・闇市シルバーマーケット
「なんだって用意できる。何が必要で、何が高く売れるんだ? 一応、こっちは銀製品をいくらか仕入れてきたが」
「君は、竜で国境を軽々と越えられるのだったね……?」
「ああ、世界で一番でかくて速くて賢い竜だ」
「……ふむ」
ポールさんから見れば、大言壮語を吐く虚言癖の子供に見えただろう。
「では武器とこちらが指定する洋書を手配してもらいたい」
「武器が必要なのか」
本はともかく武器をご所望とはきな臭い流れだ。
「君にも事情があるように、我々にも武装化を急がなくてはならない事情があってね、早ければ早い方がいい」
「それはわかったが、なんで外国の本なんかが必要なんだ?」
「この国の支配者たちは異国の文化を何よりも恐れているんだ。しかし市民はその反対でね、有り難く退屈な風習や娯楽に飽き飽きしている」
「ふーん……」
「禁書は政府に見つかると焼かれる。それでも市民は知恵と娯楽を求めて禁書を求める。君から見れば美味しい社会構造ではないかな?」
納得も出来るが少し妙だ。マーケットを見る限りでは酒が最も需要が高そうだった。逆に武器屋は少なく、本屋も多いとは言えなかった。
だが彼は洋書と武器がほしいそうだ。
「まあいいぜ、深くは聞かねーよ。数日中に山ほどに手配してきてやる」
「疑うようで失礼だけど、竜一匹でどうやって大量に運ぶんだい?」
「へっ、疑うならちょっと外に付き合ってくれ。銀製品を仕入れてきたってさっき言っただろ?」
「南方の品々を一介の竜使いが売りさばいていたカラクリが、そこにあるのだね?」
「そうだ」
洞窟を出ると外は真っ暗だった。ご禁制品を求めてプラチナマーケットにやってくる馬車や旅人の姿こそあったが、他に明かりといったら細い月が一つだけだった。
「アムッ、ブツを降下させてくれ!!」
叫ぶと天に小さな黒い影が生まれた。それはどんどん大きくなっていって、俺の左隣にゆっくりと着陸した。ポールさんはその黒い塊にランプを近付けた。
それは荷車だった。荷車の上で数々の磨かれた銀製品がランプの明かりを乱反射させていた。
「どうだ、驚いたか! お近づきに良心的な価格でお譲りするぜ!」
ポールさんはランプを掲げたまま動かない。口を開けっぱなしにして、そこにある銀製の品々と、それが降ってきた天を交互に見ていた。
「おい、信じて手の内明かしたんだからもうちょいなんか言えよ?」
「あ……ああ……すまない……。いやぁ……驚いた……。君の竜は目には見えないのだね……」
「そうだ。これ以上ねーだろ、密輸に使うならよ」
よっぽど驚いたのか彼はまた黙り込んだ。
「君を頼れば、リリアを外の自由な世界に……。あ、いや、取引の話をしよう。先ほどの通り、君には武器と禁書を大量に仕入れてきてもらいたい」
ここでは暗い。銀製品を中に運んで俺は交易商人アムの操り人形になった。アムが品物の価値を説明してくれたおかげで売値が2割も上がった。
「なるほど、そこに仕入れに行くなら木材と木炭を仕入れて行くといいだろう。鍛冶屋が木炭を欲がるのは当然として、この国は木材そのものが安いんだ。何せ輸出先がないも同然だからね」
ポールさんは未来の取引に期待して、問屋への紹介状まで書いてくれた。こうなったら早急に手配して彼をもう一度ぶったまげさせたかった。
「なぁ、最後に一つ聞いてもいいか?」
「なんだい?」
「持ち帰りができて美味い店はどこだ?」
「リリアの手料理が一番だよ」
「んなん聞いてねぇよ」
こっちは腹を空かせたお姉さんを空で待たせている。目的も果たしたので早くアムの顔を見たかった。
「ああごめん、わかった、睨まないでくれ、ちゃんと案内するよ。リリアは男の子に人気があってね、次から次へと彼氏ができて本当に心配になるよ。はぁ……」
「聞いてねぇつってんだろ……っ」
娘の愚痴を聞かされながらオススメを聞き出し、夕食を調達して、見送りをしてくれるポールさんの目の前で浮遊してポタモトリゴンの船倉に帰った。
「待たせたな、アム」
「キッド!」
「お、おい、そんなに腹減ってたのか……?」
「違います、心配だったんですっ! 言っておきますけど私とリタはリリアちゃんにキッドを渡しませんからねっ!」
「お、おぅ……」
夕飯はフライドチキンとフライドフィッシュ、ハニーブレッドになった。ポールさんが勧めるだけあってどれも美味かった。特に魚は南方よりも脂がのっているように感じた。
「今日のキッド、すごかったです」
「だから言っただろ、こういうのは慣れてんだよ」
「一人の商人として尊敬の念を覚えました。あんなやり方で隠されたマーケットを見つけてしまうなんて……すごい!」
「へ、へへへ……んな褒めんなよ、くすっぐってぇだろ……」
アムに褒められるとただそれだけで嬉しかった。海賊時代はしくじって警察に追いかけ回されることもあった密輸のノウハウに、アムは嘘偽りない賞賛をくれた。
「てか全部、アムのサポートがあったからだ。上から見守ってくれてるから大胆に動けた」
「嬉しい……。私、キッドの助けになれてたんですね……!」
「ああ、おかげで今日はいい仕事ができた。明日もよろしく頼むぜ」
腹が満たされるとカメラを暗視モードにして地上を観測して楽しんだ。夜行性の大型のフクロウや狼の親子を眺めていると、気の早い眠気がやってきた。
「じゃあそろそろ寝ましょうか」
「も、毛布はやる……っ、く、くるな……っ」
主操縦席のシートに横たわるとアムが毛布を抱えて近付いてきた。
「ダメです」
「なんでだよ!?」
「リタがいない今がチャンスなんです」
「なんのだよっ!?」
「だってキッド、いつもリタにベッタリじゃないですか……っ」
「ちげぇよっ、アイツがくっついてくるんだよっ!」
「そんなの同じことです!!」
アムに毛布をかけられると力が抜けた。アムはそれが当然の権利であると、少年が寝そべるシートに入り込んできた。
「もっと甘えて下さい。私、キッドをもっと甘やかしたいです」
「い、いい……っ、十分過ぎるほど甘やかされてる……っ」
「そんなことありません! もっと全身全霊で甘えて下さい! 今日一日あんなにがんばったキッドのために何かをしてあげたいんです!」
「寝かせてくれ」
「寝かせません!!」
アムが落ち付きなくすり寄ってくるせいで、その晩はなかなか眠れず、夜更かしのおしゃべりが長引くことになった。
その晩のアムはどうも少しおかしかった。甘えたいのはアム本人で、何か不安を抱えているようにも見えた。
俺がもっとでかかったら包み込んでやれるのに、俺の手足は悲しいほどに短く、シートに横たわるアムの頭は遠かった。
「でかくなりてぇ……」
「なっちゃダメです」
アムの胸元に頭を預けて目を閉じると、その日はもうおしゃべりには付き合えそうもなかった。
「おやすみなさい、私たちの天使様……」
油断すると『お姉ちゃん大好き』と本音を漏らしかける自分の口をアムの胸でふさいだ。




