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子猫以上、弟未満。  作者:
第三章
32/32

9.

「・・・デートみたい」

「馬鹿者。賢い日本語を使え」

 ちょっとした素朴な感激だったのだが、聞こえてしまい即座にお叱りが入ってしまう。

「帰省、と言うんだ」

「うん、そうだね。お盆やお正月のニュースによく聞いて知っているよ。・・・でも自分がそういう言葉を使う身分って、凄いね、旅行だもんね!」

 そうだろうか。ふふっと笑っている和輝が龍司には理解が出来ない。

 帰省を旅行と感じるのは子供だけで、大人は義務とか務めではないだろうかと龍司だった。

 家、故郷の実家に帰ることはもう龍司にとって、昨夜から憂鬱で一睡も出来なかったぐらい気が重いことだったりするが、あまり口に出して和輝を洗脳してはいけないと思うのでぐっと我慢だった。子供の教育上悪いので、楽しそうにしなければ、身体の奥の方から込み上げるため息も喉でとどめようとしているのだが、すでにもう何度も失敗していた。

 親父に会う。

 じっくりと合う。腰を据えて、会うつもりでいた。

 ずるずるとこれ以上、引きずるではなく解決出来なくても、最悪、何らかの区切りとする覚悟でいたのだ。

 それには和輝はとてもよい切欠だろう。

 なぜなら、十二年前のことの共犯者として関係の回復をするための気まずさも、苦痛も分け合うできだろう。いや、共に背負う義務がある。

 だから、共に向かう。

 要するに一人で行くのが嫌だという逃げだけれど、一人前の男だろうと人間である限り、弱音を吐いたって仕方がないはずだ!

 そんな龍司の深い境地を、おそらく感じてはいない和輝は大きなボストンバッグだろうと遠足か修学旅行気分で苦にもならない様子だった。

 だから余計に、龍司の気分が損なわれているのかもしれない。

 けれど、その和輝の明るい気楽さに引っぱられて渋々と龍司の足が前に動いている気もするのだけれど。

「あら、高原さん。おはようございます。今日はまた、どうされたのですか、ご旅行?」

 平日の朝に、スーツにコートの出で立ちでなく大きな旅行鞄を持って部屋を出た龍司にご近所の住人のご婦人二人が興味深げな視線を送ってきていた。

 それがどちらかというと、自分ではなく和輝を注目していることにすぐに気ががついた。

「おはようございます、小島さん、斉藤さん。少々、実家に行くことになりました。卒業式もありますので」

「卒業式?・・・そちらは・・・」

「和輝、ご挨拶」

「え、あっ、おはようございます。宮田和輝と言います」

「宮田、くんーーー?」

 相手の好奇心を呷ったことは明らかだった。

 続けて間柄を言おうとしていたが、慌てて龍司と違う名字まで言ってしまったことに、どうしようと失敗を感じて和輝は龍司に救いを求める視線を送ったが、龍司は平然としていた。

「最低ですね」

 ご婦人達は龍司の冷ややかな断定にびくっと顔を強ばらせた。

「弟です。うちの父が子供の迷惑も顧みず、再婚を考えたりするものだから名字の違う弟を迎えることになりました。まったく、何を考えているのか、うちにはまともな財産だってありはしないけれど、養子と籍を入れることは面倒な問題が出てくるものですね。私はこれまで知りませんでしたが、子供として、甚だ再婚とは迷惑なことです、全く、最低です」

と一息に言って、にこりと龍司は社交的な笑顔を浮かべていた。

「・・・あ、そ、・・・うね、でもせっかくご縁があってですもの・・・再婚を祝ってあげなくては・・・」

 口が立つ女性の方がなんとか、龍司の批判的な強い言葉にそうコメントをしたが

「と言いましても、いきなり弟ですよ、斉藤さん。信じられません。親と言っても、自分たちの都合中心で子供のことをあまり考えてはいないのでしょう」

 龍司がすぐに、次の言葉を奪い去った。

 小学生ほどの子供をそれぞれ抱える親たちは耳が痛いのか、表情は硬いままだ。

 その後、ふっと龍司は表情を和らげて空気が緩んだ。

「・・・とは言え、私ももう子供ではありませんので、出来るだけ協力をします。このさき弟が私のところへやってきて、うろうろし、もしかするとご迷惑をかけることがあるかもしれませんが、その際はどうぞよろしくご指導頂ければさいわいです」

 にっこりとこの上なく嘘っぽい笑顔を浮かべたのだが、和輝以外はそうとらえなかったようで笑顔を向けられたご婦人達は心地よく、心をくすぐられたようだった。

 感心する和輝に、普段の声が飛んだ。

「和輝、ご挨拶!」

「どうぞよろしくお願いします」

 和輝も龍司に倣って丁寧に頭を下げて、「では」と龍司は会釈をし、自分の荷物を背に担いで歩き出した。和輝も慌てて龍司を追いかけていった。

「・・・龍ちゃんって、結構、役者・・・」

 追いつき二人きりで閉じられたエレベーターの中で、荷物を抱えなおしながら和輝が言うと龍司は、くくっと笑ったのだ。

「馬鹿者。脳みそは円滑に暮らせるよう、使うために備わるんだ」

「でもちょっとそれが本気なのかと、怖かった」

「まったくの嘘は言っていないつもりだがな。どれも言い古されている常識の範疇の内容ばかりだろうよ。だけどしっかりと印象付けをしたから、ちゃんと名字違いでも兄弟と、変な噂を立てられることなく知れわたるだろう」

 そして、にやっと笑うのだ。

「兄にいびられている、不憫な弟ーーーぐらいは出るかもしれないが」

 その類は後輩泣かせの鬼先輩はすっかり聞き慣れているので、気にならなかった。

「だから、いつでも好きなときにどうどうと来ればいい」

「・・・うん・・・」

 和輝は少し切ない。

 楽しい旅行で、卒業式で、高原のお父さんと大きなイベントが続いてそれが終わったとき、結果がどう出ても関係なく、和輝は龍司のマンションを出ることになるのだから。

「大学に行かないつもりなのか?」

 他県の大学は、どう足掻いても龍司のところからの通いは無理なのだ。

 そのあたりのことは勿論考えずに、学部と学力で選んで、すんなり推薦で第一希望に決まったが、今になって和輝は落とし穴の存在に気がついた。

「僕、ここに居たい」

「阿呆」

 龍司はことこれに関しては折れなかった。

「寮に入ればいい。推薦を蹴るなど、もっての外だろう」

 目の前が真っ暗になりかけた和輝を拾い上げたのは、休みに遊びに来ればいいという許可と、もう一つ。

「四年経ったら戻って来ればいい。こっちの企業を目指して。うちはK大からは、毎年数人入ってくるぞ」

「龍ちゃんの会社って、そんな簡単な、低いハードルじゃないっ!」

「トップにいれば無理じゃないだろ」

 和輝は龍司の出身大学を聞いて驚きを隠せなかったのだ。

 部活が強い人は勉強が苦手だというのは、デマだとしみじみと思った。

 なぜなら牧も、一般入試枠で同じ大学を受かったというのだから。けれど一年前期で経済学部を中退し、専門学校へ入り直して卒業したというのだ。

 和輝は頑張ろうと思った。

 じゃないと、背の高さだけでなくいろいろと馬鹿にされてしまうので、この人達とこの先もずっと付き合ってゆくためには、自分は今、やるしかないのだと思った。

「でもやってみてどうしても駄目なら、戻ってこればいい。一人でもちゃんと調べて帰ってこれるな?」

 からかっているようなこの龍司の言葉を聞いたとき、不安が薄らいで和輝は自分は、出来そうな気分になったのだ。

 エレベーターが一階に着き、止まった。

 扉が開いた。眩しい朝日だった。

「どこかの馬鹿者が、ぐずぐずとなかなか目を覚まさないので予定が押している」

 腕時計をちらっと見た龍司は、一言。

「走るぞ」

「あ、あっ、待ってっーーー」

 玄関を通り抜けた後は、もう長い足をふんだんに活かしたダッシュに、和輝は驚き、すぐさま追いかけだしたものの、大きな布バッグが庭の植木の一部に引っかかってバランスを崩してしまい、すぐにずべっと転げてしまった。

 先に行っていたが音に気がつき振り返って龍司は、弟の哀れな姿に頬をひくっと震わせたが、戻って倒れ込んだ体の上に重しとなって載っている鞄を除いてやった。

「龍ちゃん・・・ありがと」

「行くぞ、軟弱弟」

 龍ちゃんと旅行をする、龍ちゃんと卒業式、龍ちゃんとお父さんに会うため、立ち上がった和輝は龍司と一緒に朝日の中を歩き始めた。

 和輝は、もう龍司には言わないし、内緒だが、これをデートだと思っている。

 龍ちゃんが大好きだった、再会してもっと好きになった弟は、龍司のマンションを出る四年間に思い出して勇気になるような思い出になるような時間にしようと思っているのだから。

「ねえ、龍ちゃん、時間が余ったらどうする?」

「・・・おまえのテリトリーだ。どこかに案内しろ、観光だな」

「うん、いいよ!」

 満面の笑顔になった和輝に、吊られるように龍司も笑顔を浮かべた。




 これが、恋人以上。


 龍司の、子猫以上、でも弟未満な関係。


 和輝は、とても満足している。








      終



『子猫以上、弟未満。』

最後までお付き合い頂き、どうもありがとうございます。

悩みつつ書き、書き終えた今でもいろいろ思うところはありますが、これはこうしたお話となりました。

いかがでしょうか?・・・評価、ご感想など頂けますととても励み、道しるべとなります。よろしくお願いします。

それでは。

どうもありがとうございました。失礼します!

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