暮らすだなんて……」
「一度狙われちまった以上はしょうがねぇだろ。俺たちでしばらく守ってやるしかねぇよ」
「でもこの子とお父さんの気持ちを考えると、やっぱりつらいです……」
まともな人間のまともな発想だった。こんな女性でなければ、あの時だって泥だらけの汚い少年を保護しようとはしなかっただろう。
「起きててもしょうがねぇしもう寝ようぜ。明日になんねーとなんもわかんねーんだしよ」
「今夜もキッドと一緒に寝ていいですか?」
「い、いや、それは……リリアに見られたらどうするんだよ……っ」
「何も問題ありませんよ。甘えて下さい」
「甘えねぇしもう二度とあんな醜態はさらさねぇよっっ」
やさしい笑顔で毛布を抱えてせまってくるお姉さんと今夜も同じシートで寝た。今夜中にリリアが完治して親と暮らせるよう願って、アムの胸に頭を預けて寝た。
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翌朝、ポールさんを船に呼んだ。彼は目覚めぬ娘に苦悶の表情を浮かべて、それから覚悟を決めた男の顔に戻った。
「キッドくん、リリアをよろしくお願いします」
「おう……心中お察しするぜ」
「サンクタムとの取引の際には必ず連れてきますから、キッドとそう決めましたから、リリアちゃんは私たちに任せて下さい」
「ありがとう、ぜひお願いする! ああ、君のお姉さんはまるで女神のようにやさしい人だね……」
アムの素晴らしさを理解してもらえて俺も嬉しい。最高のお姉さんを笑顔で誇った。
「え、彼女だなんて、そんな……」
「いや言ってねぇよ」
将来の取引の約束をしてポールさんを船から降ろした。政府の出方を見ながら20日後にはシルバーマーケットを元通りに再会させる予定だというので、その時に積み荷と共にリリアを連れてくると約束した。
リリアを副操縦席に乗せて船を発進させた。次の停泊地はポート・ブルー。その次はシギュン侯爵領。さらに鍛冶種族の村ダゲに寄って、積み荷を抱えてアムが待つ光臨の丘に帰る。
「リリアちゃんにも見せてあげたいですね」
「動物が嫌いなガキなんてそういねぇさ。きっと喜ぶ」
映像を保存する機能があるとはあえて伝えずに、渡り鳥をカメラで追いかけ、名前を知らない町や古い人工物をサブディスプレイにズームアップした。
それから約4時間の航海を終えてポート・ブルーに到着してもリリアはまだ目覚めなかった。
「今日はいつもの手は使えねーな、お嬢様」
「リリアちゃんは私が見守っていますから、行ってきて下さい」
「天に召します商売の女神様のお言葉のままに」
ポート・ブルーでは動物の腱と香辛料、塩を仕入れた。シギュン侯爵領では新しい種と弓を仕入れ、ダゲでは槍と斧などの道具を仕入れた。
「助かった、息子」
「感謝ならアムにしてくれ。アイツ、行く先々の町で相場や不足品をメモってくれてんだ。相当めんどくせー作業だってのによ」
「感謝していた。そう伝えろ」
「おう、んじゃまたくるぜ。サンクタムのお得意様がここの武器防具を欲しがってる、増産しておいてくれよな」
全ての町で取引を行い、船倉いっぱいに仲間への土産を積み込むと俺も船へと戻った。
禁書の投棄で損をしたとはいえサンクタムで得た利益は元手の4倍を超えていたそうで、もう二往復しても元手が残るほどに軍資金が有り余っていた。




