↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

13

「こちら、大野さん」と言うみゆきを見つめたまま、どうしてか、僕は笑いたい気持ちとは裏腹に、うまく笑えなかった。みゆきのその一言が、どこか複雑な影を落としたのかもしれない。


ビールを飲みながら話していると、従業員がマイクを手渡してきた。しかし、僕もみゆきも歌わなかったので、従業員たちが『チェリーブラッサム』や『小麦色のマーメイド』を歌い始めた。僕たちはそれを、どちらともなく楽しそうに眺めていた。


そのうち、従業員たちが僕にそっと尋ねた。


「みゆきって、何の仕事をしているの?」


その質問を聞いた途端、みゆきの身体が硬くなったのがわかった。


「すごく綺麗なんだけど、謎多き女よね」


「けっこううちに来るけど、何している人なのか全然わかんないのよ」


そんな話が続くにつれて、僕とみゆきのあいだに気まずい空気が漂いはじめた。


おそらく彼女は、プライベートな客をこの店に連れてくることがなかったのだろう。みゆきは下を向き、困ったような顔で曖昧な笑みを浮かべていた。僕たちが返す言葉に詰まり、会話が途切れることも何度かあった。


そうこうするうちに、店のドアが開き、一人の男性客が入ってきた。


「いらっしゃい」


従業員の声に迎えられ、男性はカウンターに座ると、すぐにみゆきに目を奪われたように言った。


「いやあ、綺麗だ……」


彼はそう言って彼女を褒め、酒を注文した。しばらくはみゆきと会話を交わしていたが、やがて奥のテーブルへと移っていった。


ところが、その男性との会話がみゆきの機嫌を損ねてしまったらしい。何があったのか、僕にはわからなかった。ただ、店の空気が再び冷え込み、みゆきは黙り込んでしまった。そして、僕を店に残したまま、携帯だけを持って外へ出て行ってしまった。


従業員たちは困惑した様子で、彼女の後方を目で追っていた。呼び戻そうと声をかけたものの、その背中はもう見えなかったようだ。


従業員の一人が僕に向かって言った。


「ちょっと、何か話しなさいよ」


僕はただ微笑むだけで、何も言えなかった。


しばらくして、みゆきと話していた男性が再びカウンターに戻ってきた。酒のおかわりを注文すると、また飽きもせずみゆきのことを褒めそやす。


(なんなんだよ、お前は……)


僕は心の中でそう呟いた。だが、ひょっとすると、周りの人たちも僕に対して同じように思っていたのかもしれない。


こいつは一体、何なんだ、と。


その男とのやり取りを直接聞いたわけではないから、僕の思考は支離滅裂に思えるかもしれない。それでも、みゆきの存在がもたらす緊張感や、彼女の無自覚な魅力が周囲に与える影響は明らかだった。彼女は自分の美しさを無自覚に振りまいては、心ない言葉にうまく振る舞えず、苛立ちを覚えている。その尊大な態度のせいで、実は誰よりも孤独だったのかもしれない。


しかし――本当に孤独なのは、むしろ僕自身ではないかという気がしていた。どこにいても、どんな時も一人だと感じてしまう、このどうしようもない孤独からの脱出を、僕は心のどこかでずっと求めていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。