・ブラックマーケットを求めて - 多感な娘と裏のある父親 -
「リリアと知り合いか……?」
「あのねトムッ、この子すごいの! すごい商売上手なの!」
それは違う。俺が商売上手なのではなく、俺を見守ってくれる空の女神様が商売上手なんだ。
「それが本当ならずいぶん稼いだみたいだな? なのにまだ金が必要なのか?」
「うん、俺の仲間は500人以上いて、その全員がひどく貧しいんだ」
「ああ……? な、なんなんだお前……」
「お魚ありがとう! 今ね、お父さんのためにお魚焼いてるの! あ、名前は!?」
リリアは少年の手を握って再会を喜んだ。
「キッドだ。アヴァロニアの飛竜使いのキッドだ」
「えっ、竜のお友達がいるの!?」
「おう、でっけーのがな」
リリアの相手をしながら父親の帰りを待った。強面の青年トムは何も言わずにキッチンに入って、リリアが投げ出した調理の続きを始めた。
淀んだ場所を好む連中にも私生活の顔がある。少なくともトムは私生活に限っては顔が恐いだけのやさしいお兄さんだった。
「ただいま、リリア! おやっ、また新しいボーイフレンドかい!?」
「あ、お帰りパパ!」
ポールという父親は丸眼鏡が特徴的なやさしそうな男性だった。物腰もやわらかく、見知らぬ客に嫌な顔一つしなかった。
「けどサムウェルはどう思うのかな? 浮気はよくないよ、リリア?」
「もう、パパ! サムとはもう終わったって言ったでしょ! キッドとはまだこれから――あっ、お魚っっ!?」
リリアはキッチンに駆け込み、調理の続きをしてくれていたトムお兄さんに感謝した。残された俺は一見はブラックマーケットがらみには見えないポールさんを見上げた。
サンクタム人はでかい。ポールさんは長い手足が目立つ異様にひょろ長い人だった。
「娘の彼氏は君で……ええと……7人目だ。よろしく」
「お、おぅ……いや、彼氏じゃねーし……」
「おや……?」
「アンタを待っていたんだ」
懐から銀のネックレスを取り出してポールさんに見せた。
「おやおや、これはこれは……」
彼は人目を気にするように俺の手を包み、隠すように受け取って品定めを始めた。
「どこの使いだい?」
「個人事業主だ」
「ほぅほぅ……。これは、アヴァロニアの銀と職人の細工だね……?」
そんなの俺が知るわけない。アドバイスを求めて片耳に手をかけた。するとバックアップのアムがすぐにアドバイスをくれた。
「それはアヴァロニアの細工職人の仕事ではありません。タゲの職人の仕事です。あと、リリアちゃんにキッドは渡しません」
ありがとう。助かった。お子様相手に張り合うなよ。アムに教わったことをそのまま俺もポールさんに語った。
「ああ、あの鍛冶種族の村の仕事か。若いのにすごいね、リリアの彼氏候補の中では君が一番だ」
「だから違うって言ってんだろ……。トムお兄さん早く説明してくれっ!」
催促するとキッチンからエプロン姿のトムさんがリリアと一緒に現れた。リリアが焼き魚のバターソテーをテーブルに配膳して、トムさんが皿とパンの用意をした。
「あのねっ、キッドがねっ、南の国のお魚くれたの! だから焼いてね、パパに作ったの!」
「今度はキッド君が好きになってしまったのかな?」
「ちょっとだけ!」
親子は俺とトムさんが見守る前で普通に夕食を始めた。そんな中、親子の団らんに口を突っ込む形でトムさんが事情を説明してくれた。
「君はうちの市場に興味があるようだね」
「ああ、俺なら誰にも気付かれずに国境を越えて、ブツをアンタらに提供できる」
「それはすごい。しかしその若さで、なんのためにだい?」
「仲間のためだ」
「もっと詳しく教えてくれるかな。素性のわからない相手と取引はできないんだ。ううーんっ、リリアッ、リリアは料理の天才だね!」
「トムが手伝ってくれたおかげ!」
「うんうん、トムはリリアの二人目の彼氏だものねぇ」
アンタ、ロリコンか?
疑う目でトムお兄さんを見ると、苦みのあるリキュールの原液を飲んだような顔をされた。
「キッド、隠さずに私たちのことを話してしまって下さい。取引に信用は不可欠です」
そうだろうか。誰が裏切るかもわからない時代に人を信じるだなんて軽率ではないだろうか。現に俺たちは先日裏切られたばかりだ。この世界は裏切りが日常の地獄だ。
「俺の飛竜は特別にでかいやつなんだ。それを使って俺は密輸で稼ぐことにした」
「なるほど、アヴァロニアの竜使いか。政府から脱走したはぐれ者かな? ではもう一つ聞こう、仲間とは具体的に誰のことだい?」
「俺の仲間は虐げられし民だ。古巣の竜使いに殺されかけたところを、虐げられし民の一員が俺を助けてくれた。だから俺はそいつらに借りを返さなきゃなんねーんだ。俺のやり方で」
ポールさんが食事の手を止めてこちらに顔を上げた。
「わかったよ。リリアとの交際を許そう」
「いやんな話してねぇよっ!?」
「あははっ、ごめんね、うちのパパお茶目なの」
ポールさんは自分の分の魚半身を食べ切ると席を立った。今夜は俺たちも魚料理にするのも悪くない。
「リリア、お爺ちゃんとお留守番をしていなさい」
「キッドをあそこに連れてくの?」
「彼にはどうやら資格があるようだからね。トムもご苦労だった」
「うすっ! ……じゃ、せいぜいがんばれよ、ガキ」
ポールさんと裏口から町に出た。治安のいいエリアからさっきの悪いエリアに移動して、一見は使われていなそうな廃倉庫に入った。
中にはホロ馬車が隠されていた。ポールさんが御者席に座り、少年が荷台に乗ると馬車が出発した。
町を離れ、街頭もない夕闇に染まった街道を進み、30分ほど揺られた。この町のブラックマーケットは長く細い間道を抜けた先にあった。
「ここはかつて迫害を避けて住み着いた異教徒により築かれた洞窟寺院だ。今はシルバー・マーケットと呼ばれている」
「ポールさんが経営しているのか?」
「形ばかりの代表だよ。この国は禁制品が多くてね、こういったマーケットが各地に点在している」
詳しい説明を聞きながらホロ馬車を飛び降りた。
洞窟の中からは薄明かりが漏れていた。中で邪神を崇めるサバトでも開かれていそうな雰囲気だったが、覚悟して踏み込んでみれば印象が逆転した。
手前は酒場だった。紳士淑女がご禁制の酒をあおり、陽気に歌い語らい笑い盛り上がっていた。それと国軍には見えない武装した兵士たちもいる。
「アヴァロニア人の君に信じられるかい? この国は護身のためにナイフを持つ自由もないんだ」
「護身どころじゃない重武装に見えるが?」
「見つかったら処刑されてしまうからね、我々なりに抗がえるように準備したまでさ」
酒場を抜けた先が目当てのマーケットだった。それぞれの店主がそこで露店を開き、酒、コーヒー、武器防具、銀製品、美術品や彫刻、それに本などを販売していた。特に過激な裸婦画が強烈だった。
「ようこそ、我々のブラックマーケットへ。さて、君は我々のために何を用意してくれるのかな?」
ポール・シラバスと名乗るそのやさしそうな父親はこの混沌としたブラックマーケットの代表だった。




