・密告者 - 金貨700枚のボロ儲け -
重戦闘機ポタモトリゴンの自動航行システムは、設定通りの夜明け前に対岸の港町[ポート・ブルー]へと船を運んだ。
辺りはまだ暗い。東の海の彼方がわずかに白みがかる程度の忍び込むにちょうどいい時刻だ。
俺たちは薄闇に乗じてポート・ブルーに降りて、そこで塩漬けのハムを6箱のうち半分を売り、その売り上げを元手に魚と紅茶と何種類かの香辛料を買った。それと――
「いい物買ってきたじゃねーか、似合うぜ」
それと絹のローブを二枚。フード付きのそれで姉妹が頭をすっぽりと包むと、一見はタマハラ族には見えなかった。
「ごめんなさい、ポタモでこんなに稼がせていただいたのに、元手を削るような出費をしてしまって」
「はぁ、お前らが稼いだ金だろ? もっとオシャレしろよ、お前らせっかく綺麗なんだからよ」
「い、いえ……これはオシャレではなく……。でも、嬉しい……ありがとうございます、ボク様……」
元よりミステリアスな雰囲気がある姉妹だったが、絹のローブをまとうとますます神秘的に見えた。美しさに見合うだけのもっと派手な格好をさせたくもなった。
「ボクたち、逃げた奴隷」
「私たちの元ご主人様は執念深い方です。こちらアヴァロニア王国では顔を隠すのが賢明です」
「脱走したけど連れ戻されて、酷いことされた子もいた」
俺も同じ脱走者だ。他人事とはとても思えなかった。
「そうか、なら商売止めて今からソイツをぶっ殺しにいこうぜ」
「え……? ダ、ダメですよ……っ!?」
「なんでだよ? 殺られる前に殺れって人に教わんなかったのかよ?」
「そんな教え知りませんっ!」
追っ手に怯えて変装するくらいなら、直接乗り込んで始末すればいいのにダメだそうだ。
「気持ちだけ、受け取っとく」
「一人で生きていける奴隷ばかりではないのです。それにあの男は、私たちを買って、ただ好き放題にしただけですから……」
「代わりにぶっ殺すって言ってくれて、ありがとう……」
ポート・ブルーでの取引を済ますと、次に俺たちはシギュン侯爵領と呼ばれる土地に向かった。
ポタモが空をゆく渡り鳥や地上の野生動物を見つけては、サブディスプレイにクローズアップしてくれるので退屈はしなかった。
片道3時間弱。到着は船内時計で12時になった頃だった。
シルクシティは森に囲まれた山の町。ポート・ブルーとサンテ・ケルテは海の町。シギュン侯爵領は広大な麦畑に囲まれた平地の町だった。
リタは親と仲間の仇を探しに。アムは積み荷を売りさばくためにシギュン侯爵領に降りた。
交易所での品物の売却に1時間。仕入れに1時間。この町の者にも足下を見られてしまったが、経費を全てすっ飛ばせる俺たちにはどうってことなかった。
「お帰りなさい、リタ」
「ただい――え、ええ……っ!?」
「ふふふふっ、どうっ、すごいでしょうこれっ!?」
取引所を出てからアムはずっとご機嫌だった。俺がリタを連れて地上から船に戻ってくると、主操縦席のコンソール装置の上に金貨の山が積み上がっていた。
縦10枚、横10枚、高さ7枚の金貨の山だ。端数を抜いて俺たちは金貨700枚の現金を手に入れていた。
これに加えて船倉には、服、布、クワにトンカチ、短剣に金属食器などの仕入れが積載されている。
「嘘、こんなに……。え、これ、夢……?」
「嘘みてぇな光景だけど現実だぜ」
「大変だったんですよ、取引中に笑わないようにするのが」
「アム、すごい!」
リタはコンソールの前に飛んできて金貨の山に目を輝かせた。コンソールの持ち主としては早くどけてほしいものだったが、床に並べろとは言えなかった。
「私たち交易商人が家畜や人力で何日もかけて旅する距離を、この船は数時間に縮めてくれるんですよ? 損する方が難しいですよ」
アムはふわふわと浮いていたポタモを見つけて背中を撫でた。ポタモはそれに機嫌をよくして彼女の周囲を泳ぎ回った。
俺たちは追っ手や敵に怯えずにこうしていられるのは、全て混沌の竜ポタモトリゴンのおかげだ。この子がいなかったら俺たちは逃げた奴隷と竜使いのままだった。
「へへ……えへ、へへへ……」
「な、なんだよ、急に不気味な笑い方すんなよ……?」
「だって、へへへへ……グスッ……」
リタは積み上がった金貨の山の前で涙を浮かべた。金に見て泣くやつなんて初めて見たが、気持ちはまあわからなくもない。
リタにつられてアムも目元を擦って、それから動じていない振りをして俺にこう言った。
「今日中にもう一商売したいです。シルクシティに積み荷を運んでくれますか、キッド?」
「おう、俺とポタモがどこにでも連れてってやる。遠慮しねーで俺たちをこき使え」
これでコンソールから金貨を片付けられる。主操縦席に腰掛けた俺は姉妹を副操縦席に座らせて、偉大なる星の船を発進させた。
かつてキャラバンを率いていた両親がそうしたように、姉妹はシルクシティで手堅く売れる交易品を積んで、当時は見上げることしかできなかった天空をゆく。
そんな中、リタは俺たちにこう言った。
「シルクシティとの交易、危ないって言われた」
「へぇ、そりゃどういう意味だ?」
「昔から有名だったみたい。シルクシティで取引をすると、盗賊に襲われるって」
そういう話なら俺の得意分野だった。宇宙海賊も航路の情報を元に襲撃対象を選ぶ。どいつが何を持ってどこに行くかを、金で教えてくれる情報屋や内通者がいた。
「交易所の職員か、大口の問屋がくせぇな。そういう情報は取引先の誰かが流すもんさ」
俺からすれば何気ない一言だった。
「う、嘘……」
だかリタは顔面を蒼白にして口をふさいだ。何か思い当たるふしでもあるのだろうか。
「父がシルクシティで取引をしていたのは、私の知る限りでは一つの店だけです……」
アムの顔色もリタほではないが悪かった。
「どこの店だ?」
「安く生糸を売って下さった、あのやさしい問屋さんです……」
「あのおっさんか」
証拠はない。ただの憶測だ。だがどうも雲行きが怪しくなってきた。原価同然で生糸を売ってくれたのは、過去の所行を悔いての罪滅ぼしだった可能性もある。
あるいは、売った生糸がそのまま戻ってくるあてでもあったのか。
「思い出した……。ボク、あの日、問屋のおじさんに、聞かれて、答えちゃった……」
「……なんて聞かれたんだ?」
問いにリタは苦しそうに胸を抱えてこう言った。
「おじさんが『次はポート・ブルーに行くのかい? 他の町には寄らないんだね?』って、ボクに聞いた。だからボク……『いつもそう』って、答えて逃げた……」
町には寄らずに野宿をするキャラバン隊か。狙って下さいと言っているようなものだ。
「ボクのせい……? ボクが答えたせいで、あの日、襲われたの……?」
「そうとは限らねぇ」
「そうですよ! あの方が私たちを売っていた確証はありません。ありませんけど……でも、どうしましょう……」
不安にかられてアムが隣に寄ってきた。これから商売をする予定だった相手が、まさか親の仇のうち一人だとは思いたくないだろう。
リタも寄ってきた。姉妹は膝を突き、すがるように操縦席に座す貧相な少年の手を取った。こっちは大きな胸を押し付けられると判断力が鈍った。
「全員で行こうぜ。俺たちの顔を見てどんな顔をするのか、ソイツを見てからでも判断は遅くねぇ」
「そ、それはそうですけど……っ」
「怖い……すごく怖い……」
「本当に善人なら暖かい笑顔で迎えてくれるさ」
姉妹の手を胸に寄せて抱いた。我ながら貧相な胸だった。俺たちは決して強いとは言えない弱者だ。それでもこうして三人で団結すれば、成人男性一人くらいならどうにかなるだろう。
「ヤバくなったらポタモが援護してくれる。そうだろ、相棒?」
「ポタモ! ブッコロス!」
「ハハハハッ、やっと俺のやり方がわかってきたじゃねぇか、ポタモ!!」
「ダメですよっ、ポタモに悪い言葉を教えてはっ!」
「ポタモ、めっ!」
ポタモの教育方針をもめながら、過去が待ち受けるかもわからない森の町シルクシティへの航海が進んでいった。




