・開拓地ホーンテットヒル - あるはずのない楽園を探して -
針路は定まらなかった。あてもなく船を出発させて、夕闇に染まった大地を見下ろして天をさまよった。
やがて天空にも夜が訪れると、俺たちは彼方に見つけた小さな町に降りてそこの大衆レストランで夕食にした。
店主はフードの中のオッドアイに気付くと『タマハラ族か……まあいいよ』と失礼なことを言った。客として扱ってくれるだけマシなのだろうが、一方で現実を突き付けられた気分になった。
この地上にリタとアムが幸せに暮らせる土地は存在するのだろうか。ないならいっそ全てぶっ壊してしまえばいいのではないか。
あの日のようにこの船のブラックホールエンジンを暴走させれば、惑星ごと全て消し去ることも可能だ。混沌の竜ポタモトリゴンは、伝説に等しく世界を滅ぼし得る存在だった。
「決めました。明日この町で積み荷を処分します」
アムは温かいシチューとパンを口にしながらもずっと悩んでいた。シルクシティで卸すつもりだったの積み荷がまだ船倉にギッシリと詰まっていた。
「そんな顔すんなよ、アムなら次は上手くやれるさ」
「今回はしょうがない。不可抗力」
「そういうこった。しかし交易商人ってのは大変だな、アテが外れると在庫の山を抱えて頭も抱えるわけか」
赤字を出そうとも積み荷を空にしなければ次の取引が出来ない。アムは次のチャンスのために積み荷の処分を決断した。
「次は失敗しません。私、キッドをいつか億万長者にしてあげます!」
「ヘヘヘッ、そりゃサイコーだな! なら俺はお前らをもっと幸せにしてやる。どんなワガママでも叶えてやるから遠慮すんなよ?」
「お酒飲みたい」
「おう、ソイツだけはダメだ」
リタが間に入ってワガママを言ってくれたが、ためらわずに却下した。
「なんで?」
「あんな物は身体に毒だ、女が飲むもんじゃねぇ」
こんなガキみたいな身体じゃ酒も飲めない。飲ましてももらえない。
なのに目の前で美味そうに酒なんて飲まれたら、もはやそれは拷問だ。俺だって飲みたいのに飲めない俺の気持ちをわかりやがれ。
「お酒、好き?」
「す、好きなわけねぇだろ!」
「飲みたい?」
「飲みてぇ!! ……わけねぇだろ!!」
本音が出るとリタとアムがおかしそうに笑った。
あんなことがあった後だ。この二人が笑ってくれるならなんだってよかった。
「へいお待ち、タマハラ族ご一行さん」
酒の代わりに甘いパウンドケーキとオレンジジュースを注文した。店主がトレイを片手に席にやってきて配膳してくれた。
「ん、そっちの子供はタマハラではなくアヴァロニア人か? 妙な取り合わせだな……」
「人種なんてなんだっていいだろ」
「ありがとうございます、私たちをお客扱いして下さって」
店主は配膳が終わると腕を組んで俺たちを見た。よく見てみると若い男で、まだ30代の入りかけくらいの顔付きだった。
「ツケで飲み食いするバカと比べれば上客だ!」
店主が大声でそう言うと、常連風を吹かせる飲んだくれたちからのヤジが飛んだ。リタとアムは不快かもしれないが、この感じは海賊時代の仲間たちを思い出す。
「しかし珍しいな。この辺りのタマハラ族はみんなホーンテットヒルに行ったのかと思ってたぞ」
「なんだぁ、その縁起悪ぃ地名は?」
「この辺りじゃ有名だぞ。タマハラ族が金を出し合って、亡霊にとりつかれた丘ホーンテットヒルの開拓権を得たって話は」
「それ、本当っっ!?」
リタとアムは知らなかったようだ。席を飛び上がって店主の話に食いついた。
「ああ、遙か西の魔境も魔境の土地だが、異民族の土地で迫害されて生きるよりはマシなのかもな」
「その話っ、もっと詳しく教えて下さい!」
「俺は仕事がある。おい、話してやれよ、お前あっちに詳しいだろ?」
店主が常連の酔っぱらいに声をかけると、その男はかったるそうにこちらへやってきた。
「こんな夜中に呪われた種族とおしゃべりとはね。しょうがねぇな、何が聞きてーんだ?」
「え、えっと……具体的な場所や規模……あ、何を必要としているかもっ、うかがいたいですっ!」
「自給自足の開拓地だ、全部足りてねぇと思うぜ。どいつもこいつも痩せた手足にボロボロの服。薬もまともにねぇだろうな、あんな開拓地」
善人か悪人かはおいといて、その酔っぱらいは少なくともおしゃべりだった。しゃべるのがそんなに好きなのかリタとアムの質問に楽しそうに語ってくれた。
「がんばれよ、女商人。そこのガキ、お姉ちゃんをしっかり守るんだぜ」
「お、おう……言われるまでもねぇよ……」
店の閉店までその酔っぱらいと話して、俺たちは星空を見上げて店を出た。盗賊に商売相手を売ったあまりかその娘を捕らえて売ろうとした外道もいれば、同胞の居所と生活を詳しく教えてくれる話好きもいた。
人を信じるにはあまりに危険な世界だが、世界は悪人ばかりとも一言では片付かなかった。
「キッド、わがままを言ってもいいですか……?」
「おう、いくつでも言ってくれ!」
「積み荷の処分は止めます。全部、開拓地でがんばる仲間に贈りたいです」
「んなの言われるまでもねぇ、俺だって同じことを考えた」
損切りをして赤字を出すくらいなら仲間にくれちまえばいい。俺だって見てみたい。亡霊にとりつかれた丘で生きるロックな連中を。
「じゃあ、いいの……?」
「入らねぇ分はコックピットに詰め込みゃいい。行ってみようぜ、お化け村によ」
「お、お化けなんていませんっっ! た、たぶん……」
「お化けは、困る……」
「なんだよお前ら、こういう話は苦手か? へへへっ、なら俺が昔、仲間に聞いた星の墓場の話をしてやるよ」
宇宙の船乗り間で信じられる怪談を語ってやった。入ったら二度と出られない難破船と亡霊まみれの星域の話だ。星の世界の現実味のない話なのに、姉妹は悲鳴を上げて怖がってくれた。
それから肌寒くなってきたので散歩を止めて船に戻った。主操縦席のシートを傾けて、温かい毛布に身を包んだ。その毛布はアムのやさしさそのものだった。
「うううう……」
「お、おい……?」
「キッドが悪いんです! 今夜はもう一人で寝れません!」
リタとアムはまだあの嘘くさい怪談話を信じていた。
「お前らもうお姉さんだろうが――ウオァッッ?!」
どうあっても三人で入るのは無理があるといのに、無理矢理毛布の中に入り込んできた。結果、少年がお姉さん二人の上に寝そべる形に収まった。
「落ち着く……」
「ふふ……今夜はこのまま寝ましょうか」
「正気かよ!? ぬぁっ、ポタモォッ!?」
お姉さん二人のぬくもりを背中に感じながら、胸の上にエイの姿をした不思議な竜を乗せて、竜使いの少年は目を閉じた。
案外、眠れるものだった。人の温もりに飢えていたキッドにはなんだかんだ幸せな一晩となった。
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俺たちが滞在した町はハスクと呼ばれていた。そこで割高ではあるが医薬品と、この町の主要交易品である毛皮を買った。
金貨700枚あった元手がこれにより400枚を切ってしまった。アムは申し訳なさそうにこちらを見るが、病気や凍える辛さを知らない人間なんていない。いくらでもくれてやればよかった。
「仲間のために何かをすることは悪いことじゃねぇだろ」
「私、何をしたら、キッドへの抱え切れない恩を返せるのでしょう……」
俺のことを仲間や家族と思ってくれるだけでいい。孤独だった俺とポタモの隣に一緒に居てくれるだけで十分だ。海賊らしくもないそんな臭いセリフを言えるわけもない。
「ヒハハッ、一生かけて俺に恩を返せよ!」
「うん、わかった」
「一生、ボク様にお仕えします……」
「だからボク様は止めろぁぁっっ?!!」
遙か西方、アヴァロニア王国の辺境も辺境の土地に戦闘機ポタモトリゴンを発進させた。速度は時速60キロメートル。街道の真上を航行して、昨日の酔っぱらいに教わった通りに分岐を正しい方角に進む。
「たぶん、合ってるよな……?」
「わからない」
「信じて進むしかないです。ごめんなさい、また無駄づかいをした上に、こんな無理を言って……」
「何度目だよ、そのセリフ。後でたっぷり恩返しさせるから覚悟しとけって言ってるだろ」
地を旅する者の話を元に天をゆく。なかなかもってこれが骨だ。森に道をおおわれるたびに、観測ドローンを地上に降ろして針路を確かめた。
「森、焼き払いてぇ……」
「やっちゃう……?」
「おお、やっちまうか!」
「止めておきましょう。シルクシティの事件と結び付けられかねません」
「ぬぅぅ……ままならねぇな。星すら滅ぼせる力を持ってるってのによ」
街道が森に入るたびに止まっては進む旅はらちがあかなかった。それでもその先にリタとアムが帰るべき場所があると信じて船を進めた。




