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・成り行き任せの結末 - 聖なる炎 -

「安い。だが気に入らぬ」


 アズエルの一族と名乗る彼らは背が低かった。しかし決して小柄ではない。高さがない分彼らは横に大きく、非常に屈強な者たちだった。


「何か商品に不備でもございましたか?」


「なぜ、顔隠す。なぜ、子に語らせる。顔を見せよ」


「そればかりはご遠慮いただこう。お嬢様は奥ゆかしいお方、貴方に顔を見せることはでません」


「小僧、貴様らは我らを愚弄するか?」


 のっけから予定が狂った。族長は金を持っていようとも顔を見せない者とは取り引きしないと言った。


「わかりました。ですが驚かないで下さいね……?」


 足下を見られるかもしれないが交渉が破綻するよりはいい。アムはフードを下ろし、目元を隠すベールをどかした。


「おぉぉ……」


 族長は呪われた種族を見ても嫌な顔をしなかった。


「タマハラ族の交易商人のアムともうします。これでよろしいでしょうか?」


「バレると商談で不利になるし、迫害もされる。別にそっちをバカにしてたんじゃねーよ」


「失礼ですよ、キッド」


「言っとくがアムの敵は俺の敵だ。使う言葉は選んだ方がいいぜ」


 族長は俺の言葉に豪快な笑顔を浮かべた。柏手を慣らして控えさせていた配下に果物や木の実を室内に運ばせた。


「お前、気に入った」


「お、俺が……?」


「勇敢な子供」


「俺はガキじゃねぇ……っ!」


 そう俺が叫んでも限られた者以外は誰も信じない。アムも話がこじれるのを嫌ってか誤解を解いてはくれなかった。


「キッドは私たちタマハラ族のためにいくつもの危険を冒して下さっています。本当に勇敢な少年です」


「ますます、お前気に入った。息子になれ」


「賞賛はありがてーが謹んでそいつは遠慮させていただくぜ……」


 アズエル族の族長と商談を進めた。ぶっちゃけるとちょうど燃料の在庫が減ってきて、運ばれてきた石炭と木材が何がなんでも欲しかったそうだ。


「品物、売れて嬉しい。アヴァロニア人、買い叩く」


「こちらこそありがとうございます。私たちも毎回のように買い叩かれてしまうんです」


「また取引、できるか?」


「ええ喜んで! こんな形で二つの種族の友好の橋渡しになれて光栄です!」


 相場とか利ざやとかは俺にはわからないがとにかく取引が上手くいった。


「ふふふ……っ」


 アムは一瞬だけ無邪気な少女の顔になって、俺の耳元に唇を寄せた。


「これで元手が7倍に膨らみますよっ、キッドッ」


 いい笑顔になるわけだった。帰りは船倉いっぱいに物資を仕入れても金貨を使いきれないことになりそうだ。


「んじゃ、またな」


「いつでもこい、息子、タマハラ族」


「勝手に息子にすんじゃねーよっ!」


 アズエルの民に見守られながら俺たちは木箱に積められた武器と共に、不可知の竜ポタモトリゴンへと帰った。


「この時間なら間に合いますね」


「おう、パーッと言ってリタのところに帰ろうぜ」


「……え、ええ」


 既に航路は拓けている。進路をサンクタム王国プラチナム・コートへと定めて、ポタモに自動運転を命じた。


「ポタモ、アイアイサー! オネエチャ――」


「止めろっ、忘れろっ、それは止めろぉっっ!!」


「キッド、ポタモ、ダイスキ」


「お、おぉ……ポタモ……」


 俺がポタモの兄弟にして親だ。言葉を覚えてゆくポタモがますますいとおしくなった。


「オネエチャン、ダイスキ」


「止めろぉぉっっ!!」


 今となっては海賊公の形見となったポタモトリゴンと共に、俺たちは最終利益率7倍確定のプラチナム・コートの旅路を進めた。


 生前のあまり人に誇れないアウトローな人生経験がこんな形で人の希望になるだなんて、つくづく不思議な話だった。


 だが――俺はこのビジネスがハイリターン・ハイリスクであることを忘れていた。けたたましいアラートが船内に響き渡った。


「な、なんだこりゃ……!?」


 夕日を背にプラチナム・コートから炎と黒煙が上がっていた。場所はトムさんと出会ったあの袋小路の辺りだ。他にも町のあちこちから火の手が上がっていたが、火元はどこも商売女が立つようなアングラな地区だった。


「大変キッドッ、リリアちゃんの床屋さんも燃えています!」


「な……っ、ざけんなよっ、なんてことしやがんだっ!!」


 船を急行させた。船の真下では床屋のおじいさんが炎の上がる店の前で叫び声を上げていた。リリアの名前を呼んでいた。


 ガラの悪い兵士たちもいた。そいつらは消火もせずに被災者を笑い飛ばしていた。


「見てっ、屋上に誰か上がった!」


「あれは……」


 それはトムさんだった。煤まみれになったトムさんがリリアを抱えて屋上に現れた。火の手が強い。このままでは二人とも焼け死ぬ。


「あの人、リリアちゃんを抱えたまま隣に飛び移る気ですよ!?」


「へっ、大した根性じゃねーか。ん……?」


 さっきの兵士たちが弓を構えた。狙いは――トムさんとリリアだ。やつらは明確に民間人を狙っていた。


「クソ……ッ。ポタモッ、写本全てを今すぐ投棄!! 開いたスペースにトムとリリアを収納しろ!!」


 大損だ。だがやるしかない。不可知の船ポタモトリゴンは大きく旋回すると天空より禁書を市内にまき散らした。これで金貨は俺たちの手元に入らないが、ポールさんの望みは叶う。


 市民は天から降り注いだ写本の雨に歓声を上げた。だがトムはそれに気付いていない。助走を付けてこれから向こうの屋根に飛び移る気だ。


「キッドッ、急いでっ、あの人本気で飛ぶつもりですっっ!!」


「へへへっ、そういうバカ野郎は嫌いじゃねぇっ!! ポタモッ、トムさんとリリアを回収しろ!!」


「イエス! キャプテン!」


 トムさんは跳んだ。リリアを生かすために自らを犠牲にしようとした。だがそうはならなかった。トムさんは飛んだ。リリアもまた空を飛んだ。

 彼らは重力に逆らって空に浮かび、そして何もない虚空で跡形もなく消えてしまった。地上からはそう見えただろう。


「よかった、無事に回収できました……」


「はぁぁぁ……っっ、危ねぇぇぇ……っっ」


「ソワソワ……オ客、様……」


「お前が緊張してどうすんだよ」


 船倉に続く扉の前に立つと、扉がひとりでに開いて新しい積み荷との対面が叶った。


「よう、お兄ちゃん」


「う、うぅ……キッ……ド……?」


「見てたぜ。さすがだ、すげぇ根性だった」


「な、なんだここは……!? お、おおっ、そこの女、タマハラ族か!?」


「アムです。先日はうちのキッドに親切にして下さりありがとうございます」


 いきなり保護者づらかよ。

 トムさんは無事だったがリリアが動かなかった。意識がないのかぐったりとしていた。


「煙を吸ったのか……?」


 疲労困憊のトムさんからリリアを受け取って、アムと一緒に空きの副操縦席に寝かせた。


「救護システム、起動」


「は、救護、システム?」


 そんなシステムはこの船に搭載されていない。これは改造された海賊船であって救急艇ではないからだ。

 だというのに酸素吸入器がシートの下から伸びてきてリリアの口を覆い、まるで医者のように心拍の測定やら何やらを始めた。


「大丈夫なの、この子……? というかこれ、なんなんですか……!?」


 俺が聞きたいとは言えない。可能性があるとすれば、元からこの古代船に搭載されていた装置と見る他になかった。

 吸入器のおかげだろうか。それとも何か薬が投与されたのだろうか。苦しそうだったリリアの症状が落ち着いていった。


「ぁ……。ここ……どこ……?」


 不安にさせるわけにもいかない。俺がリリアの前に立った。


「よう」


「キッド、くん……?」


「心配はいらねーから休め。トムさんも無事だ」


「パパ、は……?」


「ポールさんもどうにかする。俺たちに任せとけ」


 安心したのかリリアはまた意識を失った。まあ一度意識が戻ったのだから大丈夫だろう。というかこの船、なんなんだ? ポタモ、お前、なんなんだ?


「キッド、お前、いったいなんなんだ……?」


 ポタモに投げかける予定のセリフをトムさんに先に言われてしまった。トムさんをアムと抱えて副操縦席に座らせると、同じギミックが現れてトムさんの火傷を治療した。リリアを守るために相当の無茶したようだ。


 船がシルバー・マーケット上空に到着すると、小柄で目立たない俺が偵察に降りた。

 ポールさんは無事だった。町での事態も知らずに中で顧客との商談をしていた。


「おや、仕入れに出たのではなかったのかな?」


「のん気なセリフだな、娘が狙われたってのによ」


「な、リリアがっ!? ど、どういうことだっ、リリアは無事なのか!?」


「それを知りたいなら付き合ってもらうぜ。俺の船に」


「船……? 竜ではなかったのか?」


 まだ子供のリリアはともかくトムさんに見られた以上はもはやこちらに抱き込む他にない。俺はポールさんを外に誘い込み、説明なしのトラクタービームで船へと拉致した。


 なかなかいい悲鳴だった。ポールさんは船内で娘と再会し、その後すぐに火を放たれた自分の実家を見た。


 どうやらサンクタム政府が焼くのは本や美術品だけではなかったようだった。


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