4・エステルの告白
エステルの分厚い手紙視点です。
8歳のとき、お母様のお友達のお茶会にお呼ばれしたの。
そこに、到着した途端、なんだか、そうね、ドキドキしたのよ。
お茶会は何度か参加していたし、今更緊張なんてしないと思っていたのに。
そうね、怖いというより、嬉しかったわ。
もうすぐ、誰かに会えるって。
顔も赤くなっていたらしくて、お母様に心配されたわ。
熱はないかってね。失礼しちゃうわ。
会場に入って、挨拶もそこそこで、わからない誰かを探したの。
そうしたら、会場奥で、向こうも私を探していたのよ。
目があった瞬間、2人とも走り出していたわ。
お互い手を取り合って、
あなただ。
そうよ、私よ。
ってね。
まあ、番だわ。
って、大人達が気がついて、それからは大騒ぎよね。
私たちは、まわりのことなんか何にも目に入らなくて。
2人で奥のソファに座ってずっと話をしていたわね。
途中で、
「そういえば、僕たち自己紹介してなかったね」
「本当ね。私はエステル・ベルガルドと申します」
「僕は、ルイス・バロウです」
お互いの名前を聞いて、絆が更に深まった気がしたわ。
結局、番ってことで、私たちは婚約したのよ。
毎日が楽しくてたまらなかったわ。
12歳で貴族が通う学園に入ったんだけど、毎日彼と会えるのがうれしくて。
一緒に勉強したり、ランチしたり。
お気に入りの校舎裏のベンチでよく遅くまで話をしたわ。
そこは木陰で、夏は涼しくて過ごしやすいの。
建物から離れているから、あまり人気がないのかしら、いつもそこを使っていたわね。
一緒に夕暮れの空を見上げるのが一番好きだったわ。
**********
でも、13歳の冬に、彼は、死んでしまったの。
その年はタチの悪い風邪が流行ってね。
彼は体が弱いわけではないのにね。
あっけなく、逝ってしまったのよ。
その時、胸の中で何かが切れたような気がしたわ。
私は、1人になってしまったんだって。
家族や友達も、みんな心配してくれて、励ましてくれて。
私のいとこが特にね。毎日分厚い手紙を送ってくれて。
私もしっかりしなくっちゃって、少しづつだけど、日常に戻る努力をしたわ。
学園で勉強に励んで、忙しさで忘れられないかなと思ったけど、時々、2人で過ごしたことを思い出してしまったわ。
いつもの校舎裏のベンチ、もう行かなくなってしまった。
そういえば、2人で論文を書いていたわね。
図書館で調べ物をして、答えを見つけた瞬間2人で歓声をあげてしまって、司書さまに怒られたりとか。
懐かしいわ。
でももう、あそこに、あなたはいない。
**********
「ねえ、そこ、空いてる?」
彼とやり残した論文を仕上げたくて、図書館で調べ物をしていたとき、あの人はやってきた。
少し機嫌の悪そうな表情で。威圧感漂わせて、私の横に立っていたの。
そんな風にこちらにやってきて、私と彼の思い出の場所につまらなそうに座ろうとする姿に少し気分が悪くなったわ。
「おあいにくですが、こちらで用がございますの」
ご遠慮くださいます?
まさか、断られるとは思わなかったのかしら。
ひどく驚いた顔でこちらを凝視していたものだから、失礼と、さっさと本を隣の席まで広げまくって勉強をはじめたら、黙って去っていかれたわ。
周りは驚いていたみたいだけど、図書館ですから、声をかけられることはなかったわ。
夕方遅くに図書館を後にして、その途中で彼に再会したの。
先ほどのことに怒って、待ち伏せされたのかと少し怖くなったけれど。
「先程はすまなかった」
「えっ?」
「実は、君が持っている本、私が調べていることが載っているのかもしれなくて、見せてほしかったんだ」
そうでしたの。でも、
「申し訳ございませんが、とても不機嫌なご様子でしたので、ご遠慮しましたの」
「いや、不機嫌なんてそんな」
「とても怖かったですわ」
「じ、実は、他人と話すのは苦手で、つい、緊張するとにらむ癖が....」
先ほどとは打って変わってうつむく彼を見て、もう少し話してみたくなったわ。
その後ようやくお互い自己紹介をしたの。
彼の名前は、クルト・ベンウィル。隣のクラスの生徒だったのね。
話をしていくうちに、私達と同じテーマで論文を書いていたことが判明して、そのことで話すようになったの。
でも、テーマは同じようでも捉え方が真逆でね。
図書館では討論できないから、外のベンチで、
「だからあ、そこは捉え方が違うんじゃないの?」
「そっちこそ、年表見たのか?何年前のこと言ってるんだよっ!」
毎日ケンカでしたわね。
ルイスとの勉強は毎日小さな発見を探すような、小さな喜びがあふれる毎日だったのに。
今は毎日声を枯らして怒鳴りあう、戦いのようなものになってしまったわ。
私の友人も、私が口論する姿を見て、心配してくれたわ。
「ベンウィルさまとお知り合いでしたの?」
「いえ、例の論文のことで知り合いましたの」
「あの方、無口でご学友も少なくて、あまり噂は聞かないお方でしたのに、あなたとは楽しそうにお話しするのですね」
「楽しくはございませんのよ。いつも私の意見に文句ばかりおっしゃって」
うふふと友人は笑って。
「それでも、あなたを元気にさせてくださったのだから、私は嫌いではありませんわね」
何が、他人と話すのが苦手よ。
私に怒鳴るなんて、許せないわね。
結局決着がつかなくて。それを見かねた先生が、いろいろ教えてくださってね。
それでね。どっちも間違っていたことが判明したのよ。
あのときは、泣いたわ。
2人とも、泣いたわ。
「違うんかよ...」
「先生、気付いていたのなら、もっと早く教えてくださればよかったのに」
ショックから徐々に立ち直ってきたら、いろいろ恥ずかしくなってしまって。
そうしたらクルトが、
「いろいろ、ごめん。怒ったりして」
彼も恥ずかしそうで。
「私のほうこそ、ごめんなさい」
ようやく落ち着いて、気が付いたの。
そういえば、この場所は、ルイスといつも過ごしていたベンチだったなって。
その時になってようやくね。
彼との思い出の場所で、違う人とずっと過ごしていたなんて。
それでも、空を見上げたら、あのときとおんなじ風景が広がっていてね。
当たり前だけどね。
でも、変わらない景色なのに、隣にいる人は違うんだって。
そのとき、急に思い出したの。
「だ、大丈夫か?やっぱり、怒っているのか?」
クルトがワタワタして、私にハンカチを差し出してきて。
そのときやっと私は自分が泣いていることに気がついたの。
「あら、泣いているのね、私」
ああ、そうか。私、泣いているんだ。
そう認識したら、余計に涙が止まらなくなったわ。
クルトからハンカチを奪うように受け取って、思いっきり泣いたわ。
淑女として失格だけど、大声でね。
彼はさらにワタワタしてたけど、
肩なら、貸すぞって、横を向いてくれたの。
彼の肩を掴んで、また泣いたわ。
「落ち着いたか?」
「うん、ごめんね」
「そんなに怒らせたか」
「ううん、そうじゃないの。私ね、以前、番を亡くしたのよ。知ってる?」
「ああ、噂でな」
「そうよね」
番を亡くしたなんて、みんなの噂の的よね。
ルイスは公爵家のご子息だったから、けっこうやっかみも多かったし。
いい気味よって陰口を聞いた時、本気で殴ろうかと何度も思ったわ。
「彼とよくここで話をしたのよ。
でも、今、違う人と、同じ場所で同じ景色を見ているって、気が付いたの。
彼じゃないのね。ルイスは本当に死んだのね」
「そうだな。あいつはもういない。死んだ」
ルイスの死を肯定する声を、はじめて聞いた気がして、彼のほうを向いた。
だって、私が悲しむとみんな慰めてくれたから。
彼は空で見守ってくれてるよ、とか。心にいるんだよ。とか。
死んだ、という言葉を、肯定した人はいなかった。
「慰める言葉、思いつかなくてごめんな。
でも、君にはもう番はいない。それは、現実だ。
でもな、それでも大丈夫だ。俺も助けてやるからな」
「何それ?ちっとも慰めてないじゃない。そんな助けなんて」
「肩、貸してやっただろ?」
私の涙でびしょびしょにぬれたシャツをみせて、ふんぞりかえっている。
そうね、少しは助けてもらったかしら。
2人で空を見上げた。
ルイスと見た景色と同じだけど、隣は違うけれど。
多分大丈夫なんだと。
そう思えた。
**********
それから、少しづつクルトのことを知っていった。
不器用な人間関係しか作れていない彼のことを、心配したり怒ったりする私の友達やら、彼の少ない友達も巻き込んで、少しづつ私の世界も変わっていった。
2年後、同じベンチでプロポーズしてくれたとき、また私は泣いたけど、あのときとは違う涙。
それでもやっぱり彼はワタワタしたけど。
ルイス、あなたの思い出は今も心にあるわ。
一緒に見た風景も変わらずここにある。
だけど、もう少し思い出を増やしてもいいかしら。
いつかあなたに見せてあげたい。
私の中の、幾つもの景色を。
これで終了です。
読んでいただき、ありがとうございました。
(当方打たれ弱いため、感想欄は閉じております)




