伴侶として
道満は、その日も自らの眉間をこれでもかと深く、盛大にしかめていた。
ある日のことだ。いつものように我が主・こはくの隣へと何食わぬ顔で座り込み、その冷ややかな手を取って、長い指先を慈しむように撫でながら、清明は恐ろしいほど穏やかにのたまった。
「次に乱れた時は、私に一番に教えてくれ」
あまりにも自然な、揺らぎのない声音だった。
まるで「明日の天気が良ければ、少し散歩にでも行こう」と、ありふれた日常の予定でも尋ねるかのように。
触れられたこはくは、何も言わずにただ無言でいた。
だが、清明はそんな主の静寂など一切気にする様子もなく、当然のように言葉を続ける。
「最初に呼ばれたい」
その白皙の指先をなぞる。
小さな掌を自らの手で優しく包み込む。
その触れ方自体は、かつて現世で道満が見てきた、主を傷つけまいとするあの穏やかで慎み深い手つきのままだ。それなのに、唇から紡ぎ出される言葉だけが、比喩ではなく静かに、悍ましいほど重い。
「伴侶なら、それが当然だ」
道満は、内臓を雑に絞られたような不快感に襲われ、顔を露骨に歪めた。
だが、清明はそんな式神の嫌悪の視線など、気に留めない。
「支えるのも、落とせるのも、満たすのも」
こはくの指先へそっと軽く唇を寄せるように触れ、愛おしげに細い目を細める。
「私の役目にしたい」
あまりにも真面目な、澄み渡った声だった。
ぎらついた欲や、歪んだ執着といった下卑た表情を一切見せず、さも「これが世界の道理である」と言わんばかりの平然とした顔でやってのける。それが、この男の何よりも質が悪く、恐ろしいところだった。
「他の者を先に呼ばれるのは、あまり愉快ではない」
不愉快、とすら言わない。さらりと、まるで少し茶の味が気に入らないとでも言うように言い捨てるのだ。
道満は、耐えかねてその場で盛大に舌打ちを叩きつけた。
「独占欲を隠せ」
「隠していない」
清明は、呼吸をするように即答した。
まるで悪びれる様子すらない。
「隠す必要があるか?」
「ある!」
「何故」
「何故ではない!」
道満が青筋を立てて苛立っているすぐ横で、清明はこはくの柔らかな手を取ったまま、どこまでも静かに、そして当たり前の真実を語るように続ける。
「好きな相手に最初に求められたいと思うのは自然だろう」
「まして、今の自分に受け止められる力があるならなおさらだ」
「私はできる、なら私を使ってほしい」
(――私を使ってほしい、だと?)
言い方が最悪だった。狡猾で、どこまでも独善的だ。
だが、彼から発せられる声音はあくまで春の陽だまりのように穏やかで、こはくへの触れ方も決して境界を侵さない。無理やり奪おうとするような、強引な押しつけがましさは微塵もないのだ。
ただ静かに、初めから決まっていた約束を差し出すかのように、当然の願いとして差し出してくる。
「乱れた時だけじゃない」
清明は、こはくの白い手の甲へ、自らの長い指先を滑らせていく。
「普段でもいい、眠れない時も、身体が熱い時も……触れたい時も」
その燃えるような赤い瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに、言い含めるように言う。
「私を呼んでくれ」
冷徹なはずのこはくの瞳が、気配ごとわずかに揺れた。
それを見逃さず、清明は満足そうに、どこまでも穏やかに笑った。
「一番に」
道満は、本気で両手で頭を抱え込んだ。
この男の何が最も酷く、恐ろしいかと言えば――彼の脳内において、これらすべての思考が「完璧に地続き」なのだ。
生前のあの、愚直なまでの真っ直ぐな好意。
人として何十年も休まずに積み重ねてきた、一途な口説き。
死という理不尽を乗り越えて果たした、地獄での再会。
そして、力の「受容」と「許容」。
すべてを経て辿り着いた、今この瞬間。
清明の主観においては、それらは何一つ急なことではなく、すべて一つの美しい糸で繋がっている。本人にとっては少しも段階をすっ飛ばしてなどおらず、自然な歩みの末に、ようやくここへ辿り着いただけなのだ。
「伴侶として満足させるのは当然だ」
清明はごく自然にそう言い放つと、こはくの手を引き寄せ、指先へ口づける代わりに、その愛おしい額へと自らの額をそっと寄せた。
「他の者に譲る気はない」
「……お前は、もう少し『慎み』という言葉を覚えろ」
道満が低く、虫唾が走るような声で吐き捨てる。
清明はゆっくりと顔を上げた。
「慎んだ結果が生前だ」
その顔は、ふざけてもからかってもいない、純然たる真顔だった。
「人間の寿命という一生分、私は順番を踏んだ。今さら遠慮する理由がない」
道満は、無言のまま自らの顔を両手で覆った。
反論できない。この男の紡ぐ狂気が、完璧な「正論」として成立していること自体が、最高に胸糞悪く、最悪だった。
清明はこはくの手を優しく包み込んだまま、ただその耳元へ、低く、静かな声で囁き続ける。
「次は私に教えてくれ」
それは、甘やかな呪いのような響きだった。
「一番に駆けつける」
包んだ指先をそっと撫でる。
「抱える」
華奢な肩へと手を滑らせ、引き寄せる。
「落ち着くまで離さない」
こはくの瞳が、また微かに、熱を孕んで揺れる。
清明はその愛らしい反応を見て、征服感すら滲ませるように少しだけ口元を綻ばせた。
「伴侶として、それくらいは当然だろう」
道満は、五臓六腑が煮えくり返るような心底嫌そうな顔をして、きつい言葉を吐き捨てた。
「まだ伴ってもいないだろうが」
だが、清明は一拍置いて、やはりどこまでも穏やかに、楽しそうに返してみせたのだ。
「では、これからだな」
道満は、その場でもう一度、強く強く、己の額を押さえるしかなかった。
この後清明ルートでは屋敷短期派遣編が始まります。
清明ルートも合わせてお楽しみください。




