・開拓地ホーンテットヒル - 500年遅れのミッションコンプリート -
ちんたらやってるうちに昼が過ぎた。大きな滝が見える絶景の地に降りて、町で買った焼き肉サンドを食べて腹を満たし、また右に左にくねりながら西へ進んだ。
どんな思いでタマハラ族はこの長い道のりを歩んだのだろう。辺境も辺境。他の町や村との取引も困難な最果ての土地の開拓権を買ってまで、迫害されることのない安住の地を欲したのだろうか。
「キッド見てっ、砂漠!」
やがて彼方に広大な砂漠を見つけた。姉妹が目を輝かせてそれに指をさすのは、それこそが目的地への到着を意味するランドマークだったからだ。
[幻想世界の砂漠]と呼ばれるその土地は別称で魔境と呼ばれている。近付くだけでも危険なモンスターだらけの過酷な土地だと、あの酔っぱらいが大げさな語り口で教えてくれた。
「ポタモ、熱源感知!」
「でかした、ポタモ! 誘導してくれ!」
「アイアイサ!」
「そんな言葉、どこで覚えた……」
期待に立ち上がろうとする姉妹をシートに座らせた。慣性制御にも限界があると俺が言っても『慣性って何?』という返答が帰ってくるので説明は諦めている。
「あっ、あったっっ!!」
「これが[開拓地ホーンテット・ヒル]……私たちの、安住の地……」
確かにその丘なら誰も寄り付かない。手頃な川も走っているし、土壌も貧しいというほどでもなさそうだ。しかしそこから20キロも西に進めば、大河の向こうにモンスターが跋扈する幻想世界の砂漠がある。
「こんな最果てに逃げ込まなけりゃまともに暮らせねぇのか……」
「人間より、モンスターの方がマシ」
「ま、そういう結論にならなきゃこんなところで暮らさねぇだろな」
「キッド、あそこの上に止めて。私とリタが先に降りて挨拶をしてきます」
迫害者から逃げてきた者たちの開拓地だ。アヴァロニア人の少年が現れたら不安を招くだろう。
「おう、高見の見物とさせてもらうぜ」
塩漬けのハム。衣類。布。農具。道具。医薬品。毛皮。全ての積み荷とリタとアムを地上に降ろした。
船に残った俺はカメラをズームアップさせて地上の様子をうかがった。
「へへ、ぶったまげてんぜ、あいつら」
「ポタモ!」
「それによかった。拒絶はされてねぇみてぇだ」
「キッド……」
知り合いがたくさんいたのだろうか。銀髪にオッドアイのタマハラ族たちがリタとアムを囲んで再会の涙を流していた。
よかったと安心する一方で急に寂しくなった。リタとアムには帰るべき場所があった。だが俺はどこに行っても逃げた竜使いだ。この地の人たちに歓迎されるかもわからなかった。
「このまま、姿くらましちまおうか……?」
「キッド……ダメ」
「冗談だ。半分な」
もし俺だけでこの船で生きてゆくなら何をするべきだろうと考えた。地上を荒らす海賊となるか。あるいは傭兵にでもなるか。他に俺に出来ることと言ったら、ご禁制品の密輸くらいだ。
「ヨンデル」
「え……。あ、あぁ……。ぅ……ど、どうしよう……ポタモ……?」
「イク」
「だ、だけどよ、俺……。上手くやってけるのか……? 悪党なんて、いらねぇんじゃねぇか、ここの連中は……?」
「ポタモ、イッショ、イク」
ポタモが服の背中に入り込んだ。平べったくて小さいポタモからすればそれくらい簡単だった。相棒が付き添ってくれると言うので、トラクタービームを使って天より降下した。
天を見上げて両手を振る姉妹の目の前、タマハラ族の人々が囲むど真ん中へ。
「お、おおおおっっ!!」
天からの人間の子供の光臨。誰だって驚くだろう。
「こちらが先ほど私が話した天使キッド様です!!」
「おおっ、おぉぉぉぉぉっっ!!」
「……は、天使、俺が?」
「伝説の黒竜ポタモトリゴンの主」
「ポタモ?」
服の胸元からポタモが顔を出して驚いた声を上げた。
「アムとリタを助けて下さったそうですね。わたくしはこの開拓地の長を務めるクイナともうします」
ゆっくりとした言葉づかいでその老婆はクイナと名乗った。見る限りはこの最長老で、元は裕福だったのかふっくらとしている。だが今は粗末な麻の服だ。
「お、おぅ……俺は、キッドだ……。逃げた竜使い、キッドだ……」
「ポタモ!」
「勝手に出てくるな……っ。あ、ああ、コイツはポタモ、俺の飛竜ポタモトリゴンだ」
エイの姿をした奇妙な生物を紹介しただけで、また大げさな歓声が上がった。想定していた展開ではなかった。
「星の船ポタモトリゴン。伝説はやはり本当だったのですね……」
「な、何……?」
クイナ婆さんは感激し、ポタモへ祈りを捧げた。開拓地の皆もそれにならった。ポタモは崇拝されているとも知らずに空を気持ちよさそうに泳ぎ回った。
「かつて我々の祖先は星の海を渡り、この地へ降り立ったと伝えられています。エイの姿をした荒々しき竜ポタモトリゴンに護られて」
「な……何言ってんだ、婆さん……?」
どうなっているのだろうか。似た話を俺も知っている。それは海賊ギドという男が戦いに吹き出したアドレナリンに導かれて、自分ごと敵母艦を吹き飛ばした支離滅裂の物語だ。
「その竜は幾多の敵を滅ぼし、最期は自らの命と引き替えに悪しき神の王を滅ぼしたと言われています。ポタモトリゴンが護って下さらなかったら、祖先は星に降りることも叶わなかったのです」
「へ、へぇ……そうかい……」
そこに海賊ギドってやつはいなかったか?
などと聞けばどうなるかもわからない。手柄をポタモに横取りされたような気分だが、船を自爆させた海賊ギドが言えたことではない。
そもそも吹っ飛ばしたはずのポタモトリゴンが無傷でこの地上に存在していることの説明が付かなかった。
「キッド、お願い、見せてあげて……」
「私たちの仲間を信じて下さい。私たちは決してキッドを裏切りません。約束します」
タマハラ族は天を見上げた。彼らは天使キッドが降りてきた空を見つめて視線を離さない。何も存在しないそこに星の船があると彼らは信じて疑わなかった。
タマハラ族はあの移民船団の生き残りのその末裔なのだろうか。いや、だとすればこの星の民全てが当てはまることになる。あの移民船団が目指していた星がこの星だったと言えるだろう。
この星の真の名は[カリオペイアⅢ]だ。人類がテラフォーミングに成功した史上7つ目の惑星、海洋惑星[カリオペイアⅢ]がこの星だ。
「ポタモ、ステルスを解け。お前の最高にクールな姿を見せてやれ」
俺は人を信じるのが恐ろしかった。リタとアムだけ信じて他の者とは距離を取って生きるつもりだった。だがここにきて欲が出た。タマハラ族の仲間として、自分も迎えてもらえるかもしれないという浅はかな欲が。
「コワイ……」
「俺だって怖い。でも隠れてばかりじゃダメだ。俺はここの人たちを、信じることにする」
「キッド……」
幼い頃からポタモと俺は心を交わしてきた。憎しみや絶望、人間不信の全てをポタモは俺を通じて感じてきた。ポタモの恐怖は俺の恐怖と同じだった。
「命令を繰り返す、ポタモトリゴン、ステルスを解け。海賊公はもういない、ここが俺とお前の新しい――俺たちの母港だ!」
「母港……!」
「俺とお前の帰るべき場所を作ろう」
「…………ポタモ!!」
ポタモトリゴンはステルスを解いた。夕方前のあいまいな青空に、流線型をした漆黒のフォルムを現した。
「壁画と同じ星の舟だ!!」
「おお、神よ!!」
「我らを悪しき手よりお守り下さい、星界の黒き竜よ!!」
拒絶なんてされるわけなかった。タマハラ族は俺のクールな船に痺れた。他でもないその船が薬や毛皮、食べ物をここに運んできてくれたのだから当たり前だ。
「ポタモ!!」
「案外悪い気分じゃねぇな」
命をかけて救った連中が無事に植民惑星にたどり着いて、こんなにもたくさん地上に産みあふれてくれた。どれだけの時が流れたのやら宇宙時代の技術は失っているみたいだが、あの自爆はムダじゃなかった。植民成功というミッションコンプリートに導いた。
俺たちのことを覚えていてくれたタマハラ族をますます見捨てるわけにはいかなくなった。ここが海賊ギドとポタモトリゴンに残された、たった一つの過去へのミッシングリンクだ。
「おいクイナ婆さん」
「なんでございましょうか、天使様」
「アンタの知る神話にギドってやつはいたか?」
「さてどうでしょうな、文献を振り返れば見つかるかもしれませんが」
「いやそこまでしてくれなくていい。ポタモのことを覚えていてくれだけでも十分だ」
パイロットの名前は忘れられ、船の名前だけが残った。よくある話だ。俺だって名のある船の名は知っていても、そのパイロットや艦長なんて詳しくは知らない。栄光は船にだけ与えられればいいからだ。
「おい、俺はそろそろ上に戻るぜ。後は適当に頼む」
段々と居心地が悪くなってきた。結局のところ俺は余所者だ。
「ダメ、逃がさない」
「長は私たちの歓迎パーティを開いてくれると言って下さっています」
「一緒に、手伝お」
「余所者の歓迎パーティだぁ? へっ、裏切り者だらけのこの時代に酔狂なやつらだぜ……。バ、バカかよ……」
散々アヴァロニア人に迫害されてきたのに歓迎だなんて理解出来ない。だというのに彼らは明るい笑顔で迎え入れようとしている。敵の子供を。
「いこ、キッド」
「私たちは決して裏切りません。決して」
「キッドも今日から、タマハラ族」
背中を向けて突然あふれた涙を隠し、少年はただうなづいた。
ここが俺たちの母港だ。仲間として迎え入れてくれる人たちがここにいる。彼らは海賊ギドと古代船ポタモトリゴンが守り抜いた守るべき同胞たちだった。




