3・イーフェの告白 2
本編は今回で終了です。
婚約式のあと、教会の中庭でガーデンパーティを行っている。
でもここに天使はいない。
私は教会の中に天使を探しに向かった。
礼拝堂の中に入ると、果たして天使はそこにいた。
「天使さま」
「ああ、ようやく来たね。気分はどうかな?」
「なんのこと?」
「糸、切ってあげただろう?」
天使はにやっと悪そうな表情で私を上から見下ろしていた。
確かに自分が頼んだことだ。だけど、いざ糸を切られて、私は泣いた。悲しかった。
だから、天使の嘲り顔に怒りがわいていた。
「おや、なぜ怒る?君が頼んできたことだろう?」
「そうです!そうだけど...」
わかっている。そして自分が間違ったことをしていないこともわかっている。
だけど、心が追いついていないのだ。
「番を失うということが、どんなことかわかっただろう?」
天使の声が鋭く感じる。
見ると、先ほどまでの嘲り顔から一転して、彼は怒っていた。
「本当はね、君と彼を会わせて、婚約式を取りやめさせるつもりだったのさ。そう、運命のままにね」
「そんな」
「ひどいと言うのかい?彼は運命の番を失ってしまったんだよ。君は彼がかわいそうだと思わなかったのかい?」
確かに彼の言う通りだ。
私はねえさまを一番大切にした。でもそれは、本当にそのためだったのか。
「私は無意識に前世の記憶によって行動したのかもしれません」
「どういうこと?」
「だって、番だかなんだか知らないけど、自分で選んだ人じゃないのに恋してるって、おかしくない?」
天使は驚いた顔をして、それから思いっきり吹いた。
そして、腹を抱えて笑い転げた。
「そんなに変なこと言った?」
「ごめんごめん、君があまりにも常識知らずで」
思わず、泣きそうになる。
「でもまあ、悪い気分じゃない」
元のやさしい顔の天使。
そっか。許してくれるんだ。
「ごめんなさい、姉の婚約者」
私はようやく、彼に謝罪する気持ちになった。
「そうよね、もう終わったことだし」
「気持ちの切り替え、早くね?」
これでねえさまが幸せになればそれでいいのよ。
って、そういえば、天使に聞きたいことがあったな。
「そういえば、糸を結ぶとき、一重結びだけだったよね?」
「ああ、軽くひと結びするだけだが、それでもつながるものだからね。
ただ、互いに相手を思いやったり大切にしなければ、糸が切れることは、ある」
「そうなの?」
「そのかわり、互いに思いやれば糸は変わるのだ」
そうだ見せてやろう、と、天使が私の頭に手を置いた。
その途端ガーデンパーティの会場が、目の前に映し出された。
「あそこの二人を見てごらん」
「あ、とうさまとかあさま」
二人の胸元から赤い色の糸がつながって見える。
「赤い糸...」
「そう、あれが番の糸だね」
次に見えたのは、知らない夫婦。多分ねえさまの婚約者の親戚かな。
二人の糸はつながっていなかった。
「糸の色が、茶色になってる」
「彼らの糸も結んだ記憶はある。だが、もう離れて大分時間が経過したようだ」
まるで枯れてしまったようだ。
次に見えたのは、ねえさまの両親の姿だった。
「あの二人は番ではない」
「うん」
二人の糸は赤じゃなくて、緑だった。
「番じゃないと、色が変わるの?」
確かねえさまの切れた糸の色は、赤だった。
「そうだね。一度切れた糸はつながると緑色になるのだよ。そして...」
そう、おじさまたちの糸は緑色だった。
そして糸は葉をつけていた。
「不思議な光景だろう?断ち切られ、そして結びつけられた糸は、植物のようになる。
まるで蔦だね。
互いにからまりあい、そして、結ばれた結び目は...」
「花になるんだ...」
おじさまとおばさまは、ちょうど二人で何か話している。
二人の視線の先にはねえさま達がいて、楽しそうに話しをしていた。
二人の優しい眼差しに呼応するように、結び目の花がふわりと揺れた。
いつのまにか元の礼拝堂の景色に戻っていた。
「この景色をみんなに見せてあげたら、夫婦喧嘩なんてなくなるんじゃないの?」
「そんな争いにかかわる気になりませんね」
「いじわるだなあ」
涙を指先で軽く拭って天使を見る。
「ありがとう」
「それはよかった」
今日はいろんなアルカイックスマイルを見たなあ。
「それにしても、一重結びじゃなくて、もっとしっかり結んだほうがよくない?」
「どうして?」
「そのほうが、少しはマシというか」
「疑似恋愛を延長するだけのような気もしますがね」
天使が近づいてきて、しゃがみこんで視線を合わせてくれて。
片手で円を描くと、婚約式のときと同じような光のサークルができた。
糸を二本私の目の前にかざして、
「と、いいますか、実は不器用でしてね。うまく結べないんですよね。
それで神様から、とりあえず結んでおけばなんとかなるってお聞きしていたもんで」
「はあ」
人類諸君、我々の繁栄は不器用天使に委ねられているようだぞ。
私は、はあと溜息をついて、
「しょうがないわね、簡単でほどけにくい結び方を教えてあげるわよ」
なんか糸ある?
すると彼は糸を二本目の前に出してきた。
「どうやって結ぶのですか?」
「昔手芸で習った結び方があるのよ」
貸してねと、天使から糸を受け取って、前世で習った簡単にほどけない結び方で糸を結んでみせた。
「ほら、ひっぱってもほどけないでしょ?」
「ほう、これは...」
その途端、胸がドキドキしはじめた。
「なにこれ?」
「結び方がしっかりしていると、効果が早いのかな」
「え、もしかしてこの糸」
恐る恐る糸の先をたぐりよせると、じ、自分の胸から出てるじゃん!
「これ私の糸じゃん!」
「ちなみにこっちは私のです」
「えええ、ダメじゃん!」
いそいで解こうとするんだけど、固く結んだせいで、ほどけない。
「あわわわわ、す、好き、じゃない、そうじゃない、やば、切って、切ってーっ!」
「これはいいですねえ。心があったまるといいますか」
「切って切って、頼むから、いやいやいやいやーっ」
真っ赤になって糸を引っ張る私を笑顔で見つめる天使。
本日最大のアルカイックスマイル、いただきましたー。
いや、そうじゃない、どうしようどうしよう。
糸の結び目をほどこうとしたのに、ふいに結び目の感覚が変化していた。
糸のかたまりじゃない、
「蕾になってる...」
やがて蕾がピンクに変色していき、少しづつ花を咲かせようとしていた。
これ、咲いたらどうなるの?
「あわわわわわい、わい」
やばい、天使と結婚?そんなまじ、え、どうしよう。
「えい」
ぷちっと切る音がして、天使が作ったサークルの光が消えた。
その途端、先ほどまで熱かった体のほてりがさめ、徐々に冷静になっていった。
「糸、切りましたから」
「あ、そ、そうですか。そうですよね...」
「冗談ですって。これに懲りて、番のことでいろいろ迷惑かけちゃいけませんよ」
帰りなさい。
そう言い残して、天使は部屋から出ていってしまった。
**********
部屋の外で、神父とすれ違う。
「本日はありがとうございました、天使様。おや、顔色が....」
「な、何でもない」
天使は慌てて顔をそむけると、教会から出て行ってしまった。
神父とともにいた、見習いの少年が不思議そうにしている。
「いつもは早々にお帰りになられるのに。それに、なんだかお顔が赤かったような....」
神父は天使の後ろ姿を見送りながら、一人小さく呟く。
「ええ、まるで、人であった頃のようでしたね。ルカ様」
「神父さま、何か?」
「いえ、なんでもありませんよ」
この後彼らは、礼拝堂で腰をぬかした幼女を介抱する羽目になる。
「なんなの、あいつ」
もう二度と天使とかかわらないと心に誓うが、多分、それ無理な。
次回、エステルの告白で終わります。




