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3/6

その2 二年生




  春

 兄の二ヶ月半の入院生活。でも毎週末に外泊出来て帰って来ます。

 帰宅すると、割と元気に動き回って朗らかに良くしゃべります。

 だから病気のことは、あまり気になりませんでした。

 兄は友人と電話をしたり、遊びに来たり出掛けたり。

 家族皆で兄を気遣ってよく世話をし、顔色を見て話をします。

 あえて普段通りに生活し、私は部活に塾にと出掛けます。妹は遊んでもらっていたみたいです。


 母は週に何度も東京までお見舞いに。留守番の私達は学校から帰宅したら家事をして、夕食の下ごしらえをします。父はよくカレーを作りました。


 そんな中、慣れない包丁でキャベツの芯を切る為に力を入れた私は、左親指の先端を切り落としました。

 丁度兄と母と、駅まで車で迎えに行った父が帰宅。妹は待ってましたと出向かえに。   

 さて、どうしょうか?絆創膏レベルの傷なのか?

 

「ほぉほぉ」


と、父は流しに乗っていた真っ白い塊を摘み、指先にホイと乗せて、ガーゼを当ててグルグルと包帯で巻きました。

 兄が帰宅して、皆の上機嫌な空気に水を差すのが嫌で、私はサッサとベットに入り、ズキズキ痛む手を腹において、


 「眠れないかも」


と思いながらも、爆睡です。    

 翌日病院に行くと癒合していて、


 「パパ!お見事!」


としか言いようがありません。今でも充分正常な指です。それ以来、包丁で大怪我はありません。



 日曜日に兄を病院へ送る事もよくありました。私は勉強や部活があったのでしょう。一人で留守番もしました。

 

「また来週ね」

「夕食までには帰るから」


 朝に兄と両親と妹を見送ります。

 家事をし、勉強したり部活へ行ったり、メイコの世話をしてすごします。ついて行く日もありましたが、残った方が気楽でした。

 静寂の中、嫌味も小言も口論も無く、自分のペースで過ごす時間が好きでした。


 それでも寂しい気分にはなります。その気持ちを書いた詩が、新聞社のコンテストに入賞しました。

 教師に呼び出され


「この詩はどんな気持ちで書いたんだ?」

「ここはもっと抽象的な言葉がいい。そこは……」


と手を加え出品されました。

 賞状を受け取りなから


 「これはもう私の詩では無いのでは?」


と思いましたが、皆に


 「おめでとう」


と言われ、父は掲載された新聞を買ってきます。

 大人が手を加えて、大人が好む詩になってしまったと残念に思い、教師や大人への不信感を強めました。

 

 そして親にも私の気持ちは伝わらなかったと思います。

 私は一人でいても平気そうだ。安心して留守を任せられると信じていたのでしょう。



  夏

 兄の髪について。

 本人が気にするほど私達は何とも思いませんでした。 

 放射線治療で髪が抜ける事は兄が良くなっている事で、むしろ


「治療が出来て良かった。お誕生日前に退院出来て良かった」


と思っていました。

 でもオシャレで外見にこだわりのある人だから、気にしているのだろうと思い、全く私も妹も触れません。


 母は思った事を延髄反射で言う素直な人なので、率直な発言は多々。そこが兄との口論が起きる原因だと私は思っています。


 「その一言を口に出してはいけない。その言葉を選んではいけない」


と密かに二人の会話を聞きながら考察し

 

 「言ってよいか、判断出来ない言葉は発してはならない」


と学習し口を噤みます。

 だから私は無口です。

 

 でも頭の中では言葉も感情もグルグル回っています。

 たまに爆発して破片が四方八方に飛び散ります。遠心力で飛び出た表面上の言葉は、鋭く拙くて率直です。


 「私は嫌いだ」

 「私は違う」


 そしてそれは理解されず


 「反抗期だから」


と流されます。

 

 幼少期からの寝言はその反動でしょうか?溢れた思いがハッキリと言葉となって出るようです。


「寝言を言っていたから、聞いて相槌を打っておいたよ」


 深夜にコーヒーを淹れに台所へ来た兄が、ついでに私の部屋へ寝言に誘われて寄ります。

 寝言にも耳を傾けてくれ、聞いてくれる優しい兄です。




  秋

 「自己啓発の為」

と兄は美術館や映画館へは良く行きます。

 

 月一の東京への通院。その苦行を少しでも緩和する為に帰りに寄ってきます。

  兄を羨む気持ちは多少ありますが、楽しそうに帰って来て、笑顔で語る彼を見ると、自分達も嬉しく、それだけで満足します。


「『映画 宇宙戦艦ヤマト』を生のパイプオルガン演奏で見た」

と聞いた時にはさすがに羨望しました。




  冬

 とにかく本を読む人です。文庫本を手に持っていないと落ちつかないのでしょう。お小遣いは本とレコードで全て使い切ります。


 「それじゃ文房具とか外食費とか、どうするの?」

と聞くと


 「 何とかなる」

 「必要経費だから」


 母もまた渡していたようです。

 

  兄の部屋によく本を借りに行き、返す時に感想を言い合っていました。 

  兄は博識で話し上手で、さらに私の尊敬度を高めます。 私も読んだ庄司薫氏の『薫くんシリーズ』


「『赤頭巾ちゃん気をつけて』の薫くんは本当は大学粉争の時、高校生じゃないよね?」


という私の問いに、兄はすごく嬉しそうに、よくぞ聞いてくれたとばかりに説明をして

くれます。

 大学紛争や安保闘争、その結末、何故年齡を変えて書いてあるのか。彼の感想も饒舌に話してくれます。とても楽しい時間でした。




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