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・そうだ、密輸をしよう - 丘の暮らしは海賊に馴染まない -

 昨晩、タマハラ族は歓迎の席でこの地の名前を改めた。余所者を避けるためにホーンテットヒルという不吉な地名を変えようとしなかった彼らが、この地を[光臨の丘]と名付け直した。


 誰一人としてそれに反対しなかった。逃げた竜使いキッドを拒まなかった。付き合い方がわからずとまどう者こそあれど、彼らは全面の信頼を寄せてくれた。彼らが神聖な天使と信じる、貧相な少年を。


 天使扱いは居心地が悪いと愚痴ると、クイナ婆さんが保証してくれた。今は皆、新しい仲間との付き合い方がわからないだけで、じきに崩した言葉を使うようになると。


「毛皮をありがとうございます。風邪を引く子供もいましたが、これからは温かい夜を過ごせます」


「へっ、別に感謝してもらうためにやったんじゃねぇよ」


 クイナ婆さんは様付けを止めて、俺のことをさん付けで呼んでくれるようになった。昨晩は婆さんの寝床に泊まって話を聞かせてもらった。


 婆さんに言うのもなんだが、クイナ婆さんはいい女だ。婆さんが若かったら口説いていたと言うと喜んでくれた。


「アムとリタのことはもうダメだと思っておりました。あの子たちをお助け下さりありがとうございます」


「何回言うんだよ、そのセリフ。助けられたのは俺の方だって言ってんだろ」


 婆さんはついこの前まで金持ちだった。豊かな生活をしていたのに、この地の開拓権を買うために資産の全てをなげうった。それが今では粗末な麻の服をまとって、すっかり貧しくなったというのに穏やかに笑っている。


「あの子たちをこれからもよろしくお願いいたしますね、キッドさん」


「言われるまでもねーよ」


 リタとアムの様子を見に婆さんの住まいを出た。道行くタマハラ族は朝から忙しそうに畑仕事をしたり重い荷物を運んでいた。その皆が貧相なガキにご丁寧な挨拶をしてくれるのだからどうも調子が狂った。


 昨日に続き今日もここに滞在することになっているが、明日からの予定はまだ決まっていない。姉妹がここに残りたいと言うなら、明日からは俺だけで船に戻るつもりだ。


 丘から彼方に見る大河。さらにその彼方に広がる幻想世界の砂漠に目を送りながら、リタとアムが泊まったという親戚の家を訪ねた。


「ありがとう、ジェイ」


「ふふ……あの小さかったジェイがこんなに立派になるなんて思わなかったです」


「実際、全部デカい」


 姉妹は朝から畑に出て仕事を手伝っていた。ジェイと呼ばれる大柄な従兄弟に笑顔を振りまいて無邪気な子供の顔をしていた。


「子供扱いしないでくれ、俺はもう大人だ」


「それ、キッドもよく言う」


「キッド様もあまり快く思っていないだろう」


 ジェイはとても強そうな男だ。押されてもびくともしないような屈強な体格にオッドアイと銀の髪を持っている。


「ふふふっ、そんな大人びたしゃべり方をしないで」


「ジェイはどこまでいっても鼻たれジェイ」


「もう勘弁してくれ、アム姉、リタ姉……」


 ジェイは悪いやつじゃない。ただ俺が欲しかった物を持っているだけだ。立派な体格とリタとアムの従兄弟という、羨ましい立場のタマハラ族なだけだ。


「ジェイ、彼女はできましたか?」


「……まだいない」


「作った方がいいですよ」


「そんなこと言われるまでもないっっ!!」


 俺は麦畑の陰に隠れてしまっていた。リタとアムが俺の知らない顔をしているからだろうか。従兄弟同士の集まりに加わる勇気が出なかった。


「とにかく生きててよかった」


「私たち、ずっとジェイが殺されたと思ってていました。生きていてくれてありがとう」


 やはり入り込めそうもない。道を引き返してクイナ婆さんのところに戻った。


「どうされましたか、キッドさん?」


「別になんでもねぇよ」


「この里にとけ込めませんか?」


「アンタの顔が気になって戻ってきただけだっての」


 若い頃は相当の美人だったろう顔を見て、それから空を見上げた。船での生活が恋しくなっていた。


「そう、不器用な子ね……。あ、ごめんなさい、つい……」


「アンタなら許す。アンタは尊敬に値する女だ」


 昨日からずっと考えていたことがあった。リタとアムを頼らずに自分だけで金を稼ぐならどうするべきか、考えた結果思い付いたことがあった。


「よし、決めた! リタとアムはしばらく預ける!」


「船に戻るという意味かしら……? だけど、勝手に決めて平気でございますか……?」


「いいんだよ、幸せそうにしてた! あいつら、しばらくここを離れたくないだろうさ!」


 だから俺が船を動かして、俺とポタモだけで金を稼いでくる。今はそれが一番だ。


「じゃ、俺は行くぜ! あいつらによろしく言っといてくれ!」


 とにかく船に戻りたい。あそこが俺の家だ。あの操縦席のシートが俺のベッドだ。俺のやり方で金を稼いで、リタとアムを驚かせてやる。決意を胸にクイナ婆さんの住まいを出た。


「キッド」


「うっっ?!!」


 ところが後を付けられていたのだろうか、軒先に腕を組んで険しい目線を送るリタとアムがいた。


「どういうおつもりですか……? なぜ私たちを置いて船に戻るのでしょう……」


 悲しそうに目線を落とすアムがいた。


「う、美味い儲け話を思い付いたんだよっ! お前ら向きじゃねーからすっこんでろっ!」


「酷い」


 恨みがましい目でこちらを見るリタがいた。


「一人で行くなんで酷いです。私たちはもういらないのですか?」


「い、いらねぇよ! お前らはここで静かに暮らせよっ!」


 あの笑顔を見たら一緒に来いなんて言えるわけがない。ここで暮らすのがこいつらの幸せなのかもしれない。けどリタとアムは悲しそうな顔をしていた。


「キッドさん、儲け話について具体的にうかがってもよろしいかしら?」


 見るに見かねてかクイナ婆さんにそう聞かれた。


「へっ、密輸だよ、密輸。北に国境を閉鎖している変な国があんだろ? その国境をポタモトリゴンで飛び越えて、ご禁制のブツを売りさばくんだよ」


 俺は宇宙海賊だ。交易のことは詳しくないが密輸のイロハには通じている。一般の商人のふりをして忍び込み、ブラックマーケットを見つけてブツをさばく。


 リタもアムも必要ない。連れてっても危険に巻き込むだけだ。それらの事実を説明した。


「ボクたちのために、そんな危険な仕事、一人でやるの……?」


「足手まといはいらねぇよ、すっこんでろ」


「ガキ」


「なっ、なんだとぉっっ?!」


 リタは怒っていた。勝手なことをしようとするガキを睨んでいた。本気で心配してくれていた。


「アム、キッドをお願い」


「わかりました。リタ、光臨の丘をお願いします」


「ちょっと待て、勝手に何言ってんだよ! お前らここで幸せに暮らせよ!」


「本当に不器用な人ですね……。私たちの幸せのために危険を冒してくれる人を、一人で行かせられるわけがありません」


「だからボクが残って、アムが行く。解決」


 祝福のつもりなのかリタが頬にキスをくれた。それにいいものを見たように目を輝かせるあたり、クイナ婆さんもまだまだ乙女だった。


「わたくしが昨晩、里の愚痴を言ったせいかしら……ごめんなさい」


「関係ねぇよ、俺は陸より船の方が落ち着くんだ」


 この里では今、大きく分けて三つの物資が不足していた。

 一つは種だ。用意した種の半数が土地の土壌に合わず、この里では野菜や豆が不足していた。


 それから二つ目は道具。伐採に使う斧、石切りに使う(クサビ)とハンマーが足りていない。こちらは冬がくる前の戦いだと聞かされた。


 三つ目は武器だ。この里の男たちは幻想世界の砂漠から大河を越えてきたモンスターたちとときおり戦っている。その負傷者を減らすためには、剣ではなくもっとリーチの長い武器が必要だった。弓の材料となる動物の腱も全く足りていない。


「では行きましょうか」


「ほ、本当についてくるつもりか……?」


「昨日、思ったんです。私たちもこっちに泊まればよかったと」


「キッドがいないと寂しい。だから、アムが行く」


「そ、そうかよ……もう勝手にしろよ……」


 出航だポタモ、俺とアムを船に運べ。

 天に向けてそう叫ぶと、黒い船がそこに現れて俺たちを住み慣れた船の中へと運んでくれた。


「ポタモ、アイアイサー!」


「ふふふっ、水夫さんたちのマネ? 上手ですよ、ポタモ」


 ポタモは歓迎するようにアムへとからみついた。アムはコックピットやってくると、主操縦席に座った。


「さあ行きましょう、キッド」


 それから自分の膝を叩いた。


「慣性も理解できねぇ原始人どもが……っ。乗らねーよっ、そういうのは――あ、後にしやがれっ!」


「ふふ……リタの目がないと少し大胆になれそうです。沢山仲良くしましょうね、キッド……」


 副操縦席にアムをエスコートして船を発進させると、これからの具体的な話をした。一人でいいと強がってはみたがアムは仕入れの専門家だ。彼女のアドバイスに俺は素直に首をうなずかせていた。


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