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・そうだ、密輸をしよう - 空の女神 -

 ゴルディ・サンクタム王国は厳格な宗教国家だ。異教徒の教えである洋書と、偽りの富と信じられる銀がご禁制となっている。


「バカみてぇな話だ。宇宙じゃ銀も金もありふれてて、金より同じ重さの水の方が価値があるってのによ」


「ふふ……いつか私を星の世界に連れて行ってくれる? そこで私、交易をしてみたいです」


「そいつは難しいな。たぶん、この恒星系にはもう……」


 人間が暮らす巨大宇宙ステーション[恒星系基地]はもはや存在していないだろう。この星の科学技術が衰えてしまっているのは、宇宙との繋がりが途絶えているせいだ。


 他の恒星とここを繋ぐゲートウェイが破壊されたか、あるいは意図的に停止させられたか。どちらにしろ取引する相手のいない宇宙に出たところで利益は何もない。


「また私、バカなことを言いましたか?」


「アムは科学を知らないだけだ、バカなんかじゃない。……てか、密輸に抵抗とかねぇのか?」


「ないです。法律が私たちを守ってくれたことなんて、ありませんから」


「ははは、そりゃ奇遇だな」


 俺たちはポート・ブルーに向かった。サンクタム王国でブラックマーケットを探すにしても、表向きは一般の品を扱う交易商人のふりをする必要があった。


「私、足手まといでしたか?」


「いや……。さっきの根に持ってたのか?」


「ちょっぴり」


「わ、悪ぃ……。俺、お前らの幸せを壊……な、なんでもねぇよ!!」


 海のまぶしい美しい港町ポート・ブルーにやってくると仕入れを行った。アムはフードを深くかぶり、俺が前に立って取引を行った。


「お嬢様は少し高いとおっしゃってる。もう少し負けろ」


「ふふ……案外悪くないものですね、キッド様」


「おたわむれを、お嬢様」


 やってみると案外悪くなかった。タマハラ族だからと言ってふっかけてくる輩も、このやり方なら弱みを隠すことができた。


 乳香。塩漬け魚。小麦粉。塩。荷車。ご禁制である銀製品を買い込むと、俺たちはトラクタービームでポタモトリゴンへと戻った。


「ねぇ、もう一度あれ言って!」


「なんだよ、お嬢様」


「ふっ、ふふふっ、私がお嬢様だなんて笑っちゃいます」


「あ、明かりぃな、今日は……」


「だってリタの目がないですから」


 アムはリタのマネをした。少年の頬に唇を押し付けて、リタのように明るくまた笑った。


「なっ、何すんだよぉっっ?!」


「嫌でしたか……? リタじゃないとダメですか……?」


「べ、別に嫌じゃねぇよ……リタは関係ねーし……」


「よかった。ずっと正直になれるリタが羨ましかったんです」


「そ、そうかよ……勝手にしろよ……」


 船を発進させて次のステップに移った。副操縦席のコンソールの操作方法をアムに教えた。


「ごめんなさい、もう1回やって」


「この操作でカメラを切り替える。ズームアップがこっちで、ズームダウンがこっちだ」


「ごめんなさい、もう一度お願いします……」


 アムは機械音痴のご年輩並みに物覚えが悪かった。まあ無理もない、何もかもが彼女の知る技術からかけ離れたものだ。


「覚える気はあるの! これを覚えれば、渡り鳥の群れとかっ、生きているお魚とかっ、もっと近くでみれるようになるのですよね……っ!?」


「男湯ののぞきだってできるぜ」


「しませんよそんなことっ、嫌ってほど見てきました! ぁ……」


「一人で自爆すんな。んなことより頼りにしてるからな、オペレーターさんよ」


 酷い過去を思いだしてしまったのかアムは落ち込んだ。知られたくなかったのもあるのだろう。


「私、がんばります、がんばりますからもっと船のこと、教えて下さい」


「おう、覚えてもらう。俺の身の安全のためにな」


 ゴルディ・サンクタム国内ではアムを船に残す。彼女を天の目にして周囲を警戒してもらう。目立つタマハラ族がいると密売の仕事にならないというのもある。


「こいつが通信機の回線だ。地上に降りた俺とおしゃべりができる」


「あの、キッド……」


 言いにくそうに視線を膝に落としてアムは名前を呼んだ。


「ん? 前のレクチャーでわからないところでもあったか?」


「私、とても汚れてますけど……だからって、嫌いにならないで下さいね……?」


「はぁ? 嫌いになる理由がねーよ。アムは最高の女だ、昔のことなんて忘れちまえ」


 急に腹が立ってきた。リタがなぜあそこまで仇を探しているのか、もう少しだけ気持ちがわかるようになった。つらい過去と蹴りを付けるためにも、復讐が必要なのかもしれない。


「私、キッドのオペレーターになります。この船のこと、ポタモのこと、全部わかるようになりたいんです」


「教えてやるよ。……とは言っても全部はわかんねぇ。ポタモ、お前いったいどっからきたんだよ……」


「ウチュウ!」


 ポタモに届くかもわからないぼやきを敏感なセンサーが聞きつけて、答えになっていない答えをくれた。


「宇宙のどこだよっ!?」


「アマノガワ、ギンガ!」


「宇宙一ダイナミックな説明をありがとうよ!!」


 かつて太陽系で生活していた祖先は、太陽系の重力井戸の外側に古代のゲートウェイを発見した。これによりかつては不可能と思われていた恒星間旅行が可能となった。


 だが別銀河に通じるゲートウェイなんてものは存在しない。銀河と銀河は科学技術ではどうしようもないほどに離れている。俺たちは皆が天の川銀河在住の宇宙人だ。


「キッド」


「ん、なんだ?」


「ごめんなさい、もう一度最初から全部教えて……」


「……最初から、全部、か?」


「ごめんなさい……難しくて……」


「い、いいぜ、最初からやり直すとするか……」


 勤勉なのはいいことだ。かけ離れた技術が覚えにくいのはしょうがない。俺はつらい過去を抱えるお姉さんに、もう一度最初からオペレーターのイロハを教えなおした。



 ・



 ゴルディ・サンクタム国境で一晩を明かすと、縮図の怪しい原始的な地図を頼ってプラチナム・コートと呼ばれる商業都市を探した。


 100年も鎖国を続けるサンクタム王国だが、港町であるプラチナム・コートにだけは許された舶来品が流れてくる。

 沿岸部にそって船を進めてゆくと、昼前にどうにかプラチナム・コートの発見が叶った。


 名前はプラチナなのに、町の外壁が黄色く塗りたくられたおかしな町だった。


「気を付けて下さいね?」


「おう」


「いつもの調子で人に乱暴な言葉を使ったらいけませんよ? ここは異文化の地なのですから、何がきっかけで怒りを買うわかりません」


 早口でそう言われた。


「わかってる」


「短気もいけませんよ! キッドはすぐにケンカを売ったり買ったりするんですから!」


 町に降りることにするとアムから落ち着きが消えた。


「……そんなに心配か?」


「心配に決まってます!! わ、私が守らないと……!!」


「ならこっから思う存分守ってくれ」


 心配性のお姉さんを小柄な身体で抱き締めてから、トラクタービームで町外れに降りた。


「だ、大丈夫ですか、キッド……!?」


「降下して秒でトラブルに巻き込まれるほど不幸体質じゃねーよ」


 通信機も問題なし。アムは俺の周囲の音声、上空と隠しカメラからの映像をディスプレイから拾っている。


「こんなの気が気じゃありません……。絶対、騒ぎは起こさないで下さいね……?」


 見えない誰かにブツブツ返事をしていたら不審者だ。両手を左右に広げてから荷車を引き、フリーマーケットが集まるバザー街を訪ねた。


 そこで許可証を買って、指定の場所で商品を陳列した。


「安いな。……盗品か?」


「そう思うなら余所で買えよ」


「口の悪い子供だな……。まあいい、その乳香をくれ」


「女か?」


「ああ、女の機嫌を取るのが俺の仕事でね。4つくれ」


「別々の女に同じ香水をプレゼントするのか? 血の雨が降るぞ……」


「他と混ぜて上手くやるさ」


 何せ安い。盗品と疑われることはあっても客には困らなかった。俺が接客をするたびに船の中のアムがああだこうだ注文を付けてくるが、人に媚びる趣味はない。


「坊や、アヴァロニア人?」


「そうだけどだからなんだよ?」


「そんな顔しないで。ただ珍しいと思っただけよ。そこの小麦粉とお塩をちょうだい」


「へいまいど」


 100年も鎖国をしている国だ。どいつもこいつもサンクタム系の黒髪の大柄な人たちばかりだった。この町ではただのおばさんも一回りでかかった。


 そんな中、やけに小さいお客がきた。


「ねぇお兄ちゃん、その魚どこの?」


「なんだ、ガキか」


 年齢は10歳くらいだろうか。黒い髪を左右で縛った清潔な身なりの子供だった。


「そっちだってガキじゃない!」


「コイツはポート・ブルーで仕入れた。まあそのへんの魚だ」


「ふーん……どうりで見かけないお魚が混じってると思った!」


「頭いいな、お嬢さん」


「あたし、リリア! その変なお魚ちょうだい!」


「よし、俺が変な魚を売ってることを黙っていてくれるなら、タダでくれてやる」


「いいのっ!?」


「いいさ。ガキ相手に金取るほど困っちゃいねぇし、お空の女神様も似たようなことを思ってるみてぇだ」


 塩漬けの魚をやるとリリアという少女は嬉しそうな駆け足でバザーを離れていった。もうちょっと話して町について聞いてもよかったかもしれない。まあだがこんなもんだった。


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