2
「美人だって言われませんか?」
僕がそう言ったとたん、彼女は声を立てて笑った。
「ありがとうございます。でも、特に言われたことはないかな」
口ではそう言いながらも、表情にはどこか余裕があり、まんざらでもなさそうだった。
ナンパなんて営業みたいなもので、声をかけるだけならバカでもできる。大事なのは、その先だ。相手を口説き落とせるかどうか。
「ひょっとして、この辺りに住んでるんですか?」
「ん? ぜんぜん違うところです」
「待ち合わせか何かですか?」
そう尋ねると、彼女は僕の予想もしなかったことを口にした。
「これから幼稚園に娘を迎えに行くところなんです」
「なんだ、結婚してるんだ」
ずっこけながら言うと、彼女はクスクスと笑った。
人妻だと分かっても、不思議と気持ちは冷めなかった。むしろ、男との距離の取り方を心得ているような雰囲気に、かえって魅力を感じた。
まだ昼過ぎだったし、僕はめげずに誘ってみた。内心の動揺を悟られないように、「どこかでお茶でもどうですか?」と続けた。
「今、してたところなんです」
彼女はそう言って、テーブルの上のカップにちらりと目を向けた。
「べつの店で」
僕が強めに言うと、彼女はまた笑った。
コーヒーを飲みきると、彼女は「これから本当に娘を迎えに行かなきゃいけないので」と言って席を立った。会計を済ませ、そのまま店を出ていった。
僕は諦めきれず、彼女の後を追った。
彼女はちらりと振り返りながら、通りを歩いていった。僕も懲りずに話しかけたが、なにせ人妻じゃ、乗り気じゃないのも無理ないか。もっとも、俺がモテないからかもしれないけど、そんなこと、いちいち気にしてられるか!
やがて僕は溜息をつき、肩を落として追いかけるのをやめた。
雑踏の中に消えていく彼女の背中を見送りながら、僕は一人取り残された。
こんなふうに、僕の頭の中はいつも女のことでいっぱいだった。なにしろ、三つのときから女が好きでさ。独学で女の研究に勤しんできたわけだが、だからといって、女性にまつわる何か特別な出来事が起こるわけでもなかった。
どこにいても、何をしていても寂しかったし、毎日がなんかつまらなかった。
いつも孤独を感じ、死を思いながらも、どこかで人生への望みを捨てきれずにいた。そして、他人が書いた物語ではなく、自分自身の物語を探していた。
現実から離れた物語ではなく、自己の内面的な要素に基づく物語を。




