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とにかく、そこで彼女と会うのはどこか妙な気分だった。やましい意味での妙さではなく、僕とみゆきの関係性からすれば、本来あるはずのない時間だったということだ。
周囲の視線を気にしながら、僕は少し緊張した足取りで建物の中へ足を踏み入れ、受付で彼女の名前を告げた。
「廊下の突き当たりのエレベーターで二階へ上がり、左手の一番奥の部屋です」
整然と保たれた清潔な空間ではあったが、そこには粘りつくような重苦しさが漂っていた。機械の微かな作動音が静寂の底で響き、刻一刻と無情に流れる時間を浮き彫りにしている。壁に飾られた淡いトーンの絵画は、冷たく無機質な空気にささやかな温もりを添えてはいたが、誰の目に留まることもなく静かに佇んでいた。
診察室やX線検査室の前を通り抜け、エレベーターで二階の奥の部屋を目指す。四人部屋の病室の中は薄暗く、すべてのベッドが埋まっていた。
窓際のベッドで、病衣を着たみゆきが体を起こしているのが見えた。僕に気づくと、彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。吸い寄せられるようにそのベッドへと向かう。毛布を身に纏い半身を起こしているみゆきは、どこか人魚のように見えた。
僕はその状況を特別なものとして捉えることもなく、ただ自然体に振る舞い、そのまま立ち去るつもりでいた。
だから「元気?」と、彼女を見下ろしながらそう尋ねた。
しかし次の瞬間、病衣の隙間から覗くブラジャーに包まれた乳房が、いや応なしに僕の視界を支配した。急に陽光が遮られたかのように世界が暗く遠のき、息が詰まるような感覚に襲われる。しばらくの間、僕は口ごもりながら話し、みゆきは僕を見つめ、それから窓の外へと視線を泳がせた。
そうだ――僕は思い出したように財布を取り出し、彼女に手渡した。
「はい、お見舞い」
みゆきの顔に驚きが広がり、彼女は顔を上げて僕の目をまっすぐ見つめた。
「こんなに?」と呟く。
「だって、しゃぶしゃぶだってそれくらいしたでしょ?」
照れ隠しの笑みを浮かべて言うと、みゆきは僕を見上げて小さく頷き、それを自分の財布へ収めた。
中庭を見下ろせるベッド脇の窓を眺めながら、次の言葉を探す。少しの間を置いてから、みゆきに向き直った。
「ねえ、俺、店長になったよ」
ポケットから名刺を取り出して手渡す。
「今度食べにおいでよ。好きなものご馳走するから」
名刺に目を落としたみゆきの唇が、少し自嘲気味に歪む。
「こんなところに、女一人で食べに行けるわけないじゃない」
そう返され、僕たちは顔を見合わせて笑った。それ以上、言葉は重ねなかった。
ただ、それだけのことだった。




